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第3話 プレゼント

 今日はクリスマスイブ。


 緊張と興奮を抑えきれなかった僕は、約束した時間より30分早く駅前の待ち合わせ場所に到着していた。


 ――ちょっと早すぎたか。でもまあ、心を落ち着かせるのには丁度いい時間だろう。


 と考えた僕は、クリスマス仕様に装飾されたツリーの下で待つ。自分の息が白くなるのに感心していると、甘城さんは5分もせずに現れた。


 長めのスカートとダッフルコートを身に纏い、ニット帽を被って暖かそうな彼女は、なぜか駅の反対側からとてとて走って来る。


 何がとは言わないが、なかなかの迫力だ。やんちゃしているというか、はしゃいでいるというか、跳ね回っている。足を踏み出すたびに。開いたコートの内側で。


「はぁ、はぁ、お待たせしてしまい申し訳ありません!」


「いえいえ、全然待ってませんよ、約束の時間もまだ先ですし。それより、なんであっちから?駅はこっちなのに」


「お恥ずかしながら、道に迷ってしまいまして」


「なるほど。さすがの天然っぷりです、甘城さん」


「えへへっ……」


 喜んじゃってるよ!可愛いな!


 ああ、もう、撫でたい。


 撫でても「ぽえ?」って顔するんだろうな。手を繋いだって、にっこり顔で首を傾げて、なんならキスしたって――


「悟さん?」


「ふぁい!」


「ちょっと早いですが、行きましょうか」


「は、はいっ!」




 ――僕らは、甘城さんがピックアップしてきたチョコレートの専門店を見て回った。


 多くの人々が往来する道で、お互いはぐれてしまわないようにできるだけくっついて歩いている。


 並木に施された華やかなクリスマス・イルミネーションと、それらに包まれた甘城さんの可憐な横顔が眩しい。


「〜♪」


 甘城さんが鼻歌を歌っている。朗らかな笑顔も可愛いらしい。


「降る雪が〜ぜ〜んぶっ♪」


「ストップ!それ以上は多分まずいです」


「ほえ?」


「そんな可愛い顔してもダメです」


「か、かわいいなんてそんな……」


 彼女は口元に手を添えて、顔を赤らめながら目を逸らした。縮こまるように脇をキュッとするものだから、両の腕に挟まれた一対の液果が今にも零れ落ちそうだった。


「くっ、耐えろ僕の理性。ハードでビターなアレを想像するんだ」


「チョコレートですか?」


「…………まあそれでいいか」


 会話を楽しんでいるうちに、甘城さんが用意していた候補店リストの一番最後の店にたどり着いた。


 これまでの店には甘城さんの求めるチョコは無かった。毎度目を輝かせてショーケースを覗いていた甘城さんだったが、これだ!と思える品は見つけられなかったらしい。


 だから、一番遠いこの店までやってきたのだった。


 看板を見ながら僕は言う。


「この店で最後ですね」


「はい。ここで買えたらいいのですが」


「そういえば甘城さん、買ったチョコは自分で食べるんですか?」


「え?うーん、ちょっと恥ずかしいですけど、私の大切な人にあげる予定なんです」


 んん?


 大切な人ってのはまさか――


「いつも私を守ってくれる、かっこいい人なんです……」


 そういって彼女は目を細め遠くを見た。


 憧憬を含んだ、穏やかな表情だった。

 

 僕は彼女のそんな顔を初めて見た。


「そうですか……」


 ……うん、そうだよな。


 恋人くらい、いるよな。


 馬鹿か僕は。


 もしかしたら僕に――なんてあるわけ無いだろ。


「…………。」


 甘城さんは可愛いから、いろんな奴が放っておかないのだろうな。


 いっつも相手のことを考えている、純粋で素直で優しい彼女のことだから。


 しかし、悪い人間に騙されてるってことはないか?


 それなら僕が――――いや、これはただの妄想か。傲慢な僕の、勝手な、利己的な妄想だな。


 きっとそういう輩から守ってくれたのが、その人だったのだろう。


 それに、もとより僕なんかでは甘城さんには釣り合わない。


 僕は、何を目指すでもなく、誰かを守るでもなく、将来のことなんて「どうせどうにかなるだろ」となんにも考えずに、ちゃらんぽらんに生きてきたのだから。


 だから――


「じゃ、その人のために早く買って帰りましょう。甘城さん」


 今日、彼女の隣にいるべきなのは僕じゃない。

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