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持ち掛けられた、相談。

 確かにラディリアスさまは

 このヴァルキルア帝国の皇太子。


 その地位は、母皇后を凌ぎ

 この国の第2位のお立場。

 

 けれどその皇太子と言えども

 その国の皇帝がお決めになった婚約を

 拒否するのですもの。


 それには、相当なお覚悟が

 必要だったに違いありません。

 

 現にラディリアスさまは

 随分と思い詰められたご様子で

 わたくしに婚約を破棄したい旨を

 打ち明けられたのです。

 

 あの日のラディリアスさまのあのお顔は

 今でも鮮明に思い出すことが出来ます。

 

 哀れな程に真っ青な顔色をなされ

 微かに震えるラディリアスさま。


 幼い頃、可愛らしいドレスにその身を包んで

 小さく震えられていたあの姿と相まって

 わたくしは思わず、

 抱きしめたくなってしまったくらいなのです。

 けれどわたくしは、それをグッと堪える。

 

 

 

 婚約(・・)破棄を喜んでいる(・・・・・・・・)

 

 

 

 ──そう思われるのは、得策ではない。

 

 たとえ、躍り上がるほどに

 喜ばしい提案だったとしても

 わたくしも貴族の端くれ。


 できる限りの感情を抑え、

 何でもない風を装うのが

 貴族の美徳とされています。

 

 ……それに、下手に喜んで

『やっぱりやめる!』などと言われるのも

 困りますもの。


 ここは慎重に──。

 


 自分の本音を心の奥底に押し込んで

 わたくしは表面では、

 ほんの少しだけ悲しげな表情を顔に浮かべてみる。


 このちょうどいい表情(・・・・・・・・)が難しいのです。

 悲しすぎてもいけませんし

 喜んでもいけない。

 

 わたくしを(おとし)めようと

 なさっているのなら

 徹底的に悲しげな表情を浮かべる方が

 良いのですけれど

 これはそんな単純なことではないようです。


 どうやらラディリアスさまは

 ご自分の事だけでなく、

 わたくし達の立場も考えて下さっているようなのです。

 思い悩んだ末の告白。

 

 ……であれば、衝撃的なこの告白を

 平気な顔……もしくは悲痛すぎる顔で

 聞いてはいけません。


 程よく……けれど少しばかりの

 ショックを受けているところを

 表すべきでしょう。

 

 ですからわたくしは自分のその顔に

 ほんの少しの(・・・・・・)悲痛な表情(・・・・・)

 貼り付けたのです。

 

 途端、固まるラディリアスさま。


 少し悲痛な表情をした わたくしを見て

 ラディリアスさまは更に青くなる。


 その顔がまるで『違うんだ!』と

 今にも言い出しそうで、わたくしは逆に焦った。


 話が、たち消えになってしまうのは困る!

 

 ですから わたくしは、思わず叫んでしまったの。

『わたくしも全力でご協力致しますわ……!』と。


 叫んだ弾みで、

 押し殺していた喜び(・・)が顔を覗かせる。


 思わず殿下のその手まで お取りしてしまって

 もうどうにも止まらない。

 やり過ぎたか……? と

 すぐに後悔したけれど、

 やってしまった事は仕方がない。

 

 恐る恐る見上げれば、

 殿下は意外にも

 静かな微笑みをその顔に浮かべておられ

 わたくしは思わずホッと胸を撫で下ろす。


 当然、心の中で息を吐いたつもりでしたけれど

 もしかしたら本当に

 溜め息をついていたかも知れません。

 

 ラディリアスさまのその笑顔は

 何故なのか少し悲しげに見えて

 わたくしの心を深く(えぐ)る。

 

「……」

 ……ただ、そう見えただけかも知れない。


 わたくしが望んでいるわけではない婚約。

 どうにかして

 この契約をなかったことにしようとしていた

 わたくしの後ろめたさが

 そんな風に見せたのかも知れない。

 

 そっと開いたその瞳は

 ひどく傷ついているようで

 (すが)るようにわたくしを見ている。


 微笑みの表情と、目の感情がチグハグで

 正直わたくしは

 どうしたらいいのか分からなくなってしまったの。

 

 あんなにも思い詰められた

 ラディリアスさまを見るのは

 生まれてこの方なかった事でしたので……


 けれどだからこそ

 この婚約破棄はラディリアスさまにとっても

 切実なものであると確信したのです。


 これは何としてでも

 この婚約を破棄すべきだ! と、

 わたくしは心の底から

 あの日あの時思ったのでした。

 

 けれど当然

 その事によって

 わたくし達の地位が危うくなるのは必須条件。

 ……そんな事は分かりきっています。

 

 だからこそ、

 ラディリアスさまも あのように

 苦しげなお顔をされたのでしょう。


 けれどこの婚約破棄は

 わたくし達にとっても渡りに船。


 喉から手が出るほどの

 有難い提案だったものですから

 その事でラディリアスさまが

 思い悩むことなどして欲しくなくって

 わたくしはその後

 満面の笑顔でお答えしたのです。

 

 

 

『どうかお気になさらず、

 この婚約破棄をお進めください』と──。

 

 

 

 出来る限り殿下のお力になりたかったし

 実のところ わたくし達も

 この婚約には困っていたのです。

 

 だって、皇太子妃なのですよ?

 そんじょそこらの

 貴族のお嫁さんではないのです。

 将来の国母なのですよ?

 

 わたくしなどが皇太子の妃になるなど

 務まるはずもございません!

 冗談もいいところなのですから……!

 

 

 けれど『婚約破棄』となるには

 どうしたらいいのかしら?


 あまりにも例のない事で

 正直わたくしの手には

 とても負えない事案だったのです。

 

 ですからわたくしはまず

 お兄さまにこの事をご相談し

 それからお父さまとお母さまに

 ことの顛末と わたくしがこれから

 どうしたいのかを伝えたのです。

 

 ……お兄さまの同意は

 すぐに得ることが出来ましたが

 お父さまやお母さまは

 かなり複雑な顔をされていました。

 

 それもそうでしょう。


 いくら わたくしの願いだとは言っても

 事はそう簡単なことではありません。

 下手をすれば反逆罪となり得るのです。

 

 けれどこれは、わたくし一人の願いでもない。


 皇太子のたっての願い……と言うこともあり

 お父さまもお母さまも

 渋々その重い腰を上げてくれたのでした。

 

 そこからわたくし達家族は

 みんなで寄り集まってじっくりと計画を練りました。

 要は、わたくしに

 国母としての非があればいいのです……。

  

 家族総出でこの破談に全力を尽くし

 そして色々な方にご迷惑をお掛けしながらも

 それに見合った行動を わたくし達は実行に移しました。

 そしてそれはきっと、わたくしの恥となる。

 

 ……いいえ、ゾフィアルノ侯爵家の恥……と

 言っても過言ではありません。

 だって、信じられないほどの

 (ほま)れである皇帝直々の婚約命令。

 それを、なかったことにするほどの大事件。

 

 そんな事件が ゾフィアルノ侯爵家に

 痛手を与えないわけがないのです。


 ……けれどそんな事

 家族全員が承知していたし、覚悟した。

 

 どんなに汚点となろうとも

 信用が地に落ちようとも

 この婚約はどうしても

 破棄してもらわなければならない。


 ラディリアスさまの希望以前に

 切実な事情が、わたくし達にもあったのです。

 

 これはけして、皇太子の我儘……ではない。

 もちろん正確に言えば

 わたくしの我儘でもない。

 

 ゾフィアルノ侯爵家の宿命……。

 いえ、引いてはこの国の為なのです。

「……」

 

 秘密を抱えるとは、なんと苦しいことでしょう。

 殿下へ『気になさらないで』と伝えても

 気になさらないはずもない。


 けれどその理由はお教え出来ない。

 

 殿下は今、なにを思っているのでしょう?

 愛しい方を見つめる事を諦めて

 切り捨てる わたくしを見つめる……

 そんな状況が申し訳なくて

 わたくしは目を伏せる。

 

 確かに、この破棄を最初に言い出したのは

 ラディリアスさまかもしれません。


 けれどそれを切実に願っていたのは

 きっと わたくし達ゾフィアルノ侯爵家の方。

 

 ですから、殿下からの婚約破棄の申し入れは

 こちらとしても とても有難いものだったのです。

 

 ですから、

 最初は確かに渋っていた わたくしの両親も

 最終的には

『多少の恥を忍んで、泥を被ってくれ……!』と、

 わたくしに頭を下げられたくらいなのですから……。

 

 そのくらいこの破棄は、大切なものなのです。

 

 

 ……ですから、

 

 ですから、殿下?

 

 婚約を破棄することで

 わたくしたちが傷つく……なんてこと

 微塵も気にする必要などないのですよ──?

 

 

    挿絵(By みてみん)

 

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


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