みんなが苦笑した、企み。
わたくしはこんなだから、滅多に人と関われないの
ですけれど、そんな『秘密の料理』を共有する方々とは
それなりの信頼関係が成立していましてよ?
そう、いわゆるわたくしが男ということも
彼らには、バラしてしまっている訳なのです。
……今思えば、無謀でしたが。
でもホントに、食の力は偉大ですよね。
彼らの胃袋は、わたくしがガッツリ掴んだも同然なのです!
──秘密を誰かにバラせば、
この料理はもう食べられませんわよ……?
そう伝えただけで、皆さま口をしっかり閉じていて
下さいましたから。
ですから、今回婚約解消の原因として作り上げた
『不義』のお相手方も、この秘密を共有する、貴族の
御令息方に協力して頂いたと言う訳なのでございます。
そうそう、あの場でラディリアスさまが『今回の
婚約破棄での理由において、言及を認めない》』
……なんておしゃったあのくだりで、豪快に
吹き出して笑っていらした方々が、その
わたくしの秘密を知る
御令息の方々なのです。
……本当に失礼ですよね?
あんなに笑うなんて!
そもそもこの計画を立てた時に、その御令息の
方々は、皆さま乗り気ではなかったのですよ。
自分の地位が下がるとか、皇家の怒りを買いたく
ない……とかそんなんじゃなくて──、
『……それって多分、無駄骨になるぞ?』
開口一番、ラディリアスの近衛隊の1人であるゼフが
渋い顔でそう言った。
『は? それってどう言う意味?』
俺はムッとする。
いいアイデアだと思ったし、これ以上ない
婚約破棄の理由になると思っていたから。
『お前、……ホント、自覚ないのな?』
ゼフは呆れた顔をする。
『……何が?』
『……いやいい。
だけど俺はその計画には加われないぞ?
分かるだろ? 俺、殿下の近衛隊だし──』
『……あ、それはちゃんと分かってる。
だけど、お前にもこの計画をちゃんと知ってて
もらいたかったし、知らなかったが為に、妙な
いざこざに巻き込まれたら困るかなって……』
そう言うとゼフは笑った。
『……フィア、本当にお前って律儀だよな?
だけど、本当にいいのか? そんな事したら
自分の首、締めることになるかもだぞ?』
『何それ。まさかチクる気か?』
『チクる……? いや、そーじゃなくて──
……いや、気づいてないならいいんだけど』
『気づいていない? 何言ってんの?
ワケ分かんないんだけど?
──まあ……いいけど。だけど邪魔だけはするな。
ラディリアスに、これは策略です──とか
言っちゃダメだかんな!』
そこでゼフは笑う。
『分かった。黙って見てる。
見てて面白いこのになりそうだし──』
『──は? お前、さっきから何言ってんの?
面白い? ……お前ホント他人事って思ってるだろ?
言っとくけど、計画に参加しなくても、お前も同罪
なんだからな?
そもそも嫌だろ? 自国の皇太子妃が男ってさ。
絶対、有り得ない!』
そしたら近くにいたノアが笑った。
『──ふっ。それはそれで、俺は面白いと思うけれどね。
ふふ。いいよ協力はするけど、代わりに今度
オムライスパーティな。
あ、でも俺も無駄になる……に1票っと──』
『え? ちょ!なに? ノアまでそんな事言うの?
無駄になるってどう言う意味だよ!?』
『そのまんまの意味だよ。
……っとフィア鈍感──』
『──な、鈍感ってお前……っ!』
『まあまあ、2人とも落ち着いて。
フィアはこれでも頑張ってるんだからさ。
陰ながら応援しようぜ。友だちだろ?』
ルーカスもそう言って笑った。
『いやいや、ルーカス? それって、どーゆー意味?』
『意味? そんなの分かるだろ?
しっかり協力させて頂きますっていう意味──
だよね?』
『そうそう!』
『フィア、絶対誰にもバラさないから、安心して!
──ね?』
『え……──うん。
……でも、なんだか解せないんだけど』
『『『気のせい。気のせい』』』
『……………………』
そんな解せないやり取りの後、計画は実行に移された。
……結果、本当に無駄になってしまったけれど──。
「……」
けれどあいつらが何かしたってわけじゃないのも
分かってる。
おかげで わたくしたちは、いい見世物になって
しまいましたけれど……。
「はぁ……」
わたくしは溜め息をつく。
……まぁ、過ぎてしまったことをとやかく言っても
始まりません。ひたすら今の現状を省みて
今後をどう行動するか、考えなくてはなりません。
……けれど、自分の地位が落ちることよりも
『面白い』を優先できる彼ら。我ながらおかしな友人を
持ったものです。
本当なら絶対、有り得ませんよね?
これは確実に、嫌な役回りだったはずですもの。
だって下手をすれば、この帝国の皇家を敵に回すかも
知れないのですよ? 罪に問われたかも知れませんのに、
それを『面白そう』?
「……」
けれど皆さま、本当に快く承諾してくださったのです。
それにはホント、頭が下がります。
当然、計画が計画ですので、その方々の婚約者の方々も
巻き込んでの計画となりました。
リスクは想像以上に大きいものだったのです。
『秘密がない』と言うのは、素晴らしいことです。
けれど『秘密』は、必ず誰しも持っているもの。
全てをさらけ出して平気でいられる人なんて
そうそういるわけではありません。
大なり小なり、人は誰しも『秘密』を
抱えている……。
わたくしにとってそれは『男』だと言うこと
なのですけれども、協力してくださった方々は
わたくしが『男』だと言う事を既にご存知ですので
我が国の皇太子に、男を娶らせるなんて
有り得ないよな……などと思って、含み笑いしつつも
快く協力してくれたのだとは思っています。
だってね?
どう考えても後継が生まれませんもの。
そりゃ不安にだってなりますわ。
けれど実際どうなんでしょう?
だって、友人たちのあの態度……! 明らかに
面白がっていましたもの!
「──……っ」
……いろいろ疑問は残りますけれど、この計画は
友人たちの協力なしでは実行できないのです。
わたくしは深く追求することなく、友人たちに
頭を下げたのでした。
「……」
でもまぁ、今考えれば、本当に無謀
……でしたよね?
いくら信頼できる友人たちだからと言っても、
食料調達の為に秘密をバラしてしまうとか……。
わたくしたちが幼すぎて、事の深刻さを深く考えて
いなかった事と、その重大さを失念していた……と
いうのもあったのでしょう。
けれどわたくし達は本当に、友人に恵まれていました。
誰1人として、この秘密を他へ漏らす……などという方は
おられませんでしたから。
……悪巧み?
そんな楽しさもあったので、面白半分に参加していた
だけかも知れませんが……。
「……──はぁ」
小さく溜め息をついて、わたくしは泡立て器を
再び動かしました。
──カシャカシャカシャ……。
小気味よい、泡立て器の音がする。
この音を聞くと、わたくしは何故かホッとする。
気分を切り替え、お菓子作りに専念する。
もう、ホント辛気臭くて嫌になる。
昨日の今日だからかしら?
過ぎてしまったことを、こんなに考えても
仕方のないことだというのに……!
「切り替え、切り替えっと……」
わたくしはそう、自分に言い聞かせながら
今度は小麦粉を振るい入れる。
サラサラサラ……。
そして粉っぽさがなくなるまで練って
まとまってきたら絞り出しクッキーの生地は完成。
絞り出しクッキーはその名の通り、絞り器から絞り出し
成形してオーブンで焼いたクッキーのことを
言います。
型抜きのクッキーよりも、小麦粉の量が少ないから
生地は柔らかいけれど、甘みと風味が全然違う。
バターをたっぷり使うので、サクサクとした
軽い歯ごたえのこのクッキーは、ラディリアスさまも
大好きで、あっという間に召し上がる。
けれど今日は持って行くわけにも行かないので
あまった材料でアメリカンクッキーでも
作ってみようかしら?
小麦粉を少し足して、手作りのグラノーラを
混ぜ合わせる。それから大きめのクッキーを手で成形。
食べ応えのあるこのクッキーは、実はわたくしの
好物でもあるの。
これ、マシュマロとか入れると美味しいんですよ。
マシュマロが飴化するから、パリパリ香ばしくって
めちゃくちゃ美味しくなるのです!
むふふと含み笑いをしながら、わたくしは作業に
取り掛かる。
本当は量って作った方が良いのでしょうけれど……結構
何度も作っているので、カップ1つあれば事足りる。
こう見えて、わたくしは不精者なのですよね。
大きい声では言えませんけれど……。
適当さが命なのです……なんて言うと
お菓子業界では怒られてしまいますよね……
ホント自重しなければ。
褒められることではないので、悪しからず。
まぁ、どちらにせよ、今作っているのは
ただのクッキーですので、……しかもわたくし達だけで
食べるものなのですから、そう気負わなくても
良いかなと思うわけなのです。
……献上するわけでもありませんし、ね……?
砂糖とバターは同じくらい。
それから小麦粉は砂糖の倍くらい。
卵は様子を見ながら、1個使ったり半分使ったり……と、
こんな具合で作り上げていく。
ふふ。本当に適当ですよね。
こんな調子だと、もしかしなくてもお菓子屋さんは
無理かも知れない。
日によって見た目と味が変わるお菓子……とか
有り得ませんもの。
わたくしはちょっぴり、肩をすくめてしまう。
本当はお菓子屋さんじゃなくって、
今のまま、出来上がったお菓子をお裾分け……
くらいが丁度いいのかもしれない。
「……」
そう思うと、なんだか少し悲しくなる。
美味しいって言ってくれても、それはきっと
家族だからかも。
商売に出来るほどのモノでもないかも知れない……。
だけどさ、いつも作っていると、大体の分量は
分かってくるものなんだよ……?
それに色々工夫して作ろうと思うと、決まった
分量通りにいかないことも、ままあったりするんだ。
……まぁ、言い訳なんだけどね。
分かってるんだ。無茶な夢なんだって。
だけど、どうしても手放せない願い──。
「……」
ええっと、脱線しちゃった。
集中集中っと……。
俺は再びお菓子作りに精を出す。
搾り出しクッキーの生地は、これで完成っと。
それから後は、この生地3等分に分けて
1つは刻んだ紅茶。1つはココアをまぶして
そしてもう1つはちょっぴりバニラビーンズを
入れ込んで、そのまま焼きあげる。
もちろん忘れてはいけないのが、さっきも言った
アメリカンクッキー。
余った溶き卵の量に合わせて、再びバターと砂糖を
混ぜ合わせ、小麦粉を振る。
そして今度はグラノーラ。
ちょっぴりキャラメル味のグラノーラは、少し前に
手作りしたものなんだ。
もうそろそろなくなるから、また作っておこう。
あたためたオーブンの中に、クッキー生地を
敷き詰めたプレートを入れて、わたくしは
後片付けをする。
あぁ、そうでした。庭にお花が咲いていたのです。
テーブルの用意をしたら、クッキーが焼き上がる間に
花を摘みに行きましょう。
テーブルに飾ったら、心が和むかも知れませんしね?
そんな風に思いながら、わたくしは傍にある
藤の蔓で編んだカゴを手に取る。
ほんのり甘い匂いが部屋中に立ち込めてきて
わたくしは少しだけ幸せを実感する。
上手く焼けるかしら?
お兄さまは、喜んでくれるかしら?
用意したアップルティーは、クッキーに合うかしら?
砂糖は少し多めにしたけれど、甘すぎては
いないかしら?
そんなことを思いながら、わたくしは庭へと
出たのでした。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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