幼い頃のラディリアスさま。
「……はぁ」
わたくしはそっと溜め息をつき
少し前までの……婚約する前のことを思い出す。
ふふふ、そう。
……そうでしたわ。
そう言えば、こんなご相談を
受けたこともありました。
ラディリアスさまは幼い頃
そのご容姿に少しコンプレックスを
持っていらっしゃったようなのです。
どちらかと言うと、男らしい……と
言うよりも穏和な……そう、
どことなく女性的なその容姿が嫌なのだと
悔しげに顔を歪められ
言っておられた時期がありました。
だからなのでしょうね?
お兄さまが殿下の事を
『ラディ』とお呼びしたかったのに
嫌がられたのは。
そしてお兄さまもまた、悪いのですよ?
女性的なその愛称を
ラディリアスさまが嫌がられると分かっていて
面白がって口にしたのに違いないのですから。
きっと冗談めかして言ったのでしょう。
例えば……ほら、『ラディ』ではなくて
『ラド』とか、『ラス』とか……。
愛称などいくらでも
いじる事が出来るのですから、
ラディリアスさまの好まれそうなものを
考えれば良かったのです。
そもそも、時としてお兄さまは
人をおちょくって楽しむ悪い癖がおありなのです。
ですから、近くにいる わたくしなどは
たまったものではありません。
どれほどその餌食となったことか……。
「……」
わたくしは眉を寄せ
深くラディリアスさまに同情する。
以前お兄さまに騙された時のことを思い出し
それはもう、随分と前のことなのに
喉がヒリヒリと焼きつくような感覚に襲われる。
「……っ、」
お兄さまもお兄さまなのです。
少し成長して
見た目は大人っぽくなりはしたのですけれど
イタズラ好きなのは変わらない。
時々思い出したかのように
わたくしにイタズラを仕掛けてくるのです。
この前も、
『フィアの大好きなクランベリーソースの
チョコレートケーキだよ』
などと言って、激辛の
チョコレートケーキを差し入れてきたのです!
どこで手に入れたのか、
ハバネロ級の香辛料を見つけてきて、
ケーキの生地に練り込んでいたの。
……料理長も料理長。
『フィデルさまに脅されたのですぅうぅぅ……』
などと言って、激辛ケーキを作ったのですから……!
チョコレートケーキ風に仕上げたのも、
あの真っ赤な香辛料を
誤魔化す為だったのに違いありませんっ!
おかげで わたくしは、
すっかり騙されてしまいました……。
油断して大喜びで、大口開けて食べた
わたくしの唇が、どんなに腫れ上がったことか!
いいえ、お兄さまのイタズラは
それだけではないのです!
わたくしが入ろうとしたお風呂のお湯を
熱湯に変えて、入れなくしたのもお兄さまですし
それから大量の血糊を作って
『ケガをした……』などと言って
わたくしを縮み上がらせたのもお兄さまでした!
とにかく、
イタズラなどもうしない年頃だろう……と
油断させておいてドカン! とくるのですから
たまったものではありません。
熱湯のお風呂など、
わたくしが水の使い手でなかったのなら
危うく大火傷をしていたところなのですよ!?
考えられない悪質なイタズラです!
……いいえ。
これはもう、犯罪と言っても
過言ではありませんわっ!
きっとラディリアスさまに対しても
冗談半分で仕掛けたのに違いありません。
おおかた、極度に嫌がる
殿下の女性的な部分を認識させて
反応を楽しもうとでも思ったのでしょう。
けれど予想に反して
ラディリアスさまが嫌悪感を示され
逆に怒られてしまい、気落ちしたのでしょうね。
ふふん、いい気味ですわ。
人は誰しも自分の中に、
女性的な部分と男性的な部分を
持ち合わせているもの。
たとえ自分が女性であったとしても、
見た目や仕草、ちょっとした考え方など
男性的な部分が『全くない』などとは言いきれない。
そしてその逆も然り。
けれどラディリアスさまは、
そんな自分の中にある女性的な部分を
とても嫌がっておられました。
──もっと逞しい姿で
あれば良かったのに……。
ある日ぽつりと仰られたその言葉に
わたくしは少し違和感を感じました……。
けれど、その意味が全く分からないわけでもない。
かく言うわたくしも、
もう少し逞しくなりたいと思っていましたから。
実のところ わたくし、すぐ倒れるのです。
どうにもこの、
縛り付けられる服装が合わないのでしょう。
少し動くだけで
息切れと貧血を起こしてしまうのです。
もっと逞しくあれば、
度々倒れる……
などという事もなくなると
思っていたものですから、
その気持ちは痛いほどに分かるのです。
ですから、とても悲しげに
仰られたその姿に、
わたくしも心が痛くなったものでした。
殿下は線が細いので
『女性の姿をしても、映えるのではないかしら』
……と他のご令嬢方から噂されることもあります。
……確かに、ドレスを着せたら
美しいかも知れない。
陶磁器のように真っ白なその肌に、
漆黒の絹糸のような長い髪。
そしてその髪は、
いつもサラサラとしていて、柔らかい。
殿下はその髪を、いつも灰色のベロアリボンで
丁寧に結んでおられ、
左肩へそっと垂らしていらっしゃるのですが
それがまた妙に色っぽいのです。
殿下は男の方ですから、
当然 外での野戦訓練もなさるはずで……
けれどそれなのに、
なぜかその肌はきめ細やかで
その上 真っ白なのです。
ほんのり色づいたその唇は、
例えばラディリアスさまが女性であったとしても
紅を差すのが少し勿体ないような、
そんな綺麗な色合いをしているのです。
令嬢の方々などは
四六時中 室内にいるというのに
『美白だ! 化粧水だ!』と騒ぎ立て
『香油はここのお店がよい』などと言いながら
苦労して美しさを保っているのですが
殿下ときたら十分な手入れもせず……
しかも外での活動も多いと言うのに
あの美しさを誇っておられるのです。
ですから殿下のその容姿を
羨む女性は、本当に多いのです。
けれどそれが、
ラディリアスさまにはお嫌なようで
羨望の眼差しを向ける令嬢たちへは
困ったような微笑みを見せるだけで
決して関わろうとはなされませんでした。
……そりゃそうですよね?
殿下は男らしくあろうとしているのですもの。
肌の白さやキメ細やかさを褒めたとして、
喜ぶとは思えません……。
「……」
けれどわたくしは、思うのです。
わたくしのお兄さまも似たようなものなのですよ?
だって、わたくしとお兄さまは双子。
当然、わたくしに似たお兄さまも
どちらかと言うと女性的な顔立ちで
陰では同じような事を
ご令嬢の方々に言われているのですから!
ふふ。可笑しいですわよね……?
この大柄な体型で、
女装が似合うのでは……? なんて……!
わたくしは微笑みながら、
そっとお兄さまを見上げる。
「ん? フィア……どうかしたの?」
「うふふ。なんでもありませんわ」
わたくしは扇で顔を隠しつつ、クスクスと笑う。
双子で、お兄さまと瓜二つの このわたくしが
既に女の姿をしているのですもの。
わざわざお兄さまを女装させずとも
わたくしを見れば事足りる……。
お兄さまが女性たちに
ラディリアスさまより噂されないその理由は、
既にわたくしの存在が
あるからなのかも知れません。
ことある事にお兄さまの傍にいる
わたしくしの存在が、
噂好きのご令嬢方の口を自然
閉ざしてしまうのでしょうね。
なにかとわたくしの世話を焼いて下さるお兄さま。
そんなお兄さまの噂を立てようものなら
すぐに わたくしの耳に入ってしまうでしょうから。
ですから、あからさまな噂を
立てるわけにもいかないのでしょう。
「……」
ふふ。でも……まぁ他にも
ラディリアスさまの方が遥かにお美しいですし、
少し冷たい雰囲気のあるお兄さまよりも接しやすく
話しやすいので、噂の度合いが
高くなってしまうのも
仕方のない事と言えば仕方のないこと。
けれど得てして男の方は
どちらかと言うと女性的であった方が
ご令嬢方には好まれる傾向に
あるようにも思うのですよ?
ですから、
そのように気になされる必要はないのです。
けれど、その事を伝える機会がないまま
今日この日を迎えてしまいました……。
「……」
わたくしは少し考えて、首を振る。
いいえ、やっぱり癪なので、
その事はこのまま黙っていることに致しましょう。
だってラディリアスさまもお兄さまも、
あれでいてなかなかモテていますもの。
ほんっと忌々しい限りですわ……!
わたくしは心ならずもムッとする。
モテるのが忌々しい……と言うより
少し悲しいのです。
簡単に外へと出られるお兄さま方とは違って
わたくしはあまり人目には出られない。
……いいえ、わたくしのみならず
他のご令嬢だってそうなのです。
外へ出る機会と言えば、お茶会や夜会くらい。
そんなわたくし達の婚約者など
物心つかない幼い頃に親に決められて
結婚式当日に初めてその顔を見る……
なんてことも多いものですから、必然
自由に歩き回れるお兄さま方が
羨ましく思えるのです。
男の方は何人も側室を
もうけられるのかも知れませんが
女性は生涯にただ、1人だけ。
結婚に自由などないのですもの……。
──ですから、噂話にも花が咲く。
他人の色恋沙汰には皆さん、本当に目がない。
それくらいの自由は
許されるべきだと思っているから。
「……」
幸い我が家では
わたくしの意志を尊重して下さっているから
まだ良い方です。
けれどラディリアスさまやお兄さまは
いずれ、それなりに心を許したお相手を見つけられ
わたくしとは違った別の道を歩むことでしょう。
その時わたくしは、いったい何をしているのかしら?
それを思うと
心の中に ぽっかりと大きな穴が空いたような
そんな寂しい気持ちになるのです。
まぁ確かに、ラディリアスさまや
お兄さまのご結婚が決まるのでしたのなら
それはそれで
喜ばしい事でもあるのでしょうけれど……。
「……」
わたくしは複雑な気持ちになって
お兄さまの服の裾をそっと掴む。
「フィア?」
「……」
心配げに覗き込むお兄さまから
わたくしは視線を逸らす。
いずれお兄さまもラディリアスさまも
わたくしから離れて行ってしまう。
独り占めにしたい──。
……そんな風に思っている訳ではないけれど
いつか来る、その別れの時が
わたくしには恐ろしくて堪らない。
いずれ別々の家族を手に入れたら
二度と会えなくなるのではないかしら
そう思うと、いつも不安になるのです。
「……いいえ、何でもありませんわ」
絞り出すようにそう答えて、
わたくしはお兄さまの胸へと顔を押し付ける。
ホッとするような優しいお兄さまの匂い。
「フィア……!?」
つき放すように言ったわたくしの言葉に
少し戸惑ったのか、お兄さまが
悲鳴のような声を上げる。
その声にわたくしは少し苦笑し
少しだけホッとする。
だって、わたくしのことを心配してくれる今は
まだ一緒にいられる。
……そう思うから。
わたくしは努めて明るく振舞おうと
お兄さまを見上げ微笑んだ。
「大丈夫です。
……少し、子どもの頃を思い出したのです」
「……子どもの頃?」
見上げたわたくしの微笑みを見て
ホッと呟くお兄さまに、そっと静かに頷いた。
「ええ。お兄さまは、覚えてらして?
殿下が
女の子の格好をしていらした時の頃のことを……」
言いながら、わたくしは、
懐かしいあの頃を思い出し、思わず微笑んでしまう。
そんなわたくしを見ながら
お兄さまも優しく微笑んでくれる。
「あぁ、覚えているよ。
驚くほどに似合っていたから
正直、どうしたらいいのか分からなかった……」
苦笑いしながらお兄さまは
肩を竦ませる。
ふふ。
そう、あの時のラディリアスさまは
それはそれは とっても可愛らしかったの。
殿下は、
皇帝陛下と皇妃さまの間にお出来になられた
たった1つの珠玉の珠。
1人きりのお子さまなのです。
何かあってからでは遅いから……と、
幼い頃は半ば強制的に侍従たちから
女の子のドレスを着せられていたのです。
可笑しいでしょ?
──魔除けの意味もある、女の子の衣装。
何故なのだか男の子は病気をしやすいのだそうで
体の強い女の子のフリをするのですって。
女の子のドレスをその身に纏わせ、
『この子は男ではない!』と病魔を惑わせるのだとか。
……ふふ、本当に効くのかしら?
その効果は、わたくしには分かりかねますが
あの時のラディリアスさまは
本当に可愛らしくって
またお目にかかりたいと わたくしは
願わずにはいられない。
──あぁ本当に、
……本当に、とっても可愛らしかったの!
白く滑らかなマシュマロのように
ぷっくりしたその肌に
潤むようなサファイア色の大きな瞳。
その瞳に陰るように覆い被さる
柔らかな漆黒の長い睫毛。
女の子の格好が恥ずかしいのか
スカートの端をギュッと握りしめて
ふるふると震えていらした幼い頃のラディリアスさま。
それが凄く可愛くって、
ラディリアスさまは確かに
わたくしよりもずっと年上なのですが
『守って差し上げたい!』などと
わたくしは思ってしまって
思わず抱きしめてしまったくらいなのです!
ふふ。そして、
わたくしに抱き締められた時の
あの殿下の顔と言ったら……!
「……」
あの時はまだ
女性らしいとか男性らしいとか、
そんなの意識なんてしていなくって
見たままありのままを受け入れられた。
それがいつしか歪んでしまって
近い未来に わたくし達は離れ離れになってしまう……。
……あぁ、また、あの頃に戻りたい。
何も知らずに、無邪気に遊んでいられたあの頃。
憂いも何もない、
ただ面白いことを面白いと言って笑って
はしゃぎ回ったあの頃。
微笑み混じりの溜め息を吐き出しながら
幼い頃の事を思い出していると
少しラディリアスさまのお顔が見てみたくなった。
あの頃の面影は、
今もラディリアスさまにあるのかしら……?
可愛らしかったラディリアスさま。
……成長して大人びてしまったがために
あの幼いラディリアスさまを
もう見ることが出来ないなんて、
とても惜しい気がするのです。
「……」
そんな事を思いながら、わたくしは再び
お兄さまの背中の影からこっそりと、
ラディリアスさまを覗いてみる。
そっと覗けば、
きっとラディリアスさまも
お気づきにはならないはず……。
最後に一目だけ、
幼かったラディリアスさまの面影を探してみよう。
そんな事を思って、
わたくしはこっそり
ラディリアスさまを覗き見たのでした。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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