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母親代わりのメリサと、俺の仕事。

 仕事の都合上、ほとんど一緒にいてくれなかった

 今世の父と母に代わり、メリサは俺たち双子の面倒を

 よく見てくれた。

 義務的な愛情ではなくて、ちゃんと家族として

 見てくれたんだ。

 

 その事について、俺は……いや俺たちは、メリサに

 感謝してもしきれない。

 

 特殊な状況に置かれている俺たちに、メリサは

 一身に愛情を注いでくれた。

 

 ……これって、簡単にできる事じゃないって俺は

 思っている。

 


 

 メリサは30代半ばにして、少しづつ白髪が生え

 始めている。俺たちが苦労かけたからかな?


 その事にちょっと罪悪感が無いわけじゃないんだけど

 メリサはそれを知ってか知らずか、髪を染め

 ようともしない。染ればきっと、まだまだ

 いけると思うんだ。


 だってまだ30代。

 結婚はしていないけれど、俺って言うコブ(・・)付き。

 だから浮いた話は全く聞かない。


 せめて……せめて髪でも染めて、お洒落でもしたら

 きっといい人が現れるかも……なんて、俺は浅はかにも

 考えたんだけど、




 ──わたくしは、年相応に歳を重ねたいのですよ。

   自分の歩んできた1歩1歩が愛おしいのです。

   だからその月日を感じさせるこの白髪(しらがみ)

   本当に大好きなのですよ。




 って。

 そう言って、メリサは笑った。


 その時俺は、人の人生は色々なんだって思った。



 メリサのその優しげな顔立ちは、修道院の

 子ども達にも人気だ。

 たまに俺たちは、西の森のふもとにある修道院に

 行くことがある。例の氷のキューブを保管している

 施設だ。


 そこには帝国が運営する孤児院があって、俺たちは

 たまにそこへ、寄付を納めに行っていた。


 ……『寄付』って言うとあれだけどね、

 本当は俺的には、平民の暮らしを満喫しに。


 だって、他にないんだ。

 俺がなろうとしている生活を肌で体験できるような

 そんな場所が。


 確かに平民街は存在するよ?


 だけどそこは、けして治安がいいわけじゃない。

 心配性のフィデルから『絶対1人では行くな!』

 と念を押されてしまって、なかなか行くことが

 出来ない。


 逆に、西の森近くの修道院ならいつでも行ける。

 何故かって言うと、修道院の近くには、騎士養成学校

 があるからだ。

 何かあれば、ひと声さけぶだけで、そこの訓練生たちが

 飛んでくる。


 魔物の森が近いせいもあって、警備は厳重なんだ。


 だから、メリサと護衛の2~3人でも連れていけば、

 フィデルは顔をしかめながらも、この修道院へ

 行くことを渋々承諾してくれた。


 時々しか行けない平民街より、この修道院だったら

 毎日だって行けるしね。

 だったら必然、こっちの方に来ちゃうってわけ。



 で、ここに来る度にメリサのまわりには

 彼女を慕う子ども達で溢れかえる。


 茶色の瞳と髪の毛の優しい色合いが、メリサの性格を

 物語っていて、一緒にいるだけでホッとするんだ。


 


 ──まるでお母さんみたいな人。




 ……メリサ自身、結婚していないから、自分の子どもは

 いないんだけどね。だけどみんな言うんだ

『お母さんみたいな人』って。


 孤児院には、身寄りのない子ども達が連れてこられる。

 当然自分の『母親』すら、見たことがない子どもだって

 いる。だけどそんな子たちも声を揃えて言うんだ。




 ──メリサは、お母さんみたい!




 ってさ。

 可笑しいだろ?

 母親なんて知らないのに。

 メリサは、お母さんにすらなっていないのに。



 でもきっと、本能で分かるんだ。

『お母さん』は、きっとメリサみたいな人を

 言うんだろうなって。



 メリサは、本当に優しい。


 本当なら、実家のあるトーマ村で家族と住むはずだった。


 ゾフィアルノ侯爵家で働く任期は、とっくに終わって

 いて、あの時のメリサは、実家のあるトーマ村に

 帰るべく、支度をしていたらしい。

 どんな土産を持って帰ろうかと、あれこれ考えながら。


 けれどちょうどそこで、俺たち2人が産まれてしまった。

 双子だったからね。予定よりずいぶん早く出てきて

 しまったみたいなんだ。


 そこでメリサは、帰るに帰れなくなってしまった──。

 

 


 ──俺たち、というより

   俺が(・・)産まれたせい?

 

 


「……」

 産まれたのがフィデルだけだったのなら、良かった

 かも知れない。けど、お腹の中には『俺』もいた。


 俺たちがもし、双子じゃなかったら、今頃メリサは

 自分の子どもと一緒に、トーマ村で畑でも耕し

 ながら幸せに暮らしていたかも知れない。




 ──けれどそれは、叶わなかった。

 



 実家に戻る自由どころか、結婚する権利すら

 奪われてしまった。

 

 

 メリサはあの当時、産婆の資格を持っていた。


 ……そう。

 メリサは、産まれて来る俺たちを取り上げて、

 だからその時に、俺たちの秘密を知ってしまう。


 そりゃそうだよね?


 産まれたての赤ん坊に、ついてるかついていないか

 ……なんてすぐ確認するだろ?

 それこそ、重要なことだから。


 だからそのせいで、メリサは

 実家に帰る(すべ)を失った。

 


 

 ──無理強いをされたわけではないのですよ。

   わたくしには家族はいませんから(・・・・・・・・・)

   そもそも帰るところなどないのですもの……。




 ……メリサはそう言って笑ったけれど、それが本当に

 本心で言った言葉なのかは、よく分からなかった。

 聞いた当時、俺、すっごく子どもだったし。

 そう言われてしまえば、そうなんだ……って、納得する

 しかなかったから。


 

 だけどさ、今考えるとメリサは、そう言って笑って

 俺たちが責任を感じないようにしてくれたんじゃ

 ないかなって思うんだ。


 確かに、メリサが言うのも分からないでもないよ?

 実家……とは言っても、もともとメリサは捨て子だった

 から、親と言っても義理の親しか存在しない。

 拾ってくれたのが、トーマ村の人だったってだけで

 本当の実家ではないから──。


 でもね、(ちまた)では『人格者』と知られている

 父と母だけれど、所詮、侯爵家。……お貴族さま

 なんだよね。

 ここまで家の秘密を知った人間を、簡単に帰すはずが

 ないんだ。

 

 きれい事ばかりじゃなく、……当然汚いこともしている

 はずで、この時、無言の圧力……と言うものが

『全くなかった』とは言いきれない。

 きっとそれなりに圧力を掛けられたハズなんだ。


 ただ、そんな秘密を知るメリサだからこそ

 普通の侍女よりも給金が高いし待遇もいい。

 

 お金でどうこう出来るとは思ってはいないけれど

 それはそれで、折り合いはついているのかも

 知れなかった。

 

 

 でも、それが俺だったのなら多分、納得いかなかった

 だろうなぁ……。

 だってそうだろ?

 ただの赤ん坊2人に、自分の人生を潰されるんだぞ?

 

 そりゃ、我が子だったのならまだいいよ?

 だけどそうじゃない。


 俺たちのせいで、メリサは自分の子どもすら、

 その手に抱けなかったんだから……。


「……」

 

 

 だけどそんな状況の中、メリサは

 泣き言1つ言わないんだ。


 何なんだろね?

 それがここで言う『平民』の常識なのかな?

 長い物には巻かれろ精神で、もう諦めて

 いるんだろうか?


 

 理由はどうであれ、俺と同じように自由を奪われ

 束縛のように不自由な生活を強いられたメリサ

 なんだけど、実際はそんな感じは微塵も見せず

 いつもニコニコと俺の相手をしてくれている。

 

 その笑顔にいつも俺は救われて、女の姿で生きて

 いかなければならないこの俺だけど、それでも

 なんとか、ここまで卑屈にならずに過ごすことが出来た。

 

 本当にメリサは、有難い存在。

 だからいつの日にか、そんなメリサにも自由な生活を……

 あたたかい家庭を持って欲しいなって思うんだ。


 

 

 

「メリサ……今日は、絞り出しクッキーを作ろうと思うんだ」

 

 朝食後に、髪を()いてもらいながら

 俺は鏡越しにメリサにそう言った。

 メリサは微笑む。

 

「それはようございますね。

 フィアさまの絞り出しクッキーは、絶品ですもの。

 ラディリアスさまにも、お持ち致しますか……?」

 

「……」

 尋ねられて、俺は押し黙る。

 

 いつもは当然、ラディリアスのところにも持って

 行っていた、手作りお菓子。

 婚約者だからとかそんなんじゃなくて、ただ単に

 食べて欲しくって。

 


 俺には気の許せる友だちってのは、この状況下

 だから少なくて、小さい頃から一緒にいる

 ラディリアスは、唯一『親友』と言っても良い

 くらいの間柄だと思っている。

 

 だけどさ、今の俺のこの位置づけってアイツから

 見たら、婚約破棄を叩きつけた相手。

 そのうえせっかくな誕生パーティーを台無しにした

 厄介者でもあるんだよね?


 おまけに、その父親である皇帝陛下にすら目を

 つけられてしまっている、不義のウワサがある

 女なんだぞ?

 それなのに呑気にクッキー作り……とか、有り得ない。

 

 今の状況だとさ、大人しく屋敷に隠れていた方が

 得策なんじゃないかなって思うんだ。


 確かに、正式なお沙汰(・・・)は下っては

 いないけれど、あの成り行き上、今の俺たちの

 立場って、とても不安定な状況のはずなんだ。

 それなのにクッキー持っていったりしたら、絶対

 変だよね?


 だから俺は、慌てて首を振った。

 

「ううん。持っては行かない。

 ……俺たちは今、謹慎中だから」

 

「──それは残念ですね。

 絞り出しクッキーは、ラディリアスさまの

 お気に入りの1つでもありましたのに……」


 メリサは鏡越しに、困ったような顔をする。

 その顔に、ズキリと心が痛む。


 だから俺は、それを打ち消すように、慌てて言葉を

 付け足した。

 

「あー……アイツさ、本当は男が作ったクッキーだと

 知ったら、どんな顔するんだろう?

 きっと真っ青になって投げ捨てるに決まってるよね?」

 俺はおどけてそう言ってみる。


 声はできるだけ抑えて、誰にも聞かれないように……。

 そしたらメリサ、肩を竦めホホホと笑った。

 

「ふふ。そうでございますね。


 ……けれど、フィアさま?

 フィアさまは女性であっても、男性であっても

 見目麗しくございますから、さほど驚きもせず……

 そうですわね、案外受け入れて下さるかも

 知れませんよ……?」

 

「──え"。

 ちょ、メリサ? そんなわけないだろ?

 お前ホントは、楽しんでるだろ……」


「いいえ。メリサは事実を申し上げたまで。


 フィデルさまにしろラディリアスさまにしろ

 お2人ともフィリシアさまを射止めるのに

 必死でございましてよ……?」


「──やめてメリサ。

 冗談にしては面白くない……」

「ふふふふ。

 これくらいでフィアさまが自重して下さるのなら、

 メリサはいくらでも申し上げましてよ?」


 そして悪戯っぽく笑いながら、俺の髪を

 結い上げてくれた。

 


 

 メリサは指先が器用で、複雑な編み込みも

 素早く綺麗に仕上げてくれる。

 

 ……いや、男の俺が言うのも何なんだけどさ。

 でも、この状況で生まれ育つと、男でいるよりも

 女の姿でいる方が多いものだから、思考が女性寄りに

 なるのは、やっぱりしょうがない。

 

 どちらにせよ、ぐちゃぐちゃに結い上げられて

 途中ずり落ちてくるような髪型よりも、

 綺麗に結い上げて1日中気にせず過ごせる方が、断然

 いいに決まっている。


 その点メリサは素晴らしくって、俺が痛くないようにって

 緩く結い上げた時でも全くずり落ちてこないんだ。

 不思議だよね?


 メリサは風魔法が使えるから

 空気で支えているとか……? ふふ。それはないか。

 

 

「はい。出来上がりました。

 フィリシアさま。今日もお美しくあられます……」

 そう言って、メリサはいつも丁寧にお辞儀する。

 

「……」


 正直、『美しい』なんて言われても、俺は別に

 嬉しくとも何ともない。


 ──でも自覚はできる。

 

 俺は男じゃない。

 女なんだって──。

 


 

「そう。……ありがとう」

 

 

 

 

 これは『仕事』なのだ……

 俺にしか出来ない、大切な仕事(・・・・・)

 いつもいつも、自分にそう言い聞かせる。


 でもこれは、永遠に続くわけじゃない。

 


 今だけ……


 今だけの、『仕事(・・)』なのだから──。

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


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