皇家のミス。
「……全く、フィリシアさまは──」
メリサは、深い溜め息をつく。
「……ヒック」
メリサは、俺が魔力に無頓着だってことを知っている。
魔力のせいで傷ついたことも……。
「……」
だから困ったような表情を浮かべつつも
あの時の……夜会場での状況が
どういう状況だったのかを教えてくれた。
メリサは言った。
「殿下……皇家に代々伝わる魔法は『地』の魔法です」
「『地』……の魔法? ……ヒック」
俺は聞き返す。
するとメリサは頷いた。
「そうです。地の魔法。
……けれどフィアさま? 『地の魔法』は
特別なのですよ?」
そう言ってメリサは、地の魔法について
説明をしてくれた。
地の魔法は守りに固く、皇帝陛下であられる
ラディリアスの父親の魔力もまた、この地の魔法。
陛下ほどにもなると、その力で皇宮内の全てを
守ることが出来るらしい。しかも無意識に。
「え?」
なに? それ。そんなに強い力なの?
だってウチですら、防御魔法は専門の護衛魔法士が
交代で受け持ってる。
それをあの広大な敷地をもつ皇家で、
主である陛下が1人で……しかも無意識下で
やってのけてるってのは、ちょっと眉唾ものだった。
だけどメリサは、呆れたような非難じみた声で、
俺を睨みつける。
「『え?』ではありません。そんな事
このヴァルキルア帝国では、子どもでも
知っている当たり前のことです。
そもそもなぜ知らなかったのですか!」
『子ども』の単語を強調しながら、メリサは俺に
詰め寄ってくる。
う。……ごめんなさい。
てか近いよ、メリサ……。
確かに聞いてはいたよ? 陛下が皇宮を守ってるって。
でもそれって、俺たちが普段使うような
護身術の延長かと思ってたから……。
「……ヒック」
決まりが悪くなって、肩をすぼめる。
メリサは構わず続ける。
「……それがどのくらいの威力なのかは、わたくしにも
存じ上げませんけれど、ここヴァルキルア帝国で
1番安全なのはどこかと言われると、それはやはり
皇帝陛下のおられる『皇宮』……と言っても過言では
ないと言われておりますから、その力の凄さは
押して図るべし……と言ったところでしょうか?
それほどの力を、陛下……いえ、皇族の方々は
お持ちなのです」
「……ヒック」
「そしてその力を、ラディリアスさまは確実に
受け継いでおられます。
ですからフィデルさまは、陛下の掛けられた皇宮の
守りと、ラディリアスさまが使うであろう地の魔法を
信じ、自らは動かなかったのでございましょう。
下手に動けば邪魔にもなりますから。
……フィアさまもご存知でございましょう?
多くの魔法が触れ合えば、それだけで大惨事に
なってしまいますからね……?」
「……ヒック」
…………。
俺は頷いた。
うん。それは知ってるよ?
魔力同士が混ざり合うと、反発するってこと。
「……」
だけどなんだか、状況が分かるほど釈然としない。
だってさ、フィデルはその事全部知ってたんだ。
知ってて、その場の『守り』を全部
ラディリアスに任せた。
陛下の元々ある『守り』と
ラディリアスが展開する『守り』……そりゃ
そこまでくると、守りは完璧だろうとは思うよ?
「…………」
でも……でもさ、
俺は俺で、婚約者であるラディリアスから
必死になって離れようとしていたんだよ?
それなのにさ、フィデルはフィデルで、それなりに
ラディリアスと連携を取っていたってことになる。
「……ヒック……」
まあ、当たり前と言えば当たり前。
だって2人は主とその側近。そこには
固く結ばれた主従関係が存在するのかも知れない。
……だけどなんだか複雑なんだよね。
フィデルは俺じゃなくて、
ラディリアスを取ったんだって思うと……ね。
「……」
──いや、そうじゃない。
俺は自分に言い聞かせる。
別にフィデルは、ラディリアスの肩を
持ったんじゃない。
フィデルは俺とラディリアスを天秤に掛けて
ラディリアスの方を取ったんじゃなくて、
確実性を取ったんだと思う。
みんなが安全に確実に、守られる方法を──。
確かに俺はあの時、魔法を展開しようとした。
フィデルと連携すれば余裕だって思ってた。だけど
フィデルは、俺よりもラディリアスの魔法をえらんだ。
だけどそれは、ラディリアスの魔法の方が俺より
遥かに優れていたからだ。
悔しいけど、ラディリアスの魔法の方が力は強い。
皇族なんだから、当たり前だ。
しかも場所は皇宮。
俺との連携を図るよりも、ラディリアスと事態収拾に
乗り出すのはごく自然な行動だと思う。
だけど、……だけどなんだか、悲しくもある。
「……ヒック」
ラディリアスにフィデルを取られたような
そんな感じ。
それは違うって思おうとするのに、心は
言うことを聞かない。
どんなに『そうなんだ!』って
自分に言い聞かせてみても、モヤモヤは
消えてくれないどころか、影を深くする──。
だってさ、俺の知らない
気づけなかった状況の中での暗黙の了解だよ?
言葉を交わさなくっても、相手の気持ちが分かって
行動するとかちょっと嫉妬しちゃうよね?
嫉妬……までいかなくてもさ、なんだかモヤってなる。
俺自身がラディリアスと縁を切ろうってしている
時だったから尚更そう思って見てしまうんだ。
「……」
俺は顔をしかめた。
せめて教えてくれたっていいじゃんって思う。
どういう状況だったのかさ。
だってあったろ? 説明するくらいの時間……。
それなのに教えてくれなかった。
お前は魔力を使うなって牽制までして──。
まるで俺、いらないみたいじゃないか。
「……ヒック」
落ち込む俺を見て、メリサは更に深く溜め息をつく。
「……フィアさま。
皇家の魔法は、特殊なのですよ」
「特殊? ……ヒック」
メリサは頷く。
「皇家……と言うよりも、陛下やラディリアスさまの
その『守り』の魔法が。
守りの魔法は、性質上ほかの魔法よりも
反発が極端に少ないのです」
「──え、えぇ!?」
俺は目を見開いた。
「……ヒック」
反発が少ない? そんな魔法ってあるの?
それって反則じゃ……
「……」
ここまで考えて、ハタと我に返る。
いや……ちょっと待て? 確かに俺は、魔法の
属性に関して興味はなかったよ? だけどこれは、
聞けば絶対に忘れない。
反発するのが基本にあったから、絶対に他の人の
近くでは魔法は展開しちゃダメだって、最初に
教えられた。
だけど反発が少ない人間がいる。
その事実は衝撃的で、聞いたのなら絶対に
忘れない。
……となるとだよ? メリサ。
それ、俺には教えてないよね? 絶対。
「……ヒック…………」
ジッとメリサを見る。
けれどメリサはそんな事お構いなしに、話を
続けた。
……ちょ、なにその都合が悪いと無視するとか、
ありえなくない?
ムスッとしながらも、俺は黙って話を聞く。
「……考えてみれば当然ですよね?
反発するのなら、『守り』になりませんでしょう?」
「……」
もしかして、それって言い訳ですか。
教えてないけど、考えれば分かるじゃん? 的な?
「……ヒック」
けれど言うだけ無駄だと思って、俺は黙り込む。
ん? でもちょっと待ってよ。
「地の魔法……って事はだよ? ヒック……じゃあ、
リアムと同じってこと?」
俺は少し複雑な思いで、そうメリサに尋ねてみる。
そう言えばリアムがメリサと対決したあの時、
確かリアムは、砂の魔法を使った。
『砂』と言えば『地面』。
領地内の兵たちが どんな魔力を有してるか……なんて
敢えて聞きはしないけれど、それだけは
間違ってはいないはずだ。
だってメリサとのあの対決は、忘れたくっても
忘れられない。
リアムが使ったのは、間違いなく砂の魔法だった。
──と……言うことは、
リアムもラディリアスと同じ属性の
魔力であるってことで、それを持っているリアムには
皇家の血が少なからずとも含まれているって
ことになるのかな?
俺たちの魔力はありふれているから、同じ属性は
ざらにいるけど、王族レベルになると話は違う。
「……ヒック」
そりゃリアムは伯爵だしね、有り得るよね?
遠い遠い先祖に、きっと皇家の人がいたに違いない。
……そう思うとなんだか不思議な気がする。
人はみんな親戚同士。
何だか近親感が芽生えて、ちょっとウキウキしてしまう。
ふむふむなるほど、なるほど……と思いながら
メリサに見ると、メリサは急に嫌そうな顔をした。
「……フィアさま」
目を細め睨んでくるメリサに、思わず身を引いた。
え、なに。怖いんだけど……。
身構える俺に深い溜め息をつき、メリサは続ける。
「リアム卿の魔法 は『地』ではなく『土』です……」
「……ヒック……? ……だから、同じだろ?」
「違いますっ!」
鬼の形相でメリサは叫び、叫ばれて俺はたじろぐ。
……そんな、ムキにならなくったっていいだろ……?
俺は唸る。
「『地』も『土』も同じ、……ヒック……『地面』だろ!?
だったら同じ……ヒック……属性って
事なんじゃないの? ……ヒック……リ、リアムには
皇家の血が少なからず流れてるって事だろ? ……ヒック」
「はぁ。フィリシアさまったら……」
俺の言葉に、メリサは再び大きく溜め息をつく。
その態度が鼻につく。俺は思わずムッとなる。
いや、だってそうだろ? 砂は土。
土は地面。
砂って事は、大きく見たら地の魔法って事じゃないか!
どこが違うっての?
ムッとする俺に、メリサは半ば呆れ顔で
魔法の説明してくれた。
『土』魔法は、土や砂限定。
片や『地』の魔法は、守りの魔法なのだそうだ。
ちなみに、『地の魔法』と呼んでいいのは
皇家と公爵家のみ。
侯爵家以下はいくら優れた魔法であっても
『土魔法』と呼ばなくてはいけないらしい。
「……あ、そ」
何それ。どこルールだよ。
ちなみにこれ、後で知ったんだけど、
ヴァルキルア帝国限定ルール。
他の国では、ただ単に『守りの魔法』だった。
……と言うか『守りの魔法』自体珍しくて
現在確認されているのは、ヴァルキルア帝国の
皇家のみらしい。
……なんなの、そのレア度。
そう考えると、『これは地の魔法』と言い張る
帝国の自由さも頷ける……。
他にはないからね。自分の魔法にどんな名前を
つけようと、勝手だろ? ……みたいな?
まあ事実が何であれ、この時の俺は
確実に腑に落ちていなくて、釈然としない気持ちを
抱えながらメリサに向き直った。
うん。もういい、とにかく分かったから
話を進めてもらおう……。
「……そう。守りの魔法だったんだ? ……ヒック」
俺は『分かった分かった』と分かったフリをした。
するとメリサの口から、溜め息が漏れる。
「はぁ、……フィアさま。
フィリシアさまは本当に
殿下の婚約者だったんですか!?」
メリサは呆れた声を出す。
「いえ、それよりも前に
幼なじみであられますよね?
何故、幼ない頃より親しくされている方の
魔法の質もご存知ないのですか……っ?
せめて、雰囲気だけでも感じていらっしゃれば
全く属性が分からない状況には、
なりませんでしたし、フィデルさまの行動を
疑うこともなかったはずです」
そして『育て方を間違った』……などと
ブツブツ呟いている。
いやいやむしろ、『育て方を間違った』んなら
俺にあやまれ。
俺はムスッとしてメリサを見上げる。
メリサはそんな俺を呆れ顔で見下ろし、
説明してくれる。
「皇家の魔法は、主に『土』を土台としてますので
あえて『地』の魔法と示されてはいますが
それはあくまで『土台』の話。
その実態は定かではないのですよ」
……定かではない……?
「……ヒック」
なにそれ。そんなのあるの?
俺の疑問を理解したのか、メリサは頷く。
「そもそも国の主たる王族の魔力は
どこの国をとってしても
魔力の根源をこれとは
断言出来ないものなのです。
宵闇が良い例でございましょう?
王家の魔法は『水』。けれど宵闇には
水魔法を使える方は大勢いらっしゃいますでしょう?
けれど確実に、一般の方々と王族とでは
その質が違うのです。
その原因の1つが魔力量。
あまりにも膨大なその魔力量のおかげで
時としてそれは、属性を超えた
魔法となりえるのです……!
フィリシアさまも、一度は
聞いたことがありますでしょ?
『賢者』と言われる方々の事を──」
「『賢者』……!」
思わず姿勢を正す。
魔法を極めようとする誰もが目指す『賢者』!
情報が少なくて、どうやれば賢者になれるのか
分からないけれど、ここで新たな
発見があるかも知れない!
そう思った俺を見て、メリサは苦笑いをする。
「賢者と言われる方々は、ずいぶん昔に存在していたと
言い伝えではありますが、今や『秘法』すら
失いつつあるこのご時世。
賢者と言う状態にまで魔法を極められた方には、
なかなかお目にかかれないのが現状です」
うんうん。
それでそれで?
「賢者とは、ご存知の通り、
あらゆる魔法を会得した者。
どんな魔法でも思いのままに操ることが
出来る優れた魔法士のことを指します。
……フィアさま、ここまで話すと何となく
分かるかとも思いますが、
『賢者』になるのは王族に連なる血筋でなくては
なれないのですよ?」
──…………は?
「……ヒック……」
「…………。
当然でございましょう?
そもそも魔力が足りなければ、魔法は
極められませんもの」
え? …………あー、……うん。
そだね。
そりゃそうだよね。
「……」
俺は目を彷徨わせる。
え。となると、俺には無理?
「……ヒック」
確かに俺の祖母は王家の人間ではあるけれど
その地位は第8王女。
宵闇国の国王の8番目の
子どもだったってこと。
子どもが出来にくいのは、なにもウチだけじゃない。
宵闇だってそうだ。
要は ばあちゃん、側室の子どもなんだよね。
正室と側室って、前世の歴史とかで見ると
その違いは血筋だったりするんだけど
……いや、こっちだってそうなんだけど、
決定的に違うのは、『魔力核』を
交換する量の違いなんだ。
正妻となった人に王はたくさんの魔力核を預ける。
だから側室になった人は、その分 少ない核しか
もらえないんだ。
歴代の王族を見れば、それは一目瞭然。
正妻の子どもの方が圧倒的に、魔力の量、質ともに
上になる。
で、そこを踏まえて
ウチのお祖母さまを見てみるとだよ?
まさかの第8王女。
現王の真月おじちゃんのお父さんの
お母さんが正妻で、
お祖母さまのお母さんは
なんと10番目の側室……。
…………10番目って。
奥さん、もらいすぎなんじゃないの? ……って
思うけれど、それが事実。
とにかく、核をもらえたのかすら定かじゃない。
下手すると、核すらもらえなかった
ただのお妾さんだったかも知れない。
ばあちゃん産まれてラッキー……みたいな。
「……ヒック」
──事実はもう、今となっては分からない。
だけど、察するにだよ? その考え方はあながち
間違っちゃいないんじゃないかなって思う。
だからこそ、ウチのばあちゃんは、ゾフィアルノ
侯爵家への輿入れが出来たんだって思うんだ。
そうじゃないなら、きっとどこかの王家とか、
宵闇の権力者のところとかに
行くって思うんだ。
なのにウチだしね……?
でもって、そこから更に血は薄まっているから
王族ではあるけれど、王族とは言えない。
それが俺たちなんだ……。
「……ヒック、…………ヒッ、ク……」
て事はだよ? 俺は賢者には遠く及ばない。
なれる可能性があるとしたらラディリアス?
……いや、ラディリアスも『秘法』を会得していないから
難しいかも知れない。
「…………」
呆けている俺を置き去りに、メリサは続ける。
「──と言うわけですので、皇家は特別なのです」
では、ラディリアスさまを見てみますと……と話は
進んでいく。
はいはい。もう好きに進めちゃって下さい……。
人知れず燃え尽きた俺は、はぁ……とメリサを見る。
メリサはそれに気づかず、話を進めた。
「ご存知の通り、殿下の魔力量は類を見ないほど大きく
賢者のそれに近い魔力を有しています。
いえ、殿下のみならず
他の皇族の方々にもそれが言えるわけです」
「知ってる。…………ヒック」
メリサは頷いて続ける。
「『土』と言える巨大な物質ではなく
もっと小さくて基本的な『何か』……それが
彼らが操る魔法の全て。
その物体の根本的な物質それが
皇家が操っているもの……と言われています。
……その『何か』がわたくしにも分からないので
説明はしづらいのですが……けれどだからこそ
皇家は皇家たるのです」
「……あ、ぁ……そう。ヒック……」
…………ん? ちょっと待てよ。
『もっと小さい何か』?
「……」
諦めきった頭を無理やり起こし、考える。
それってさ、『分子』に働きかけてるって
ことじゃないだろうか?
「……ヒック……」
実はこの世界、まだ『分子』の概念はない。
仮にラディリアスが操っているのが
『分子』だとしても、その事に気づかず、無意識のうちに
操っていたかも知れないって事は、おおいに有り得る。
要はだよ? 物体に働きかけるよりも『分子』に
直接働きかけるやり方の方が、もっと細やかな作業が
出来るって事なのかも知れない。
だけどもちろん目には見えないから、
操るのは難しい……そういう事なんじゃ?
ん? 待て待て、そこをいくとだよ、例のあの『賢者』。
彼らはもしかしたら『分子』を
極めた人たちって事なんじゃないだろうか?
属性を超えた、……いわゆる『分子魔法』……?
「ヒック」
持っている魔力量が少なければ、寄り集まった分子
……つまり大きな物体を操ることは出来るけれど、
目に見えないくらい小さな『分子』は
存在そのものがまだ発見されていないから
みんなの概念にはない。
ないものを探求するのは当然無理だし、ましてや
そんなものを操ろうとは考えない。
て事は、ラディリアスや王族の人間たちは、
その分子の存在を知らずに、その1つ1つを
無意識下で操っていたってこと……?
「……」
え。それって、すごくないか?
俺だって水を蒸気の状態にするのですら
難しかったんだぞ? それを無意識下……?
「…………ヒック」
高位貴族が持つ魔力よりも更に
膨大な魔力を持つ皇家。
そして見えないどころか、
その存在すら知らない分子を操る そのセンス。
それを持ち得た人間だけが到達する『賢者』……?
……でも待てよ。
て事はだよ、例の『秘法』。
秘法も、その分子が関係するんじゃないだろうか?
「……ヒック」
横隔膜を震わせ、俺は必死に考える。
おそらく、秘法を持って産まれた王族は
それなりに魔法を操れる特技を持って
産まれた人たちに違いない。
だから、『無意識下』で分子を操ってた。
だったらさ『意識下』でなら、どうなるんだろう?
「……ヒック」
分子の存在を知っていて、あえてそれを使う……。
そしたら、魔力が少なくっても、
質の高い魔法が使えるようになるんじゃないだろうか?
『土』を操れるリアムも、もしかしたら
皇家レベルの事は出来るんじゃないかな?
そしたら俺だって当然──。
「……ヒック」
俺は目の前に光が見えたような気がした。
途端──
──バン!!
「ひぐ……っ!」
もの凄い音がして、俺は飛び跳ねる。
メリサが机を叩いた音だ。
ビックリして、目を見開いたままメリサを睨む。
……うるさいよ? メリサ。
考え事してたのに。
「……」
驚いたけれど、でもいいや。
これでしゃっくりとも おさらば……と
思っていたのも束の間
すぐにまた『ヒクッ!』と妙な声が出た。
……ダメか。
しつこいな、このしゃっくり……。
「ですから! フィリシアさま……っ!!」
メリサは怒鳴る。
「……っ、なんだよメリサ。うるさいだろ」
ムッとして顔を背けるものの、メリサはめげない。
叫んでメリサは、ずずずいっと身を乗り出した。
「フィリシアさまは、もっと周りに目を向ける
べきなのです。
殿下の魔力の質も分からず『土』と『地』の違いすら
ご存知ない。
そんな事で、ゾフィアルノ侯爵の嫡子がどうします!
いいえ!これは由々しき事態ですっ!
フィアさまはもっとお勉強なさるべきだと、
このメリサは思うわけです!!」
バンバンバン──!
とメリサは机を叩く。
……いやもう、ホントうるさいよ? メリサ。
「う。……ヒクッ……わ、分かった。
分かったから……ヒック……」
「いいえ、分かってはおられませんっ」
メリサはキッパリと言い切る。
「ならばフィデルさまはあの時『なにを』
見ておられたのだと、フィリシアさまは
お思いですか?」
「え……何を? ……って? ヒック……」
何を……って。
「えっと、怯える人たちを見てた……?」
って言ったら、すかさずメリサのデコピンが
飛んできた。
「い、痛っ! ……ちょメリサ、ひどい!」
「酷いのはフィアさまです!
なんですか! フィデルさまにその様な
妙な趣味でもあるような言い草は……!
そんなわけ、あるわけないでしょう!?」
「え、だって……ヒック……」
「『だって』じゃありません!
もっと見なくてはいけないもの。
見つけなければならないものがあるでしょう!?」
俺は息を呑む。
見つけなければならないもの……?
そんな事、考えてもみなかった。
見つけなくちゃいけないもの……。
「…………ヒック」
俺は考える。
……えっと、守りは完璧だったんだろ?
だったらあの時フィデルが見ていたのは……。
「──っ!」
そこでハッとなる。
あの場にいた人たちがみんな、完全に安全だと
すると、フィデルが見てたのは、やっぱり人物。
だけど、ただの人なんかじゃない!
賊の仲間だ!!
扉を飛ばした人物が『賊』だとすると、
もしかしたらあの会場には『仲間』が
いたかもしれない。──そう思うのが普通だ。
フィデルはあの時、その『仲間』を
見分けようとしていたに違いない。
もし俺が同じ手口で、あの場を襲おうと思うなら
視覚的に分かりやすい攻撃……たとえば
『扉を吹っ飛ばし』人々の目をそっちに向けさせて、
内側から別の何らかの攻撃を加える。
フィデルはその『内側からの攻撃』に対応すべく
会場内を見回していた……と、そんなところだろうか?
……あ。
でも結局のところ、扉を飛ばしたのが陛下だから
それは杞憂に終わったってことか。
フィデルは、皇家の魔力を認識出来るから、
すぐに陛下の仕業って事に、気づいたのかも
知れない。
「…………ヒック」
「……ご理解なされたようなので、安心致しました。
まさか、これほどとは思いませんでしたけれど」
はぁ……と、諦めに似た溜め息をつく。
ちょ、その言い方。
「……」
ムッとして見上げると、メリサはいつの間にか、
勝ち誇った顔をしていた。
にんまりと笑うその顔が憎たらしい。
「……ヒック」
「周りの状況を見て、自分が何をすべきか
咄嗟に判断し行動する……。
フィデルさまにはそれがお出来になる。
ですから、あの若さでそれなりの地位を
獲得されておいでなのです」
『けれど……』とメリサは目を細めた。
殺気が含まれているような気がして
俺は震え上がる。
う。やだ。怖いんだけど……。
嫌な予感がして、俺は慌てて目を逸らした。
いや、逸らそうとした俺の行動を読まれていて
メリサは先回りをし、俺の顔を両手で挟むと
自分の方へとグイッと向けた。
……ちょ、メリサ?
それ、主に対する対応じゃ
ないと思うんだけど?
「……うぐ……ヒック」
……そうは思っても、逆らえない。
あぁ、……この関係性って、どうにかならないのかな。
トホホ……と思いながら、俺は項垂れる。
そんな俺にメリサは諭すように言った。
「いいですか、フィリシアさま。
そもそもフィリシアさまはそれが出来ておられない。
出来ておられないどころか、
自分の近くにいる者の魔力ですら
把握されていないし、理解されようともなさらない。
そんなことは基本中の基本ですのに……。
確かにフィアさまは、この魔力のおかげで
ショックを受けられたことも理解しております。
けれど、傍におられる兄君が何をなされていたのか
それすら理解できず、ラディリアスさまに
嫉妬なされるとか、有り得ないことなのでございます。
こうなったのも、お育て申し上げた わたくしの罪。
……メリサは本当に、悲しゅうございます」
「……ヒック」
……いや、嫉妬とか、そんなんじゃなくて──。
「フィアさま? ……これは本当に、由々しき事態です。
早々に、どうにかしなければなりません。
聞いておられますかっ!?
フィリシアさまっ!」
「……ヒック……、き、聞いてる……」
矢継ぎ早に言われ、俺はぐうの音も出ない。
いや、しゃっくりは出る。
「そして婚約破棄の件……」
スっと目を細める。
「……」
メリサの殺気が更に深まった。
ひぐ……っ、怖い。怖いよ、メリサ……。
俺は青くなる。
「陛下がその場におられ、無事に事が成った……と
フィアさまは思われておりますが、
陛下はきちんとお認めになられたのですか?」
「……ヒック……?」
俺は首を傾げ、メリサを見る。
するとメリサは、深い溜め息をつく。
『あぁ! もうっ!!』と言わんばかりの顔。
「……ですから!
ちゃんと明言なされたのですか?
『皇太子とゾフィアルノ侯爵家令嬢フィリシアとの
婚約解消を認める』……と」
「……ヒック、そ、それは……」
俺はそれを聞いて、一気に血の気が引いた。
実際、そんなこと……言われてはいない。
そうだ。言われていない。言われてはいないんだ。
あの場は陛下に預けて、ここへ帰ってきたから……。
だから結論は聞いていない。
俺は気まずくなって、頭を振る。
「……言われて……いない。……ヒック……。
言われてはいないけれど……ヒック……だけど──!」
「──フィアさま……」
メリサは顔をしかめる。
「……明言されていない──。そうですか」
メリサの声は冷たい。
「そうであれば、まだ何が起こるかは分かりません。
相手は、あの皇家なのですよ?
一筋縄でいくとお思いなのですか!?」
「メリサ……ヒック……」
嫌な予感が俺を支配した。
そう……確かに明言はされなかった。
となると、これからどうなるのかは、
まだ分からない。
ドキドキと胸の中で心臓が、嫌な音を立てた。
泣きたくなって、俺は胸元を握りしめる。
メリサの憐れむような溜め息が降ってくる。
「けれど……そう──」
メリサは窓の外を見ながら呟いた。
「けれど、皇家がミスを犯したことには
変わりはありません。
一度取り決められた婚約。
それを皇太子の我儘で、勝手に
破棄しようとなされた。
そしてそれはゾフィアルノ家自身もそれに手を貸し
協力し、そして行動に出た。
陛下としては、強く出れない状況ではあるはずです。
──そこのところは、……こちらの勝利と
言えるかも知れません」
メリサは手を口にそっと当て、考え込む仕草をする。
皇家のミス。
──それをどう、これから補うつもりなのか。
それは、開けてみなければ分かりません……。
メリサは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m
誤字大魔王ですので誤字報告、
切実にお待ちしております。
そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)
気軽にお立ち寄り、もしくはポチり下さい♡
更新は不定期となっております。