魔法属性と、小さい頃のトラウマ。
で、問題のラディリアスの魔力。……なんだけどね、
正直言って俺は、よく知らないんだ。
魔法には、大きく2つあって、
両親から受け継ぐ属性があるものと
その属性に関係なく使える魔法とがある。
『属性のあるもの』は、ある程度
魔力量を持っていないと使えないけれど、
『属性のないもの』は魔力量が少なくても
使うことが出来る。
たとえば、自分の身を守るとか、自己治癒能力とか
……そんなのは多分本能なのかな?
少しの魔力でも使える。
大切だよね、身を守ったり、傷ついた自分を
治すってことは。
でもこれも、魔力量の多い相手に対しては
あまり意味をなさない。
結局のところ、魔力も体力も『力』の
質と量で優劣が決まってしまう。
だからさ、結局のところ平民あたりになると
魔法はあまり使われない。
普段の日常生活って、前世でもそうだけど、
魔法なんていらないだろう?
それに魔法を使うには、集中力と想像力が必要になる。
普段、魔法を使い慣れている人間にとっては
造作もないことかもしれないけれど
慣れていない人間にとって、
『集中』と『想像』は案外難しかったりもする。
基本魔法は、魔物相手とか、戦争とか
そういった何かを倒すことには
信じられないほどの力を発揮するけれど、
普段生活をするくらいだったのなら
自分で動いた方が楽な場合だってある。
だから平民になると、魔力に頼るよりも
自分で行動するから、自然魔力の量も質も
下がってしまったんだろうって思う。
使わないから退化……?
ううん。もしかしたら休眠してるんじゃ
ないかなって思うんだ。
だってさ、世間ではよく言われているんだ。
血の濃い貴族同士よりも、
平民と貴族の間に出来る子どもの方が
魔力が強くなる事があるって。
……だから多分、退化したと言うよりも
休眠している。……そう思った方が
いいのかも知れない。
高位貴族であればあるほど
魔法を使う機会は多い。
魔物の森に入り討伐する事もそうだけど、
政敵を追い落とす為に魔法は使うこともある。
使う頻度がそれだけ多いと、その熟練度は上がる。
片や平民になると、魔法は全く使わないから
体の中にたくわえ、休眠状態になる。
そこに活性化させるような出来事があれば
その魔力は発現する……。
そんな風に考えると、しっくりくる。
魔法自体、まだ分からないことが多いから、
きっとこの考え方も、1つの仮説として
成り立つはずだ。
それとこの魔法には『秘法』って呼ばれる
不思議な魔法が存在するんだ。
それがどんなものか、俺は知らないんだけど
王族にだけ伝わる、高位魔法らしい。
その威力は他を凌駕する……とも言われるから
すっごい魔法なのかも知れないけれど
はっきり言って、俺は見たことない。
『王族』と言うと、ここヴァルキルア帝国では
ラディリアスの家族のことで、
宵闇国で言うと真月のおっちゃんが
それにあたるんだけど、
どちらの国でも、その秘法はずいぶん長いこと
発現していないって言うから
よほど珍しいものなんだと思う。
秘法を発現させることの出来る人物は、
それだけで王位継承を得られる……なんて言うけどさ
だけど誰も見た事ないんだよ?
前に発現したのって、いったいいつなんだろう?
信じられないくらい前のことだし
その秘法がどんなものか……
なんて、一般的には知らされていない。
なんでも悪用されるといけないからって、
国家レベルの秘密にもなっている。
例えば秘法が発現したとしてだよ?
なんでそれが『秘法』って分かるんだろう。
誰も知らないんだよ? どうやって判断するの?
見ればすぐ分かるのかな?
ちょっと眉唾ものだよねって、俺は思ってる。
あ。だけど、宵闇の秘法は
教えてもらったけどね、おっちゃんに。
そんなに、すごいものでもなかったけど。
『他を圧倒させる』とか言うからさ、どんなに
すごいのかって思ったんだ。
従わざるを得ないような、そんな魔力なのかなって。
だけど実際はそんなんじゃなくて、
誰でも使えそうな魔法だった気がする。
……もううろ覚えだけど。
でもさ、……はっきり言って、そんな力で
民心をねじ伏せようとか
そんな考えを持つ人間なんて、俺は信用できない。
そんな秘法なんてさ、いっその事
廃れてしまえばいいのに……。
実のところ俺は、あまり魔法が好きじゃない。
いや、前世になかったから、そりゃ珍しくって
そーゆー意味では好きなんだ。
不思議だし面白いよね?
だけどね、これって、遺伝的な要素が強くて
親の魔力を引き継ぐ……てのが
そもそもの一般的に出回っている知識なんだよね。
だから王族の『秘法』って言うのも、
魔力量が桁外れに多い王族の証として
用いられる。
王族だけじゃない。一般市民も、これは同じ。
両親の持つ魔法属性を子どもは引き継いでいる。
だけどね、おかしいんだ。
俺は両親から受け継ぐはずだった魔法を
受け継がなかった。
魔法が使えないわけじゃない。
使えるよ、ちゃんと。水魔法。
だけどね、ここヴァルキルア帝国で
水魔法を使える人間は存在しない。
使えるのは、俺だけなんだ──。
『え? 炎を出せない?』
『ええ、そうなのエフレン。
フィアはどうやら、わたくし達とは違う
別の魔力属性のようなの……』
『……』
ずっと前、俺がまだ小さかった頃、
夜中に起き出して、こっそり星空を見ていたその時
不意にそんな話し声が聞こえた。
俺は不思議に思って、耳をそばだてる。
『いや……そんなハズはないだろう?
一緒に産まれたフィデルはこの前火魔法で
庭の木を燃やしてメリサに怒られていただろう?』
『……』
母上はそこで黙り込む。
……その沈黙がとても重くて、俺は少なからず
ショックを受ける。
あの時魔法を発現させたのは
フィデルだけじゃない。
双子の俺も、同じように発現した。
……だけど、その属性が違った。
だから母上は、父上に報告する事が出来なかった。
父上は言葉を続ける。
『すぐに見つかったから良かったものの、
威力が強くて手に負えなかったのだとか?
私が皇宮から帰って見てみれば
庭が水浸しだったから驚いたよ。
しかしあれだけの水、よく持って来られたものだ』
ははは……と父上が笑う。
けれど……その笑いは、少し乾いてた。
もしかしたら父上は、心のどこかで
予測していたのかも知れない。
俺の魔力属性を……。
その乾いた笑いの上から母上が
苦しげに言葉を重ねる。
──『フィアがしたのです……』
部屋の外からでも、父上が唾を飲み込むのが分かった。
『……っ。
フィ、フィアが? フィデルじゃなく
フィアが木を燃やしたのだったら──』
『──いいえ。フィアが……
フィアが気づいて、魔法で──』
そこで父上は息を呑む。
『…………まさか、消したのか?』
『……』
黙り込む2人。
あの時は意味が分からなかった。
ただ、2人の深刻なその声色が恐ろしかった。
話の意味は分からなかったけれど、
これだけは確実に分かる。
──俺の魔力は、両親のそれとは違う。
似ている別の属性……なんて次元でもない。
両親の魔法……『炎』とは似ても似つかない『水』。
どうかするとそれは、『炎』に相対する属性。
どう考えても、相性の悪い『水』。
どんなに小さい子どもだって知っている。
火を消すには水を使えばいいって。
──全く違う属性。
だから俺は、恐ろしくなって
両親に気付かれないように
静かに部屋に戻ると、布団を頭から被った。
(これは夢だ。変な夢を見てるんだ。
あんなに大きな炎を見ちゃったから、だから──)
驚いたからだって思いたかった。だから変な夢
見ちゃったんだって。
だけどその夜は、なかなか眠れなかった。
朝が来て、辺りが明るくなると、その恐怖は
現実のものとなる。
『……夢じゃ、なかった』
その日から俺は、魔法を使うのをやめた。
なぜだか分からないけれど、
子ども心にそうするべきだと思ったから。
本当は傷ついていた。
あの日のフィデルの炎は、威力が強い上に
コントロールが効かなかったから
庭の木を何本も燃やして
かなり危険な状態だった。それなのに、
明らかに父上も母上もそれを歓迎していた。
だけど、その炎を消した俺の水魔法は、
どうやら悩むべき事だったようで、
発現した事すら秘密にされた。
今でこそ俺の魔法属性が何なのか
知らない奴はいないけれど、
当時はその事実を伏せられた。
それがショックだった。
褒められる事をしたのに、褒められなかった。
それどころか、その事実でさえなかった事にされた。
──それがひどく、俺の心を傷つけた。
後から知ったことだけど、俺は宵闇から来た
お祖母さまの血を色濃く受け継いだのだと
メリサがそう、教えてくれた。
『お祖母さま……?』
『そうです。
お父さまのお母さま。
フィリシアさまとフィデルさまのお祖母さま』
メリサはそう言って、俺の頭を撫でてくれた。
だから、気に病む必要はないのですよ……と言って。
そもそも、俺が落ち込んでいることに
一番早く気づいたのはメリサじゃない。フィデルだ。
フィデルがメリサに言ったらしい。
『フィアが落ち込んでる』って。どうにかしてって。
『フィアが泣いてる。助けて……!』って。
なんで、気づいたんだろ?
俺、できるだけ普段通り過ごしていたのに。
だからメリサも、まさか……と思ったらしい。
──どうされたのですか? フィデルさまが
ご心配なされていますよ?
メリサにそう言われた時に、俺はとても驚いた。
隠し通そうと心に決めていたのに、
そんな決心は直ぐにガラガラと音を立てて砕け散る。
メリサに知られたら、隠し通すことなんて出来やしない。
なんせ鬼のメリサだから。
だから俺はすぐに言ったんだ。
──ボク、お父さまとお母さまの
本当の子どもじゃないかも知れない……。
きっと、どこかで拾われたんだ。
そう言った途端、メリサの目が大きく見開かれた。
当時、捨て子はとても多かった。
実際に見たことはなかったけれど、ある小説がきっかけで
子どもを捨てる人が後を絶たない……って
メリサが嘆いていたのを聞いていた。
メリサ自身も捨て子だった。
だから俺が『捨て子かも』なんて言った時、
目の前が真っ暗になったって言ってた。
自分が苦しかったこと、苦労したこと、
それを味わわなくていい俺が悩んでる。
そんな理不尽な状況に目が眩んだそうだ。
だけど俺は真剣だった。
きっと自分もそうなんだと疑わなかった。
(……だから、お父さまやお母さまは
困った顔をなさるんだ。
だから兄弟なのに、フィデルの魔力と
ボクの魔力が違うんだ──)
本当に悩んだ。心の奥底から悩んだんだ。
……そして、誰にも相談できなかった。
恐ろしくて恐ろしくて、どうしようもなかった。
これからどうしよう?
ボクはこの家を、追い出されるのかな? って。
……まあ、笑われたけれどね。メリサに。
悩まなくていい悩みはサッサと捨てなさいって。
笑われて呆れられて、それから怒られた。
『フィデルさまと双子で、こんなにもそっくりなのに
フィリシアさまだけが
侯爵さまのお子さまではないなど
そんな事は、ありえません!
侯爵夫妻に失礼ですよ』
って。
『だけどメリサ?
ボクだけ使う魔法が違うんだよ?』
そう言うと、メリサも困った顔をした。
『ええ、そうです。
けれどそれは、フィリシアさまが
侯爵さまのお子さまでない理由にはなりません。
現に、フィアさまがお産まれのとき、
このわたくしがお取り上げさせて頂いたのですよ?
その事実がある限り、フィリシアさまは確実に
侯爵さまのお子さまですわ!』
キッパリと言って、メリサは微笑む。
『フィリシアさまはきっと、フィリシアさまの
お祖母さまに似たのですよ』
『お祖母さま?
北のご領地にいらっしゃる?』
俺は咄嗟に母方の祖母を思い浮かべた。
気が強く、子どもの俺たちにも微笑みかける事のない
あの冷たい祖母を……。
『……』
例え血が繋がっていたとしても、あの祖母と似てる
と言われて嬉しいはずがない。
俺は更に落ち込んだ。
そしたらメリサが声を上げて笑う。
『違いますよ。お嬢さま。
お母さまのお家のお祖母さまではなくて、
亡くなられたお祖母さまです。
お父さまのお母さま』
『お父さまの……?』
首を傾げると、メリサは頷く。
けれどそんな祖母の話は、当時の俺は
一度だって聞いたことがなかった。
俺は眉を寄せる。
メリサはそんな俺を見て、『仕方がない』と言った風に
肩を竦めた。
『ほら、時々いらっしゃいますでしょ?
宵闇国の真月さま。
真月さまのお父さまとそのお祖母さまは
ご兄妹になられるのです』
『え? でもおじちゃんは……』
『ふふ。そう、宵闇の国王であられる。
お祖母さまは、彼の国のお姫さまなのです』
『お姫さま……』
お姫さまなんて見たことがない。
物語に出てくるお姫さまを想像して
小さかった俺の胸は高鳴った。
物語のお姫さまと言えば、
たいてい絶世の美女で、性格も優しい。
そんな可愛らしいお姫さま……つまり
そんなお祖母さまを 俺は想像したんだ。
そしたら一気に嬉しくなる。
『……早くに亡くなられてしまったので、
フィリシアさまはご存知ないのですね。
それはもう、とても美しくあられて──』
『どうして? どうして他の国のお姫さまが
お祖父さまと出会ったの?』
もう夢中だった。
一度は、捨て子かも知れないと思った俺なのに
もしかしたら、
他国のお姫さまの力を受け継いでいるかも
知れないなんて──!
そう思うといても立ってもいられない。
『まあまあ、フィアさまったら……
それはですね──』
そう言って、祖父と祖母の馴れ初めを聞いたんだ。
この力。
俺のこの水を操る力は、いわゆる隔世遺伝ってやつで、
ヴァルキルア帝国では見られない魔法だ。
けれど、遠く離れた宵闇国には
腐るほどいる──そんな魔法だった。
だから俺は、両親と違う魔法を持っているけれど
嫡出子として認められた。
じゃないと説明つかないしね?
……でもさ『遺伝』って
なんて罪なモノなんだろうって
その時思った。
ぶっちゃけた話、代々引き継がれた
家門の魔力ではない魔力を持って
産まれてしまった子どもは
それだけで、迫害対象となる。
だから水魔法と聞いて、俺の両親は言葉を濁した。
自分たちとは違う魔法に
無意識下で不安を感じたんだろう。
いやそもそも
『家柄』ってモノがあるからいけないんだ。
必要以上に『血統』を重んじるこの状況がさ。
だけどどう足掻いても
そのやり方を変えることなんて到底出来やしない。
少なくとも俺の力じゃ、
どうすることも出来やしないんだ。
遺伝子を調べる術のない この世界では
そんな『どうすることも出来ない』事柄が全てで、
ほかに確かなものがあるわけじゃない。
隔世遺伝だかなんだか知らないけれど
場合によったら
『オレの子じゃない!』ていうような事態にも、
余裕でなり得たんだと思うと恐ろしくなる。
そんなのって、理不尽だよね?
きっとそう言われた人って、たくさんいると思う。
俺みたいに傷ついて、これからどうしようって。
もしもフィデルの存在がなかったなら
俺はどうなっていたんだろう?
双子じゃなかったら?
考えるだけでもゾッとする。
だから、俺が
この力を引け目に思っていなかった……と言うと
嘘になる。当然気になったよ?
気にしない方がおかしいだろ?
だからフィデルの炎魔法は
俺の憧れでもあったんだ。
確実に両親から受け継いだ力。
紛れもない、継承された力。
だから、羨ましくて羨ましくて仕方がなかった。
……どんなに、憧れても羨んでも
俺が手にすることは絶対にない、その『力』。
フィデルは完璧なんだ。
次期侯爵。
皇帝にも認められ、宰相の席だってフィデルを
待っている。
背が高くてイケメンで、それから家柄も
申し分なくって頭もいい。
両親から受け継いだ炎の魔法は、
発現した時はコントロールは
まるでダメだったけれど、今はしっかり
フィデルの思い通りに動いてくれる。
最年少で騎士資格すら獲得したフィデルは
もはや、怖いものなんてない。
こんな俺が弟で申し訳ないくらいなんだ。
……あーあ、何でこんなに違うんだろ?
でもね、こんなことがあったから
俺は他人の魔力に興味が持てなくなった。
確かにラディリアスは婚約者ではあったよ?
だけど、ラディリアスの使える魔法が
どんなものなんかなんて、そんなのどうでもいいんだ。
一緒に魔物の森に行くとか
戦争に参加するとかしない限り
知る機会もない。
ましてや『どんな魔法なのですか?』なんて、
聞くことも出来なかったんだ。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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