ささやかな疑問。
「まぁ! 陛下が……!?」
メリサが驚きの声を上げた。
……まあ、そりゃそうだよね。
あの時 俺を含め、たいていの人が驚いたもの。
そりゃメリサだって驚くに決まってる。
俺は頷く。
「ヒック……うん、そう。まさかの乱入。
しかも、……ヒック……大広間にある、
あのでっかい扉吹っ飛ばしての
……ヒック……登場だったから、
……ヒック……大騒ぎだったよ……ヒック」
俺は小さく唸る。
絶妙なタイミングで、
しゃっくりが顔を出してくる。
だから話しづらいったらない。
……地味にツライんだよね、しゃっくりって。
「…………ヒック」
……そう言えばあの時、妙にフィデルが
落ち着いていたっけ。
慌てるでもなく、みんなを助けに行くでもなく
ただただ呑気に、戦々恐々とする
会場の人達を観察していた。
あれはいったい、なんだったんだろ?
いつものフィデルを思うと、あまりにもらしくないありえない行動だった。
普段のアイツだったのなら、きっとすぐにでも
みんなを助けたはずだ。
どっちかって言うと、見た目的には
感情がやや希薄そうに見えるフィデルだけど
実際はかなりの心配性で
俺の事をいつも気にかけてくれている。
優しくて気が利いていて、おまけにイケメン。
次期ゾフィアルノ侯爵家の跡継ぎっていう
社会的地位もあって、実力もちゃんと
それに伴っている。
……神さまってさ、ほんとズルいよね。
持ってるヤツはとことん持ってる。
天は二物を与えず?
誰がそんなこと言ったんだろ。
世の中には確実に、完璧なヤツっているもんで
逆に何から何まで
ダメなやつって、やっぱりいるもんなんだよ……。
確かになんでも出来るように見えるその人
その本人は、
自分の実力に納得していないかも知れないよ?
だって自分自身のことだからね。
きっと満足することなく、
とことん上を目指しているに違いない。
だけどそれって、その頑張る姿すら、
何も出来ないヤツからして見れば
十分完璧に見えるんだよ……。
例えばさ、この俺。
フィデルとは双子だから、
身体的には……遺伝子上は全くの
同じであるハズなんだけど、
姿かたちがそっくりだったのは
子どもの頃だけで、今や天と地ほどの
違いが出てしまった。
フィデルはあんなにデカくて、
騎士資格も難なく取れたのに
片や俺ときたら、身長は伸び悩んでるし
勉強だってできる方じゃない。
同じ遺伝子だってことが
なんだか滑稽にすら思えてくる。
イケメン……? イケメンって、なんだそれ。
俺にしてみれば
『イケメン』もへったくれもない。
だって俺ってさ
男なのに女として過ごしてんだよ?
男らしさとか、女らしさとかが
いったいなんだったのかすら、
正直分からなくなってきている。
カッコ良さ?
カッコ良さって、いったいなに?
日々、可愛い可愛いと言われて育ってきた
この俺だよ? 『カッコイイ』に憧れる前に
『可愛い』を極めた。
確かに、『男として育っていれば、俺だって!』
……なんて思った事もあったけれど
フィデルは完璧過ぎて、もはや
勝てる気すらおきない。
フィデルの双子の弟として
普通に成長していたのなら、
俺はいったい どんな風になっていたんだろ?
……そんな風に思わないわけじゃない。
思いながら理想の自分を作り上げる。
だけど可笑しいことに、その姿がきっちり
フィデルなんだ。フィデルは、俺の理想──。
結局、そこに行き着いてしまう……。
『きっと俺は、フィデルには勝てない』──
そう、呪いのように呟いてしまう。
「……ヒック」
しゃっくりが裏返ったように音を出し
俺は少し笑ってみる。
勝てるとか勝てないとかってのは、ちょっと違う。
だって、そもそもフィデルとは性格が違うし
考え方だって違う。
ありのままの俺で過ごせたとしても
俺はフィデルみたいに有能ではなかったと思う。
きっと、ぽわぽわ〜と日々を過ごしていたに違いない。
「……」
そう思うと可笑しい。
結局のところ、女の子の俺も
別に嫌いなわけじゃないからね?
それはそれで面白がってたから。
根が適当だからさ、フィデルみたいには
やっぱりなれないかな。
逆にフィデルが俺だったら、
壊れていたかも知れない。
フィデルって、俺と正反対で、根が真面目だから。
想像しながら俺はクスクスと笑う。
「……フィアさま。笑い事ではないのですが……」
メリサが、困ったような顔を俺に向ける。
あー……でも、あれだよね。
確かに、フィデルの本当の性格は
優しいんだけど、実際はそうは見えないのが
フィデルにとっては玉にキズ……。
フィデルはどちらかと言うと、
感情があまり表情に出ない。
(コレはしょうがない。貴族の基本的なマナーだから……)
だからクールで、怖い感じがする。
俺と同じで少しタレ目だから、笑えば可愛いのに
むしろどちらかと言うと、
目を細め睨むような感じで
相手を見ることがあるフィデルは
往々にして勘違いされやすい。
その上、社会的地位と実力が伴ってるから
本当に怖い。
何かあれば、相手を社会的に抹殺する……なんて、
きっと朝メシ前に違いない。
実際に手を下しているとかいないとか、
そんなことは知らないよ?
でも不興を買えば、ろくでもないことになるのが
容易に想像できた。
お近付きには なりたいけれど
どこで機嫌を損なうか分からない。
そんな恐ろしさが、フィデルにはある。
そうなると近寄り難いって言うのも
あながち分からないわけでもない。
前世では『16歳で妻子持ち』とか
珍しい部類に入るのかもだけど
ここヴァルキルア帝国内では
とりわけ珍しい話でもない。
わけも分からない子どもの頃に
結婚相手を親が勝手に決めてしまう……なんてことは
ほぼほぼ当たり前で、
そんな事は そこここで行われている。
『配偶者選びは子どもたちの自由に』……なんて
言っている奇特な人間は、きっと
ウチの両親くらいなもので、
高位貴族になればなるほど
相手の家柄や損得勘定で、姻戚関係を
結ぼうとするのが暗黙の了解となっている。
誰もが自分の家門の発展に
躍起になっている……。
それがこの世界の仕組みだ。
だからフィデルや俺の歳になっても
未だ婚約者もいないっていう方が、よほど珍しい。
天下の侯爵家だしね?
……俺にもいたしね。婚約者。
残念なことに同性だったけど。
でも、婚約者が未だいないってことは
その分、相当恐れられているってことにも
繋がるのかも知れない。
……それともフィデルの方が断ってるのかな?
まさか、女の姿の俺に気兼ねしてる……?
「…………ヒック」
少し、心が重くなる。
望んでなった境遇ではないけれど、
俺のせいでフィデルの自由が
阻害されるのは気分が悪い。
俺のただの思い込みなのかも知れないけれど
あながち関係ないとも言いきれない。
そう思うと胸の奥底が痛くなった。
そう。フィデルの地位や外見はともかくとして
実際のフィデルは情に厚い。
人が困っているのを見れば
助けに行かずには おられない。
俺のこの状況を痛いほどに気にかけてくれていて
自分の利よりも、俺を優先してくれる。
それがたまに、俺には苦しく思う。
さすがに立場上、目に入る全ての人間を
救うなんて訳にはいかないから、
それなりの節度はあるとは思うんだけど
でもあの時のあの状況だったのなら
率先して救済に乗り出していても
おかしくはなかった。
だから俺はあの時
当然フィデルは みんなを助けるって
思い込んでいた。
──だけど、そうは ならなかった。
フィデルは助けるどころか
動こうとした俺すら止めて、少し面白がるように
その状況を眺めていた。
──自分は安全なところにいて
人々が恐怖する顔を見る。
「……ヒック」
確かにね、自分に助ける力がないとか
命に関わることなら、そりゃ逃げなくちゃいけない。
どんなに助けたい人がそこにいたとしても
自分の命を守るために見捨てる勇気も
時には必要だとも思う。
だけどさ、あの時のあの状況は違ったんだ。
過信するわけじゃないけどさ
それでもあの時、多分俺たちは みんなを助けられた。
完璧にみんなを助けられるとか
そんなおこがましいことは言わないよ?
だけど少なくとも、被害を最小限に抑えるだけの力は
俺たちにもあったと思う。
魔力同士の衝突の危険はあったから
多少のケガ人は出たかも知れない。
だけど、たとえそうだとしても
俺たちは扉が落ちる まさにその場近くにいて
何かしらの行動が確実に取れた。
助ける自信だって、実力だってあった。
早く行動すればするほど、
ケガ人を出す可能性は少なくなったんだ!
……だけどフィデルはそれをせず、ただ眺めていた。
動こうとした俺すら、押しとどめて……。
「……」
……それが、俺には解せない。
フィデルが操れる魔法は『炎』魔法。
しかもただの炎じゃない。
最大火力でもってすれば、いくら
皇宮の扉がでっかくて頑丈でも
灰にすることは可能だろう。
そう思えるくらいに、フィデルは
強力な魔力を有している。
でもって、この俺。
……俺は逆に、水魔法が使える。
フィデルがどんなに炎を繰り出したとしても
俺の水魔法でサポート出来る。
ケガ人が出るかも──とは言ったけど
上手くやればラディリアスくらいのことは
出来たはずなんだ!
扉を消滅させるフィデルの炎と
延焼と高熱を防ぎ みんなを守る俺の水魔法。
俺たち2人の連携があれば、
あの場はすぐにでも
収束できたんじゃないかなって思う。
確かにあの時は、色んな魔法が
繰り出されていて、魔法同士の反発による
衝撃も考えられた。
けどそれは、ラディリアスの魔法だって
そうだったはずだ。だけどラディリアスは動いた。
あの時 何もしないよりかは、遥かに
正しい行動だったと思う。
それなのに、フィデルは動かなかった──。
「……」
俺はぼんやりとその事を思い出し、そして口にする。
少し……あの時の事が気になった。
ううん。『少し』なんてもんじゃない。
かなり、腑に落ちなかった。
結果的には、ラディリアスがあの場を収めた。
まさかあんな魔法を使えるなんて
今の今まで知らなかったから俺は驚いたけれど
フィデルは知っていたみたいだった。
……そりゃまぁ、知ってるよね。
フィデルはラディリアスの側近だしね。
おかげであの場では、誰も傷つかずに済んだ。
だけど……だけどさ、それでも俺には
解せなかったんだ……。フィデルのあの行動が。
正直……許せなかった。
だってフィデルは、俺の誇りでもあったから──。
「あぁ。なるほどですね……」
けれどその疑問をメリサにぶつけると
メリサは意外にも納得したような顔をして頷いた。
頷きながら少し考え
『その場に、殿下がおられたからでしょうね ……』って、
そう小さく呟いた。
「ラディリアス? ……ヒック」
やっぱり、そう言うんだ。
「……」
俺が訝しげに眉をしかめると
メリサは少し目を見開いて『はい』と頷いた。
逆に、俺のその質問がさも意外だと言うようだ。
そして、それからすぐに何かを察知したようで
『はは〜ん』と小さく何かを納得し
小馬鹿にしたような顔になった。
「……ヒッグ、」
俺はそれを見て、少し嫌な予感がする。
息を……しゃっくりを呑み込んだ。
メリサがあんな顔をする時は
決まってお小言が降ってくる。
いや、……てか俺って一応メリサの
主なんですけど。何なの? その表情……。
「…………」
俺はムッとして眉をひそめそっと目をそらすと
忌々しいことにメリサは それに気がついて
顔を背ける俺を わざわざ覗き込んだ。
……覗き込んだその顔が、とても嬉しそうだ。
「……ヒック」
ニヤリ……とメリサが微笑む。
「フィアさまもご存知の通り、
人の持つ魔力は、その方のご両親から
受け継がれることが大きいものでございます。
……そう。言うなればその姿かたち
顔立ちが親子で似るように、魔力も当然
ご両親から受け継がれるものなのでございます。
そこを踏まえまして、皇太子殿下の魔力を
改めて見てみますと、まさに『素晴らしい!』の
一言につきます。
ことラディリアス殿下の魔法の繊細さは
帝国ひろしと言えどもかなり有名で
国内に留まらず、近隣諸国にまでも
その噂が広まっているほどです。
……確かに、皇族の直系に伝わると言われる
『秘法』こそ手には入れられなかったものの
その魔力の質は、現在のヴァルキルア帝国随一と
目されているほどです。
さすがは皇族ですよね?
──殿下の魔力の質。
…………もちろん、フィリシアさまも
ご存知ですよね……?
ラディリアス殿下とは幼なじみでもあり
尚且つ、ご婚約されていた仲でございますから……」
「…………ヒック」
メリサは目を細め、俺を見る。
ぐぐいっと寄せてくる笑顔の圧がすごい。
……てか、近い。
近いよ、メリサ。
「……」
俺は不覚にも動揺して、少しムッとしていた
自分の気持ちが揺らいだ。
自信に満ちたメリサの顔を見ると、
自分の考えが間違ってたんじゃないかって思えて
何だか居心地が悪い。
「……ヒック……」
心なしか、視線が泳ぐ。
そして意味ありげに微笑むメリサは
それをけして見逃さない。
キュッとその目が細く鋭くなる。
獲物を捉えた猛禽類の目……と言っても
過言じゃないほどの鋭さだ。
ラディリアスの魔力。幼なじみなら
『知ってて当然。けれどもしかしたら、
知らないんじゃないの……?』……そんな
訝しむメリサの声が聞こえてくるようだ。
「……」
メリサの圧を感じて、俺は焦る。
俺は何か言わなくちゃ……とばかりに、
思わず声が裏返る。
「ラ、ラディリアスの魔力……?
えっと……。
……ヒック……も、もちろん知ってるよ……ヒック……」
なんて言ってみたけれど、本当は知らない。
知ってるわけないだろ?
婚約すらいい迷惑だって思ってたのに
相手の事を知ろうとか
そんな努力するはずもない……。
しゃっくりは止まらずに
かえっていい具合に仕事をしてくれた。
これは好都合……とばかりに、
俺はそのまま言葉を濁す。
「…………」
眉根を寄せて、メリサが俺を睨む。
『やっぱりね……』と声が漏れた。
呆れたような溜め息と共に、軽い殺気が漂う。
……あぁ、これは逃げられないヤツだ──と
俺は半ば観念した。
フィデルの事もあって、
本当はイラついていたんだけどね。俺。
でも、体って正直だ。
……いや、これはもう、すり込みに
近いんじゃないかな?
メリサは、俺とフィデルの乳母だ。
別に、おっぱい貰ってたって言う意味での
『乳母』じゃないよ?
メリサは結婚してないから、
当然自分自身の子どもはいない。
だから、おっぱいなんて、そもそも出るわけがない。
そうじゃなくて、いわゆる子守りって言う
意味での『乳母』。
ゾフィアルノ侯爵家では、この世界では珍しく
母乳で育てることを家訓としている家門だから
たとえ乳母であったとしても
おっぱいを与えることは出来ない
決まりになってるんだ。
抱っこしたり可愛がってくれたり
遊び相手や食事や風呂の世話をしてくれたり
生活の基本的な事やマナーを教えてくれたりして
忙しい母上の代わりとして
存在するのが『乳母』で、俺たちの場合
その乳母が このにやけ顔で俺を見ている
メリサだったってだけだ。
ついでに言うと、メリサは元々乳母ではなくて
母上の『護衛』の1人だった。
急に産気づいた母上の手助けをして
俺たちを取り上げたのが事の始まり。
秘密を知ってしまったからには
手放すことも出来ず、そのまま俺たちの
『乳母』に収まってしまった。
運良く助産の経験があり、
家庭医学
育児に精通していたから
急に産気づいてしまった母上の手助けを
咄嗟にしてしまったらしい。
……本当はダメなんだけどね。
メリサは医者じゃないから。
でも、きっと急を要したんどと思う。
双子はあまり生まれないこの世界。
母上の出産は、予想もつかない出産だったに違いない。
ただそのおかげで、
メリサは実家には戻れなくなった……。
俺たちの秘密を知る唯一の人間になっちゃったから。
……だから俺は、メリサに頭が上がらない。
俺のせいで、自由を奪われた。
それなのに、その苦労を微塵も見せず
俺たちに優しく接してくれた。
俺にとってメリサは、母親と同じ……いや
それ以上の存在になっている。
そのせいか、呆れたような溜め息を吐かれると
反射的に『ごめんなさい』って思ってしまう。
ただ、フィデルに至っては そんな事ないみたいで
頭の上がらない俺を見て呆れていたから
俺はまだまだ子どもなのかも知れない。
メリサには、まだ傍にいて欲しい。
幸せになって欲しいなって思うし、
傷ついて欲しくない。
力では確かに、俺の方が上かも知れない。
けれどこんな風に思ってしまっているから
全く勝てる気がしない……。
だからメリサに睨まれると弱いし恐ろしい。
俺は『ここは逃げた方が勝ち』……
とばかりに、更に目を逸らした。
今度は、メリサが絶対に覗き込めないような
そんな場所に。
そしたら、その事にメリサは気づいて
忌々しげに軽く床を蹴った音がした。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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