キノコサラダと不安。
……いやいや、それはいいとしてだよ?
今の問題はそこじゃない。
呑気に昔の思い出に浸ってる場合じゃないし
ごはん食べてる場合でもない。
それを自覚し、噛んでいたキノコサラダを
口の中に入れたまま、俺の動きは止まる。
美味しそうな朝食に
思わず絆されちゃったけど、
そうじゃない。
そうじゃないだろ、俺……。
「……」
ここ一番の問題は
『何故、俺は着替えてるのか』って事。
いや……違う。それ以前の問題だ。
そもそも、着替えさせられていたのに
俺は起きなかったのか。その事実が、
まずもって信じられない。
俺の生活は特殊だ。
だって、俺が『男』だって事がバレたら
本当に大変な事になるから。
だから秘密を悟らせてはいけない。
ほんの少しの油断だって許されない。
この妙な緊張感のある生活の中で、
今まで一度だって、そんなミスを
犯したことなんてなかった。
相手が家族やメリサだったとしても、
眠っている俺に触れれば、俺は必ず目を覚ました。
それなのに……っ!
「……」
寝起きのボーッとした頭を
必死にフル回転させながら、俺は考える。
いったい何が起こったんだろう?
どうして目覚めなかったんだろう?
そんなに俺は疲れていたんだろうか?
着替えさせてくれたのがメリサや
フィデルなら問題ない。
だけど他のヤツだったら……?
そんなことされたら、俺が男だって
簡単にバレてしまう。そうなってたら大変だ。
これから何が起こるか分からない。
ラディリアスとの婚約破棄はできたはずだけど
これはそれ以前の問題だ。
反逆罪に問われてもおかしくない。そんな状況……。
着替えさせてくれた相手が、
信用できる人だったのならいいよ?
だけど使用人全てが俺たちに
好意的だっていう保証は、どこにもない。
下手すると秘密をバラされるかも知れない。
敵対する勢力がもしもここに潜んでいたら?
きっとそんなヤツらは、目ざとくチャンスを
狙っているのに違いない。
俺の……ゾフィアルノ侯爵家のアラを
掴もうとするのなら、俺の着替えを手伝える
そのチャンスを逃すはずがない。
どこに秘密があるのか、彼らは
貪欲に探しているはずだから。
でもそうなったら、うちの家門は全て破滅。
運良く逃れられても、もう 今までのように
生活することは出来なくなる。
思わず、ゴクリ……と よく噛んでもいない
サラダを飲み込んだ。
「うぐ……っ」
喉が詰まるような感覚を感じたけれど
それを無理やり息をつめて
サラダを胃へと送り込んだ。
この屋敷には、たくさんの使用人がいる。
使用人って言うけれど、それはなにも
平民ばかりじゃない。
さっき言ったリアムは伯爵家だ。
ほかにも多くの貴族を うちで雇っている。
そんなゾフィアルノ侯爵家が潰れると言う事は
雇われた貴族たちの未来をも潰すってことだ。
「……」
俺は眉をひそめ、フォークを置く。
その置き方に かげりを感じたのか、
メリサの心配するような声が上がった。
「フィア、さま……?」
「……」
俺は、顔を覗き込むメリサに目を向けた。
メリサの不安げな鳶色の目が見える。
俺は悲しくなった。
俺がひとり罰せられるのなら、その覚悟はある。
前世の記憶がある俺は、
それなりの知識だってあったし
見た目ほど子どもでもなかった。
これがいけない事だって
十分に理解していた上で、両親の願いに答えた。
……確かに両親から提案されたあの時は
逃れられる状況でもなかったよ?
でもね、本当は半分おもしろがってた自分もいる。
半分現実で、
半分夢のように感じていたこの世界。
簡単に騙された大人たち。
可愛い可愛いと言って
俺に甘い顔をしてくれるのが嬉しかったし
実際おもしろかった。
だから何かあった時、俺はその遊んでいた
責任は取らなくちゃいけないって、
ずっと覚悟を決めていた。
俺のせいで大好きな人たちが
路頭を彷徨うような
そんな事になるのだけは、絶対に嫌だ……!
ずっとずっと彼らの傍にいたいし、
みんなには幸せになって欲しい。
大好きな人たちだからこそ、
いつまでも笑っていて欲しい。
俺は上の立場だから、そんなみんなを
守ってやりたい。守らなくちゃいけない!
そう……。
これは俺がみんなを騙した
償いなんだから──。
「……」
……だから俺は、
気をつけなくちゃいけなかったんだ。
どんな時でも、気を許してはいけない。
秘密を抱えている俺は、
誰にも体を触れさせるわけにはいかない。
──それなのに、着替えてる。
それが意味すること……。
……俺は油断した。
ラディリアスとの婚約破棄がなされて安心して
今まで大変だった、疲れたとか言い訳して
ちょっと位なら息抜きしてもいいよねって
無意識で……。
着替えているってことは、
着替えさせた人物がいるってことで
その人物は今、俺の秘密を知っているって事になる。
おおかたそれは、フィデルかメリサだとは思うよ?
だけど、俺は目覚めなかった。
目覚めなかったんだ!
そんなことは、今の今まで一度だってない。
こんな緊張した状況の中で、今まで生きていた。
そんな俺が、近くに人がいるのにも関わらず
無防備にずっと『眠っていた』なんてありえない。
どんな時でも気配を察知し行動してた。
それなのに、今になってこの醜態?
信じられないけれど それは事実で、
俺はその事に強い不安を覚えた。
……ほんっと、バカなんじゃないの? 俺。
なに、油断してんだよ……。
俺は両手で顔を覆う。
今更後悔しても始まらない。
これからどうすべきか考えないと……。
そんな俺を見て、メリサは肩をすくめる。
俺の不安を見てとって、
状況を理解してくれたらしい。
小さく溜め息をついて、
それから困ったように微笑んだ。
「フィアさま。
秘密は漏れてなどいませんよ?」
一言だけそう、優しく呟いた。
「……メリサ。本当? 本当にバレてはいない?」
不安気に見上げる俺に、メリサは力強く頷く。
「ええ。バレてはいません。
フィリシアさまは、
ずっとフィデルさまに抱えあげられておいでで
誰も触れられませんでしたもの」
その言葉に、俺は脱力する。
「あ……良かっ、……ヒック!」
「……」
「…………ヒクッ……」
メリサのその言葉に、
俺は深い安堵の溜め息をついた。
ついでに安心したからか、
さっき無理やり飲み込んだ
サラダの呪いだろうか?
豪快にしゃっくりを繰り出した。
「……フィアさま」
優しげだったメリサの顔が、途端かげる。
俺は慌てて、両手で口を覆った。
「ヒクッ……」
…………でも止まらない。
止まるわけない。
仕方ないだろ! これは自然現象。
しゃっくりなんて、自分で止められない。
「……メリサ……ヒック……こ、これはさっき
無理矢理サラダを……ヒック……飲み込んだから……」
言い訳がましく そう言ったものの、格好はつかない。
俺の喉はヒクッヒックと時折マヌケな音を立てた。
そんな俺が困った顔で顔をあげると
メリサは手を腰に当て、口をへの字に曲げた。
……そりゃそうだよね。
ごめんね、緊張感のカケラもなくて。
メリサは眉をこれでもか と言うほどにしかめ
何故かめちゃくちゃ怒っている。
俺はひゅっと息を呑む。
だけどしゃっくりは止まらない。
「……ヒクッ」
うん。忘れてたよね、俺ってば。
確かに秘密は守られたのかも知れないけれど
結果的にはメリサとの約束破って
眠りこけてたんだから……。
青くなってメリサを見上げると、
メリサは案の定大きな溜め息をついた。
「フィアさま。さぁ、約束でございます。
夜会での事、お話くださいまし」
そう言いながらメリサは、
ベッドのそばにある椅子を引き寄せ
それに腰掛けた。
どうやらじっくり話を聞く気でいるらしい……。
いや、俺って今、しゃっくりで苦しんでるよね?
「……」
だけど、そんな言い訳が通用する訳もなく、
俺は軽く溜め息をついて、覚悟を決める。
こうなったらメリサは引かない。
どの道俺は、今回の出来事のおかげで
謹慎処分は免れない。となると
時間はたっぷりあった。
だから全てを語って聞かせた。
出掛けてすぐの夜会の様子。
俺はそこに、ちょっと浮かれて
夜会会場にいたこと。
そしてそれをフィデルに
諌められてしまったこと。
それからラディリアスの事。
婚約破棄の理由と、予定外にも
乱入してきた陛下の事に、
思いのほか処分が軽く済みそうな事。
それから帰る馬車での出来事。
それら全てを、メリサに語って聞かせたんだ。
そう。しゃっくり混じりで。
全部、包み隠さず──。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m
誤字大魔王ですので誤字報告、
切実にお待ちしております。
そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)
気軽にお立ち寄り、もしくはポチり下さい♡
更新は不定期となっております。