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リアム・フィルド・ゼルフィス

 リアム・フィルド・ゼルフィスは、

 ゼルフィス伯爵家の3男だ。


 嫡子ではなくて庶子にあたる。

 ようは側室の子どもだ。


 もともと文官だったこの家系に、リアムは生まれた。

 


 3男……しかも庶子ともなれば、

 当然後継者の枠からは外れてしまう。


 けれどそこに目をつけたのが

 ウチの祖父、ルーカス。


 類まれなるリアムの剣の素質に気づいて

 兵力として雇い入れた。

 

 伯爵家を継げないリアムは

 その時点では単なる

『伯爵家の令息』でしかなかったわけで、

 大人になればその

『伯爵の令息』の称号すらなくなる。


 跡継ぎならまだしも、後継にこぼれ落ちた

 貴族の子どもたちは

 自分の地位を確立したいのなら

 そこから努力するしかない。


 リアムはそんな中で、ウチで実績を積んで

 騎士資格を手に入れ、自力で再び

『伯爵』の地位にまで登りつめた。


 だからリアムの『伯爵』の爵位は

 お飾りでもなんでもない。

 名実共に認められた人物だ。

 

 そのリアム相手に、メリサは口を挟んだ。


 これはメリサ史上最大の汚点だと言ってもいい。

 自分に敵わない相手に手を出すとか

 あり得ないよ、本当。


 メリサってさ、たまにこーゆー

 訳のわからないことをやらかすんだ……。

 

 

 この事件は、今から10年くらい前だったかな?

 あの時のリアムは、

 確か30歳になったくらいだったと思う。

 ちょうど騎士資格を獲得したばかりの頃だ。


 リアムはメリサよりも4つほど年上だ。

 しかもバリバリの騎士。

 現役騎士と乳母のメリサでは、どう足掻いても

 敵うはずもない相手。


 だから、まだ子どもだった俺は当然焦った。

 絶対に勝てっこない。

 勝てなかったのならどうなるんだろう?

 最悪メリサは、この家を

 追放になってしまうのかな? ──って。

 

 だけどメリサは俺の秘密を知っている。

 無事にゾフィアルノ侯爵家を

 出られるはずがなかった。

 俺は血の気が引いた。


 下手をすれば、メリサは殺される。

 それなのにメリサは余裕の色を見せた。

 

 

 

『そんなに心配なさらなくとも、大丈夫ですよ』

 

 

 

 メリサはホホと笑う。

 俺は青くなって首を振る。

 

『メリサ、何言ってるの?

 相手は現役騎士なんだよ?

 そんな自信、どこから来るの?』

 だけどメリサは、笑うだけで答えない。

 

『メリサが、どんなに強いか知らないけれど、

 リアムに勝てる自信があるの?

 リアムの剣は おじいさまが認めて教えたんだって

 前にお父さまが教えてくださったの。

 そんなリアムに勝てるの!?』

 

 俺は必死だった。

 メリサを失うわけにはいかなかった。

 

 メリサは困った顔で俺を見る。

 そして苦しげに笑った。


『……いいえ。卿には勝てません』

 って。

 

 ガーンて頭を殴られた気がした。


 生きた心地がしなかった。

 心配するなって言うけれど、メリサだって

 自信ないんじゃないかって、泣きたくなった。


『だったら……っ!』

 

 俺はメリサに縋り付く。


 どうにかしてメリサを逃がそう……そう思った。

 だけどメリサは笑って言った。

 

『けれど、負けもしません(・・・・・・・)!』

 

『……っ、』

 意味が分からなかった。

 

 勝てないのに、負けない(・・・・)

 どうやって?


 その気迫に、俺は引いた。

 自信満々のその笑顔に(ほだ)された。

 

 どこからその自信が来るのか

 さっぱり分からない。けれど結果、

 メリサは負けなかった(・・・・・・)


 正確に言えば俺たちは(・・・・)負けなかった。

 

 

 

「……」

 俺はベッドに座ったまま、

 メリサの()れてくれた紅茶を飲んだ。

 

 秋に摘まれたその紅茶はオータムナルと言って

 ほかの季節の紅茶より、その色と甘みが増す。


 鮮やかなワインレッドの

 その温かい飲み物を口に含むと、

 ほどよい渋みと香りが心を癒してくれた。

 

「はぁ、美味しい……」

 思わずそんな声が漏れる。

 

 メリサはそれを見て、フフと笑った。


「それは良うございました。

 お()れした甲斐があったと言うものです」

 言って軽い朝食を出してくれる。

 

 朝食は、俺の好きなクランベリーと

 胡桃の入ったスコーン。その傍に

 クリームチーズと蜂蜜が添えられている。


 ベビーリーフのサラダの上には

 バターソテーにされたキノコが盛られていて

 食欲をそそった。


 真っ赤なチェリートマトが瑞々しくて、

 思わず手を伸ばしてメリサに軽く(はた)かれる。

 

「……っ、何するのメリサ!」

「ま! フィアさまっ!

『何するの』ではございません。

 それはこっちのセリフですよ!

 ちゃんとフォークをお使いくださいまし」

「いいだろ? ちょっとくらい──」

「ダメです! すぐそこにありますのに……っ!」

 

 ぷりぷりと怒るメリサを尻目に

 俺はフォークを掴んでデザートのヨーグルトをつつく。


「あ! もうフィアさま!

 いい加減になさらないと、このデザートは

 持っていきますからね!」

 そう言ってメリサは、

 たくさんの無花果(いちじく)が盛り付けられている

 甘い香りを漂わせたヨーグルトを横からかっさらう。

 

「あ、ダメだって! それ大好きなのに……!」

 

 そう言って俺が泣きそうな顔をすると

 メリサは途端困った顔をする。

 さも『フィアさまには勝てません』と

 言っているかのようなその顔に

 俺は心の中で舌を出す。


 そーゆーメリサの甘いとこ、大好きだ。

 ふふん♪ と俺は心の中で笑った。

 

「……もう。フィアさまったら……。

 でしたら、デザートは最後ですよ?

 ただでさえおやつのような朝食なのですから……。

 きちんとお野菜も食べてくださいね?

 全く、幾つになられてもフィアさまは

 子どものようなのですから困ってしまいます……」


 そう言いつつも、メリサは

 優しく微笑み返してくれる。


「分かってる。キノコは大好きだから残さないよ」


 言ってサラダにフォークを突き刺し、

 俺はそれを、あむあむと口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 ──大丈夫ですよ。任せてください。

 

 

 

 あの時(・・・)そう言って笑ったメリサの顔は

 今でも覚えている。


 実際メリサは強かった。


 確かに相手は

 護衛隊の見習い(・・・)ではあったけれど、

 ゾフィアルノ家に雇われた兵士たち。


 そんじょそこらの兵とは違う。

 それなりに腕の立つ者たちばかりだ。

 

 リアムは確かに

『手加減するように』と、その見習いたちに

 (めい)じてはいた。


 だけど実際の勝ち抜き戦では

『手加減』なんてされなかった。

 ……いや、する余裕なんてなかった。

 

 

 

「……」 

 ……メリサって、本当は鬼なんじゃないの?

 って、俺は密かに思ってる。

 

 だって護衛兵……めちゃくちゃ強いはずなのに

 それを事もなげにメリサは倒してしまった。


 どう考えてもあれは人間技じゃない……。

 

 見た目的には、本当に哀れな状況だった。

 だって考えてもみてよ。

 見習いと言えども屈強な戦士たち。

 その真ん中に、乳母として長年過ごしてきた

 ちっこいメリサがいるんだ。俺は震えた。


 自分の考えなしの一言が、こんな状況を

 生み出したんだって、ひどく後悔した。

 メリサがケガをしたらどうしようって。


 ケガだけで済めばいい。

 もしも、命に関わることにでも

 なったりしたら──。

 


 だけどメリサは強かった。

 妙な体術を繰り広げ、面白いほどに

 兵たちを投げ飛ばしていく。

 

 あれは……柔道? によく似てた。


 俺、柔道ってよく知らないんだけど、

 それに似ていた気がする。


 だから剣術に重きを置いていた兵士たちは

 気がついたら投げ飛ばされている……

 そんな感じだった。

  

 それにね、後で聞いた話なんだけど、

 どうやらメリサは珍しい

『風』の使い手だったらしい。


『風』は掴みどころがない。


 妙な技と風魔法。

 それから小回りの効く小さな体が功を奏して

 アレでは見習いでは歯が立たない。


 そう言って護衛隊長のリアムは苦笑いした。

 


 どんなに勢いよく掴みかかっても、

『風』でいなされ、『風』で逃げられる。


 反対に攻撃に回られると、『風』で重みが増し

 押さえつけられて身動きがとれない。


 必死にもがいているうちに、素早く回り込まれ、

 一本取られている。

 

『風』……か。 

 確かに魔法は使い方によっては、良くも悪くもなる。

 

 だけど珍しい魔法の種類だとか、

 戦いに向いているとか向いていないとか、

 そんな事は勝敗にはあまり関係しない。


『強い』『弱い』って言うのは、

 やっぱり『技』がものを言う。

 

 自分の力を使いこなすには、自分には

 どれだけ力量があるのか、

 どんな力を持っているのか、

 その長所は?

 短所は?

 それを知り尽している必要がある。


 良いところは更に伸ばし、欠点をどれだけ

 補えるのかが肝心なんだ。


 メリサは、その点に置いて秀逸で

 もともと平民に近いメリサに魔力量は

 それほどないハズなのに、

 ゾフィアルノ侯爵家の護衛隊相手に

 余裕で立ち向かえた。


 ……そうリアムは解説してくれた。

 

 

 

 ──惜しい。

 

 

 

 とも。

 

 もしもメリサが乳母ではなく、

 ましてや平民の出身でなければ

 きっと騎士資格を獲得していたに違いないって。

 

 メリサは平民出身だ。


 ……いや、正確には分からない。

 メリサは捨て子だったらしいから。


 それを拾って育てたのが

 平民の両親だったってだけで、

 生まれが本当にそうなのかは藪の中だ。


 平民の家に迎えられ、平民として育った。


 だからメリサは

『平民の出』ってことになってる。


 だけど、少しとは言っても

 珍しい風魔法を使うことの出来るメリサは

 本当は貴族の出だったかも知れないと噂された。

 

 魔力量の少ない平民のはずなのに

 何故かメリサにはそれなりの魔力を有する

 (うつわ)があった。


 それを見つけたのが、うちの祖父。


 まだ子どもだったメリサに、魔力の使い方を教え

 祖母の話し相手として、連れてきたのが

 始まりだと言うから、もうずいぶん

 この家との関係は深い。

 

 けどさ、そんなの分かったとして、

 いったい何になる?


 平民だろうが貴族だろうが、メリサはメリサだ。

 その事実は疑いようもない。

 

 そんなこんなで、見事 勝ち抜き戦で

 勝ち残ったメリサなんだけど、

 結局決戦で負けてしまった。


 決戦の相手は誰もが知っている

 リアム・フィルド・ゼルフィス。


 風魔法とは相性の悪い土魔法の使い手。


 メリサの使う風魔法を逆手に、砂を舞い上がらせ

 視覚を奪ってから

 呆気なくメリサを組み伏してしまった。


 自慢の剣技を披露してもらうどころか、

 その剣すら抜かずに終わってしまった。

 

 護衛隊からは喝采が上がった。


 さすがはリアム隊長だと浮かれる護衛隊に

 リアムは一喝する。

 

 

 

 ──お前たちの弱点は分かった。覚悟しとけよ!

 

 

 

 そこからゾフィアルノ侯爵家の兵たちは

 また一段と強くなった。

 あの勝ち抜き戦から、リアムの鍛錬は

 熾烈を極めたらしいから。

 

 

 

 

「ふふふ……」

 今思い出しても笑いが込み上げてくる。

 

 俺が笑ったのを見て、メリサが首を傾げる。

「まあ、フィアさま? ご機嫌ですこと。

 いかがなさいました?」

 

「ん? あぁ、思い出しただけ。

 メリサとリアムの対戦」

「……」

 そう言うと決まって、メリサは顔をしかめる。

 だけど俺は知っている。

 

「あの時、メリサとリアムは

 俺たちをはめた(・・・)んだろう?」


 言ってメリサを覗き込む。

 メリサは一瞬目を見開いて、すぐ視線をはずす。


「さて……なんの事でございましょう?

 あぁ、紅茶がなくなりましたのね

 すぐお()れ致しますわ」


 言ってコポコポと新しい紅茶を()れてくれた。

 

 

 どちらから言い出したのかは知らない。

 けれどあの時、確実に2人は

 俺たち(・・・)を出し抜いた。

 

 メリサは話を聞かない俺を

 リアムはゾフィアルノ家に雇われ

 天狗になっていた部下を

 あの時の一件で戒めたに過ぎない。

 

 メリサはリアムに負けはしたけれど

 勝ち抜き戦のほとんどを勝ちぬいた。


 リアムはそれを褒め讃え

 これならばフィリシアさまの護衛に足る人材だと

 俺の両親に太鼓判を押してくれた。


 だからこそ、今のこの暮らしがある。

 

 あの後も、少し揉めはした。

 メリサ1人で、

 ゾフィアルノ侯爵家の嫡出子(ちゃくしゅつし)を預かるのは

 負担があるのでは……とも言われたけれど

 正直うちの家族って、そんなの気にしない。


 体裁の為に、ちょっと偉そうにもするけれど

 根が庶民寄りなんだ。

 

 だからメリサが

『フィリシアさまは、我が子同然ですもの。

 母子(おやこ)2人で過ごすことが、

 どれほどのものでしょう』と

 一笑に付した時、

『お嬢さまを自分と同列に並べるなど、

 暴言の限りだ!』と怒り狂う家臣たちを抑え

 もろ腕上げて喜んだのは

 言うまでもなくうちの両親だった。

 

 母上なんて、

『我が子同然と感じ入るほどに、

 フィアを想ってくれているなんて……』と涙を流し

 メリサの実家のあるトーマ村へ

 多額の寄付を施したのは、有名な話だ。

 

 まあメリサは、俺の秘密を知っているからね。

 乳母として雇えなければ、

 殺すつもりでいたかも知れない。


 そこは所詮、うちもお貴族さま(・・・・・)

 だからあまり考えないようにしている……。


 何だかんだあったけれど、おかげで今はこの別邸で

 のんびりと暮らせているわけだから良しとしよう。

 

 

 

 ピチュピチュピチュ……──

 

 

「……」

 どこかで小鳥がさえずった。

 まだ少し頭は重いけれど、爽やかな朝。

 

「どうぞ……」

 コトリ……と紅茶の入ったカップが置かれる。

 

「ありがとう」

 そう言って俺は、紅茶を飲んだ。

 メリサがたった今()れてくれた紅茶は

 溜め息が出るほど美味しかった。

 

 ここは俺の唯一の、心の安らぎの場。

 だからずっとこのまま、守り抜きたい。

 ……そう思ってる。

 

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


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