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ベッドから、覗き見た景色。

 頭まで被っていた掛け布団を少しずらして

 俺は目だけを出す。


 そっと覗けば、呆れたようなメリサの顔が見えた。

 

「……っ、…………フィアさま。

 そんな可愛い顔をして、こちらを

 覗き込んでもダメですからね?

 必ずきっちり、起きていた頂きますからね!」


 一瞬顔が緩みかけたメリサだったけれど

 その図太い根性で持ち直し

 キッと俺を睨みつける……。


 うわーん。メリサ、怖いよぅ。

 


 ダン! と自分を一喝するかのように

 1回だけ地団駄を踏んで、メリサはクルッと

 後ろを向くと、朝の支度に取り掛かった。


 白磁のティーカップをあたため

 コポコポとお茶を入れてくれる。


 紅茶の甘い香りが辺りに漂った。


 布団を剥ぎ取らなかったのは

 メリサの優しさに違いない。


 まだ、猶予をくれるようだ。

 俺はホッとして、再びベッドへと沈む。

 

 暗かった夜の闇も景色も 今はもうどこにもなくて

 代わりに辺りは一面、朝日で真っ白に輝いている。


 いつもの見なれた、俺の部屋。


 ありふれた自分の部屋なのに、まるで

 ドラマか何かを見ているような

 そんな不思議な……感じがする。

 

 ……ホント、いつ帰ってきたんだろう?

 


 俺は考えた。

 自分の記憶のある あの時間から

 まるで突然切り離されたかのような

 そんな錯覚を起こし、思わず目が宙を泳ぐ。

 

 

 ……なんだかすごく、変な気分。

 

 どうして俺って、ここにいるんだろ?

 それになんでもう、朝になってんだろ?

 

 時間と空間が頭の中でごちゃごちゃになっていて

 軽い目眩までしてきて、俺は慌てて目をつぶった。


 現状が受け入れ難くって、酔ってしまいそうだった。

 

 ええっと、俺って何をしてたんだっけ……?

 

 改めて考えてみる。 

 そっとシーツを撫でると

 いつもの布団のあたたかさ。


 今いま寝たんじゃない。

 ずっと寝ていたと思われるシーツの波。

「……」

 

 そう。確かに俺は、

 婚約破棄を言い渡されて、それからすぐに

 会場を後にしたんだ。

 

 いつもより早めの帰宅だった。


 祝いの花火は既に上がっていたけれど

 ()は完全に沈んではいなくて

 紺色と濃い紫色に霞んだ空が

 とっても綺麗だった。

 

 大通りを曲がる頃には

 辺りはすっかり暗くなっていて、

 星すら見えたけれど、そこから……そこからの

 記憶が曖昧だ。


 あの時に俺が眠ってしまったというのなら

 ずいぶん時間が経っている計算になる。

 

 ……下手すると12時間くらい?

 少なく見積っても10時間は眠ってない……か?


「……っ」

 

 その時間の長さに、俺はゾッとする。


 え、どうして?

 俺、なにやってんの?

 いくら何でも眠りすぎなんじゃないの?

 

 けれど、このダルさは何だろう?

 

 計算ではたくさん眠った事になる。

 だけどそれにしては、ひどく体が重い。


 感覚的には全く疲れが取れていない。

 ……むしろ夜会場にいたあの時よりも

 ひどく疲れている。いや、眠りすぎて

 逆にキツイとか……?

 

 いや、それにしてもこの状況。 


「……」 

 考えてみても思い出せない。

 どうやってここまで帰ってきた?


 記憶がないとなると、やっぱりあの時

 眠ってしまったんだろうか?

 


 ぼんやりと、そんな事を考えて身を起こす。

 とにかく寝すぎだ。起きなくちゃ……。

 

 

「───! ……()っ、」

 

 身を起こそうとして、不意に襲ってきた

 激しい頭痛に、俺は顔をしかめた。

 

 痛い……っ。

 

 

 頭全体が、ズキズキと痛む。

 これはいったい……と思って、ある事に気がついた。


 そうだフィデルだ!

 フィデルがやったに違いない。

 

 屋敷に着いたのに起きない俺に苛立って

 きっと俺を殴ったんだ!


 アイツ……っ、絶対許さないからな!

  

 一瞬そう思うほどに、頭が痛んだ。

 

 コブができてやしないかと

 頭をまさぐってみたけれど

 そこまではないみたいだ。


 と言うか、頭全体がズキズキ痛む。

 どんな叩き方したら、こんなに痛むんだろう?

 

 ムカムカと立ちのぼる怒りを、俺は必死に

 胸の内に押し込み、頭に手をあてて

 その痛みに必死に堪えた。


 それから俺は、今の状況を改めて考えてみる。

 どうフィデルに報復してやろう?

 ──そんなことを思いながら。

 

 

 だけどよくよく状況を把握し考えてから

 それは自分の身勝手な思い込みだと気づいて

 死にたくなるほど恥ずかしくなった。

 

 ……そんなわけ、あるわけはないなって。


 だってほら。俺、令嬢だしね? 見た目がね。

 

 だからフィデルが、そんな俺を殴れたわけがない。

 どんなにイラついてても、

 そんな事出来るハズがないんだ。


 

 前世だったらさ、俺が男だろうが女だろうが

 姉ちゃんや母さんに叩き起されていたと思うよ?

 起きなさい!! って。


 だけどここは前世じゃない。

 どこの世界かは、よく分からないけれど

 少なくともこの世界では

 (あるじ)が帰ったら数人の護衛と

 従者とで玄関先に出て出迎える。

 それが普通だ。


 だから昨日だって、俺たちが馬車から

 降りる頃には、この屋敷の門前には

 大勢の従者が俺たちを出迎えていたはずなんだ。

 

 例えフィデルが馬車の中で俺を殴ったとしても

 誰かがそれを見咎める。そんな世界。

 

 いや、それよりも問題は……だ。


 誰が(・・)俺をベッドまで運んだかってこと。

 

「……」

 


 体に触れれば、もしかしたら俺が男だって

 バレるかも知れない。


 となるとだよ? ……となると、フィデルは

 俺を殴るどころか、

 運んでくれたかも知れないって事になる。

 

 肩に担いで……?

 

「……」

 ──いや。そんなわけがない。

 

 そんなわけがないだろう!?

 だから俺ってば今、侯爵令嬢なんだってば!

 見た目が!

 

 肩に担がれる令嬢……も

 見物だったかも知れないけれど、

 きっとフィデルはそんな事しない。


 眠ってる弟の俺(・・・)をお姫さま抱っこで

 ここまで運んで来てくれたに違いなかった。

 

 ………………。

 

 

 

 あぁ、……消えてしまいたい。


 ホント消してしまいたいよ。

 全ての記憶を……。


 そんな都合のいい魔法ってないのかな?

 ここって魔法のある世界だろ?


「……」 

 ……だけどどんなに望んでも、そんなものはない。

 あったとしても、俺は持っていない。

 

 あぁ……想像すると、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 抱っこだよ? 横抱きだよ? 俺がだよ?

 しかもフィデルに?

 

 ボンッと一気に血が頭へと上り

 ズキズキと脈打つような頭痛と共に

 顔が火照ってくる。

 

 そうだよね。

 殴られたんなら、こんなにズキズキ脈打つように

 頭全体が痛むわけない。


 これってきっと10時間も眠ってしまった俺のせいだ。

 それなのに……それなのに疑ってしまって

 ごめん。フィデル……。


「……っ、」

  

 

 俺は頭を抱え、心の中で謝った。

 

 確かにあの時、俺が男の姿だったのなら

 フィデルは間違いなく俺を叩き伏せていただろう。


 殴ってでも蹴ってでも、あの時絶対に

 起こしてくれたに違いない。

 

 だけど残念なことに俺は今 女で

 見た目が令嬢……フィリシアの姿だったんだ。

 そんな俺をフィデルが殴るなんて

 到底できっこない。

「……」 


 それにさ、例えここが

 ゾフィアルノ侯爵領内とはいえ、

 俺が男だって知らないヤツは大勢いる。


 いや、知らない奴の方がほとんどだ。


 そんな奴らの目がある中で、フィデルが

 俺を殴るどころか、無造作に抱えあげることすら

 出来なかったのは、容易に想像できる。

 

「……っ」

 思わず息を呑む。


 俺を横抱きに抱き上げて、

 呆れ顔をするフィデルが目に浮かんだ。

 いや……むしろ、『嫌そうな顔』?

「……」

 

 確かに昨日は、色々あって正直疲れていた。

 

 うん。確かに疲れてはいたよ?

 ……だけどだからって、どんだけ

 爆睡してんだろうね、俺ってば……?


 フィデルだって、当然疲れたはずなのに

 それなのに抱っこさせるとかさ……。

 

 そう思うと、申し訳なささでいっぱいになる。


 いや、でもそれにしたっておかしいだろ?

 前世だって、こんなことなかった。

 

 両親と出掛けた時に、帰りの車で

 眠りこけてた……なんてよくあったけれど

 揺り起こされれば俺、ちゃんと起きてたんだよ?


 それなのに今世ではこの醜態……?


 

「……っ、なにやってんの俺……」

 

 あまりの羞恥に、思わず指を噛む。

 噛んだついでに布団の中へと隠れた。

 恥ずかしすぎて、これじゃあ、出るに出られない。

 いったいどんな顔してフィデルに会えばいいんだろ?

 

 それに、ガッツリ朝まで眠ったハズなのに

 まだまだ眠り足りていない。

 それってどういうことなの?


 いや、正確には、眠気なんて

 今ので吹っ飛んだんだけれど、

 脈打つように痛む頭はひどく重くて

 なかなか起き上がれない。


 寝すぎた為なのか、(まぶた)

 腫れぼったい気もする。 

 油断すればまた、眠ってしまいそうだった。

 


 ……ホント俺って、いったいどうしちゃったの?

 

 モゾモゾと寝返りをうち、溜め息をつく。

 いったい何やってんだろ? 俺ってダメなやつ……。

 

「……」 

 そんな事を考えながら、俺はクッションに

 頭をうずめ、ふわあぁ……っと大きな欠伸(あくび)

 噛み締める。

 

 うう。正直まだ寝ていたい……。

 布団から出たくない。


 スリスリとクッションに擦り寄りながら

 俺は布団との別れを惜しんだ。

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


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