表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/72

曖昧な記憶と、ほんの少しの言い訳。

 

 俺の夢は、結構な頻度で

 料理を作っている(もの)が多い。

 

 ホント俺ってさ、料理が好きなんだなって思う。

 そんなに言うほど、上手でもないんだけどね。


 それなのに、料理をする夢ばかりを見る。


 毎回毎回、料理ばっかり。

 だけど不思議と飽きないんだ。

 楽しくて楽しくて仕方がない。

 ふふ、可笑しいよね?

 

 この前だって見たんだよ?

 チョコブラウニーを作る夢。


 寒くなると何故かチョコレートが食べたくなる。

 あれっていったい何なんだろうね?

 あれかな、販売戦略にハマってるっていうアレ?

 

 バレンタインデーの日に

 大好きな相手にチョコレートを送るのが

 主流になって、だんだん秋が深まってくると同時に

 お店の棚にチョコレートの陳列が多くなる。


 それを毎年毎年見ていると

 最後には寒くなってくるだけで

 チョコレートが食べたくなるってアレ。

 

 ……ん? ちょっと待って。それって

 パブロフの犬だっけ?

 ベルの音がするだけで、ごはんって勘違いして

 ヨダレ垂らしちゃうっていうアレ。アレと一緒。

 

「……」

 ……いや、そんなことは今はどうでもいいんだ。


 で、……だからだよ。

 だから、どうしたんだっけ?

 その後。馬車に乗り込んだ後の、その後!

 


 それからの記憶が、綺麗さっぱりと抜け落ちている。

 気づけばこのベッド。


 真っ暗だった辺りの様子も

 いつの間にか真っ白に輝いていて

 朝日が登りきっている。

 

 ……そりゃ、(ほう)けるだろ?

 いくら考えても全く思い出せない。


 どうやってここまで来たんだけ?


 全く思い出せないっていう事はだよ?

 俺はあのまま眠ってしまって、

 今の今まで起きなかったって事なんだろうか?

 


「……」

 ベッドのクッションに埋もれて考えながら

 俺は薄く目を開ける。

 と、再び日差しが目の中に入って来た。


 真っ白な光。

 その純白の光は、信じられないほどに輝いていて

 周りの様子なんて見れやしない。


 ……本当に、何もない『白』。

 


「…………ん。眩し……」 

 唸って俺は、掛け布団を

 そっと顔の上へと掛け直す。

 

 昨日の今日だし、まだ少し寝ててもいいよね?

 そんな言い訳が頭をもたげた。

 

 だってさ、ホント大変だったんだ。

 みんなの好奇の目に晒されてさ。


 ガマガエルみたいなガジール男爵に

 舐めるように見られたんだよ?

 本当に気持ち悪かったんだ。


 その上さ、皇帝陛下まで乱入するとか

 聞いてないし。


 それにラディリアスのあの言い訳も

 考えられないほど有り得なかった。


 なんなの? 『まだ私にはまだ、業績がない』

 みたいなあのくだり。

 素直に『フィアが浮気した!』って

 言えば良かったのに……。


 そしたらスッキリさっぱり終われたんだ。


 

 

「……はぁ」

 ……だからなのか、胸の奥底が未だモヤモヤする。

 

 綺麗にスパッと、婚約破棄が出来たわけじゃない。

 なんだか凄く釈然としない何かが

 心の中を(むしば)んでいる。


 ひどく嫌な予感がしてたまらない。


 だけど……だけどさ、確かにあの時

 婚約破棄は完結した。


 皇帝陛下だって、あの場におられた。

 だったら何も心配なんてない。


 陛下のあの様子から考えれば、断罪……なんて

 そんなに気にするようなひどい事には

 ならないような気もする。

 

「……」

 だけど何なんだろう? この胸騒ぎは。

 

 モヤモヤとした、けして晴れない霧のような

 とても嫌な予感。


 胸の中からそのモヤモヤを吐き出したくて

 思わず大きな溜め息が漏れた。

 


「──っ!」

 そしたらメリサが目ざとくそれに気づいて

 声を掛けて来た。

 

「ほほ。フィアさまったら

 まだ寝惚けていらっしゃるのですか?

 朝でございますよ! 起きてくださいませ。

 まぁまぁ、このようにまだ布団を被って

 らっしゃるなんて……。

 せめてお顔だけでも、出してくださいまし?

 今朝はずいぶんとお休みのご様子でしたけれど

 昨日はそれほどまでに、はしゃいで

 おいでだったのでございますか?

 あの夜会場では、皇太子殿下との婚約解消も

 ありましたのに、なんとまぁ悠長なことですこと……」


 ふんっ……! と鼻息荒く

 メリサは軽く掛け布団を引っ張った。


 俺は奪われまいと握り返す。

 

「…… フィアさまっ!」

「……」

 

 非難じみたメリサの声が炸裂する。

 その言葉の端々には、少しトゲがあった。


 このままだと布団を取られそうだ。俺は身構えた。

 

 …………だいたいさ、そんなに

 怒んなくったっていいだろ?


 俺だって別に遊んでたわけじゃない。

 ちゃんと頑張ったんだ。

 

 ……あ、いや、実際は何もしてないけどさ。

 でも……それでも頑張ったって言うか

 なんと言うか……。


 ほら! みんなの好奇の目に耐え抜いたんだ。

 それはそれで立派だっただろ?

 

 だからさ、凄く眠たいんだ。


 なんだかちょっと理由になっていないかもだけど

 本当に眠い。


 眠い……と言うよりだるい(・・・)

 なんでこんなに、だるいんだろ?

 

「……」

 自分でも信じられないけれど

 ホント冗談みたいなんだけれど

 本当に起きれなかった。


 たくさん寝たはずなんだけど

 何故だか全く眠った気がしない。


 胸のモヤモヤがずっと晴れなくて、

 ひどく気持ちが悪い。


 

「……」 

 でも……メリサの気持ちも、分からなくもない。

 

 メリサにはいつも、気苦労ばかり

 掛けてしまっている。


 本当なら昨日、帰ったらすぐに夜会での出来事を

 話して聞かせる約束になっていた。

 

 簡単なようでいて、簡単じゃない婚約破棄。


 ゾフィアルノ侯爵家の命運が掛かっている……と

 言っても過言じゃないその出来事に

 メリサじゃなくとも みんなが気にかけている。


 それなのに実際の俺はというと

 呑気に朝まで眠りこけてしまっていて

 説明どころか『ただいま』の一言もなく

 ぐっすり高いびきときたものだ。


 メリサが怒るのも、当然の事なのかも知れない。

「……」 

   

 メリサはいつも

『たまには心穏やかに過ごしたいものです!』

 なんて小言を言って、俺を睨んでくる。

 

 でもそれは、それほど俺が

 メリサに迷惑かけてるってことで、

 でも俺だってちゃんと反省しているんだよ?


 そう見えないのかも知れないけれど。


 でもそれなりに悪いなって、本当に

 心の底からそう思っているんだ。


 でもさ、だからって しょうがないだろ?

 こんな身の上なんだもん。


 俺だってさ、

『好きでこんな生活送ってるわけじゃない!』

 なんて、声高らかに叫んでやりたい。


『普通に生活がしたかったんだー!』

 なんて、ね?

 

 やっぱりさ、俺だって

 男の姿で生きていきたいだ。


 不自然だったんだ。最初からムリだった。

 初めは堪えられるって思ってた。

 だけど、やっぱり本来の姿から偽った姿では

 とうてい生きられっこない。


 それが痛いほど、分かった。

 苦しくて不安で仕方がない。

 だけど真実は言えない。……言えないんだ。

 

 

 言えたら、どんなにいいだろう?

 言っちゃったら、どうなるんだろう?

 

 家族は? 家臣は? 俺たちを取り巻く

 周りの人たちは? いったいどうするのかな。

 悲しむのかな? 哀れんでくれるのかな?

 それとも『ワガママ言わない!』って、

『今更そんなこと言うのか!?』なんて言って

 怒るのかな?

 そしたら俺は、どうするんだろ?

 怒り返すだろうか?

 それとも『ごめんなさい』って泣くのだろうか……?

 

「……」

 だけどそんな事、考えるだけムダだ。


 だって俺は言わない。

 言わないって決めたから。

 言いたくっても、もう今更どうしようもない。


 ずっと我慢しろ……なんて

 言われている訳じゃない。

 だから、いつの日にか

 自由になれるその日を夢見て、それまで待てばいい。

 

 

 この世に産まれ出た時から、全てが決まってた。


 俺はフィリシア・フォン・ゾフィアルノ。

 男じゃなくって『女』のフィリシア。


 どう足掻いてもこの事実は変わらない。

 

 それをいつも気にかけてくれているから

 メリサの心配は尽きない。

 俺が『男』に戻るまで、

 メリサの安寧の日々は訪れない。


「……」

 

 

 

 いつの日にか、自由がやって来る──。

 

 

  

 それは分かってる。

 そう約束してくれているから。

 だけどそれって、しょせん口約束。

 

 親を疑うつもりはないけれど

 人の心は様変わりする。


 心穏やかに過ごせる日々を心待ちにし

 期待して今の今までやってきたけれど

 その『自由』が本当にやって来るのか……だなんて

 そんな保証はどこにもなくて

 正直心配で心配でたまらない。


 誰かに相談出来れば、少しは楽かもって

 思った事もあった。

 だけど誰に……?

 

 こんな相談、誰にでも話せるものでもない。


 ひとり心配になってどうしようもなくなって

 それでも大丈夫だって自分に言い聞かせて

 奮い立たせて、そうやってどうにか

 今まで過ごしてきた。


 きっとそれは、これからもずっと

 それは変わらないだろう。

 

 いつも良くしてもらっているメリサ。

 

 まるで本当の親のように

 心の底から親身になってくれる優しいメリサ。


 本当は俺だって、大好きなメリサには

 ゆっくりしてもらいたいって思ってる。


 だけど俺が不甲斐ないばっかりに

 いつもいつも、心配ばかり掛けている。


 そんなメリサに、こんな弱音……吐けるわけがない。

 

 ちゃんと分かってる。 

 こう見えても俺、どうにかしようと

 いつもいつも考えてるんだよ?

 

 だからさ、メリサには言い訳なんてしない。


 いつかきっと、メリサに楽をさせてあげようって

 思ってる。だけどそれはまだ、今じゃない。

 今はまだムリだ。

 

 だけど、区切りはついた。

 

 やっと婚約破棄にこぎつけた。

 だけどまだ、安心は出来ない。後処理がある。

 多分タダでは済まされない。

 

 寝ている場合なんかじゃない。

 ……そんなの分かってる。

 

 だけど、……だけどさ

 心が痛くてどうしようもないんだ。


 …………言い訳なんかじゃないんだよ?

 

 少し……まだ少しだけ寝ていたい。

 もう少し、……もう少しだけ。

 

 出来れば今日。

 今日だけはそのまま、

 そのまま、寝させて欲しいな……なんて、ね……?

 

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


   そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)

     気軽にお立ち寄り、もしくはポチり下さい♡


        更新は不定期となっております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ