いつの間にか、訪れた朝。
チュン、チュンチュン……
チュンチュン……
「おはようございます。お嬢さま……」
可愛らしい小鳥のさえずりと、爽やかな空気。
それからよく透き通った聞き慣れた優しい声。
メリサの、声……だ。
もう朝……なのかな?
でもまだ、眠っていたい……。
俺はそんな事を思いながら、ゴソゴソと
ベッドの中で寝返りを打つ。
仰向けになって、いつも聞きなれた
メリサの声を ぼんやりとした頭で
なんとなく聞く。
陽はとっくに登っていて、窓から差し込む光が
薄く開けた俺の目を貫いた。
「……っ、」
あまりの眩しさに俺は少し呻いて
両腕で瞼を覆った。
えっと……ここって、家……だよね?
「……」
俺って、いつの間にベッドに寝たんだっけ……?
今まで何をしていたのか、よく思い出せない。
ええっと、確か夜会に出たんだ。
ラディリアスとの婚約破棄の報告があるからって
俺はちょっと浮かれて行ったんだ。
華やかな場所……って言うか
どちらかと言うと俺にしてみればそこは
断罪の場でもあるわけだから
少し大人しめのクリーム色のドレスを着せられた。
扇で顔を隠して
笑いたいのを必死に堪えていたのを思い出す。
それから……それから、そう。
ガジール男爵。
ラディリアスの説明がどうにも腑に落ちなくて
ガジール男爵がしゃしゃり出てきたんだった。
そもそもさ、俺たちがせっかく用意していた
婚約破棄の『理由』をラディリアスが
使わなかったのがいけないんだ。
俺の浮気証拠を取り出して
話してくれさえすれば、
ガジール男爵も納得したに違いない。
それなのにラディリアスは、よりにもよって
そのウワサを隠そうとした。
だから会場が混乱した。
一部では、失笑すら上がってた。
失笑? 失笑と言うか『苦笑』?
笑ってたヤツらの顔はだいたい覚えている。
俺とフィデルの友人たちだ。
普通の友だちじゃない。
信頼のおける、口の堅い唯一無二の親友たち。
彼ら……もしくは彼女たち
(友人たちの婚約者でもあるんだよね、これが。)は、
当然俺たちの秘密を知っているし
今回の不義の噂の出処でもある。
だってそんな彼らの所を
俺とフィデルは必死こいて走り回って
『婚約破棄に協力してくれ』って頭を下げて
頼みまくったんだから。
友人たちは面白がって参加してくれたんだけど
会場の失笑は、その友人たちからあがったものだ。
なぜ笑うのかって?
そりゃあ、あんなに苦労して
作り上げた俺が浮気してるっていう噂話を
ラディリアスは一度も使わなかったからだ。
俺にとっては信じられない状況。
片や友人たちは、それを予測していたから
したり顔……ってわけ。
……実際、頼みに行ったあの時
友人の何人かは笑いを堪えながら俺に言った。
『ふふ。それってなんだか見物だよな。
フィアが浮気したと分かったら
あの殿下が正気でいられるわけないだろ?
俺、殺されたらどうしよう?
お前ってさ、
そんなことして殿下に囲い込まれたら
どうする気なの?』
って。
そこは……全く考えてなかった。
でも、そんなわけない。そんなハズはない。
だから俺は言ったんだ。
『そんな事、あるわけないだろ?
だいたいラディリアスは、俺の事が
好きなわけじゃない。
この婚約だって陛下の命令だから
仕方なく受け入れているだけだ』
そしたら相手は鼻で笑った。
『はっ。どうだか……』
『どうだかって、なんだよ……』
俺はムッとする。
『だいたい、これは向こうからの要望なの。
俺が言い出したわけじゃないの。
だから協力したからって、不利益こうむるとか
そんな事にはならないから……ね? いいだろ?』
そう言うと友人は、肩をすくめる。
『はいはい。そう思いたいなら、
そう思ってればいいよ。
協力はするよ?
だけど、上手くいくかどうかの保証はしないし
バレそうになったら
こっちだってヤバいと思うから
殿下にはありのままを伝えるし
死にものぐるいで逃げるから。
その時はちゃんと助けろよ?』
『? 上手くいくに決まってんだろ?
向こうの要望なんだぞ?
……だけど分かった。
お前が危なくないように、影も
ちゃんとつけとくから。ウチの影はみんな優秀だし』
『』
そこで友人たちは決まって、俺を生暖かい目で見た。
案の定ラディリアスは、俺たちの作り上げた
不義の噂の事は話さなかった。
そして会場の所々で、微かに起こった失笑。
思わず目を向ければ、友人たちの
『それ見た事か!』と ほくそ笑む顔が
いくつも見えて、俺は正直うんざりした。
なんでそうなるんだよ! って地団駄を踏みたかった。
……でもそんなことどうでもいい。
婚約破棄さえ出来れば、こっちのものだから。
そのあと何故か陛下が乱入して来て
多少ゴタゴタはしたけれど、……でも
結局のところ婚約破棄はなされたんだ。
陛下の命令を拒否する形にはなったけれど
実際これで良かったんだ。
だって、男が皇太子に嫁ぐ……なんて
滑稽な話にならなくて済んだんだから。
同性愛を否定するわけじゃない。
だけど少なくとも俺の相手は皇太子で
後継はどう考えても必要なんだ。
だから、男の俺が嫁ぐわけにはいかないし
嫁いだ後に男だってバレたら
どうなるのか……なんて
恐ろしい目にも合いたくない。
ゴタゴタはあったけれど、どうにかこうにか
婚約破棄に持ち込めて
俺たちは心の底からホッとする。
長居は無用だとばかりに早々に帰り支度をし
馬車に乗り込んだ。
あの時の夜空は、ひどく澄んでいて
とても綺麗だった。
あんなに晴れ晴れとした気分で
空を見上げたのはいつぶりだろう?
すごくホッとして、それから急に眠気がきた。
よっぽど疲れていたんだと思う。
身体的に……と言うより、精神的に……?
心の疲れってさ、体の疲れより よほどこたえる。
だからなのかな?
俺は確かに、馬車に乗ったまでの記憶はある。
あるにはあるんだけれど、そこからが曖昧で……。
確か、少しウトウトして……。
……そしたら凄く、いい匂いがした。
甘く優しい香り。
それは初めて嗅ぐ香りで
フィデルが香水を変えたのかなって、一瞬思った。
けど、……思い返してみても、それはない。
だって皇宮に行く時には、気づかなかったから。
あんな匂い、フィデルはさせていなかった。
誰かの移り香?
フィデルもアレでいて、結構モテるから……って
いやいや。あの時はそれどころじゃなかっただろ?
フィデルは俺からほとんど離れていない。
だったら、誰かから香りが移る……なんて事は有り得ない。
それなら、あれは?
……あれは何だったんだろう?
夢……の匂い?
夢に匂いなんてあるだろうか?
……うーん。あるかもしれない。俺なら有り得る。
夢……は、見たような気もする。
けど、あの時の夢はよく覚えていない。
たいていは覚えているんだけどね。
夢……大好きだから。
だけどあの日の夢は、綺麗さっぱり忘れていて
どう思い出そうとしても思い出せなかった。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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