建前は置いておいて、現実問題は……。
『どうすれば、家族を守れるか──』
……つまるところ、
それが今の俺の一番の悩み。
そりゃね、自由になりたいって思うよ? 切実に。
自分が男なのに、女として生きていることに
違和感を感じ始めた今だから、
なんの憂いもなく、『俺は男だぁー』とか
叫べるような、そんな自由な生活に
当然憧れる。
でもね、
そもそも俺は、自分が女の子として
生きていることに、今の今までなんの疑問も
持っていなかった。
だって、生まれた時から
こんな生活だったんだよ?
それがおかしいって、疑問に思うことすらなかった。
双子のフィデルがいるのに、性別だって同じなのに
着る服も
与えられるおもちゃも
何もかもが違うのに
全く違和感なかったってのが可笑しいよね。
でもそれが現実で、フィデルが
『フィアに、なんてことしてるんだ!』
って両親に怒っていた時も実は俺
『フィデル何言ってんの?』くらいの勢いで
ヘラヘラと笑ってた。
正直、嫌じゃなかったんだ。
フリフリふわふわの可愛いドレスは
フィデルが着ている服よりも
手触りが良くって着やすかったし、
(小さい頃のドレスのコルセットは、
今のそれほどキツくなかった)
基本的な勉強さえ出来れば、後はのんびり過ごせた。
……そりゃそうだよね?
フィデルはゾフィアルノを継ぐ人間だけど
俺はいずれ平民になるんだから、その教養は
天と地ほどの隔たりがあって当たり前だもん。
『俺と同じようにフィアも──』
なんて言うフィデルの言葉に
実は焦ったりもした。
だってそうなったのなら、俺ってば
たくさん勉強しなくちゃいけないだろ?
俺、勉強は嫌いだったから。
でも、よくよく考えてみれば、フィデルが怒るのも
無理なかったんだ。
フィデルはフィデルで考えてた。
『自分がもし、フィアだったら
あの状況を喜んでいただろうか』って。
そしてフィデルは思ったんだ『俺は絶対に嫌だ!』
ってね。
……そりゃそうだよね。
フィデルは俺を男だって知っていたし、
自分と同じ双子なのに、何故か
女の子の格好をさせられて
『おしとやかに過ごしなさい』って
強要されるんだから。
毎日毎日俺のその状況を見ながら、
フィデルは思ってた。
フィアが可哀想だ! 絶対におかしいって。
俺の自由全てが、両親に奪われているような、
そんな風にフィデルには見えたんだ……。
だから両親に刃向かった。『ありえない』って。
あの時は、『なんでフィデル、怒ってるの?』
って俺は思ってた。
『そんな事言うと、勉強しなくちゃいけなくなる!』
なんて、妙なところで焦ったりもした。
本当のところ、その『おかしな生活』に
俺自身もちゃんと気づいてたよ?
気づいてて、まあいいやって、思ってた。
貴族生活に
ドップリ浸からなくっちゃいけない『男』よりも
『女』でいる方が、何かと
都合がいいんじゃないかって、ちゃっかり
計算していたのかも知れない。
だけど、その計算高さは
知られる訳にはいかない。
第一気味が悪いに決まってる。
前世の記憶がある子どもなんてさ……。
だから、何かにつけて『どうだっていいよー』を
貫き通す俺は、フィデルからしたら
頼りない弟だったんだと思う。
当然、呆れもしたと思うんだ。
なんでフィアはそんな事言うんだろうって。
なんで今の状況に満足してるのかって……。
でも、見捨てはしなかった──。
「……」
俺、こっそり逃げてたのにね。現実から。
だけどフィデルは純粋に、
今の状況に置かれている俺を救いたかった
みたいなんだ。
だから俺だって、このままじゃいけないって
思い始めた。
そんな周りのことなんて、これっぽっちも
考えていなかった俺が、今更
『家族を守る』……なんて大きなこと
言い始めるんだから、それなりの
覚悟は必要だと思う。
そもそも俺は、何も知らず考えず
のほほんと暮らしてきたその期間が長すぎた。
恵まれ過ぎた環境の中で、
どっぷり浸かって生きていたものだから
正直言って感覚が麻痺してしまっている。
そこのところをまず、改めないといけない。
ここでハッキリさせようと思うんだけれど
結局のところ俺は
自分が男だろうが女だろうが、
本当はどちらでも構わない。
だって、男でいるよりも、女でいる方が
貴族社会は楽だから。
……いや、貴族女性が
楽に過ごしているって言ってるわけじゃないよ?
俺が楽だったって言ってるだけ。
実際の貴族令嬢は、政略結婚によって
その役目を果たす。
好きとか嫌いとか関係なしに、
自分の家門のために、見たこともない男に
嫁いでいくんだ。
だけど俺、それには関係がないだろ?
だって男なんだもん。
政略結婚なんて逆立ちしても出来るはずもない。
そうやって見ると、とても美味しい状況なんだよね
今の俺って。
面倒な社交を頑張る必要もないし
わけの分からない結婚を強要される事もない。
結局のところ俺ってさ、俺がなりたくて『女』に
なっているわけじゃなくって、
現皇派と皇弟派の均衡をはかるために
『女』でいるわけなんだよね。
だから、
大腕振って、のんびり出来るわけなのですよ。
あー……っと、これ言ってなかったよね?
俺が女として育てられた秘密。
俺が女でいるのには理由がある。
ゾフィアルノ侯爵家の継承問題だ。
だって俺たち双子だろ?
しかも揃いも揃って男。
次期侯爵は誰になるのか……ってのが
俺たちが産まれ出たその瞬間に問題になった。
現皇派であるゾフィアルノ侯爵家の継承問題に、
皇弟派である母上の実家が
しゃしゃり出て来ないように、両親が
こっそり考え出した、苦肉の策だったんだ。
ゾフィアルノ侯爵家は当時世代交代したばかり。
急激に力を落としていたゾフィアルノに、
皇弟派である母上の実家から
後継問題に口出しされることはかなり危険だった。
もしかすると、ゾフィアルノ侯爵家も
皇弟派にならざるを得ない状況になるかも知れない。
そうなると、今まで均衡が取れていた
現皇派と皇弟派のバランスが
大きく崩れてしまう。
──それが危惧された。
そこで両親が考え出したのがこの策ってわけ。
ゾフィアルノ侯爵家が
ゾフィアルノ侯爵家であるための『姫』。
それが俺。
知らず知らずのうちに、赤ん坊の俺は
まさかの現皇派と皇弟派の均衡を
女になることで、保っていた……と言うわけ。
ある意味、国を守っていたってことにも繋がるから
ちょっとびっくりだよね?
だけどね、国とか帝国……とかそんな
大層なものはどうでもいいんだ。
俺は、大切な家族を守れるならそれでいい。
……ただね、女としてのその役割は、
もういいと思うんだ。
だってもう、時は過ぎたから。
ゾフィアルノ侯爵家は力を巻き返しつつあるし
その跡継ぎとして、フィデルも十分成長した。
ちょっとやそっとじゃ、皇弟派が動いたとしても
もう揺るがない。
だからもう、俺は自由になれるはずだった。
そもそも状況的に見ても、
無理が出始めている──。
それは、俺の『心の問題』じゃなくて
『体』の問題。
小さかった頃はいいよ?
女だとか男だとか、見た目にそう
違いはないだろう?
だけど、大人になって、老人になって
……果たして俺は、無理なく
女でいられるだろうか?
『今』はまだいい。
だけど確実に、『無理が来ている』のも事実。
俺は今、魔法や薬で自分を女らしく
見せてはいるんだけれど
それにも限界ってものがある。
体を縛り付けるようなこのドレスと
女性の体に近づける魔法と薬のおかげで、
悔しいことに俺はフィデルと比べ
全く身長が伸びなかった。
女の格好をするには好都合だったんだけれど、
ここに来て状況が変わる。
どうやらそれは、
そーゆー体の成長だったみたい。
どういう事かと言うとね、今頃になってやっと
俺の身長は伸び始めたって事。
大きくなってるんだ。
身長が。
伸びたの。
諦めてたのに。
これは喜ばしい……いやいや、困った事だ。
「……」
女の人って、いったいいつまで成長するんだろ?
少なくとも俺の今の歳(16歳)だと、
そろそろ成長が止まるんじゃないかって
思うんだよね?
それなのに俺が急に大きくなっちゃったら、
それって絶対おかしいだろ?
魔法や薬でどうにか出来るレベル?
……いや、無理だろ?
もうね、『女』として生きていくには
限界が来ているって思うんだ。
「……」
だったら、消えるしかない。
フィリシアって言う存在を抹消する必要が
出てきたんだ。
深窓の令嬢だったのなら、ことは簡単だった。
すぐにでも平民になれた。世間に出ていない令嬢の
1人や2人消えても、なんの問題もないからね。
誰も気づかない。
けど、状況が変わった。
ラディリアスの婚約者に
なってしまったんだ──。
「……」
ホント、どうして俺なの?
あれだけ目立たないように生活していたのに、
逃げ場を奪われてまで発表されたこの婚約。
あれだけ目立ってしまった後に、
失踪するのは、さすがに無理があった。
けれど、婚約は破棄された。
状況は良くなっている。消えるなら今だ!
ついでに俺自身も自由を掴んで、
心置きなく人生を謳歌してもいいんじゃないかって
そう思った。
だから俺は、いずれ『男』として、
この貴族社会から抜け出して俺の『夢を叶える』。
そう──俺の『夢』。
引いてはそれが、家族のためでもある。
このヴァルキルア帝国のただの市民として、
その『夢』を貫くつもりだ。
え? 宵闇国?
宵闇国へ行けば、隠れることなく
堂々と過ごせるじゃないかって?
あぁ、それはダメダメ。
宵闇での俺は、子爵なんだ。
だって子爵と言えども貴族だろ?
貴族という身分では、あの夢は
叶えることが出来ない。
だから俺は、このヴァルキルア帝国で
平民として、この夢を
叶えるつもりなんだ。
……『家族』の傍で──。
そしてこの事は、両親も知っているし
承諾もしてくれている。
ありがたいことに、その夢を応援してくれている。
……ただ問題は、その時期だ。
残念な事に、明確なその時期は
決められていない。
そりゃそうだよね。抜け出そうとした
そのタイミングで、ラディリアスとの
婚約命令が出ちゃったんだから。
「……」
だから先延ばしになった。
だけど今、そのラディリアスとの
婚約破棄がなされた!
これはチャンスだって思う。
婚約解消を苦に、ゾフィアルノ侯爵令嬢が
行方不明になった……なんて、
ちょっといいんじゃないかなって。
後は簡単だ。
男の格好をして、ゾフィアルノ侯爵領に
潜んでさえすればいいんだから。
あぁ……けれどまだ、家族が心配だ。
あんな事しちゃった後だから……。
だからまだゾフィアルノ侯爵令嬢として
これからどうなるのかを
見届けなくっちゃいけないって思う……。
確かにね、自由になっていいんだったら
早くこの社会から抜け出して
『男』として生きていきたい。
それなりの生活に戻って過ごせば
俺はまだ成長期だし
フィデルみたいな体型にだって
なれるんじゃないかって、
ほんの少しだけど期待もしてる。
だって貴族じゃなくなるんだぞ?
ちっこいフィリシア体型よりも、
おっきなフィデル体型の方が
何かと便利なんじゃないかって思うんだ。
前世と違って色んな道具や機械が
豊富にあるわけじゃない。
身長も体力も、ないよりあった方が
断然有利だと思う。
……だけど、そう強くも言えない。
両親は俺に気を使ってくれている。
フィデルだってそうだ。
俺が『自由になりたい』と願い、
その願いが叶う日。
……それは家族との別れでもあるんだから。
離れ離れになるその日を待ち望んでいる……とか
あまりにも冷たいなって思う。
……こんなにも良くしてくれているのに……。
だからまだ少しだけ、
少しだけ一緒にいたい。
だけど、そんな悠長なことも
言っていられないのもまた事実。
俺が『男』だとバレてしまえば、
とんでもない事になるのは、目に見えている。
『最悪の事態』を避け、無事に独り立ちする!
それには、慎重に行動するしかないんだ。
それが、俺に与えられた最後の『課題』──。
「……」
俺はそっと目を閉じる。
閉じると両親の顔が浮かんできた。
今よりも少し若い、……多分俺が
3歳くらいの時の両親の顔。
いつだったか、両親に聞いたことがある。
『なんでフィデルと同じことをしちゃ
いけないの?』
って。
ちょうど前世の記憶が戻った頃だった。
純粋に疑問だった。
双子のフィデルと違う生活を送る俺。
何か理由があるんだろうと思った。
そしたら両親は言った。
『確かにお前は男の子だ。
女の子として過ごすのは苦痛か?』
俺は黙り込む。
べつに、答えられなかったわけじゃない。
その時の両親の顔が
今にも泣きそうだったから。
だから言葉に詰まってしまったんだ。
「……」
あの顔は、今でも忘れられない。
あの頃 俺は、確かに小さかったはずで、
そんなの覚えてるハズないって思うのに
妙に頭に残っている。
両親はひどく、辛そうな顔をした。
『……ううん』
俺は頭を振った。
苦痛だと思ったことは一度もない。
望みはなんでも叶えてくれた。
愛情も惜しみなく注いでくれた。
ただ……。
そう、……ただ漠然と不思議に思って、
あの日なんとなく気になって
何気なしにそう尋ねてみた
だけだったんだ。
……だからあんな風に、
2人が悲しそうな顔をするなんて
思ってもみなかった。
両親を悲しませるつもりなんて
これっぽっちもなかった。
だから、俺はどうしていいか分からなくなった。
少し驚いて……
それから、苦しくなる。
必死に頭を振る俺の頬を
父上は優しく撫でてくれて、それから言った。
『……辛い思いをさせて済まない。
いつかきっと、自由にしてやるから、
それまでは女の子として生きてはくれまいか?』
そう言われ、俺は頷いた。
『──うん! いいよ!』
そう無邪気に。
出来るだけ元気よく頷いてみせた。
……それが、両親を悲しませた
償いだと、あの時そう思ったから。
「……」
笑って欲しかった。
喜んでくれると思ったんだ。
大好きな大好きな父と母。
その2人が、悲しむその顔を見るのに
堪えきれなくて、笑って欲しくてそう言った。
けれど父も母も、笑ってはくれなかった。
父上は俺を抱きしめて、
その表情は全然見えなかったけれど
目の前にいた母上は泣いていた。
近くにいたフィデルは凄く怒っていて
父上と母上を物凄い顔で睨んでた。
俺は……それが妙に、腹立たしかった。
当時俺が唯一我儘を言ったのは
前世でなりたかった将来の夢の話。
どうしても叶えたいんだって、
両親に言ってみた。
ほとんどダメ元だった。
今は時代が違うし、
前世ほど知れ渡っているモノでもない。
……はっきり言って、これは『わがまま』だった。
貴族として生まれたからには
到底無理な夢だって思ってはいたけれど、
でも諦めきれなかった。
だから、ここぞとばかりに取引きした。
こんなチャンスもう二度と巡ってはないって
そう思ったから。
……我ながら上出来だと思う。
父は笑って了承してくれた。
『いいぞ。全力で応援する』
そう言って。
その夢が叶うのなら、
男であろうが女であろうが
俺はどっちでも構わない。
だから、女でいることも苦痛なんかじゃない。
目標とするものが俺にはあるから。
だからなんでもない事なんだ。
フィデルが怒るほどの事じゃない。
ただ、成長した今、これだけは分かる。
──バレたら、やばい。
俺たちはこの帝国を騙している。
バレれば死罪?
いや……死罪くらいならばいっそ
一族みんなで宵闇へ
逃げさえすればいい。宵闇国は
それなりの力を持っているから、
俺たちを保護するくらい なんて事はない。
──いや、そうじゃない。
ゾフィアルノ家は、帝国屈指の上級貴族だ。
その汚点を皇弟派が聞きつけたなら
とんでもない事になる。
ここぞとばかりに叩かれ、
『それ見た事か。これだから現皇派の者共は』
……なんて事になったら、目も当てられない。
ゾフィアルノ侯爵だけの問題じゃ
なくなってしまう。
皇弟派はどうにかして
今の皇帝を引き摺り下ろし、皇弟である
ネル公爵殿下を押し上げようとしている。
どんな事柄が内戦に繋がるか分からない。
ここは慎重にならなくちゃいけない……。
とにかく、無事に皇太子との縁が切れた今、
もう二度とラディリアスに会ってはいけない。
どうにか取れている第二勢力のバランスが、
俺たち2人の婚約で、大きく崩れてしまう。
……そんな事、分かりきっているのに、何故、
陛下は、あんなにも強引に、この婚約を
推し進めたのだろう?
そこが全く理解出来ないんだけれど、とにかく
万が一にでも、婚約復活ともなれば
皇弟派が黙っちゃいない。
当然、俺が男だってバレるだろうし、
何を考えているか分からない皇弟派は力をつけ
虚偽の申告をした罪で、ゾフィアルノ家は断絶
……なんてことも有り得る。
そうなればこの国はもう、終わりだ。
破滅するしかない。
きっと多くの人たちが飢え、死に絶える。
そうならないように、
気をつけなくっちゃいけない。
「……」
俺は固く、そう心に誓った。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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誤字大魔王ですので誤字報告、
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