フィリシアの、秘密。
帰りの馬車の中で、
わたくしはぼんやりと外を眺める。
窓から見える王城は とても煌びやかで
黄昏始めた夜の空を
昼間のように光り輝かせていた。
クリーム色の王城には、
兵士たちが交代で見守る『見張りの塔』が
四方にいくつもあって、
白を基調とした王城と共に
美しく照らし出され、輝いている。
それらは几帳面に城を取り囲み、
常に外敵からの侵入を防いでくれているのです。
いくつもあるその見張りの塔ごとに
松明は炊かれ、その光は近くにそびえ建つ
王城をも、幻想的に浮かび上がらせていました。
今日は、ラディリアスさまの
お誕生日なのですもの。
もしかしたら、いつもより多くの光を
灯しているのに違いありません……。
いつもは気にかけて見るような事など
あまりなかった王城なのですが、
こうして改めて見ていますと
やはり皇宮はこの国の象徴。
豪快で繊細な造りもさることながら、
その守りについても隙を見せない。
王城の傍に
幾本も立ち並ぶ『見張りの塔』に加え、
何重にも張り巡らせた城壁。
それから幾つもの跳ね橋に
要所要所に立つ護衛兵の数。
寸分の隙もなく、
ラディリアスさまの生誕祭で浮かれることなく
淡々と護衛するその姿はまさに、賞賛に値する。
お兄さまが仰るのには、あの護衛の方々も
ちゃんと交代の時間はあって、
料理やお菓子、それから
お酒や果汁が振る舞われるのですって。
休息の時間には、街中のお祭りを楽しむ事も
出来るみたいで、みんな朝から張り切って
おめかししていたのだそう。
ふふ。確かにそうですわよね?
楽しみがなくては、仕事のしがいがありませんもの。
それに夜会は、まだまだ始まったばかり。
夜は、これからなのですもの。
あの護衛兵も、今はああはしてはいますが
それなりに地位のある貴族なのには変わりがない。
もしかしたら、後で
夜会にも参加するのかも知れませんね……。
そんな事を思いながら
わたくしは城を守る護衛たちを見る。
夜会場の光と、城の各部屋から漏れる明かり。
それから地面から淡く立ち上る
そのたくさんの光の1つ1つはとても優しくて
先程までの出来事が
まるで夢の中の事だったかのように
ぼんやりと霞んでくる。
あの光の全てが、ラディリアスさまの
お誕生日を祝福しているのに違いありません……。
そんなふうに思うと、とても嬉しくなる。
色んなことはありましたけれど、
やはりラディリアスさまは
わたくしの大切な幼なじみなのには
変わりませんもの。
色んな人に愛されて、
幸せになって欲しいと思うのです。
ラディリアスさまは
わたくし達よりも4つ年上の19歳。
……あ。いえ、
お誕生日が来たのですから、
もう20歳におなりになられる。
この歳になって、ここまで盛大に誕生を祝うなど
この世界の貴族くらいの
ものでしょうか?
だって3日間もあるのですよ?
いえいえ、その3日間も実は短い方で、
お兄さまが仰るのには、近くの国々は
もっと長い期間お祝いするとのことで、
どちらかと言うと
ヴァルキルア帝国の皇族の生誕祭は
質素な方なのですって。
ちょっと、信じられませんよね?
正確に言えば、ラディリアスさまの
本当のお誕生日は、今から1ヶ月前の
9月になります。
その日は家族水入らずの宴が行われ
数多いる貴族たちの参加は許されない。
誰も邪魔することの出来ないその空間で
ラディリアスさまは
本当のお誕生日を迎えるのです。
そして、それがすんでからの公的行事。
民衆に向けての誕生祭が、3日間かけて行われる。
貴族へ向けてのお披露目は、
この3日間のうちに済んでしまうのだけれど
民間でのお祝いは更に長くて1週間。
いいえ、場合によっては1ヶ月もの長い間、
お祝いするところもあるのです。
それほどの規模で国を上げてのお祭り騒ぎ。
そんなことをして、財政は傾かないのかって?
ふふふ、いいえ、違うのです。
逆に財政は潤うのですよ?
別に皇太子さまがそれほど人気……と
いうわけではないのですけれど、
その間、国を上げてお祝いするとなると
大きなお金が動くのです。
要は単なる商売のため……と
言ったところでしょうか?
この時ばかりは、皇宮の紋章や
謂れのある宝石、それから
城の模型なんかのレプリカを販売する許可が
下りるので、商人たちはこぞって
それを売りに出すのです。
当然海外からの旅行者も、
この時ばかりは多くなり、商売をするのには
もってこいなのです。
うふふ、上手くできていますでしょ?
ですから、この国の経済を潤すために
まだまだラディリアスさまの誕生祝いを
終わらせるわけにはいかないのです。
今年は更に、
ラディリアスさまがお生まれになって
20年目の節目。
今以上に、盛り上がることは
間違いないでしょうね。
「……」
……けれどその喜ばしいこの年に
わたくしたちは あんな騒ぎを
起こしてしまったのです。
わたくしは心の底から、申し訳なく思ってしまう。
お祝いムードに水を差すような、あの出来事。
「はぁ……」
溜め息をつきながら、わたくしは再び
ぼんやりと窓の外を見る。
王城の光は、時間を追うごとに、遠のいていく。
遠のいていくのに、その煌びやかさは衰えない。
跳ね橋を通過する時に見えたあの門番たちも、
この日ばかりはと、おめかししているようにも見えた。
ふふ。お兄さまの言った通り……。
「……」
わたくし……いや、俺は静かに目を閉じた。
俺には、前世の記憶がある。
前世の自分は、女じゃなかった。
紛れもない男だ。
いや、……前世のみならず、今世でも
俺は女じゃない。
──紛れもない『男』だ。
……………………。
……あぁ、いやもう、……ホント、ごめん……。
俺の事を本気で『侯爵令嬢』……とか思って
期待……(なんの期待かは知らないけども……)
してたのなら、本当にごめん……。
なんか口調いきなり変わると
ドッキリするよね?
ホントごめん。
でもさ、俺だって
好きでこんな事やってるわけじゃないんだ。
趣味でも、遊びでもなく
ましてや男でいることが嫌だから……という
理由でもない。
もちろん、男が恋愛対象として好き……という
わけでもなくて……。
この姿で言っても なんの説得力もないけれど
俺は恋愛対象としては、男よりも女の方が
どちらかと言えば好きだ。
……まぁ でも今は、恋愛にはそれほど興味がない。
興味がないのが幸いして
今の俺は、確実に男なのに
女の格好をしている事をあまり不便だとは
思っていない。
……恋愛関係においてはね。
まあ、色々あったけど、
ラディリアス皇太子殿下との関係も
今夜、たった今、つい先程、無事に
婚約解消が成立したわけだし、
後はこの貴族社会から抜け出して
一般市民の、ただの男として
生きていけばそれでいい。
……まぁ、今はまだ
この状況を甘んじて受けるしかないんだけれど
将来的には限りない自由が
この俺には約束されているだよね。いいでしょ。
多少のイライラさえ我慢しさえすれば、
今置かれている『侯爵家の令嬢』って言う身分も
あながち楽ではあるんだ。
財力と権力を持っているゾフィアルノ侯爵家。
その令嬢のおれには、
やっていけないことなんて、ほとんどない。
はしたない……と言われること以外は
たいていの我儘が押し通せた。
……全く、いいご身分だと思う。
けれどだからこそ、この呪われた人生を
どうにかここまで、無事に
やってこられたんだとも思うんだ。
有り得ないよね。
男なのに女の格好して生きているとか。
でもこれはこれで、仕方がないことだから……。
うーん……なんて言うのかな?
『ゾフィアルノ家に生まれた宿命』ってやつ?
……って言うのも、なんだか少し
大袈裟かも知れないけれど
色々な要因が重なって、気づけば
この境遇に陥ってしまっていたんだよね……。
色々と、しがらみがあるもんなんだよ。
貴族って。
「はぁ……」
ここまで来るのに、色んなことがあったなぁ……。
俺はぼんやりと考える。
馬車の窓に肘をついて、再び溜め息を吐いた。
ヒュルルルル──……。
ドドーン──!
遠くで、花火が上がった。
窓の外では、
跳ね橋と豪快に上がる花火とが美しく重なり合い
何だか心の中が空っぽになる。
今の自分の置かれている状況が
ひどく虚しく思えたのだった。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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