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全ては、計画のうち。

「父上、私は──……」

 

 

 私は全てを吐き出した。

 ありのままを伝えた。

 

 父上ですら、知り得なかった、私の秘密(・・・・)

 もう、(あらが)えなかった。

 

 話すことで、全てが終わったとしても

 もうどうでもよかった。

 大切なフィアがこの手から

 すり抜けて行ってしまった今、

 これ以上いったい何に(すが)るというのだ?

 

 

「……」

 父上はそんな私を、言葉もなく

 驚きの眼差しで見つめた。

 

 それはそうだと思う。


 今まで真実だと思っていた事柄が

 音もなく簡単に崩れ落ちていくのだから……。

 

 母上が悲痛な声をあげた。


「ラディリアス……っ!」

 母上と私は、言わば共犯者だ。

 

 仲間だと思っていた私が、いとも簡単に

 告白してしまったのだから、

 母上としても冷静でいられるわけがない。

 案の定、真っ青な顔をした母上が目の前にいた。

 

 全てを話した私を叱責するような

 ヒステリックなその声に、私は心が押し潰される。


「……っ!」

 けれどもう、何もかもどうでも良くなった。

 

 もういいんだ。

 罪を償えと言うのなら、私は

 それを甘んじて受けようと思う。

 

 私は母上を見る。


「……っ、母上、申し訳ありません。

 けれどもう、限界なのです。

 このような事を、いつまでも黙って

 いていいはずがありません」

 非難の声を上げる母上に

 私は小さくそう言いきった。

 

 

 本当にもう、無理なのだ。

 そもそもこの罪を貫き通せるわけがない。

 

 母上もまた、私の秘密を知っている。


 知っているからこそ、この場にいることが

 いたたまれなかったのに違いない。

 力を失ったように、母上はカウチに手をついた。

 私は慌てて母上を支えた。


 顔色は真っ青だ。このままでは

 寝込んでしまうかも知れない。

「……」

 けれどそれも、仕方がない……。

 

 

 父上はそんな私と母上を見て、

 ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

「そうか、やっと話してくれたな……」

 

 

 

「!」

 その言葉に、私は目を見張る。

 もしや、父上は知っていた!?

 

 ピクッと母上の体が反応する。

 途端その身は微かに震え始め、

 私は気が気じゃなかった。


 父上は、静かに口を開く。

 

「事実は既に知っていた。

 お前たちの口から聞きたかった。

 ただそれだけだ……」

 ほっとしたその声は少し悲しげで

 けれどひどく優しかった。

 

 父上の言葉に、私と母上は驚く。

 

 と同時に恐怖が心を支配する。

 母上だけでなく、私の血の気も引いていく。

 

 

 

『知っていた』!?

 

 

 

 知られてはいけないこの秘密。

 それがバレていたとなると、

 この帝国では生きていけない。

 ……いや、私たちだけの問題じゃない。

 この国が崩壊する──!

 

 

「……」

 真っ青な表情の母上と私に向かって

 父上は静かに首を振り、穏やかに口を開く。

 

「流石に確信は持てなかった。

 ……私ほどの情報網を駆使しても

 あやふやな憶測でしかなかった。

 それを踏まえると、他に知る者はいないだろう。

 状況からみても、そうするより他はなかったと

 私も思っている。

 そしてそれをさせたのは、……

 そこまで追い詰めたのは、この私に他ならない。

 しかし……これは公表出来るような事でもない。

 対応はこちらで考えるから、後は気にやむな」

 

 その言葉に、母上は力を無くしその場に座り込む。

 そしてハラハラと涙を流した。


「あぁ、……陛下。陛下。

 わたくしはずっと、……ずっと心の奥底で

 悩んでおりました。

 これでやっと、陛下を騙し続けていたこの罪を

 償うことが出来ます……」

 母上はそう言って、父上を仰ぎ見た。

 

「……シエラ」

 父上は静かにその涙を拭い、口を開く。

 

「しかしそうなると、まだ安心は出来ぬ。

 ……分かっておるだろ?

 我が義弟が良からぬことを考えていることは……」

 

「……え、えぇ」

 母上は涙を拭き、そして少し真剣な顔で頷く。

 

「であるから、

 ひとまずこの婚約は、『保留』とする──」


 父上は厳かに告げる。

 



 え?

『保留』──?

 

 


 私は目を見張った。

 それは母上も同じ。

 

「は、……保留? ですか?」


 思わず、素っ頓狂な声が出た。

 有り得なかった。

 

 私の秘密は、国を揺るがすほどの秘密だ。

 いくら皇太子だとしても許されるものではなく、

 厳罰に処されてもおかしくない。


 それを敢えて『黙っておけ』とし

 その上解消してしまった婚約を保留にする……。

 そんな事が許されるのだろうか?

 

 眉を寄せ仰ぎ見れば、父上はニヤリと笑う。

 

「あぁ、そうだ。

 ……フィリシア嬢、及びゾフィアルノ家には

 不備はなかったという報告が

 もたらされているからには

 その方向での婚約解消は有り得ない。

 証拠もないのに強行突破すれば

 反感を買うだけだ。

 ……そうだな……お前の言う

『何も功績があげられていない』というのを

 採用するしかないな。

 (いささ)か馬鹿げた理由ではあるが……」

 言って父上は、私を睨む。

 

 睨まれて、私は居心地が悪い。

 あれは……確かに馬鹿げている。

 苦し紛れの言い訳だった。

 

「……」

 私は黙って視線を外す。

 

 ……確かに、大衆の面前であの理由は有り得ない。

 思い出しただけで、恥ずかしくなる……。

 

 

 父上は、そんな私を呆れた顔で見た。

「……よって、この婚約はひとまず『保留』だ

 フィリシア嬢はなんとしても手に入れたい」

「……」

 解消ではなく、保留……。

 

 私はもう、何も言えない。

 

 フィアとの繋がりが

 完全に消えたわけではない事を悟り

 私は素直に喜んでしまった。


 飛び上がりたいほどに嬉しい……。


 けれど、さすがにそれを顔に出すには

 はばかられる。

 慌てて手のひらで口を覆って

 その表情を包み隠した。

 

 全ての原因は私にある。

 けして喜んではならない……。

 

 

 

 ──「お待ち下さい!  陛下!!」



 

 そこへ、母上が悲鳴のような声を上げる。

 

「……」

 ──確かに、そうだ。

 

 私は目を閉じる。


 母上が悲鳴を上げるのも分かる。

 それこそ有り得ない。

 けれど素直に喜んでしまった私には、

 既に発言権などない。


 私は、どうすればいいか分からなくなり、

 横を向いた。

 

 

 そっと覗き見た母上のその顔は

 案の定ひどく青い。

 

 その表情はまるで、

 命を奪われそうになったかのような

 そんな恐怖に顔を歪ませた、1人の()の顔。

 人は心に負担が掛かれば、それだけで

 死に至るともいう……。それならば今の私は

 鬼のような形相だったかも知れない……。

 

「い、いいえ、いいえ……!

 それではゾフィアルノ侯爵家に

 申し訳が立ちません。

 あ、あなたは……陛下は、

 いったい何をお考えなのですかっ」


 震えるように、そう言葉を絞り出した。

 その目には涙を浮かばせ、母上は訴える。

 

「フィ、フィア……フィリシア嬢のことも

 考えておられるのですか……!?」

 ボロボロと涙を流しながら訴える

 悲痛なその声に、私は言葉を発することが出来ない。

 

「……」

 それは……最もな意見だった。

 

 

 母上は実のところ

 フィアをとても大切にしている。

 

 公平を気すべき国母としての母は

 表立ってフィアを可愛がることなど

 出来はしないのだけれど、

 実の子どもの私ですら、少し妬けるくらいに

 母上はフィアのことをとても気遣っておられた。

 

 私がフィアと会ったその日には

 必ずフィアの様子を尋ねに来られたし、

 フィアが寝込んだと聞き知れば

 私を通してお見舞いを……と様々な品物を贈らせた。

 

 その大切なフィアが、私なんか(・・・・)

 婚約者に復帰してしまうのだ。

 母上は、気が気じゃないのに違いない。

 

 

「……母上」

 

 けれど婚約が保留になる事は、

 私にとっては喜ばしいことでもある。


 どう慰めていいのか分からず、口を閉じる。

 私の顔は、自然曇る。

 

 

「シエラ……」

 父上が母上に呼び掛ける。

 

「よく考えてみろ。我々は皇族である。

 そもそも1回受理されたこの婚約を

 白紙に戻すのは無理だ。

 貴族院が黙ってはいない」


「──っ!」

 母上は息を呑む。

 

 

 貴族院──!

 

 私はハッとする。

 そうだ忘れていた。貴族院。

 

 貴族同士の公平さを司る『貴族院』。

 そこでは、様々な貴族世界の取り決めが

 公平に行われる。

 

 当然、私とフィアとの婚約の際にも

 この貴族院が介入していた。

 婚約を解除するには、やはりこの

 貴族院を通さねばならない。

 

「……」

 

 

 いや──。

 

 多分、その事実に

 私は気づいていた(・・・・・・)


 気づいておきながら、あえて(・・・)

 気づかないフリをしていた。

 

 母上が、バッと私を振り返る。

「……っ、」


 私は反射的に目を逸らす。

「…………」

 そんな私に、父上の視線が刺さる。

 

 グッと息を呑み、なんと言われるのか身構えた。

 ……けれど父上は、私には何も言わなかった。

 

 すぐに母上へと視線を戻すと

 父上は言葉を続ける。

 

「シエラ? 君には、

 他に言っておきたいことがある……」

 言って母上のその肩を抱いた。

 そして私を見る。

 

「……ラディリアス、お前もこの件に関して

 思うところがあるかも知れないが

 話はこれで終わりだ。

 結論からすれば、婚約は保留。

 ゾフィアルノ家に科する罪は

『噂が流れる隙を見せた罪』。

 1ヶ月の謹慎処分の後、公務に復帰すべし……とせよ。

 これは公式文書として、各界へ回せ」

 

「……は」


 淡々とした事務処理のような言葉に

 私も無機質に返事をする。

 

 ……そして、やや釈然としない状況を抱えつつも

 私はその場を後にした。

 


「……」


 真っ青な顔で

 今にも倒れそうな母上とは逆に

 途中から父上はすこぶる上機嫌で

 それが私には少し恐ろしくもあった……。

 

 

    挿絵(By みてみん)

 

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



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