恐怖の、追及。
「……呼ばれた理由は、
分かっているのだろう……?」
私が部屋に入った直後の父上の第一声は
これだった。
私は思わず黙り込む。
父……ラサロ皇帝陛下は、部屋の真ん中に置かれた
暗黒色のカウチの肘掛に持たれながら
きびしい表情で私を見た。
……後ろには、私の母である
グラシエラ皇妃が佇んでいる。
ひどく顔色が悪い。
それもそうだろう。私が突発的な行動を
取ったのだから、母上も
気が気じゃないのだろう。
私はゴクリ……と唾を飲み込み
それから少し唸りながら返事をする。
「……はい。皇帝陛下」
膝をつきながら
苦しげに吐き出す私のその返事に
皇帝陛下は深い溜め息をついた。
重い溜め息が、全てを物語っている──。
不肖の息子の、あまりにも愚かなその行動に
呆れ返っている……そんな溜め息だった。
陛下は口を開く。
「……『父上』でいい。
これは家族としての話だからな。
で? お前は、フィリシア嬢の何処が
気に食わないと言うのだ……?」
カウチに浅く腰かけ、父上は私を見る。
父上が今 座っているカウチは、
母上が贈ったものだ。
執務で忙しく、ゆっくりベッドで
眠ることすら出来ない父上を
慮ってのことだった。
ソファよりも幅が広く、
簡易ベッドの役割も果たすその椅子は
程よく柔らかく、そして触り心地がいい。
父上のお気に入りでもある。
けれど今は、『くつろぐ』……どころではない。
父上はそのカウチに浅く座り
自分の膝に肘をつくと両手で顔を覆った。
その姿はひどく、悩んでおられるように見えた。
「……っ」
呼ばれた理由なんて、痛いほどに
分かっている。
私がフィアとの婚約を大衆の面前で
解消してしまったからだ。
この婚約は、元はと言えば父上の命令だった。
本来なら、勝手に解消……など、
そんな軽々しい事はできない。
それなのに私は、強硬手段に出た。
父上に相談することなく、
誕生祭の夜会で婚約解消を発表した。
もちろん、事前の報告はしていないし
婚約を解約することの許可を
取ったわけでもない。
だからその事で、父上がお怒りになるのは
最もだと思うし
私はその事について、それなりの
覚悟はしていたつもりだ。
けれど、いくら父皇帝と言えども
一度大衆に報告してしまった事柄を
ひっくり返すことは出来ないに違いない……。
そう踏んでいたからこそ
決行に移した事柄だった。
けれど──
……フィアが、『気に食わない』──?
私は眉を寄せる。
その言葉だけは解せない。
確かに私は、フィアとの婚約は解消した。
けれどそれは、フィアが
『気に食わない』からじゃない。
そんなわけはない。
そんなわけが、あるはずがない。
私がフィアを気に食わないなんて……!
「……っ」
気に食わないどころか、正直なところ
好きで好きで堪らない。
私よりも長い時間フィアの傍にいられる
双子の実の兄にすら、ひどく羨ましくて
嫉妬すらしている始末なんだぞ?
フィデルなどは、それを知ってか知らずか
これ見よがしにフィアに触れ
私の嫉妬を必要以上に煽ってくる。
いても立ってもいられなくて
何度フィアを皇宮に連れてこようかと
思い悩んだ事だろう?
けれどそんな事をすれば
いよいよもってフィアから嫌われてしまうと
分かっているからこそ、軽はずみなことは
出来なかった。
どうにか自分の心を抑えはしたけれど
フィデルを完全に認めることも出来ない。
だったらフィデルの上を行き、どうにかして
フィアを振り向かせられないものかと
頭を捻ったし、腕を上げるために
血のにじむような努力もした。けれど、
いざ目の前に立つと途端
怖気づいてしまう。
好きだと言うことすら出来なくて、
何気ない会話ですら自信がなくなってしまう。
情けないほどに意気地のない自分に腹が立って
どうすればいいのか分からなくなった。
それほど私はフィアの事を想っているし
誰にも渡したくないと思っている。
ずっと傍にいて欲しくて
いつもどうしようもなくなった。
それなのに私は、多くの貴族たちがいる
あの夜会場で、婚約解消の報告をした。
……しなければ良かった。
叱られるために父上の執務室まで来ているのに、
未だにその事を、ずっと後悔している。
情けないよな?
本当なら言いたくなかった。
ずっと婚約者のままでいたかった。
フィアの傍にいたかった。
あのまま婚約者でい続けたのなら、
フィアは簡単に私の手の中に入ったんだ。
……それなのに、
それなのにもう、宣言してしまったんだ。
『婚約解消』を。
だからもう、後には引けない。
後には引けないんだ……。
「……」
私はぼんやりと、あの時のことを思い出す。
あの時私は、なんて言ったんだろう?
フワフワと雲の上を歩いているようで、
夢の中の出来事のようだ。
……あぁ、これが夢だったのなら、
どんなにいいだろう?
あの大衆の面前で、思いもよらず
フィアを傷つけ、泣かせてしまった。
言いたくもないことをこの口で語り
そして傷つけた。
あぁ……私は なんて事をしてしまったんだろう?
今すぐ死んでしまいたいくらい、心が痛い。
……こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃ、なかったんだ。
フィアを傷つけるつもりなんて、
これっぽっちもなかった……。
ただ私は、婚約を解消したその事実のみを
報告するはずだった。それだけで済むはずだった。
「……」
私は、小さく目を伏せる。
本当だったら、この報告は
簡単に済むはずだった。
それなのに、ひどく
ややこしいことになってしまった……。
──いや、違う。
本当は、全くやる気がなかった。
だってそうだろ?
心の底では、全く望んでいない婚約解消。
どこかで不備が出て、
立ち消えになればいいとさえ思ってた。
だから、手を抜いたんだ。
用意周到に行動していたのなら
例え父上が……
賢帝と言われる父上が相手であったとしても
負けることはない。
この婚約は、所詮は私のこと。
どうとでもなった。
フィアの願い通り、あのウワサを
私がそのまま理由として使っていれば、
ガジール男爵も、あそこまでフィアを
追い詰めるような事はしなかっただろうし、
……いや、その前に、しっかり父上と向き合って
話し合っていさえすれば、
最善の策が取れたはずだった。
「はぁ……」
私は父上に気づかれないように、
小さく息を吐く。
もっともっと、気を配るべきだった。
一度口に出してしまった取引だったのだから
手を抜くのは許されなかったはずだ。
そもそも、フィアの心を試そうと思ったのが
大きな間違いだった。
フィアの心を試そうとして、
手酷いしっぺ返しを受けてしまった。
一年間、婚約者として過ごした。
だから、少しでも
好意を持ってもらっている……そう勘違いした。
婚約者として連れ添えば、
きっと気持ちは変わる……なんて、そんな
儚い望みを持ったのがそもそもの間違い。
フィアは、私のことなんて、
なんとも思ってはいなかったのに──。
望まれていないのだから、潔く
身を引けば良かったのに、それすらも出来ない。
私はなんて、不甲斐ないんだろう?
実際、ゾフィアルノ侯爵家を
ライバル視する家門は多い。それほど
ゾフィアルノ侯爵家はこの帝国内で
幅を効かせている上に、発言力も強い。
どうにかしてゾフィアルノ家を
陥れられないものかと、みんな手ぐすね引いて
待ち構えている。
けれど、ゾフィアルノ侯爵家は
圧倒的な力の差を見せつけ、他を寄せつけない。
油断……と言うものはまるで存在しないかのように
欠点らしい欠点も見つからない。
その上、
帝国最強の軍事力を誇っているものだから
容易に手が出せない。
出せば返り討ちに合うのが分かりきっている。
そんな力の強い
ゾフィアルノ侯爵家に逆らうなど
普通の家門では有り得ない。
それは自殺行為に等しい。
「……」
父上の提唱したこの婚約は、
ただでさえ強いゾフィアルノ侯爵家の力を
更に強めてしまう出来事でもあったから
敵対する勢力は密かに眉を寄せていた。
皇帝の命令、しかも相手はゾフィアルノ。
異議を唱えたくとも、そんな勇気はない。
……そんな家門ばかりだったはずだ。
そこへ来ての、私からの婚約解消の報告。
ゾフィアルノ侯爵家に敵対する貴族としては
これほど愉快なことはないに違いない。
敢えてその報告に異議を唱える者があるとすれば
それはゾフィアルノ侯爵家に仕える
家門関係者くらいのものだろう。
……だから私は、
当事者であるゾフィアルノ侯爵家と
それに付随する家門の了承さえ
得られれば、この婚約を解消することは
ひどく簡単な事なのだと考えた。
要は、ゾフィアルノ侯爵がこの婚約解消を
認めてくれさえすれば、全て丸く収まる。
けれど実際は、そう上手くはいかなかった。
何がかって──?
「……」
別に、ゾフィアルノ侯爵家から
了承が得られなかったわけじゃない。
……了承は、驚くほど簡単に
取り付けることが出来た。
そうじゃなくて……。
私は唇を噛み締める。
そう、婚約解消の了承は悔しいけれど
驚くほど簡単に得られたんだ。
ゾフィアルノ侯爵は
『フィリシアの気持ちに添う』とし、
その他の付随する家門は
『侯爵閣下の思いのままに……』との
返答を得ている。
肩透かしを食らった形になった。
もっと動揺するかと思ったのに、それすらない。
それに、それだけでは終わらなかった……。
婚約解消に向けての理由が足りないと、
侯爵家が判断したようで、ご丁寧にも
婚約解消をするのにもってこいの理由づけを
作ってくれたんだから。
「……っ、」
これには私も戸惑った。
ゾフィアルノ侯爵が……フィアの父親である
エフレン卿が、
あんな計画を立てるわけがない。
最愛の娘の将来を握りつぶすような
最悪な計画を立てるような、
そんな人物だったのなら
そもそも父上が……私が信用していない。
いくら家門の力が大きく、強くても、
今のヴァルキルア帝国で
重要な役職につくことは不可能だ。
じわじわと、真綿で首を絞められるように
侯爵家は断絶するだろう。
けれど、そんな事にはなっていない。
一重に侯爵が、人格者だからだ。
だからこの計画を立てたのは、
侯爵では有り得ない。
有り得るとすればそれは、
間違いなく、フィア自身なのだろう。
「…………」
フィアは危惧したんだ。
簡単な口約束のような婚約解消では、
いずれまた婚約が復活するのではないかと……。
だからトドメのような理由づけをしたし
侯爵自身もその案に手を貸した。
……それが今回の、事のあらまし──。
…………。
その事実がずっと私の腹の奥底に燻っていて
どうにも収まりがつかない。
必死に私から逃げようとするフィアが
憎くて憎くて、どうしようもない。
何故、あんな理由付けを考えた?
あれさえなければ、ガジール男爵は
何も言わなかったのに違いない。
ただ淡々と事は運んだはずだ。
……けれどフィアは、決定的ななにかが
欲しかったんだろう。
もう二度と『私との婚約』が復活しないよう
徹底的にその可能性の息の根を止めた。
「…………」
どうしてそんなことをするんだ?
どうして、こんなにも
私が愛しているのに気づかない?
もしかして、わざとなのだろうか?
私の気持ちを知っててからかっている?
そんなに私は、魅力がないのだろうか?
いや……そもそも私が憎いのかもしれない。
それほど憎まれる何かを、私はフィアに
してしまっていたのだろうか?
どうにか報復してやりたいと思うのに
どうすればいいか分からない。
いっそ手に入れてしまえと思うけれど
そうもいかず、私は頭を抱えた。
考えに考え抜いた末に出した答えは
やっぱり婚約解消。
結局そこに落ち着いてしまった。
私でさえ、命の危険に晒されるこの皇宮に入れば
きっとフィアも狙われてしまう。
傍にいたいとは思うけれど
そんな危険な場所に、フィアを置くことは
どうしても出来ない。そう……思っていた。
そう、思っていたはずなのに
やっぱり心のどこかで納得していない自分がいる。
父上に伝えたあの陳腐な理由。
今思い出しても、あの理由はないな……と
呆れ返ってしまう。
……けれど、どう足掻いても
私はフィアが好きなんだ。
ずっと傍にいて欲しいほどに、愛してやまない。
四六時中傍にいるわけではないフィアの事が
心配で心配で、どうにも心が落ち着かない。
もしも、父上に寄り添う母上のように
私の傍にフィアがいてくれたのなら
この心は落ち着いてくれるのだろうか?
そう思うと、心は揺れる。
揺れないわけないだろ?
それをずっと望んでいるんだから……!
だったらこのまま
フィアを自分の妃にしてしまえ──!
そんな風に、悪魔が囁いた。
ひどく甘美な声で。
けれど、良心がひどく痛む。
一生恨まれると分かっているのに
そんな事をするのか? と。
不幸にすると……命を狙われるような事になると
分かりきっているのに、それでも
自分の手元に置くのか? それは単なるエゴだろ?
そんな事、許されるのか──?
「……」
私だって、出来ることなら
婚約期間などすっ飛ばして、婚姻を結びたい。
妃にしてしまえば、いくらフィアが
嫌だと言っても、もう私のものだ。
それがどんな状況だったとしても
フィアを手に入れられたのなら
もう、絶対に放さない。
……結婚なんて簡単だろ?
ただ、黙っているだけで良かった。
すでに婚約者なのだから。
全ての段取りは、周りの者が
そつなくやってくれる。
皇家の使用人は、みな一様に優秀だ。
完璧な式場、料理楽隊、それからドレスに
装飾品をあつらえてくれるだろう。
私は何もせず、ただ静かにその時を
待つだけで良かったんだ。
……けれど、
それが出来なかった。
好きだからこそ、フィアにも私のことを
好きでいて欲しいと願ったから。
結婚することで嫌われるのなら
今までのように、友だちの好きでも
いいんじゃないか……と、そう思ってしまった。
けれど、それでもやっぱり、釈然としない。
手放した今でも、惜しくて惜しくて堪らない。
「……っ、」
私は唇を噛み締め、母上を見る。
婚約解消を選んだ理由は、まだある。
私はフィアとは結婚できない。
絶対に不幸にしてしまうから。
ねぇ、そうでしょう……? 母上。
私は自分の母を睨んだ。
全ての元凶は、ここにある。
「……」
けれど母上は、何も言わず真っ青な顔で目を伏せた。
……私とは、目を合わせないつもりでいるらしい。
歯噛みしながら、私も同じように下を向く。
……これでは、どうする事も
出来やしないじゃないかっ。
見捨てられたような気持ちになって
私は諦めの溜め息をつく。
けれどずっとこのままでもいられない。
私は心を決めて父上の方へと向き直る。
「父上──」
「……」
呼ばれて父上は、顔を上げる。
鋭いその視線に射抜かれて、私はグッと息を呑む。
口を開きはしたけれど、
その先なんと言えばいか分からず
私は再びその口を閉ざす。
「……」
黙り込み、続きを話そうとしない私に
痺れを切らし、父上は再び
深い溜め息をつきながら顔をしかめる。
「……ラディリアス。
私は、お前の望む妃を……と思って
今まで黙って見ていたのだ。
だが分かるだろう? もう、そんな悠長なことは
言ってはいられない。
お前はもう20歳になったのだぞ?
本来であるならば、既に妃がいても
おかしくない年齢だ。
けれど未だに妃どころか、婚約者もままならず
浮いた話1つとしてない。
お前が選べないのなら、私が選ぶしかあるまい?」
言って立ち上がる。
「フィリシア嬢は、その点において申し分ない。
堅実な家柄に慎ましい性格。
何よりあのフィデルが兄ともなれば
お前と共にこの国を支えていける力量を
十分持ち合わせている。
……確かに、この婚姻を結ぶことによって
ゾフィアルノ家は更なる力を得ることだろう。
それは恐らく、ほかの貴族にとって
脅威となるに違いない。
そのためにフィリシア嬢を始め
ゾフィアルノ侯爵家の風当たりも確かに
厳しくはなる。
下手をすれば
その命を狙われる可能性も出てくるだろう。
けれどそれは、あの家族の人間が
潰れるほどのものなのだろうか?
──いや、そうではあるまい?」
父上はおもむろに立ち上がり、窓の外を見る。
窓の外は相変わらず賑やかで、
星の瞬き出した紫色の空に、
大きな花火が咲いた──!
パラパラパラパラ……
悲しげな音を立て、火花が散った。
「……」
父上は、花火を見ながら話を続ける。
「……そんな逆境など、ゾフィアルノ家は
嫌というほど普段の生活の中で、
十分味わっているはずなのだ。
それで折れるようならば、今頃とっくに
消えていても不思議ではない家門なのだぞ?」
父上はそっと私を振り返る。
「……正直、我が皇家もまた
そのゾフィアルノ侯爵家の力が欲しい。
ゾフィアルノ侯爵……エフレンは
ああ見えて子煩悩でな、特に
フィリシア嬢に関して言えば
息子のフィデルよりも
気にかけている節がある。
そしてその溺愛ぶりは、兄のフィデルですら
例外ではない。
フィリシア嬢を手に入れる事が出来れば
我々に恐れるものなどなにもないのだ。
……他国から姫を、……とも思ったが
今は国内が不安定になりつつある。
皇弟派が少しづつ、動き出しているのは
お前も知っているだろう?
今はまずは、国内の地盤を固めるべき時なのだ。
それには先ず、フィリシア嬢を
手に入れなくてはならない」
父上は静かにそう言いながら、コツコツと
靴音を立て、窓辺に立った。
窓の外では、夜通しの花火が打ち上げられている。
きっと今日も、街中はお祭り騒ぎなのだろう。
人々の賑やかな笑い声が響いてきて
室内のどんよりとした空気を、更に重くした。
「……ガジール男爵の言っていた、不義の話を調べた。
いや……元々、
知っていたと言った方が正しいかな……」
「──!」
その言葉に、私は身を強ばらせる。
な……っ、『知っていた』?
その言葉に、私の血の気は引いていく。
確かにフィアは、この噂をばら撒くために
早くから動いてはいた。
けれど私も、その動きを最初から掴んでいたから
そのほとんどを握り潰している。
……ガジール男爵の事は、
確かに私も不覚だった。
けれど、ガジール男爵も
一筋縄でいくような人物ではない。
きっと彼の方も、用心していたのに違いない。
用心深いゾフィアルノ侯爵家が初めて見せた、
弱点となるべきしっぽ。
自分がこの噂を掴んだと周りに知られれば
どうなるのか……など容易に予測出来る。
だからこそ男爵は用心したんだ。
ガジール男爵がその事に気づいたのだと
私が知っていたのなら、そんな噂など
水面下で楽に握り潰せた。
それが出来なかったのは、ひとえに男爵が
ようやく握ったゾフィアルノ侯爵家のしっぽを
手放すような事態に陥ることを恐れ警戒し
慎重になって守り抜いたせいもある。
だからこそ、今日以前に父上が知り得ることは
不可能に近いはずだった。
けれどそれなのに『知っていた』……?
「……っ」
私は息を呑み、父上の言葉に耳をそば立てる。
話の内容によっては、私も
出方を考えなくてはならない。
外を見て、父上は呟いた。
私の方は見もしない。
「……あぁ、それから、
お前がフィリシア嬢の不義の証拠を
握りつぶした……という報告も上がっている。
まさか、バレない……とでも思ったか?」
「……っ、それは──」
淡々と話すその口調が
まるで突き放すかのようで、私はゾッとする。
父上はやはり、何もかも
ご存知だったのか──?
「ち、父上! それは……!」
私は眉を寄せ、何か言い返そうと口を開いた。
けれど父上は軽く手を挙げ、それを止める。
「……っ」
「それだけではない。
フィリシア嬢のその不義……それ自体が
作られた噂だった。
……作り上げたのは、フィリシア嬢本人。
いや、ゾフィアルノ家総出で事にあたっている……。
それは当然、お前も知っているな?
だから揉み消そうとしたのだろ……?」
私は息を呑む。
やはり父上は、始めから
何もかもご存知だったのだろう。
嘘などついても始まらない。
私は素直に頷いた。
これはもう、隠し通せない──。
「……はい」
苦々しげにそう返事をし、私は顔を背けた。
そうするしか、
他に手は なかった──。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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