皇帝陛下からの、呼び出し。
──コンコンコンコン……。
部屋の扉がノックされ、私の所へ侍従が現れた。
「殿下、皇帝陛下がお呼びでございます」
「……分かった。直ぐに行く」
私がそう返事をすると、侍従は軽く頭を下げ
奥へと消えて行った。
「……」
私は静かにそれを見送って、目を伏せる。
……多分。いや、絶対に叱られる。
そう思った。
けれど行かない訳にはいかない。
皇帝の子どもと言えども、臣下の1人。
抗えば、反逆罪に問われる可能性だってある。
「はぁ……」
私は溜め息をつくと
脱いでいた上着を肩にかけ、自室を後にする。
チョコレート色の
重たい扉の向こうへと進みながら
私は心底項垂れた。
こんな事なら、婚約解消などフィアに
言い出さなければよかった……。
「……」
いや、正確に言えば、
これは私が言い出したわけじゃない。
『婚約が不安だ』とフィアに漏らしただけだ。
……けれどまさか、あんなにも
フィアが喜ぶとは思ってもいなかったから……。
私は壁にもたれ掛かる。
「……」
……いや、だから何が言いたいんだ?
フィアのせいでこうなったと思っているのか?
それこそ、どうかしている……。
フィアのせいにするなんて。
全ては、私が優柔不断なのが
いけないんだろう?
「はぁ……」
自分を戒め、深いため息をつきながら
重い足を再び動かした。
正直、疲れてしまった。
何をやっても裏目に出る。
どうしたらいいのか分からない。
……いや、分からないわけじゃない。
ちゃんと分かってる。
ただ、自分の思いとは全然違う状況へと
事が流れ始めて、どうでも良くなってるんだ。
もういっそ、自分の思うままに──。
「…………」
そうは思っても、
もう既に、フィアを
手放してしまったじゃないか……。
これ以上、どうなると言うんだ?
その事実が、深く私の心を抉る。
しかもそれは、誰かのせいではない。
自分のせいだ。
私がハッキリ言えば良かった。
そうじゃないんだって……。
……けれど、あの時は仕方なかった。
あまりのショックに、『違う』の一言が
口から出てこなかった。
これほどまでに臆病になるなんて、
可笑し過ぎて涙が出てくる。
けれど、……それも、
やっぱり言い訳に過ぎないだろ?
どの道私とフィアは、結ばれない運命だったんだ。
そうだろ?
分かってた事だろ?
好きになっちゃダメだって、あれほど
自分を抑えたじゃないか……っ!
なのに、好きになってしまった。
「……」
フィアだけじゃない。
私はもう、誰とも結婚する気なんてない。
跡継ぎ? そんなモノ、後からどうとでもなる。
第一無理だろ?
こんな粗ばかりの皇太子なんて
未だかつて存在しなかったに違いない。
無能な私の血など残して、なんになると言うんだ。
所詮私も、あの叔父上と同じ穴のムジナ。
一生懸命背伸びしたとしても、
届かないモノは届かない。
足掻くだけ虚しいだけだ。
「……」
コツ、コツ、コツ……と靴音を立てながら
私は必要以上に広い廊下を歩いた。
自分がまるで、ちっぽけな存在に
なった気がして、そのまま消え入りたくなる。
『あはははは……!』
『今日は、飲み明かすぞ!』
『おお! 受けて立つ!』
『無理無理……こいつに勝てるわけないだろ?』
『いいや、今日こそは目にもの見せてやるぞ!』
『おいおい、既に足が怪しくなってるぞ……』
「……」
どこからか、賑やかな声が聞こえてきて
私は窓から下を見下ろした。
今いる廊下からは、兵士たちの演習場が見えた。
いつもなら上半身裸の男たちが剣に格闘にと
技を鍛えるために使われるその演習場には
いくつものテーブルが所狭しと並べられ
様々な料理と酒が振る舞われている。
いつもは暑ぐるしい演習場も
今日ばかりは花が飾られ、普段は来ることのない
町娘や着飾ったメイドたちも
チラホラと見受けられる。
それだけでむさ苦しかったあの練習場が
華やかなになるから不思議だ。
置いてある物や、そこにいる人で
ずいぶん印象が変わるものだと感心しながら
私は少し微笑んだ。
今日は私の誕生日だと言うこともあり、
夕暮れではあるもののまだ日も明るいのに
既に出来上がっている者も少なくない。
城の中でも時折奇声を上げる者もいるけれど
私は別に嫌ではない。
屋敷の広い廊下でひとり立ち竦み、
そんなどんちゃん騒ぎを聞きながら
思わず笑みが零れてしまう。
お堅い城の警備もいいけれど、
時には息抜きもして欲しい。
人形のように統率され動く者よりも
そうしてくれた方が、随分人間らしいと
私は思っている。
いっそ私も、そんな風に騒げる身分であったら
どんなに良かっただろう……?
そうだったら今頃、フィアとは
どんな間柄だったろう?
フィデルと親友でいられただろうか?
その妹のフィアとは……時々会えるくらいの
仲ではあっただろうか?
……あぁ、けれどあの2人は侯爵家の人間だから
『地位も何もない奴!』などと言われて
爪弾きをくらったかも知れない。
「ふふふ……。
いや、あの2人に限って、それはないか──」
思わず笑みが零れる。
そんな事を考えている自分が可笑しかった。
身分なんて考えず、
自分をさらけ出して、あの2人と付き合えたら
どんなに良かっただろう?
あの2人ならきっと、一市民であったとしても
快く受け入れてくれたに違いない。
そしたら私は、素直にフィアに
告白出来ただろうか?
「ふふ。……いや、でもそれはやっぱり
……無理だったかもな」
どの身分であったとしても
やっぱり私は私だ。
そうそう変わるものでもない。
それはきっと、あの2人だって同じ事だ。
フィデルやフィアの嫌なところは
今のところ思い浮かばない。
……あぁ、いや、フィデルの嫌なところはある。
あいつの嫌なところは、フィアに近すぎる点だ。
いくら妹が可愛いからと言って
アレは過保護過ぎる。
もっと手放してくれれば、私だってもっと
フィアの傍にいられたのに。
それなのにあの溺愛ぶり。
とても不用意にフィアには近づけない。
けれどだからこそ安心でもある。
フィアは私が見ていなくても、
フィデルが守ってくれている。
「……」
……それが長所でもあり欠点でもある。
だけど、それだけだ。
他には思い浮かばない。
思い浮かばないから、苦しい。
いっそ嫌なところばかりを見て
『あんな奴ら近づく価値もない!』くらいに
思えたら、どんなに楽だったろう?
「……そんな事、思うわけない」
私は苦笑する。
会いたくて会いたくて……傍にいたくて
たまらない……。
「……フィア」
私はポツリとそう呟いて、暗くなり始めた
西の森の方角を見た。
ドドーン! と大きな音が空中で弾け
大きな花が夜空に咲いた。
『おお……! 花火が始まったぞ!
これはまた、ひときわ美しいな!』
『流石はヴァルキルア帝国』
『ラディリアスさま、
お誕生日おめでとうございます……!!』
『皇太子殿下に祝福を──!』
『限りない幸福が降り注ぎますように──!』
そんな、声が聞こえた。
祝福の言葉が、少し気恥しい。
……けれど、祝福して欲しい人には
ついぞ打ち明けられなかった。
本当のことを──。
「……」
どうしたらいいか分からない。
ただ、傍にいたい。
穏やかなあの人と……。
──『ただ、傍にいたい。』……?
あぁ、嘘ばっかりだ。
私はフィアを手に入れたい。
誰にも渡したくない。
私だけを見ていて欲しい。
傍にいて抱きしめて、それから
誰にも触れられないように
隠しておきたいとすら思っている
それなのに、『ただ、傍にいいたい』?
私は、とんだ嘘つきだ──。
「ふふ……」
あぁ、ひどく……胸が、苦しい。
私は褒められた人間じゃない。
祝福されるような人間でもない。
自分のエゴで、人ひとり束縛しかねないような
……そんな、
浅ましい気持ちを持つ
──悪魔のような『人間』、なのだから……。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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