わけの分からない、嫉妬。
──『それは、いかなる理由でしょうか?』
「!」
退出しようとして向きを変えた瞬間
突如上がったその声に、私は足を止めた。
「……」
私はゆっくりと振り返る。
異議を唱えたのは
皇弟派筆頭ガデル・ガジール男爵。
もう既に、勝ち誇った顔をしている。
私は眉をしかめた。
実際のところ、フィアたち
ゾフィアルノ侯爵家がやらかしたことは、
おそらくは何人かの貴族が
もう既に知っている事なのだろう。
私は頭を振る。
「……」
やはり、完全ではなかった。
けれど、男爵に負ける訳にもいかない。
私はキッと男爵を睨むと真正面から向き合った。
──『フィアの不義』
それは紛れもなく、
ゾフィアルノ侯爵家が作り上げた
虚偽の噂に過ぎない。
そのような事実は全くないし
フィアは紛れもなく潔白だ。
それは、私が執念で調べあげたのだから
間違いない。
仮にも彼らは現皇派。
フィデルはともかくとして、
その父エフレンと妹であるフィアは
誰もが認める(クソ)真面目な性格だ。
例え天地が裂けたとしても
ゾフィアルノ侯爵家が皇家に
仇なすようなことをするとは
到底ありえることではなかった。
たとえガジール男爵が異議を唱えたとしても
……いや、全帝国民が異議を唱えても、
私はフィアが無実だと言うことを証明出来る。
絶対に負けない自信が、私にはあった。
とにかくこの婚約解消は
私の方から切り出したもの。
ゾフィアルノ家だけが損を被らないように
こちらはコチラで手を打たせてもらった。
そもそも彼らが取った行動は
私の望む範囲を大きく超えていて
到底容認できるものではなかったんだ。
だから、出来うる限りの力で
この計画は叩き潰させてもらった。
もしもフィアから、
『このような噂を立てるつもりです』
と相談を受けていれば、私は絶対に
許さなかった。
けれどフィアは、何ひとつとして
私に相談してくれなかった。
それほど私は、信頼されていないのだろうか?
「……」
だから、気づくのが遅れ、揉み消すのに
少し骨が折れた。
要は、目撃者全員の記憶操作を行った。
やり方は簡単だ。
皇室に仕える、精神魔法の使い手を
送り込むだけでいい。
諜報部隊に所属する彼らの仕事は敏速だ。
もちろん、全て揉み消すのは不可能だ
けれど、事実なにもなかったのだから
問題はない。
そこを突かれたとしても、
真実を伝えればいいだけの事。
婚約解消の本当の理由は
全てこちらに非があるのだから
不必要にフィアを晒すのは、
私の本心ではない。
けれどこのガジール男爵を取り逃していたとは
大きな失態だった。
フィアたちが画策した罠に
まんまと引っ掛かった哀れな男。
彼は運悪く皇弟派……しかも
その筆頭ときているから、始末に負えない。
当然、フィアたちゾフィアルノ侯爵家とは
敵対する立場になる。
今の男爵は、フィアを
格好の獲物として捉えているのかも知れないが
それは大間違えで、
格好の獲物として、最初に牙を立てたのは
紛れもなくフィアだ。
不義の噂を拡める役として選ばれただけ。
フィアが狙った者たちは全て、
皇弟派の者たちだった。
ただの噂……で
終わらせるつもりはなかったのだろう。
作り上げた虚偽の噂に
尾ひれさえつけてくれそうな人物。
フィアはそれを見越して、
目撃者を選び抜いたのだろうから……。
「……」
見ればガジールは、下卑た笑いを隠せずに
口許を変な形で蠢かせていた。
くそっ、……いいように
使われているとも知らずに──。
「……っ」
私は心の中で舌打ちする。
そのガジール男爵は自分の立場上、
フィアが皇太子の婚約者ではなくなった……という
その状況だけでは
満足出来なかったらしい。
ゾフィアルノ侯爵家の姫が
不貞を働いた。
……そんなお飾りが欲しいのだろう。
現皇派であるゾフィアルノ家の力は
今の当主になって
些かその力は弱くはなったものの
依然大きな権力を有している。
そんなゾフィアルノ家は、皇弟派にとって
大きな目の上の瘤に違いなかった。
──ガジール男爵が、事の次第を追及する。
それだけだったのなら、私の心も乱されない。
皇弟派としては当然の反応であっただろうし
発言しなかった他の反勢力も
力のあるゾフィアルノ家を
少しでも貶めてくれるのなら
誰が何を言おうとも構わなかったはずだ。
そもそも、貴族とはそういうものだ。
自分に火の粉が振りかからなければ、
後はどうでもいいのだ。
安全な場所にいて、今の状況を愉しむ。
娯楽に飢えた貴族の好む
格好のシュチュエーションと言ってもいい。
ガジール男爵は、単なる
その『反対勢力全ての代表者』だったに過ぎない。
けれどこの時、事もあろうことかあの男は
品定めするようにフィアを見た。
「…………」
……これには正直、嫌悪感しかない。
何なんだ? 噂を間に受けたのか?
妙な視線でも送れば
フィアが相手してくれるとでも?
「……っ、」
それを想像しただけで、全身に虫酸が走る。
私はムッとして、フィアを見た。
そもそも事の発端は、ゾフィアルノ家だ。
このような噂を流すからこんな目に会う。
言わばこれは自業自得だろ?
この時まで私はまだ、
騙されたガジール男爵を哀れにこそ思え
フィアの肩を持つ気にもなれなかった。
こっちの気持ちなんて微塵も考えず、
陛下からの命令である婚約を解消するために
まるで何かのゲームを愉しむみたいに
理由づけをしてくれたゾフィアルノ。
せめて相談くらいしてくれても良かったのに、
それすらなかった。
可愛さ余って憎さ百倍とは
この事を言うのかもしれない。
とにかく私は、事の発端を作ったフィアを
憎く思っていた。
無実は証明する。
けれど私に黙って噂を流したことについては
許すわけにはいかない。
私はフィアを見る目に力を込める。
けれど──。
「──っ!」
けれどフィアの目は潤んでいて、怯えている。
その表情を見た瞬間、私の心がズキリと傷む。
一瞬でもガジール男爵の肩を持った
自分を後悔した。
そしてその瞬間、フィアの傍に
いることの出来ない自分の存在が悔やまれた。
フィアは、涙目でフィデルに縋りつく……!
「……っ、」
それを見て、私がどれほど傷ついたか……。
なぜ……?
何故そこでフィアは、いつも
フィデルを選ぶんだ?
何故フィアは、いつもいつも、
私を頼ろうとはしない?
本当なら、そこには
私の傍にいるべきだったのに──っ!
苛立ちが更なる苛立ちを呼び起こし
もう、どうにもならなかった。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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