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夢にまでみた、婚約破棄。

 婚約破棄……!

 

 恐らくそれはとてつもなく、不名誉な事なのに

 違いありません。

 けれどこれは、わたくしたち家族にとってとても

 ありがたい出来事でもあるのです。

 

 それは、どういうことなのかって……?

 ふふ。それはまぁ、おいおい分かる事ですわ。

 

 とにかくこの婚約自体が、我がゾフィアルノ家に

 とってみても、わたくしにとっても、とても

 恐れ多い事で、一番の悩みの種だったのです。

 

 けれどそれが今日! この日に!

 わたくしはついに、開放されるのです。

 

 皇太子殿下にとっては、20歳を迎えるお誕生日。

 わたくしにとっては、自由になる記念すべき日。

 

 あぁ今日はなんて、いい日なのでしょう……!

 

 ただでさえ窮屈だと思っていたこの貴族社会。

 それなのに更に、『皇太子妃』という縛られた地位

 など、わたくしには無用の物なのですもの。


 ただの(・・・)フィリシアとして生きていける

 自由が、遠のいてしまう皇太子妃になんて、誰が

 なるものですかっ!


 ……けれどそれも、今日で終わり。

 婚約破棄となった暁には、再び自由になる未来が

 わたくしの手元へと戻って来るのですもの!

 まるで、夢でも見ているかのよう!


 こんなにも晴れ晴れとした気持ちになれたのは、

 本当に久しぶりのことで、お兄さまは

『沈痛な面持ちで』……などとは言いますけれど

 それはわたくしにとって、どだい無理な話なのです。


 だって わたくしは、この日をずっとずっと、

 本当にずーーーーっと、心待ちにしていたの

 ですから!

 

「ふふ。ふふふふふ……」

 気を張っていても、含み笑いが無意識に漏れてしまう。

 

 そんなわたくしを見て、お兄さまは澄んだ湖のような

 淡い翡翠色のその瞳で、そっと睨んでくる。

 



「……フィア」

 



 その声は、さっきからひどく低い声で、わたくしは

 思わずごくり……と息を呑む。

 お兄さまは普段は優しいのですけれど基本、

 わたくしに容赦ない……。

 あまり怒らせるとどうなるのか、身をもって

 知っている わたくしと致しましては、ここは

 何としても大人しくすべきでしょう……。


「は、はい……お兄さま。

 失敗は致しません。絶対に……!」


 肩を竦め、わたくしはそう呟いてからそっと目を

 伏せる。

「…………」

 お兄さまの困ったその顔を見ると、確かに笑ってなど

 いられない。

 

 お兄さま……フィアはちゃんと分かっています。

 決して、お兄さまの『圧』が怖いからではなくて、

 ちゃんと分かってはいるのですよ?

 今から起こるであろう状況が、とても不名誉なこと

 なのだということを。

 ですからちゃんと、……ちゃんと自重致します。

 (形だけは……ふふふふふ……)

 



 わたくしとお兄さまは、実は双子です。

 ですから、すごく似通った『外見』をしているのです。


「…………」

 ……いいえ、正確に言うとしていました(・・・・・・)

 これはもう、完全なる過去形になってしまいました。


 子どもの頃は、もの凄く似ていましたのに、

 今はそう……『すごく(・・・)似ている(・・・・)』とは、

 お世辞でも言いづらい。

 

 お兄さまは、4歳年上のラディリアスさまの

 背丈ですらも追い越して、見上げるほどに大きく

 成長してしまわれたの。


 反面、なぜなのか双子のこのわたくしときたら、女性の

 平均身長にやっと届くか届かないか……の、おチビさん。


「……」

 つまり、あまり成長しなかったのです。

 



 ……何故、こんなにも差が出来てしまったのでしょう?

 わたくしだって、すらっと高い、スマートな体が

 欲しかった。それなのにこの低身長。


 逆にね、せめてお兄さまが、わたくしと同じくらいの

 身長だったのなら、そりゃ、わたくしだって納得も

 出来たのですが、開けて見てみれば、この格差。

 どうしても腑に落ちません。


 生活環境も食べるものも、ほぼほぼ一緒で、わたくしと

 そう変わらないはずですのに、この違いは、いったい

 なんなのでしょう?


 お兄さまばかり、ズルいと思いませんか!?

 



「……」

 わたくしは少しムッとして、背の高いお兄さまを

 見上げてみる。

 

 今はもう、似ているのは髪と瞳の色くらい?

 ……悔しいことに、その身体能力ですら、お兄さまとの

 接点を失いつつある。

 体格の大きなお兄さまには、その分筋肉が付いて

 いるでしょうし、おチビのわたくしでは、

 どう足掻いてみても、その腕力には遠く及ばないのです!


 ……この許し難い体格差と、力の差に、わたくしは

 少し悲しくなる。


 あーぁ、小さい頃は、こんなんじゃなかったのに。

 ケンカをすると、勝敗は五分五分だったのが

 今や十中八九、わたくしの方が負けてしまうのです。

 どうしたって、この身長差と体力差は大きい……。


 もちろんわたくしだって、低身長とその分少ない体重

 のお陰なのか、小回りは効くのですよ?

 ですからお兄さまとの立ち会いでも、先手は必ず

 わたくしの方へと軍配は上がるのですが、如何せん

 持久力が……。


「……はぁ」

 わたくしは小さく、溜め息をつく。


 信じられないかも知れないけれど、こんなわたくし達も

 幼い頃は見分けがつかない程にすごく、よく似ていたの

 です。

 

 


 ──『まるで瓜二つ』

 


 

 誰もがそう形容した、わたくしとお兄さま。


 もちろん、その特権は大いに使わせて頂きましたよ?

 せっかくのこの容姿、使わない手などありません。


 イタズラ好きのわたくし達は、当然そのことをネタに

 して周りの大人たちを、よくからかって遊んでいました。


 みんなの戸惑う姿を、物陰に隠れて覗いては、クスクス

 声を潜めて、笑いあったものです。


 無邪気に遊んでいたあの頃が、ちょっぴり懐かしい。

 けれど、バレたら当然、お仕置が待っている。


 乳母のメリサは怖いから、2人ドキドキしながら、

 入れ替わりごっこを楽しんだの。


 2人いれば、その分頭も回りましたし、出来ない事など

 何ひとつとしてなくて、まるで自分が、無敵にでも

 なったかのような、そんな気分に浸れました。

 

 そもそも、気づかない大人たちが悪いのです。

 

 わたくし達をちゃんと見ていれば、その違いなど

 一目瞭然なのに。



 ドレスとスーツ。

 それを取り替えるだけで、途端に誰なのか、分から

 なくなる。


 単純でいて、それでいて惑わせられる。

 簡単に見分けがつく服装(・・)にだけ目がいって

 中身がそっくり入れ替わっているってことに

 まるで誰も気がつかないのですから……!


 それがとても面白くて、そして少し残念でもあって……

 けれどその事実があったからこそ、わたくし達は

 自分たちがとても似通っているのだと、自覚する

 ことが出来ました。

 

 剣の練習がキツい……と言うお兄さまに変わって

 わたくしが訓練に出た事もありますし、

 (わたくし、剣術は得意なのですよ)

 そして以前、わたくしが多くのお茶会の招待を頂いて

 慌ててしまった時などは、代わりにサポートして

 下さったのです。


 え? サポートって、何をしたのかって?


 うふふふふ。それはね、当然お兄さまに『女装』して

 頂いたの。コーラルピンクの、ふわふわのドレスを

 着て、髪を結い上げて。


 ……あ、もちろん、お兄さまの髪は短く切りそろえて

 ありましたから、それはそれ、ちゃんとつけ毛をして

 フォロー致しました。

 真っ赤になって恥ずかしがるお兄さまは、それでいて

 なかなか可愛らしかったのですよ。


 まぁ……後で、こっぴどく叱られましたけれど。


 そもそもこのわたくしが、初めてのお茶会のご招待に

 テンパってしまったのが、いけないのです。

 断り方が分からなかったのです。

 仕方ありませんよね?


 ですから、あの時のわたくしは、手当り次第に

『参加します』の、お返事を出していたのですが

 ちょっとした手違いで、同じ日程のお茶会の参加が

 被ってしまったのです。

 焦りましたよ? あの時は本当に。

 

 当時『無謀かな?』とも思ったのですが、背に腹は

 かえられません。帰属にとって、信頼関係は1番大切な

 ものなのですから……!


 ですからあの時は、お兄さまに無理を言って、お願い

 したのです。『手分けしてお茶会に参加致しましょう?』

 って。

 当然お兄さまは、嫌そうな顔をなされはしましたけれど……。


 まあでも、お兄さまの『女装』は、あの時一度きり

 ではありましたけれどね?

 あの後すぐに、手紙の断り方を習いまして、今や

 信頼のおける方々のお呼ばれ以外は、基本、参加

 しないことになっています。


 

 ふふふ。けれどあの時のお母さまの顔ったら……!



 今思い出しただけでも、笑いが込み上げて来ます。


 あの時わたくし達の行動に気づかれたのは、

 お母さまとメリサの2人だけ。

 真っ青になって、倒れそうな勢いのお母さまに、

『こればかりはもう、仕方ありません!』とばかりに

 お兄さまのメイクを手伝ってくれたメリサには、

 感謝しかありません。


 けれどその事に、ほかの皆さまは誰一人として

 気づかれないのですから、驚きですよね?

 メリサの腕が良かったのでしょうね。

 



「ふふ。ふふふふふ……」

 思わず笑い声が漏れてしまい

 わたくしはハッとして、口を押さえる。

 

「フィア……!」

 すると案の定、お兄さまからの叱責。


「……っ、」

 わたくしは少し息を呑んで、扇の陰でそっと舌を出す。

 誰も見分けられなかった、幼い頃のわたくしとお兄さま。


 けれど何故だか、お母さま達にはバレてしまって

 毎回毎回叱られましたけれど、今ではそれも懐かしい

 思い出のひとつになってしまいました。

 

 今はもう、そんな事は出来はしない。

 

 わたくしとお兄さまは、あの頃とはもう全然違うのです

 から。


「……」

 時が過ぎ去るのは、本当に非情。

 双子であるこのわたくし達ですら、見た目も性格も

 全く違う人間になってしまいました。

 

 それが少し悲しくもあり、

 寂しくもある。

 

 産まれ出たその瞬間から、わたくし達はずっと傍に

 いましたのに、今や遠くの存在となってしまわれた

 お兄さま。


 自分の分身……と言っても、決して過言ではなかった

 そのお兄さまが、どんどん どんどん遠のいて

 どこかに行ってしまわれるような、そんな不安。


 だからわたくしは、いつも背伸びをして、お兄さまに

 近づこうと試みたのです。




 ……届きは、しなかったけれど。



 

 ──そりゃまあ、お兄さまはとても成長されてしまって

 背丈は わたくしよりもずいぶんと、大きくなられたの

 ですけれども、わたくしだって、まだまだ成長期。

 お兄さまくらい、大きくなる可能性だってきっとまだ

 残されているハズなのです!

 

 お兄さまに追いつく日が……いいえ、いつかきっと、その

 身長を追い越す日が来たのならば、きっとわたくしは

 お兄さまを笑いながら、見下ろすのに違いない。


 そして言ってやるのです!『やっと追いついたぞ』って!


 ふふ。その日がわたくしは待ち遠しい。

 きっと、とても誇らしい気分に、なるのに違いない。

 

 

 自由な生活を手に入れたら、まず最初に、この苦しい

 ドレスを全部脱いで、それから身長が伸びるように

 たくさんたくさん運動をするつもり。

 

 たくさん食べて、たくさん寝て、たくさん動いたら

 そしたらきっと、このわたくしだって、うんとうんと

 背が伸びて、お兄さまのように、大きくなれるはず。

 



「……」

 ──けれど、分かってはいるのよ?



 


 それを実現するには、わたくしが成長期(・・・)

 あることが必須条件だってこと。

 

 成長が止まり、もう背丈が伸びなくなってしまった後に

 どんなに頑張ったとしても、もう、手遅れなんだってこと。


 だからわたくしは、いつも、焦っている。

 

 

 早く早く、自由になりたい。

 

 空を飛ぶ鳥のように。


 うんと手をひろげて伸びやかに。

 大きく大きくなりたいの。




 いつもいつも、そう願っている。


 


 ──そう。




 わたくしはとても『焦っている(・・・・・)』。

 



 

 けれど、どんなに焦っていたとしても、それは

 仕方のないこと。

 わたくしの力はちっぽけで、何の役にも立ちは

 しないから。

 

 けれど指を咥えて黙っている……なんてことも出来や

 しない。

 今できることを、し続けなければならない。

 

 そうでなければ、どんどんどんどん差が開いていく。


 

 真面目で利口なお兄さま。

 不真面目で、どこか抜けているこのわたくし。

 

 いずれは次期宰相と、噂されているお兄さま。

 けれどわたくしは屋敷の中で、ただただ窓の外を

 眺めるばかり。

 

 情が深くて、常にわたくしを見守って下さるお兄さま。

 自由奔放で、家族のことですら忘れてしまいそうになる

 そんな薄情なこの わたくし。

 

 大きく力強く成長されたお兄さま。

 身長が伸びやんで、時々倒れてしまう軟弱なわたくし。

 

 

 一日一日過ぎていく度に、わたくし達は どんどん

 どんどんかけ離れていく……。

 


 この世に産まれ出た、その瞬間からわたくしは

 普通の人とは全く違う、奇っ怪な道を歩む羽目に

 なりはしたけれど……。

 

 

 ──けれど、そう。

 そのこと自体が、不幸だとは思わない。

 

 不幸だとは思わないけれど、でも

 この息苦しい貴族社会の中で、わたくしはもう

 生きていく自信がないのです。

 

 今まではどうにか、なんでもない様に

 装ってはいたけれど、……でも──


「……」

 



 ──いいえ。




 わたくしは静かに頭を振る。


 あの頃は幼いがゆえに、自分の置かれている状況が

 あまり分かっていなくて、無邪気に微笑んで、ただただ

 無邪気に過ごしていただけなのかも知れない。

 何もかもが新しくて面白くて、だから平気だったの。



 けれどわたくしは、もう子どもじゃない。

 子どものままではいられない。


 幼かったあの頃は、遠い遠い過去へと消えて、

 今はもうその名残を垣間見るだけ。


 だからわたくしも

   姿を変え

     身分を変え

       新しい環境の中で

 慎ましく生きていかなければならないの。

 このままではいずれ、ボロが出てしまうから。

 

 そうなる前に、わたくしはただのフィリシアに戻るの

 です。まだお兄さまに追いつける、今のうちに!

 

 

 

 だからわたくしは、今日のこの日を、いったいどれだけ

 夢見たことかしら?

 

 

 皇太子妃ではなくて、ただの(・・・)わたくし。

 ただのフィリシアになれる記念日。

 自由な自分に、戻れる日。

 

 

 きっと今日この日のことは、忘れられない出来事になる。

 

 自由になれば、またお兄さまに近づける。

 離れ離れになりそうなこの状況を、打破出来る。

 

 

 わたくしが本当のわたくしであれ! と、

 お兄さまは、ずっと前から望んでくださって

 いましたもの。

 だからわたくしも、本来の自由な姿に戻りたい。

 

 

 今日のこの日(・・・)は、きっと

 かけがえのない1日になる。

 

 

 大切な今日──。

 

 

 今日これから起こる出来事を

 

 これから先もずっと、

 胸に刻みつけておくのに違いない。

 

    挿絵(By みてみん)

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



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