自信を持って、言えること。
実のところ私は、フィアが私との婚約を
破棄したがっていたのを知っていた。
……まあ、それを望んでいなかったのなら
私がフィアに不安をうち明けたあの時
『婚約破棄』なんていう言葉が出てくるはずは
ないんだけどね。
多分フィアは、私との婚約を
破棄するにはどうしたらいいのか
常に考えていたのかも知れない……。
私はそれほどフィアに、
嫌がられていた事になる。
「……」
いや、それだけじゃない。
フィアは事もあろうか
私が行動を起こしやすいように、わざわざ
自分の醜聞を広めるような、そんなウワサを作り
市中を奔走してくれた……。
よりにもよって、他の男との密会なんて──。
「……っ」
ギリ……と唇を噛む。
今思い出しただけでも、虫酸が走る。
初めは知らなかった。
あのウワサがフィアが……ゾフィアルノ侯爵家が
画策した計画だったなんて。
だからこそ、嫉妬で
どうにかなるんじゃないかと、本気で思った。
『それほど、……それほど私が嫌なのか?
それほど私は、フィアに相応しくないのか?』
──そう自分を責めた。
正直、私のプライドはズタズタだった。
たとえそのウワサが、
全くのウソであったとしても
それを作り上げたのは
紛れもなくフィア本人であるはずだ。
事実、フィアが行動に出ているのだから、
嫌がってやっているわけではないはずで……。
となると、『恋人役』は
フィアが選んだ事になる。
「……っ、」
たとえそれが単なる『役』であったとしても、
フィアが望んでソイツは『恋人』を
した事になる……っ!
確かにそれは、私との約束……婚約破棄のために
出た行動かもしれない。
けれど、たとえそうだとしても
とても許せなかった。
これがウソだとしても、相手の男を
本気で殺してやりたいとすら思った。
事実確認が済むまで、私は気が気じゃない。
現場を抑え、それがもし事実だったのなら
フィアを皇宮に閉じ込め、男は秘密裏に
消してしまおう。
……本気でそう思いながら、詳しく調べたら
全くの虚偽。
それは全て、まったくのデタラメで
フィアは浮気なんかしていなかった。
ただ純粋に、私が望んだ
(本当は、全く望んでいないんだけど……)
婚約破棄に、尽力しただけだったと知る。
ホッとしたのも束の間。心のモヤモヤは消えない。
こんな計画を、フィアが1人で計画出来るとも
思えない。よくよく探ってみれば、
その裏にゾフィアルノ侯爵家が控えていた。
──家族総出でコトに当たった……?
「……」
いったい何なんなのだ?
フィアの一族ゾフィアルノ侯爵家は
私になにか思うところでもあるのだろうか?
仮にも私は皇太子なのだぞ?
その皇太子から見初められるのなど
常識から考えれば、光栄なことではないのか?
しかもわざわざ、皇家の怒りを買うような
虚偽の噂をでっち上げるなんて、
とても正気の沙汰とは思えない。
皇太子の婚約者の不義など
下手をしたら死罪になり得るような
重大な反逆罪だ。
──けれどゾフィアルノ家では
そうは思わなかったのだろう。
……確かに、後ろ盾は完璧だ。
ゾフィアルノ侯爵家の後ろには、
あの宵闇国が控えている。
彼の国が全力で、フィアの守るとなれば、
ヴァルキルア帝国も不用意には動けない。
けれどそうなったのならフィアは、
私の手の届かないところへ行くことになる……。
「……っ、」
きっと本当に、もう会えなくなる。
今までの比なんかじゃない。
どう考えてみても、
あんな遠くまで会いに行く……なんて事は
出来ないし、仮に行けたとしても、
フィアの命を狙う国の皇太子なんて
入国を断られる可能性がかなり高い……。
いや、私だったら絶対に入れない。
「……」
……私は頭を抱える。
あぁ、それにしても何故……?
私はそんなに頼りないのか?
そんなに相応しくない?
何がいけない?
どこが嫌いなんだ?
言ってくれれば、どんな事だってきっと改める。
私は唇を噛む。
歯痒くて仕方がない。
私は自分がそれほど有能だとは
思っていない。
けれど、家族総出で嫌われるほど
悪くもないとも思っている。
公私共に、常に人の目を気にし、
言動には気をつけ
万人の為になるような
そんな政策を心掛けてきた。
特にゾフィアルノ侯爵家相手では
絶対に気に入られたいと常日頃から
思っていたからこそ、その言動には
幼い頃から十分に……十二分に気をつけていた。
だからこそ、嫌がられる事など
絶対にしていないし、
言っていないと断言できる。
それなのにこの仕打ち──。
いったい私の、
何がいけなかったのだろう……?
それとも、私の能力においてだろうか?
私では力不足と、思われたのだろうか?
ゾフィアルノ侯爵家では
使用人を雇う際の試験が
かなり厳しいと聞いている。
武芸に秀でた、ゾフィアルノ侯爵家。
政治を操るその手腕だけでなく、
魔法力
武力
知識量
そのどれをとっても
他の家門とは比べ物にならない。
その使用人ともなれば
たとえ下働きのような者でも、
武器を巧みに操れると言う。
しかもそれは、実際私がこの目で
確かめているから、間違いでもない。
フィアとフィデルの乳母……メリサなどは
下手をすれば騎士になれるくらいの
実力はあると思う。
「……」
けれどそんな事は、私は既に
幼い頃から知っている。
使用人ですら、そのような能力を
求めると知っていたからこそ、
私もフィアに相応しい人物になれるよう
常日頃から自分を磨き上げたのだから……。
だから私は、ほかの者に遅れをとるようなことは
絶対にしていないつもりだ。
たとえば、私のこの魔力量。
まずもって魔力に関して言えば
紛れもなく私は合格点のはずだ。
確かに『秘法』……は持ちえなかったけれど
皇家以上の魔力量の持ち主など、存在しない。
ゾフィアルノ侯爵家も、宵闇国の
王家に連なることは連なるけれど
直系ではないから、私よりも魔力量は低い。
コントロールに関しても、私は
他の追随を許さない。
フィアのコントロールから比べれば、
かなりいい線いっているはずだ。
フィアの場合は、本当にお粗末だから……。
そもそも、私が魔力を巧みに操れるのは
必要にかられたからだ。
物心つく以前から、私は命を狙われた。
力のコントロールぐらい出来なければ
そもそもこの皇宮で、生きていけるわけがない。
誰にも気づかれないような、微弱な魔力の
放出さえ出来るように、幼い頃から訓練を受けた。
だから、どんな場面でも動揺せずに
私は力を使うことが出来る。
剣術体術においても、それは然り。
フィア守りたさに、私はかなり腕を磨いた。
この国の騎士の資格は、
それはかなり厳しいものなのだけれど
フィデルと同様、私も10代で会得する事が
出来ている。
……ただこれには、若干の
手ごころが加えられているのかも知れない。
父であるラサロ皇帝陛下は
『皇族と言えども平等に』と、
ことある事に通達はしているけれど
実際そうであったかどうかは分からない。
それなりの加減が一切なかった……とも
言いきれない。
そもそも騎士職の唯一の存在理由は
皇室を守ること。
皇族である私が騎士資格を得たとしても
何の役にも立たない。
守るべきものが皇族。
言わば自分なのだから、
その点だけを見れば、護身術を会得すれば
合格点と言えなくもない。
だから実力が多少伴わなくとも
顔色を窺って合格にしたところで
なんの弊害もないし、
その事が皇帝陛下にバレるはずもない。
「……」
けれど剣術は、苦手分野ではないから
それなりの実力はあるとは思う。
そもそも私が騎士の資格を取ったのは
フィアの為だ。
あわよくば、フィアの騎士となって
ずっと傍にいたいと願った。
もちろん私は皇太子だから、
そんな悠長なことは出来はしないと
ちゃんと理解はしている。
仕事は山積みで、ただ単に
フィアに会うことすら難しい。
それでも私は、
『フィリシアの騎士』と言う肩書きだけでも
得たいと願ったから、だから直ぐに
その想いをフィアに伝えた。
フィアの騎士にして欲しい……と。
それなのに、即答で断られてしまった。
……今思えば、場所がいけなかった。
私は騎士階級を授与されたその場で
フィアに願い出た。
……人目もはばからぬ……とは、あの事を
言うのかも知れない。
周りの事など一切目に入らなかった。
思い出してみても、恥ずかしい……。
けれどあの時は、合格したことが嬉しくて、
一刻も早くフィアに伝えたかったんだ。
フィアの騎士になりたいってことを──。
フィアからの許可さえ貰えれば、私はずっと
フィアの傍にいられる。……そう、思ったから……。
あの時フィアには既に、フィデルが騎士として
その傍にいた。
けれどフィデルよりも、私の方が身分が上だ。
フィアが私を騎士として認めれば、
自然フィデルはフィアの護衛からは外される。
私が騎士になれば、憎たらしいフィデルさえも
追いやることが出来る──!
……そう思うと、必死だったんだ。
私が騎士に認められれば、
もう誰も、フィアの傍には近づけさせない。
当然それが兄であるフィデルであってもだ!
そう私は、決心していた。
あの時のフィデルの顔は、見物だった。
何度思い出しても小気味いい。
いつも飄々として
感情を表に出さないフィデルが
あの時は明らかに、動揺の色を見せた。
縋るようにフィアを見るその姿は
無力な仔猫そのもので、
その場にいる者全てを驚かせた。
けれどフィアは、それには目もくれず
首を横に振る。
『殿下──。殿下は、わたくしの主。
それなのに騎士になど、
恐れ多くて出来ようはずもございません。
その代わり……と言ってはなんですが
今後わたくしが殿下の盾となり、
そのお心をお支え致しましょう』
「──……っ」
騎士になることを断られ、
私は目の前が真っ暗になった。
──けれど、あれはあれで嬉しかった。
断られはしたけれど、フィアは
みんながいる前で、私の傍に膝をつき
自分は私の『盾』なのだと
そう、宣言したのだから。
「……」
思い出しただけでも嬉しくて、
顔が赤くなるのが分かる。
私は誰にも気づかれないように
そっと顔を隠す。
「! ……殿下? お加減でも──」
傍に控えていた護衛のゼフが
小さく声を掛けてきた。
その言葉に、私は一気に現実に引き戻される。
「──!」
ハッとして見回せば、険しい表情をした
貴族たちが目の前に迫ってくる。
「……っ」
言いたくなかった婚約解消の報告。
遂に言ってしまったんだと実感する。
……戸惑う貴族たちのその様子を見て、
それもそうだと思う。
回らない頭で考えた、適当な婚約解消の理由。
到底、納得なんて出来やしないだろう。
私だってそうだ。心の奥底では
納得なんてしていない。
嫌なんだ。ずっと婚約者のままでいたい。
けれどしょうがないだろ?
解消は必要だったんだ。言わなくちゃいけない。
フィアを守るためには、これしかない。
「殿下──」
気遣わしげな声が再び掛かる。
先程いた護衛とは違って、
ゼフとは気軽に会話を交わすほどの間柄だ。
フィデルと同じく、私の学友として選ばれ
共に学んだ仲でもある。
フィデルのように頭角は表さなかったけれど
その観察力は侮れない。
──そう、かなり目ざといんだ……。
「いや、なんでもない。騒ぐな。
少し、思い出しただけだ……」
私はすぐに返答する。
騒がれても困る。
私はもう、婚約解消の発表をしたのだ。
もうここにいる必要もない。
できる限り早く、この場を去りたかった。
このままここにいても、
自分の神経がもう持たない。
私は今の状況を
自分で作り上げたのにも関わらず、
少なからずショックを受けていて
本当ならここで脆く崩れ去ってしまっても
おかしくない状況だった。
──遂に、言ってしまった。
これでもう、何もかもが終わる。
私はもうフィアの婚約者ではないし
傍にいることすら叶わない──。
「……」
先程まであれほど見ていたフィアの顔ですら
もうまともに見ることも出来ない。
見るのすら苦しくて、私は顔を背けた。
「けれど殿下──」
「──くどいぞゼフ。
もう、……終わったんだ……」
それだけ言うので、精一杯だった。
「……了解……致しました」
ゼフは何かを感じ取ったのか
小さくそう返すと、黙り込んで後ろへと下がる。
私はその言葉に、ホッと安堵なのか
諦めなのか分からない溜め息を漏らし、
ゆっくりドアの方へと足を向ける。
あの時の出来事は、フィアのおかげで
『嬉しい記憶』になってくれはしたけれど、
『フィアの騎士になりたい』という
私の願いは叶わなかった……。
……そりゃそうだと思う。
私は守る側ではなく守られる側だ。
その場の流れで『ハイハイ』と
微笑みでもしていたのなら、今度は
フィアが世間から叩かれていたに違いない。
フィアはその機転で、あの場面を
うまく躱しただけに過ぎない。
あの時のフィアは、私の盾になるとは
言ってくれた。けれど、本当のところ、
私の心の支えになろうなどとは、露ほどにも
思っていなかったはずだ……。
本当に支えになろうと思うのなら、
私の傍にいたがるはずだから──。
「……」
……私は本当に、愚かだな。
何も考えず、その場のノリで
自分の我儘を口にし、フィアを困らせた。
それなのにフィアもフィデルも
そつなく躱していく。
そのうえ悔しいことに私は
剣術も体術も確かに得意だとはいっても、
フィデルには、遠く及ばない。
フィデルのその有能さの前には
私の業績など驚くほど些細なものだ。
常にフィアがいたために、幼い頃から
私のみならず、フィアの護衛まで
無意識にこなしていたフィデル。
ごく自然に 当たり前のように
それをやってのけながら過ごしていた彼に
基本、守られてばかりだった私が
とうてい勝てるわけがない。
私がどんなに頑張っても
経験から来るフィデルのその『勘』のよさには
いつも煮え湯を呑まされた。
些細なことで、いつもフィデルに一歩
先を越される……。
その機転の良さは誰もが驚くほどで、
フィデルは、フィアの考えていることが
分かるのではないだろうか? ……などと
ウワサする者だっている。
その上さらに不愉快なことは、
その思いが妹に対するソレとは若干
趣が異なっていて
いささか度が過ぎているようにも思うんだ。
「……」
だから私は、フィデルに対して
嫌悪感を抱くことが多い。
……そしてそんな有能な兄、フィデルが
傍にいるからこそ、フィアはこんな私に
愛想を尽かしているのかも知れない。
──間抜けな皇太子と、有能な兄。
どちらを取るか……なんて、
そんなの、分かりきっていることなのに……。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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