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垣間見る、フィア。

「……」

 私はそっと、フィリシアを見る。

 

 フィリシアが今日、あまり派手ではない

 (つつ)ましい衣装に

 その身を包んでいるのは

 ここが婚約解消の発表の場だと

 知っての事だろう。


 けれどそれがまた、

 フィアの可愛らしさを強調していて

 逆に目を引いた。

 

 光沢のある、淡く優しい色合いの

 柔らかいその生地は、可憐で小さなフィアを

 ふわりと優しく包み込む。


 華美な宝石ではなく、レースを

 ふんだんにあしらったドレスなのだけれど

 この場が夜会だからなのか

 大人っぽいデザインとなっていて、

 少しドキリとする。


 胸の下の大きなリボンが

 それを程よく中和してくれていて、

 フィアの可愛らしさを十分引き立てたていた。

 

 髪を結い上げたのは、乳母のメリサだろうか?

 相変わらず腕がいい。

 

 緩やかに結い上げているにもかかわらず、

 崩れそうな感じは不思議となくて

 フィアの良さを全面に押し出している。

 


 フィアは知っているのだろうか?


 フィアとフィデルが現れたあの一瞬

 会場は深い溜め息で満たされた。

 

 あの瞬間、私はひどく後悔した。

 

 

 私は何故、フィアの隣ではなく、

 こんなところに、いるんだろう?──

 

 

 

 よく見ようと身を乗り出しもしてみたけれど、

 フィアの姿は……ほとんど見えない。

 

「フィデルのやつ……っ!」

 

 私は歯噛みする。

 兄であるフィデルの陰に

 リスのように隠れてしまっていて

 覗き見るのですら一苦労。


 おまけにフィデルは、

 何故か私を警戒していて

 常にフィアが私の死角になるよう

 立つ位置を変えるという懲りようだ……!

 

 くそっ! あいつ、絶対あれはわざとだ……っ!

 

 

 どんなに必死になって覗き見ても

 フィアは全く見えやしない。

 

 ……いや、『全く』ではないか。

 時々、ほんの少しだけ、フィアの姿が見えた。

 

 時々見えるフィアの腕や首筋が

 洗練された所作を垣間見させてくれ

 それが傍にいられないことの苛立ちを

 更に増幅させた。

 

「──……っ、」

 私は歯噛みする。

 

 今日を過ぎれば、もう二度と

 フィアに会えなくなるかも知れない。

 

 ……『かも知れない』?

 


 いや、絶対に会うことなんて

 叶わないだろう。


 相手は深層の侯爵令嬢。

 片や私は皇太子。


 この婚約が破られれば、側近はまた

 新たな婚約者候補を見つけ出して来るに違いない。


 フィアだってそうだ。


 あんなにも可憐な深層の令嬢を

 放ったらかしにするような貴族社会じゃない。


 皇太子()との婚約解消から直ぐに……とは

 いかないにしても、フィアの婚約者候補など

 私の比ではないかも知れない。

 

「……」

 ……それを受け入れるわけじゃない。

 

 受け入れられるわけじゃないけれど

 こんな状況なのだからこそ、少しくらいは

 私の所へも来てくれてもいいんじゃないのか?

 

 けれど2人は、ここへは最初の挨拶の時のみで

(しかも言葉も視線すらも交わせなかった……)

 後は離れた場所へと移動してしまってそれっきり。

 

 二度と会えないかもと思うからこそ

 今日は傍にいようと思ったのに

 嫌われるのが恐ろしくて、それすらもできない。


 だったら、せめてその姿だけでも

 この目に焼き付けておこうと思ったのに

 フィデルが邪魔で、それすらも出来ない。

 

「……っ、」

 私は、頭を抱える。


 このままだと、どうにかなりそうだ。

 

 ……けれど、あの(・・)フィデルが

 傍にいるのなら、フィアは安全ではある。

 

「……」

 あれでもフィデルは、

 騎士の資格を持っている。


 しかも最年少で会得しただけあって

 フィデルの腕前は確かだ。


 フィアを(たく)すのには

 十分な素質を持っている。

 

 

 この国で、騎士の資格を持つのは

 そんなに簡単な事じゃない。


 簡単に『騎士』になれるものならば

 誰も精進などしない……そういう考えから

 騎士試験はとりわけ厳しい。


 どんなに頑張っても30代前後で

 手に入れる者が大半である中

 フィデルは10代で騎士になった。

 

 ……どういう身体能力なのだと

 呆れてものも言えないけれど、それは事実だ。

 

 

 

 ──『冷酷無慈悲。』

 

 

 

 それに加え、幼い頃より

 フィアを守ってきたその実績が

 10代での騎士資格獲得へ繋がったのだと

 誰もが噂した。

 

 

 実際、フィデルの右に出る者は

 この国にいない。

 

 

 殺気すら放っていなかった ただの猿ですら

 その存在を瞬時に察知し

 返り血も流さずに斬り伏せられる。

 そんな凄腕の持ち主なのだ。

 

 そんなフィデルが傍にいて、

 フィアが安全でないわけがない。

 私が傍にいるよりも、ずっと安全だろう。

 

 

「……」

 認めたくはないけれど、それが事実。

 

 心做しか、心の奥底から

 モヤモヤとしたものが立ち上る。


 本当は、私がフィアの傍にいて

 彼女を守るはずだったのに……。

 

 

 ──けれど仕方がない。

 

 私にはフィアを手に入れられない

 決定的な欠点がある。


 それ(・・)は火を見るより明らかで

 どう足掻(あが)いても消し去ることが出来ない。

 

 その事実(・・)があるからこそ

 たとえ私がフィアと結ばれたとしても

 彼女を幸せにすることは出来ないんだ。


 不幸にさせてしまうと分かっているのに

 自分のエゴだけで手に入れるなんて

 愚の骨頂。

 絶対にしてはいけない──。

 

 

 

「はぁ……」

 私は再び、溜め息をつく。

 

 どちらにせよ、あの叔父上を

 どうにかしなければ、フィアが安心して

 暮らせる国なんて作れはしない。

 

「どうにかしなければ……」

 

 そんな風に考えながら私は

 フィデルの後ろに綺麗に隠れてしまって

 全く見えないフィアを ぼんやりと見つめていた。

 

 

「──!」

 

 瞬間、目が合った。

 なんの奇跡なのか

 フィアがこっちを覗いてきた……!

 

 えっと……何が起こった?


 もしかして、私を気にして

 こちらを見てくれたのだろうか?

 私の想いが通じたのだろうか?


 私は思わず息を呑む。

 

 有り得ない出来事に

 不覚にも胸が高鳴る……!

 

 

 くりくりの大きな瞳を少し細め

 用心深げに こちらをこっそりと見ている。

 こっそり見れば、私に

 見つからないとでも思ったのだろうか?


 (いら)つくほどにデカいフィデルを盾に

 フィアがちょこんと顔を出す。


 なんとも言えない その愛くるしい表情に

 私の鼓動は早くなる……!

 


 うわぁ……、フィア。フィアだ……。

 

 


 先程は目が合っただけで

 フィデルの後ろに隠れてしまった。


 あまり見ると、また逃げてしまうだろうか?

 

 ……けれど私は、目が離せない。

 叶うことなら、ずっと見ていたい。

 

 もしかしたら、もう見る事も

 叶わなくなるかも知れない。


 だから少しくらい──。


 そう思いながら、私は彼女を見る。

 

 あぁ、何故あんなにも

 遠くの方にいるのだろう?

 もっと近くの方だったのなら

 よく顔が見えたのに……。


 そんな事までが、口惜しくて堪らない。

 

 

 あの可愛らしいフィアに、

 もう二度と会えなくなるのか──?

 

 

 そう思うと、私の心がズキリと痛む。


 いや、そんなハズはない。

 そんな事にはさせない。

 婚約していなかった時でも

 会っていたじゃないか。

 会おうと思えばきっとまた会える。

 

 

 いや、絶対会いに行く──!

 

 

「……」

 あぁ、でももう私も成人してしまった。


 これからは皇太子として

 さらに政治に関わることになる。


 そうなったら遊びに行くことも出来なくなる。

 いずれ彼女だって、

 誰かの家に嫁ぐ日が来るかもしれない。

 

 女性は男よりも婚期が早いから

 私が手放してしまったのなら

 すぐにでも新たな婚約者が現れるかも……。

 

「……っ」

 そう思うと血の気が引く。

 

 ……今日ここで、本当に

 彼女との婚約を解除するのか?

 いっその事、取りやめてしまおうか……?

 

 

 ……取りやめるのは、簡単だ。

 


 ただ、黙ってさえいればいいのだから。

 そうすれば、彼女は私のものになる。

 

 婚約して1年。

 私も成人したし、彼女も今年16歳になった。

 すぐにでも婚姻の儀に入っても

 なんらおかしくはないじゃないか。

 

 

「……」

 そんな悪魔のような囁きが、私を支配した。

 

 

    挿絵(By みてみん)

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



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