表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/72

血のような、葡萄酒。

 ……フィアは、魅力的な人だ。

 その上、不思議な存在でもある。

 

 友人の為ならば、まさかの皇宮にだって

 殴り込みに来る。

 しかも貴族令嬢のくせに

 ドレスをたくしあげて……。

 

 ……まったくフィアは、どうかしてる。


 けれどそれが嫌じゃない。

 どうかすると、それが好ましく思えるから

 私は困るんだ。


 令嬢らしからぬ行動。

 私はいつも、そんなフィアを

 ハラハラしながら見つめている。


 いつもわけの分からない事をするから

 ひどいお転婆かと思いきや

 今日のように、まるで妖精のように

 振る舞うことも出来る。

 

 その所作は誰よりも美しくて、そつがない。

 言葉遣いも丁寧で、誰に対しても優しい。

 

 ……そして、色んなことを知っている(・・・・・)

 

「……」

 そんな彼女に、惹かれないわけがない。


 それは、私だけ(・・・)だろうか?

 ……そうだといいけれど、多分違う。きっと

 誰の目から見ても、フィアは魅力的な女性に

 映るに違いない。


 十分なほどのその身分。

 それから慎ましい性格に、優れた頭脳。

 信じられないほどの美女……ではないけれど

 可憐で可愛らしい。

 お高く止まることはなく、

 誰にでも等しく優しいんだ。

 だからこそ、気を張る必要もなく、

 自然に一緒にいられる──。

 

 

 あまり表に出ない彼女のことだから

 すっかり安心しきっていたけれど、

 これからは違う。


 私の婚約者として、結構名を馳せてしまった。

 婚約を解消した日には

 いったいどうなることだろう?

 

 もしかしたら求婚者が

 増えるのではないだろうか──?




「……っ、」

 ぞわり……とした悪寒を背後に感じ

 慌てて頭を振る。


 いいや、もう決心したじゃないか。

 フィアは、私といても幸せになれない。

 本当にフィアを想うのなら

 すぐにでも別れた方がフィアの為にもなる。


 ……それは分かっている。

 分かっているけれど、そんなに簡単に

 割り切れるものでもない。

 

 けれど、どうしてフィアは

 あんな治療法(こと)を知っていたのだろう?

 水魔法を使うからだろうか?



 フィアが言うにはあの時、私の中にある血液が

 足りなくなっていたそうだ。

 だから動けなくなったのだと、

 後から教えてくれた。


 血液は水を必要とする。


 だから最初は、水魔法でサポートして

 意識が戻ってからは、水を飲むことを

 重点的にやったのだそうだ。


 私はダッスイショウジョウと言うやつを

 起こしていたらしい。


 ……ダッスイショウジョウ?

 ダッスイショウジョウってなんだ?


 どうして、そんな言葉まで

 フィアは知っているのだろう?


 フィデルも知っているのか? と思って、

 あいつにも聞いてみたけれど、

 フィデルもよくは分からないと言っていた。

 フィアはたまに、不思議な言葉を使う……とも。

 

 そもそも、貴族令嬢が学ぶと言ったら

 礼儀作法や、お稽古事がその大部分を占める。


 その程度であれば、基本中の基本で

 私やフィデルが知らないわけがない。


 けれどフィアの知識は、その上を行く。


 フィデルが教えた……わけじゃない。だって

 フィデルも知らないんだから、教えられる

 わけがない。

「……」

 

 

 

 ──『フィアは、料理を好むから……』

 

 

 

 フィデルは苦し紛れに、そう言った。

 

 様々な国の料理を知るために、たくさん本を

 読んでいるから──と。


 けれど本当にそれだけだろうか?

 ただ単に料理をする事を好むから、

 独学で得た知識……だとでも言うのだろうか?

 

 確かに、料理も化学の1つだと

 前に教授に聞いたことがある。


 様々な材料を混ぜ合わせ、化学反応で

 物質の状態変化を誘発する。


 ……確かにそれ(・・)は、化学に通ずるもがあるし

 化学を知っていけば、いずれ医学にも

 到達するかも知れない。分野は同じだから。

 けれど私は、それだけではないようにも思う。

 

 

 フィアの存在はとても大きい。

 


 特に、双子として育ったフィデルにとって

 フィアは、守るべき存在であると同時に

 良きライバルでもあるようだ。

 

 口にはしないけれど、時にフィデルは

 フィアをライバル視することもあって

『負けるものか!』と言うその気迫は

 私に対するそれ(・・)よりも強かった。


 家族としてフィアを愛していて、

 その反面ライバルとしても一目置いている。

 

 フィアに負けたくないが為に学問にのめり込み

 そのあまりの迫力に

 さすがの私も途中で音を上げた。

 

  

 あぁ……けれど、兄妹がいるなんて

 なんて羨ましいんだろう?

 私にも兄弟姉妹がいたら、ああやって

 張り合うのだろうか?


 そう思うと可笑しくなる。

 フィアのような妹なら、何人いても

 楽しいに違いない。

 きっとフィデルのように溺愛するだろう。

 

 

 同父母の兄弟姉妹など

 高位貴族ではほとんどお目にかかれない。

 まさに『奇跡』と言ってもいいほどの存在。

 

 一般的に兄弟……と言えばそれは大抵

 腹違いであって、純粋な兄弟姉妹ではない。

 下手をすると後継者争いに巻き込まれる。


 そのために、規律が重んじられた。

 どの家門でも基本、『長男』が

 家督を継ぐと一応の(・・・)決まりがある。

 

「……」

 ……いや、同父母であっても

 金が絡むとろくな事がない。


 より多くの権力を有する高位貴族なら

 なおのことだろう。

 けれどゾフィアルノ侯爵家は

 そのようないがみ合いはなく、

 家族仲はとてもいいように見えた。

 

「……いや、良すぎるほどだ」

 

 思わず……声が漏れる。

 そう、……2人の仲は良すぎる(・・・・)──!

 


 

「…… 殿下?」

 

 傍に控え、私の一挙一動を見守り

 半ば私の行動を不審がっていた

 護衛の1人が遂に痺れを切らし、

 呼び掛けてきた。


 私は一瞬驚いて息を呑み、すぐに苦笑する。

 

 今までずっと黙っていたのに

 声を掛けてくるなど、私はよほど

 苦しげに呟いたのだろう。


 確かに、フィアとのこれからを考えると

 苦しくなる……が。

 

「……」

 私は顔をしかめながら口を開く。

 

「……いいや、なんでもない。ただの独り言だ」

「そう……ですか……」

 護衛は少し、怪訝そうだったけれど

 ひとまず納得の色を見せてくれる。


 簡単な言葉で適当に護衛を誤魔化し、

 私はすぐにフィデルとフィアに想いを馳せる。

 

 

 そう。彼らは仲がいい。

 あれではまるで、恋人同士だ……。

 

 淡いクリーム色のドレスと、蜂蜜色のスーツ。

 光沢のある栗色の糸で縫い取られた

 その刺繍は、明らかに同じもの。


 フィデルがフィアをエスコートするから

 合わせたのかも知れないけれど

 本来ならその立場は、婚約者の私のはずだった。


「……」

 


 この会場には、フィデルの友人知人は多くいる。

 それだけではない。

 将来有望なフィデルと話をしたいと思うものは

 ゴマンといるはずだ。

 それなのにフィデルは

 フィアの傍から片時も離れない。

 

 離れないどころか、私の目から

 フィアを巧みに隠している。

「……っ、」


 そつなく妹の話を聞きながら

 常に私との間合いを測っているのが

 なんとも憎らしい。

 

 そんなフィデルの様子を見ていると、

 私には少し、危惧するところがある。


 今でこそ、誰も実行に移そうとしないけれど、

 このヴァルキルア帝国には、昔から

 ある悪習(・・)がある。




 それは、

 ──兄妹姉弟(きょうだい)同士の婚姻だ。

 


 

「……」

 何故、まだそんな慣習が残っているのだろう?

 

 あれは元々、濃い血を

 残すためのものだったけれど、結局のところ

 血は濃くなるどころか、濁ってしまった。


 全く子が出来ないどころか、

 運良く出来ても直ぐに死んでしまうのだという。

 

 だから今では近親婚は、忌避されている。

 


 子が出来なければ、貴族社会では

 死活問題だ。

 後継がいなければ、いずれその家は消えていく。

 

 賢いフィデルだからこそ、そんな事

 百も承知のはずだけれども、少しずつ

 フィアを囲っているようにも見えて、

 私はなんだか恐ろしくなる。

 

 人のいいフィアは、

 騙されているのではないだろうか?

 


「──……。」


 フィアは、もしフィデルに

 告白されたのなら、どうするだろう?

 受け入れるだろうか?

 それとも拒絶するだろうか?

 

 私は顔をしかめる。


 フィアのことだ。

 下手をすると受けかねない。


 けれどそれだけは、何としても阻止したい。

 

 

 

「はぁ……」

 けれどもう、傍にはいられなくなる。

 

 私は溜め息をつきながら、

 テーブルに置かれたグラスに、手を伸ばす。

 

 真っ赤に染まるその液体は

 殺伐(さつばつ)としたこの皇家の内情を

 表しているかのようにも見える。


 まるでこの身から溢れ出した血のようだ……。

 そう、あの時の瀉血(しゃけつ)のような。

「……」

 

 

 今日は私の誕生日。

 

 私が、この世に生を受けたこの日。

 20年前のこの日、多くの者が

 私の誕生を喜んだかもしれないけれど

 それは私と母上にとってみれば

 不幸の始まりだとしか言いようがない

 出来事だった。

 

 母は日に日に、やつれているようにも思う。

 

 私の婚期が近づき、未だ相手を

 誰にするのかハッキリしない私に対して

 不安ばかりが募るのだろう。

 

 このヴァルキルア帝国は平和なように見えて

 その実、不穏な空気を漂わせている。


 私を追い落とそうと

 叔父上が躍起になっている。


 叔父上だけじゃない、その配下の者たちは

 叔父上よりもずっと狡猾で油断がならない。

 命を狙われる事など、日常茶飯事だ。

 

 

「……」

 私は目の前に置かれた

 数々の食事を見回した。

 

 目の前に出された物全て

 安全なものなのかどうかを確かめ、

 触れ、そして食す。


 私は皇帝の1人息子として育てられ、

 産まれ出たその日から命を狙われた。

 

 全ての事柄において

『油断する』ということは、それはそのまま

『死』に直結する。

 

 

 今もそうだ。

 気の休まる場所は皇宮(ここ)にはない。

 

「……はぁ」


 私は再び溜め息をつき、グラスに

 手を触れながら若干の魔力を通す。

 

 ほんのり銀色に光る粒子が

 グラスの中を飛び回り、しばらくすると

 静かに浮き上がる。

 

 グラスの外へと浮上したその光は、

 しばらくすると金色に光る粒へと変化をとげ

 飲み物が安全な事を知らせた。

 

 

 ……いや。

 

「……」

 そもそも私の魔力が

『銀色』に輝くことはない。

 

 微かではあっても、

 銀色になったと言うことは

 この飲み物には毒が含まれていた事になる。

 

 私は近くにいる護衛へと目配せする。


 するとその護衛は静かに頭を下げ

 退出する。

 そしてすぐさま、別の護衛がその後釜につく。

 


 特別なことではない。

 いつものことだ。

 騒ぐことでもない。

 

 下がった護衛は、私が言葉を発せずとも

 何をすべきかを知っている。


 私の飲み物に毒を仕込んだ犯人を見つけ出し

 その者をそれなりの罰に処す。

 ……それが、彼の仕事だ。

 

 私はただ、犯人が見つかったか、

 見つからなかったかの報告を

 後で受けるだけだ。

 

 見つからなかったとしても、別に構わない。


 私の命を狙うものなど、その者の他にも

 ゴマンといるだろう。

 たかだか1人や2人取り逃したとしても、

 なんの弊害にもなりはしない。

 

 

「……」

 私はぼんやりと、先程のグラスを見る。

 

 金の粒子を振りまいた真っ赤なワインは

 既に中和(・・)され、安全な

 飲み物とその姿を変えている。


 私の魔力が『金色』に輝いた時点で、

 毒は完全に消えてなくなっている。

 

 ──もう、手馴れたもの。

 


 毒薬など、私には効かない。

 毒見すら不要だ。むしろ余計だ。

 私の魔力ほど優秀な毒見(・・)は存在しない。


 万が一口にしたとしても

 毒耐性のあるこの体では、多少

 苦しむことになるかも知れないけれど

 死ぬことはまずない。

 

 いや、……と言うか、

 この暗殺者は愚かだな?

 


 私に毒が効かないということは

 既に周知の事実だと思っていた。

 それなのに未だ毒を仕込むとか……。

 

「……」

 コクリ……と、私はその

 赤い液体を口に流し込む。

 

 葡萄の爽やかな酸味と独特な渋み

 それから芳醇な果物の香りが口に拡がった。

 

「……」


 分かってる。


 分かって……るんだ。

 危険だってこと……。

 


 たとえ私が毒を中和し、

 安全なものに出来たとしても

 フィアには無理だ。


 四六時中一緒にいることが出来れば

 守り抜く自信はある。

 

 けれど、そうもいかない……。

 皇太子としての仕事は、けして少なくはない。

 

 

 

 ──コトリ……。

 

 

 

 私は静かにグラスを置く。

 

「……はぁ」


 いくら好きでも……可愛いと思っていても

 この国で一番危険なのは(・・・・・・・)、私の隣なのだ。

 こればかりは、どうしようもない。

 

 

 傍に置くことなんて出来ない。

 

 そんなこと、

 出来るわけが、ない──。

 

 

    挿絵(By みてみん)

 

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


   そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)

     気軽にお立ち寄り、もしくはポチり下さい♡


        更新は不定期となっております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ