フィアの治療法。
そもそも瀉血は、あの当時
一般的な治療方法だった。
平民だから貴族だから……とか関係ない。
高価な薬などは、貴族しか使えないけれど、
血を出すことなんて誰でも出来る。
だからこの治療法は、一般的に出回っていた。
熱が出たり吐きあげたり、それから頭痛に腹痛。
その他もろもろの体調不良は、
この瀉血によって治療を施す。
『薬はかえって害になる』……そう言って
瀉血のみの治療を売りにしていた医者だっている。
フィアは、それを否定した。
──『場合によります……っ!』
傷つけられた私の腕を取り、
アルコールで消毒し、半分泣きながら
包帯を巻いてくれた。
『血は抜かなくていいのです。
殿下はとにかく、しっかり眠って下さい!』
私の意識が戻ったあと、フィアは
ものすごい顔で私を睨み、
薄しょっぱい水を飲ませられた。
ひどい目眩と頭痛がし、しばらくは熱も出た。
もう本当に死ぬかと思った。
フィアは医者じゃない。
もちろん、大人ですらない。
ただの小さな女の子だ。
確かに博識ではある。
だけどそれだけだ。
病気を治すのは医者の勤めだ。
断じて、フィアの仕事じゃない。
命を扱うんだぞ?
しかもただの命じゃない。
私は皇太子なのだから……。
「……」
とにかく私の命は面倒臭い。
……なんの価値もないくせに
取り落としでもしたら、それに関わった
人間の首が飛ぶ。
そんな、やっかいな命──。
だから医師たちは喜んだに違いない。
死にかけた皇太子を目の前に
途方に暮れていたら、フィアが
割って入ってきたのだから。
しかも父上までもが『2人に任せよ』と言う。
そう言われれば医師たちは手を引くしかない。
そのせいで何か起こったとしても、
自分たちは悪くない。あの子どもが
余計なことをしなければ……と言えば
後は、どうとでもなる。
「……」
だけど……。
それをフィアが背負う必要なんか
ないんだ……。
その為にここ皇宮には、専属の医師がいて
それなりの教育を受けた者が携わっている。
だけどフィアは違う。
フィアは、ただの女の子だ。
その女の子が、宮廷医師を越える
治療が出来るとも思えない。
だから いよいよ私は、ここで死ぬんだ……と
思いはしたけれど、けれど本望だとも思った。
大好きなフィアの傍にいられるのなら、
もうどうだっていいって思ったんだ。
だから私は、フィアの言う通りにした。
──……罪にならないように、
私から父上には伝えておこう。
そんな風に思いながら。
──最期の我儘でした……。
そう言えばきっと、許してくださる……
そう思った。
私は息を吐く。
『……分かった。フィアの言う通りにする』
その言葉に、フィアはホッと微笑んだ。
常に飲まされていた塩水は
すぐに甘い味になった。
それから少しドロドロになって、
ツブツブが混じり始める。
味は、甘いだけでなく、色んな味がして
とても美味しかった。
『野菜やお肉を煮詰めたスープですよ』
フィアは笑って教えてくれた。
その頃になると
お腹がグルルとなり始めて、
フィアに聞こえはしないかと
少し恥ずかしくなった。
いつの間にか熱は下がっていて
不思議なことにあれだけ辛かった体が
少し楽になり、起き上がれるようになった。
その頃になるとフィアは、宮廷の医師団を
部屋に入れ、少しづつ仕事を手放していった。
私の主治医はみな、一同に変な顔を
していたけれど、命の峠を越えた私を見て
涙を零していた。
『殿下……申し訳ありません。
我々が不甲斐ないばかりに……』
『……気にしないでいいんだ』
私はそう、笑いながら言った。
『ふふ。
……おかげでフィアと一緒にいられたから』
って。
それは本当に、本心からだった。
フィアとずっと二人っきり。
そんな状況なんて
ありえない事だったから。
だから私は、医師団を責める気なんて
全くなくて、むしろ
褒め称えたいくらいだったんだ……。
……そうだ。
忘れていた。
私は確かにそう言って、笑ったんだ。
思わず言ってしまったその言葉に
主治医たちは驚いたように顔を見合わせて、
それから微笑み返してくれた。
妙に生あたたかい笑みだったのを
覚えている……。
「……」
ん?
ちょっと待て。
あの時は、よく考えてもみなかった。
……と言うことは、もしかしたら
医師団ですら、私の……フィアに対する
気持ちを知っているのだろうか……?
「……」
いやいやいや、それはない。
あの頃の私の知り合いと言えば、
ゾフィアルノ侯爵家くらいのものだ。
最期に親しい友人に会いたいと思うのは、
いたって普通だろ?
私は手のひらで口許を隠し、考える。
……いや。でも待て。
例えそれが普通であったとしても
慎重にならなければならない。
私が、フィアに好意を持っている事を
出来るだけ知られない方がフィアの為にもなる。
「……気をつけなければ」
ポツリとそう呟いて、途端、可笑しくなった。
「ふっ……、私もバカだな」
そんなのはもう、杞憂でしかない。
だってフィアはもう、
私の婚約者ではなくなるのだから……。
「……」
微かに、震え始めた自分の手を下ろした。
もう、……決めたことだ。
後には引けない。
そっと目をあげる。
相変わらず、フィアは今
フィデルの後ろに隠れていて全く見えない。
……本当に、イライラする。
見たくて見たくてたまらないフィアは、
もう手の届かない存在になる。
──『諦めるのか』?
心の奥底で、そんな声が聞こえる。
「……」
本当は、諦めたくなんかない。
ずっと傍にいたい。
あの笑顔を独り占めしたい。
フィアに気に入って貰えるように
逞しくあろうともした。
……でももう、それもじき終わる。
今日、終わってしまう。
私はなんて愚かなのだろう?
でもそれならば、どうすれば
良かったと言うのだろう?
黙って手に入れていれば良かったのか?
フィアが不幸になると分かっているのに?
自分のエゴの為に?
「……」
……私には、それは出来ない。
その事実が、苦しくてならない……。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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