ゾフィアルノ侯爵家の能力と、教育法?
私よりも4歳年下のフィデルは
驚くほどに有能だった。
4歳違い……本来なら、私の方が
何でも知っていなければいけない
年の差なのだけれど、フィデルは
私よりも勉強ができた。
早くから皇太子としての行動を
求められた私は、帝国随一と言われる
教師陣を皇宮に招き入れ、皇帝として
どうあるべきかを早くから学ぶ事を強要された。
フィデルはその時に
私の学友の1人として選ばれ、4歳違いながら、
この皇宮で私と共に学ぶ事になった。
当初、私の年齢に合ったその授業内容は
フィデルにとっては
酷く難解のものだったのに違いないのに
フィデルはそれでも、必死についてきた。
勉強……なんて言うと、
硬い感じはするけれど、内容は至って面白かった。
さすがは選び抜かれた教師陣だけあって、
難解な題材であっても、子どもの興味を
掻き立てるようなその話術に、
フィデルも私も……そして
その他の子息たちも授業に引き込まれていった。
「……」
……まあ確かに、幼い頃は
確かに私の方が博識だったんだけどね。
けれど年を追うごとに、いつの間にか
フィデルに追いつかれていて、
気がつけば追い越されていた。
『当然です。
これくらいは、優位に立たせてもらいます』
フィデルは生意気な口振りで
そう言って笑った。
私はただ面白いからと
授業に参加していたに過ぎなかったけれど、
フィデルはそうじゃなかったんだ。
皇太子の私、年上の私を常に意識し、
あわよくば追い越そうと
画策していたのに違いない。
授業の内容を自分の生活に照らし合わせ、
実践で使える知識として、
フィデルはその身に叩き込んでいった。
けれど、片や私がどうだったかと言うと
ただ『楽しい』『面白い』
それだけの興味で、授業に
参加していただけに過ぎなかった。
そもそも、勉強に対して
取り組む姿勢が違ったんだ。
だから簡単に、フィデルに
追い抜かれてしまった。
その事に気づいた時にはもう遅い。
フィデルの知識量は、
私が思うよりも遥かに多く
専門的になっていて、
とても追いつけそうになかった。
きっと毎日復習をしていたのに違いない。
ただ受け身で授業を受けるのではなくて、
『攻撃的に』授業を受けていた……って
いうところかな?
その当時は本当に悔しくて情けなくて、
自分はなんて愚かだったのだろうと
悔しかった。
まさか、4つも年下の子どもに
負けるだなんて……!
だけど、後から知ったことなのだけれど、
フィデルは侯爵家に戻ってから
習ったことを全て、フィアにも
教えていた。
フィアに?
その事を初めて知った時、
何でそんなことをするんだろうと
疑問に思った。
だけど考え方を変えてみる。
フィアは侯爵家令嬢。
簡単な行儀作法を学べたとしても、
深く掘り下げた学問は学べない。
同じ双子のフィデルは学べても、
フィアには手に入れられない。
フィデルは、そんなフィアのために、
自分が学んだことを
そっくりそのままフィアに教えていた。
──皇宮で習い、侯爵家で予習する。
完璧に覚えて持ち帰らないと、
フィアに嘘を教えてしまうことになる。
フィデルはその事をひどく気にしていたらしい。
フィアに正しい知識を伝えるために、
フィデルは必死に勉強していたんだ。
どうりで覚えが早いはずだ……。
フィデルとフィリシア。
何も考えず、ただ無邪気に
遊んでいるかのように見える2人。
だけどそうじゃない。
蓋を開けて見れば、2人のその知識量と
その行動力は、誰にでも出来るような、
そんなものじゃなかった。
何故、そんな事を知ってるんだ?
何故、そんなに動けるんだ?
何故そんなに、信頼しきっている?
気づけば私はいつも、そう思っていた。
羨ましかった。
双子だから?
1人の欠点をもう1人が補って、
良いところは2人で競い合う?
そんなことが何故、出来るんだろう?
だけどこの2人なら、それが可能なんだ。
兄弟姉妹のいない私には、2人の存在が
とても羨ましかった。
けれど、それだけじゃないような気もする。
もしかしたらそれは、
ゾフィアルノ侯爵家の持つ何かしらの
能力なのかも知れないとすら思った。
だから父皇帝もまた、
数多いる貴族の子息たちの中から
4つも年下のフィデルを
学友に選んだのかも知れない。
フィデルの父もまた、私の父上に
『フィデルの父エフレンには、
遠く及ばなかった……』などと
言わしめているくらいの人物なのだから……。
あの父をしても敵わなかった家門なのだから、
私がどうこうできるわけがない。
「……」
けれど、癪に障る──。
このまま負けているつもりもない。
いつの日にか、目にものを見せてやる。
ただ……そうは言っても、
おかしなところもある。フィアのことだ。
確かにフィデルが授業内容を持ち帰り
教えたのかも知れないけれど
その内容に含まれない知識が、フィアにはあった。
それは、何故だろう……?
フィアはいったい、どこで
その知識を学んだのだろう?
フィアは何故、あんなにも
たくさんの事を知ってるんだ?
本人は『本を読んだ』と
言っていたけれど、それは本当だろうか?
確かに侯爵家……私の婚約者候補と
なり得る身分だから、
妃教育はそれなりに受けてはいたはずだ。
けれどそれだけでは、説明がつかない。
フィア自身は気づいていないようだけど
言葉の端々に、私たちの知らない情報が
時々紛れている。
私はその事実に密かに驚いていた。
フィアの趣味の料理はさることながら
剣術に医学、地理に天体。
その驚くほどの知識量に、
ゾフィアルノ侯爵家は、そこまでの教育を
しているのかと疑問に思った……。
けれど違う。
ずっとフィアの近くにいたフィデルすら
その事に驚いていたようだったから……。
フィアの持っている『知識』の中には
まだ一般的に知られていない事柄も
含まれている。
あれはいつだっただろう?
私がまだ子どもだった頃、熱を出したことがあった。
……最初は、軽い熱だった。
フィアはすぐに見舞いに来てくれて、
しっかり寝ればすぐ治るよ……と微笑んでくれた。
当然、誰もがそう思った。
主治医たちの意見も、一致していたし、
実際熱も、そんなに高くなかった。
あの時は、熱はあるものの体調は悪くなくて
起き上がれもしたし、食事もできた。
会話も問題なく出来たし、
私は寝ているのが嫌で
ボヤきながらベッドの中にいたのを覚えている。
だから誰も心配なんてしていなくて、
ベッドから起き上がろうとする私を
笑ってたしなめていたくらいだった。
連日、勉強や体術を頑張っていたから
疲れたのだろう。
数日休めば良くなる……そう、誰もが思っていた。
けれど熱は引くどころか、どんどん高くなった。
すぐに起き上がれなくなり、
数日後には固形物も食べれなくなった。
そんなある日、フィアがまた、
私のところに見舞いにやって来た。
元気になるはずが、なれなかった。
それが恥ずかしくて、弱った自分を
見られたくなくて、一旦はその見舞いを
断ったんだ。
そしたらフィアは勝手に城に忍び込み
私が当時受けていた治療を見て
烈火のごとく怒った。
『あなた達は、何をしているのですかっ!!』
何を言われたのか理解できなくて、
私は身を強ばらせた。
ちょうど私は
治療を受けているところだった。
あの時私が受けていた治療は
『瀉血』。
人や動物が病気になるのは
悪い血液が滞っているせいで、
その血を体外に出しさえすれば
病は消えてなくなる。
あの頃はみんな、そう思っていたし、
それが一般的な治療法だった。
だからあの時の私も、滋養をつけるために
薬湯を飲むほか、鋭いナイフで腕を切り、
体の中に溜まっている悪い血を
器に出して捨てていた。
それが『瀉血』の治療法。
それを体調が良くなるまで繰り返す。
既に私は何回もこの治療を受けていて、
赤黒く腫れ上がった傷が何本も腕についていた。
それをフィアが見たんだ。
正直、……見せるつもりなんかなかった。
こんなにも弱った自分を見られたくなくて、
フィアが見舞いに来たのは知っていたけれど
会うのを断った矢先のことだったから
てっきり屋敷に帰ったんだと思ってた。
まさかの護衛を振り切り、強行突破して
私の部屋までくるなんて
想像もつかなかった。
だって、誰が思う?
帝国内の臣下の中では、2番目に偉い
侯爵家の令嬢なんだぞ?
その令嬢が、ドレスの裾を
『邪魔っ!!』とばかりに引っ掴んで、
太ももまで露わにさせながら
皇宮の廊下を走り、
選り抜かれた皇宮の護衛たちを
いとも簡単に振り切って、
皇太子の部屋に乗り込むや否や
『何してるの!?』って叫ぶ令嬢だぞ?
誰がどう考えてみたって、有り得ないだろ?
フィアもフィアだけど、護衛も護衛。
例えフィアが暴れたとしても、
身軽なその足で廊下を
素早く駆け抜けたとしても、
ここは皇宮なんだぞ?
帝国の中でも優れた護衛が
揃っているハズの皇宮なのに、
誰も小さなフィアを止められなかったのか!?
私は情けない姿を見られてしまった
ショックと驚きで、声はほとんど出なかった。
『フィ……ア……』
辛うじて出たのは、フィアの名前だけだ。
『……っ、』
私の声を聞いて、フィアが
ブルブルと震え出す。
震え出したと思ったら、
ものすごい勢いで睨まれた。
『!?』
(え? なにするの?)と私が
目を見張った時には、もう遅い。
フィアは小さなその体から
銀色の靄のようなものを溢れ出し、
魔法を繰り出す……!
『え、ちょ……待っ……!』
ちょうど魔法の反発の話を聞いていたから、
私は焦る。
焦ってフィアを止めようとしたけれど、
体は思うように動かない。
フィアも、待ってなんかくれなかった。
──ごおぉぉおぉぉ……。
『っ……!』
魔法の圧力を感じ、息を呑む。
そしてこの時私が思ったのは、
『どうやってフィアを庇おうか?』と言う一点。
だって私は、フィアの見舞いを断った。
それなのにフィアは護衛を振り切り、
ここまで来てしまった。
それだけじゃない。
皇宮では使ってはいけない魔力を
これでもかと放出している。
規則を破りに破りまくった
目の前のフィアを
私はどう庇えばいいんだろう?
本来なら庇いようがない。
例えそれをしたのが子どもであったとしても
これほどの規則破りは許されない。
皇太子である私が間に入ったとしても
その罪をなかったことには出来ないはずだ。
庇えるわけはないのだけれど、
だけど私は、フィアには
捕まって欲しくなかった。
私の大切な人だから──。
実際この時、何が起こったかというと……。
「……」
正直、私には何が起こったのか、
理解出来なかった。
いや、そんな事はどうでも良かったんだ。
それよりも、どうやってフィアを
処罰から守れるだろう? って、
そんな事ばかりが私は気になっていたから。
フィアの魔力に揉まれ、そんな事を考え、
気づいたら私は水の中にいた。
──水の中!?
『……!?』
目の前は真っ青で、けれどとても綺麗で
幻想的で。
全く苦しくなくて、むしろ体はとても楽で、
ひどく心地いいその温かさに
私はホッと息を吐く。
そしたらコポコポと
口から空気の泡が出た。
(あぁ、やっぱりここは、水の中なんだ……)
なんて漠然と思って、目を閉じた。
不思議と息は出来た。
ひどく心地よくて、心が休まった。
私はそこで、意識を失った。
……後で聞いた話によると、
その後が大変だったらしい。
「ふっ。……ふふ」
思わず、思い出し笑いをすると、
後ろの護衛がピクリと反応した。
「……コ、コホン」
ハッとして、わざとらしい咳払いをしながら
私は思い出し笑いを誤魔化した。
護衛は微かに目を細める。
……そんな心配と苛立ちにも似た感情が
入り乱れた気配を察知しながら、私は苦笑する。
仕方ないだろ? あの時のことはきっと、
忘れることなんて出来やしない。
フィアを守ろうと必死だった私と、
私を守ろうとする護衛たち。
それからその護衛からフィアを守ろうとする
フィデルの存在。
結局、フィアは私を救うために動いたんだ。
みんながみんな、滑稽な程に踊らされた。
「ふふ……」
私は笑いを堪え、フィデルの
後ろにいるだろうフィアを見る。
……全く。フィアには驚かされる。
フィアはあの時、そこにいた医師たちを
自分の持ちうる魔法で撃退した上、
私を水牢に拉致ったらしいんだ。
──『拉致!?』
私は目を丸くして唸った。
そんな私を見て、フィデルは苦笑する。
あの時私は救われた気すらしたのに、
見た目的には私は水牢に
閉じ込められていたらしい。
水の中に囚われ、息を吐き切り
気絶した私を見て、周りは一体
どう思っただろう?
真っ青になった私の護衛たちが、
当然フィアを攻撃したらしいのだけれど
その場に駆けつけたフィデルが
それを許さなかった。
──ごおぉぉおぉぉ……。
フィアとはまた違う種類の魔法『炎』。
その炎で何重にも結界を張ったものだから
ひとたまりもない。
誰も手が出せず、護衛たちは父上に泣きついた。
けれど父上は笑って見ていたそうだ。
『よい。2人に任せよ』と。
……全く、父上も父上だ。
我が子が病気で苦しんでいるというのに
笑いを噛み殺しながら、
乱入して来た子ども2人に
平気で1人息子を託してしまったのだから。
「……」
けれどこの頃、既に医師たちは
なかなか良くならないどころか、
更に悪化していく私の症状に
匙を投げ掛けていた。
そしてその事実は、父上には伏せられていた。
まぁ、言えるわけないよね?
初めはすぐに治ると
診断されていた病気が悪化してしまって、
手の施しようがありません……なんて。
宮廷医師団の汚点にも繋がる。
……けれどあの父のことだから
もしかしたら、全ての状況を
知り尽した上で、私をフィアとフィデルに
託したのかも知れない。
医師ではもう無理だ。
だったら、双子に託そう……とか?
「……ふふ。それは無茶だよ」
それもまた、ひどく無謀なことなのだけれど
それほどあの2人は、あの当時から
父上に認められていた……という証明にもなる。
2人はそれほど、子どもの頃から優れていた。
あの頃実は、病床の上にいた私は
意識朦朧としながらも
囁き合う医師たちのその話を聞いていた。
──もう、皇子はダメかも知れぬ……。
と。
だから私は半ば諦めもしていて、
せめて最期の時くらいは
フィアの傍にいたいと願っていた。
だけどその反面、弱った自分を見せるのも
怖かったんだ。
最期の時に拒絶されたら、
私はどうしたらいいのだろう?
だけどそれは杞憂だった。
それがまさかの水牢だよ?
思ってもみなかった まさかの結末に、
もう笑いしか出てこない。
結局のところ私は助かって、
今こうしてここにいるのだから。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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