傀儡の叔父上。
叔父上の傲慢なその態度は
幼い頃からだと父上が言っていた。
父と10歳違いのこの叔父上は
いわゆる妾腹だ。現在33歳。私とは13歳差。
けれど13年の差など、たかが知れている。
政敵に揉まれまくった私の13年間と、
おべっかばかり使う側近の元で
ぬくぬくと我儘放題に暮らしてきた叔父上。
たまに見る叔父上は、驚くことに
私よりも随分年下に見えた。
……いや、私が老けて見えるのか?
私は密かに眉を寄せる。
こう見えても私は、一応見た目にも
気を使っているつもりだ。
どうにかしてフィアに、
気に入って貰えるようにと頑張ったから……。
「……」
多分、老けているとか老けてないとか、
そういうことじゃない。
周りのことを
考えているか考えていないかの違いだろう。
叔父上は、無類のギャンブル好きだ。
湯水のように金を使い、毎日好き勝手に
過ごしているというから、いいご身分だと思う。
大変な国の政は父上に押し付けて
自分は呑気に遊び呆けているのだから。
そしてそのくせ、
『義兄の次は自分が皇帝に相応しい!』
などと豪語しているから始末に負えない。
いったいあの叔父上に、
政治の何が分かるというのだろう?
父上は早くから叔父上を諭すことを諦めた。
何を言っても全く、聞く耳を持たないからだ。
無駄遣いは止めること。
貧しい者たちがいることを知り
人の上に立つ立場の者として、
どうあるべきかを考える。
いかにして経済を回すか。
近隣諸国との交流は、どうあるべきか。
災害が起きた時の対処方法や、備蓄の有無。
治水治山をどう行うのか。
子どもたちをどう育て、教育していくのか。
また、民の老後はどうするのか。
武力や魔力の研究や発展、
病気に対する知識やその対応。
その他もろもろ小さな問題は
数え切れないほどある。
そしてそれらを私たちは1つ1つ吟味し
話し合い、政策を考え出し実行している。
面倒なことに それらは日々変動し
新たな知恵と工夫が求められた。
けれど叔父上は、
そんなモノはくだらない……と一笑に付したのだ。
──皇族が安泰ならば、それでいい。
──下々のことなど知ったことか。
──災害? そんなモノ
自分でなんとかするだろう?
叔父上の興味を誘ったのは、娯楽。
酒と女とそれからギャンブル。
よくまあそこまで堕落出来たものだと、
呆れるしかないのだが、それもこれも
叔父上の傍に侍る、側近たちの
せいなのに違いない。
甘い言葉で叔父上を垂らしこみ、持ち上げ、
そして皇帝になるように けしかけた。
──傀儡の王。
叔父上を支持する者たちは、みんな一様に
ソレを狙っている。
叔父上はその事に気づいているのだろうか?
「……」
いや。気づくわけなどない。
気づいているなら、私たちと
敵対する訳がないのだから。
叔父上を皇帝に仕立て上げ、事実上自分が
その皇帝の座に就こうと
考えている者は多くいる。
純粋に叔父上を推している人間など
実際、いるのだろうか?
…………。
そんなはずはない。きっと誰もが、
形ばかりの皇帝……叔父上を据え、自分たちは
利益だけを追い求めるつもりだろう。
美味い汁だけを吸い尽くしたら、
後はこの国を捨てる気なのだ。
傀儡となった叔父上に、
全ての責任を押し付けて──。
そんな者たちに、この国の未来など託せない。
不幸になると分かっていて、譲れるわけがない。
──けれど……と、私は思う。
……もしかしたら、それが普通の
考え方なのかも知れない。
なにを好き好んで、自分を犠牲にし、
国のためになる政治を行わなければ
ならないのだろう?
それがいったい、自分の何の役にたつと言うのか。
もちろん、国民の為にはなるかも知れない。
けれど私は? 父上はどうなのだ?
酷い抑圧にまみれ、下手をすれば命を狙われる。
どんなに良い政策を立てたとしても、
誰も褒めてはくれない。
まるで、奴隷のようなこの生活……。
……父上のように『賢帝』と呼ばれるほどに
有能ならば、話は違うかも知れない。
けれど大抵の人間は凡人なのだ。
私も例に漏れず、その凡人であると
言わざるを得ない。
凡人のやれる事はたいてい決まっていて、
全てにおいて何か足りない。
そんな私の政治など、人はみな厳しく評価する。
身を粉にして国のために働いて、それなのに
『そんなモノは役に立たない!』などと
酷評されるのだからたまらない。
……いや、反論など当たり前。
褒められることこそ珍しい。
誰もが思うようにこの帝国を操りたいのだ。
その権利を有した皇族には
敬うような態度を取りつつも、その裏では
何を考えているのか、想像もつかない。
本来、皇帝の地位など割に合わない。
そんなモノを望む人間など、
気が痴れているとしか言いようがない。
皇家の人間と言えども、
所詮はただの『人』なのだから……。
「……」
私がもし、皇家の人間でなかったのなら
皇太子でなかったのなら、
フィアとはもう少し、いい関係が
築けていただろうか?
フィアはあまり……と言うか、
権利に全く固執していない。
固執しないどころか、
忌み嫌っているような気さえする。
けれど私は、この地位からは逃れられない。
逃れられないから、どうあるべきかと
ずっと悩んでいた。
大切なあの人を守るために
一生懸命頑張ったつもりなのに、いつも空回り。
……けれどそれも、ついに今日で終わる。
フィアは本当のところ、私のことを
どう思っていたのだろう?
「……ふふ。」
そんな事を考えて、ふと笑いが漏れる。
好きとか嫌いとか、そんなのフィアの中に
あるわけないじゃないか。
少なくともフィアは、私の事なんて
毛程も気にしていない。
婚約解消の話にしたって、喜びこそすれ、
悲しそうな素振りを見せることは、
ただの一度としてなかったんだから。
「はぁ」
半ばヤケになって思いっきり溜め息をつくと、
後ろに控えていた1人の護衛がピクリと動いた。
「……っ、」
……しまった。いくら何でも、露骨すぎたか?
私は慌てて口を手で覆うと、姿勢を正す。
背後の護衛の気配を追ったが、
護衛はしばらく身を固くし、私の様子を
じっと観察した後、とりわけ
なんの変化もないのを確認し安心したのだろう。
ホッと軽い溜め息を吐いて、力を抜いた。
……それを確認し、私も軽く息を吐く。
今度は、気づかれないように気をつけて──。
……変なものだ。
人は総じて、自分の上に立つ者の
顔色をうかがうと言うけれど、
私の場合は全く逆で、
いつも周りに侍る使用人たちの
顔色をうかがっている。
当たり前じゃないか。
特に私の護衛たちは、寝る間を惜しんで、
私の警護にあたってくれている。
そんな彼らに、余計な心配は掛けたくない……。
いくら自分が不甲斐ないからといって、
それを顔に出すのは褒められたものじゃない。
私もまだまだ子どもだ。
そんな事ではフィアに嫌われてしまう。
……いや、もう手遅れではあるけれど。
「……」
再び覗き見るフィアは、
フィデルと会話でもしているのだろう。
ふわりふわりと動くフィアのドレスが、
少し楽しげだ。
……私がこんなにも悲しんでいると言うのに、
あんなに楽しげにしているなど、
なんて憎たらしいんだろう……?
けれど、それすらも可愛いと思うのだから、
私も相当だな……と、思わず苦笑してしまう。