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フィアとフィデルと、それからネル・フレデリック・ド・プラーリス。

 ……兄のフィデルはともかくとして、フィアのあの

 ニコニコとした朗らかさと、見た目は小さいのに

 包み込むようなその優しさのおかげで、私はいつも

 助けられた。


 私よりも小さなあの存在は、私よりも遥かに大きくて

 全ての不安から私を救ってくれた。

 

 すごく大切な存在で、誰にも渡したくなくて

 兄のフィデルにですら、その傍にいることが

 羨ましくて……どうしようもなかった。


 ずっとこの胸の中に閉じ込めてしまいたくて

 誰にも触らせたくなくて……

 誰にも見せたくなくて……

 私は時々、どうしようもなくなってしまう。




 ──閉じ込める?

 そんな事が出来れば、どんなに良いだろう……?

 

 何故、こんなにも切ないんだろう?

 こんなにも誰かを好きになった事なんて

 今までなかった事だから、本当に

 どうしたらいいのか分からない。


 フィアの幸せの為に、彼女を手放す方が

 いいって事は、当然分かっている。


 けれど手放した後、自分はどうなるのだろう?

 正気でいられるだろうか……?





 ──フィアとフィデルは双子だ。



 愛らしいフィアと、憎らしいフィデル。

 あの双子を前に皆一様に『そっくりだ』と言うけれど、

 私にはそうは思えない。

 

 確かに小さかったあの頃は、見分けもつかないほどに

 そっくりで、一緒にいた私ですら騙されそうになった

 事もある。


 けれど今の2人は、あの頃とは違って今はちっとも

 似てやしない。

 

 涼しい面影の、どちらかと言うと女性的なフィデル

 だから、双子であるフィリシアにも未だ似通う

 ところは確かにある。


 けれど、侯爵家の跡取りとして日がな一日剣術や体術、

 魔術を鍛錬しているだけあって、フィデルはやはり

 どことなく武骨で、柔らかいイメージのフィアとは

 やはり似ても似つかない。

 

 そもそも中身(・・)が全く違って、フィデルは冷酷だ。




 この前、魔物の森と言われる西の森へ視察に赴いた時

 特にそう思った。

 

 あの時は、川の水嵩(みずかさ)が落ちてきている……

 との報告があったので、フィデルとそれから数人の

 護衛騎士を伴って、その川の源流を調べに出た。


 最も水嵩が減っていた、ラスティナ川。

 その川の源流は、魔物のいる西の森にある。

 

 ……飲み水にもなる川の源流が、魔物の森にある……

 なんてちょっとゾッとするけれど、不思議と

 この川の水は美しい。


 他の川よりも透明度が高く、味も良いとの事で

 飲料水にするために使う水としては人気の高い川

 でもある。

 

 その川の水が減っている。

 それは由々しき事態だった。

 だから源流を見れば、水嵩が減った原因が

 分かるだろうと調べに出た。けれど

 結局のところなんの問題も見いだせず

 ただ単に雨が降らないからだろう……という結論に

 達した。


 いや、問題はそこじゃない。

 問題は、その帰り道だ。

 

 行きは魔物の森だということで、誰もが

 緊張していた。


 けれど思いの他、出くわす魔物の数が

 少なかったせいもあって、帰り道は誰もが

 油断していた。

 例に漏れず、それは私も同じだった。

 

 魔物の様子も、なんだかおかしかった。

 

 おかしい……とは言っても、凶暴化するとか

 形態が変わるとか、そんなおかしい(・・・・)とは

 全く違う。


 いつもよりも魔物が少なかったうえに、

 魔物たちは何かに気を取られている……そんな

 感じで、ほとんど手応えがなかったんだ。


 おかげで、信じられないほど簡単に、魔物たちを

 退治することが出来た。

 

 けれどそれに異を唱える者はない。

 簡単に仕留められるのなら、それに越したことは

 ないのだから……。


 私たちはその事に、さほど疑問に思うことなどなく、

 喜び勇んで出くわす魔物たちを斬り伏せ、必要素材を

 手に入れながら帰路を急いだ。

 

 

 

 そんな時だ。何かが、私の目の前を横切った。

 


 

 ──!




 あっという間の出来事だった。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 私だけじゃない。ほかの誰もが、目を見張った。

 

 気づけばフィデルが、剣を抜いていた。

 いつの間に手にしたんだろう? と、私は不思議に

 思う。


 既になにか(・・・)を斬った後のようで

 剣からは血が(したた)り落ちていた。


 私は目を彷徨(さまよ)わせ、

 フィデルは何を斬ったのだ? と下を見る。

 

 

 

 ──そこには、真っ二つになった小猿が1匹。

 

 

 

 フィデルが言うには、私たちが

 話に夢中になっている時に

 猿が私へ踊りかかって来た……と言うんだ。


 だから斬ったのだと。


『……』

 確かに、何か(・・)が目の前を横切った。

 けれどその何か(・・)は、殺気すら放っていなかった。

 ただ、私の前を横切った(・・・・)だけ。


 それをフィデルは斬った。



 地面に寝転がった、

 真っ二つのその小猿から、じわり……と赤い血が

 溢れ出す。


『……っ、』


 

 なんてことはない。

 魔物ですらない、ただの小猿……。

 

 猿1匹なんて、私1人で十分対応出来た。

 殺すまでもない。追い払えば済む話だ。


 ……とは言っても、小猿はすばしっこい。

 追い払う(・・・・)よりも先に、向こうの方から

 逃げていくはずだ。

 

 しかも私は常日頃、自分の魔力で自分自身を

 防護しているから猿が私に傷をつける……などと

 言うことは、ほぼ不可能に近かった。


 そんなことはフィデルにだって、分かっていた

 ハズだ。

 

 それなのにアイツは斬った。

 なんの感情もない、死んだ魚のような目でシュン

 ……と一振りで。


 

 殺気すらなかった小猿。

 猿の通り道に、たまたま私たちが居合わせて

 しまっただけで、猿にはなんの非もない。


 それなのに、あいつは斬った。

 なんの躊躇もなく。

 

 余りにも素早く、見事な切れ味だったからか

 一瞬何が起こったか分からなかった。

 

 猿からの返り血はなかった。

 返り血を受ける隙すらないほどの、見事な

 切れ味。


 いったいどれほどの腕前なのだと、思わず

 フィデルの剣術のすごさに息を呑んだ。

 

 きっと斬られた猿ですら、殺されたことに

 気づいていないかも知れない。

 ……いや、もう二度と気づきはしないが──。

 

 

 私は叫んだ。

 

『なにも、そこまでする必要はないだろ……?』

 そう、私が非難すれば、

 

『ご自分の立場を、わきまえてください』

 と逆に怒られた。

 

 

 立場?

 

 

 私の立場?

 皇太子としての?

 

 そんなことなど、私は痛いほどに

 知っている……!

 幼い頃から次期皇帝としての教育を嫌と

 いうほど受けてきたのは私なんだぞ?

 その私が、今更そんなことすら知らないとでも

 思うのか?

 



 ……確かに私の立場は重いかも知れない。

 けれどそれは、道を横切っただけの、ただの

 小さな猿を殺さなければいけない程に、重たい

 ものなんだろうか?


 私の命の重みは、なんの罪のない他の命を

 いとも簡単に刈り取ってもいいくらいに、そんなに

 重たいものなんだろうか……?

 

 フィデルは私を睨みつけ、そして続けた。


『お前は気づかなかった。

 俺が剣を抜いたことにすら。


 もしこの俺が謀反人だったのなら、お前は今頃

 死んでいたんだぞ──!』


『……フィデル』

 

 ……私は、何も言えなかった。

 確かにそれは、事実だったから……。

 

 

 

 私の地位──。

 

 

 ヴァルキルア帝国の現皇帝陛下の子どもは

 私ただ1人。

 

 それゆえ私の周りの警護は、他の皇族とは

 その重々しさが全く違う。


 四六時中、私の傍近くには護衛が付き添い

 いつも息が詰まる思いで生きてきた。


 何をするにも必ず誰かが付き添ってきて

 自由なんて全くなかった。

 きっとこれは護衛なんかではなくて

 私の監視(・・)なのではないだろうか

 ……なんて疑ったことだってある。

 

 もちろんそれは、警護だけじゃない。

 

 私自身の知識向上と護身術の獲得を

 目的として、色んなものを学ばされた。


 本当なら皇帝として必要のない占術や

 薬学も、その対処方法と知識を知っていれば

 為になると言われ、詰め込まれるようにして

 覚えさせられた。

 それだけじゃない。

 私の傍近くで護衛する者の生い立ちや身分、

 為人(ひととなり)も事細かに調べ上げられ

 その者の技術や知識、美しい所作までもが

 要求された。

 

 私が行く先々では、入念な準備が行われ

 本来なら魔物の巣窟で『 準備など

 何をするんだ?』と思うような西の森

 ですらも、事前に手が入れられた。


 全てが問題なく、安全に回るように

 まるでこの身を真綿でくるむかのように

 整えられて。


 

「……」

 ……そもそも、川の水が涸れ始めた

 その原因を突き止めるための西の森の視察に

 事前確認とか必要なのか?


 確認に行ったやつが、原因を調査すれば

 いい話なのではないだろうか? ……などと

 自分にトドメを刺すようなそんな事まで

 思ってしまう。


 そうなれば、いよいよもって私の存在意義が

 なくなってしまうというのに……。

 

 きっとこれは、父上の(めい)などではなく

 側近たちの勝手な判断なのだろう。

 ハッキリ言って、余計なお世話だ。

 

 

 近習(きんじゅう)たちは、神経質なほどに

 私を守り実績を挙げさせようとする。

 

 それと言うのも、私の次席にいる父の弟である

 ネル皇弟陛下の存在のせいだろう。

 

 

 

 ネル・フレデリック・ド・プラーリス──。

 

 

 

 正当な王位継承者とは違い、皇家とは

 若干名前が変わる私の叔父。


『皇弟殿下』とは名ばかりで、私が皇太子

 として任命されたその日から臣籍降下(しんせきこうか)

『公爵』の身分となった。

 

『殿下』……と言うより本来なら

『閣下』と呼ぶのが正しいのかも知れない。


 けれどこの叔父は、悲しいかな第二継承権を

 持つがゆえに、未だ『殿下』を名乗っている。

 ──もちろん『自称』だ。


 何を好き好んで、最高権力者の地位を

 欲しがるんだろう?

 私はこの地位が窮屈で堪らないのに。


 けれど叔父にとってはそれが、最も重要な

 課題なのだろう。


 とにかく皇太子としての身分を勝ち得て

 しまった私は、この叔父から目の敵にされる

 こととなった。

 

 

 この国では本来、皇帝となり得ない皇族は

 全て『公爵』という地位になりさがり

 辺境伯として皇帝を補佐する立場となる。

 当然、住む場所だって変わる。

 

 帝都から遠く離れた隣国との国境(くにざかい)へと

 赴き、そこで、近隣諸国からの侵略や、交易に

 睨みを効かせる役回りとなる。


 けれどそれは、それほど大変な仕事でもない。


 そもそもこのヴァルキルア帝国は

 それなりに強大な国で、その帝国に歯向かう

 近隣諸国など、今はそうそうありはしない。


 だから睨みを効かせる(・・・・・・・)のは単なる方弁で

 実際は悠々自適な隠居生活を謳歌できる。


 もしも私が、フィアと一緒にそこへ

 行けるというのなら、きっと喜んで行ったに

 違いない。


 それほど恵まれている。

 

 ついでに言うと、この公爵家は皇帝の血筋……と

 言うこともあって皇帝とも血が近い。


 よって、たとえその公爵家に令嬢が

 産まれたとしても、皇帝となる者の婚約者には

 なれない決まりになっている。


 婚約者になれるのは、侯爵家以下の貴族のみ。

 だから子どもを使って皇家に復帰……と言う計画は

 立てられない。

 兄弟姉妹(きょうだい)婚が認められる中、

 皇家にはそれが認められないってのがなんだか

 釈然としない何かを感じるけれど、

 実状、そうなっている。

 

 その地位は、あくまで(・・・・)皇家の分家という

 位置づけを保っていて、それなりの地位も

 権力はあるけれど、実際は『追放』と

 言っても差し支えない。


 (てい)良くその力を削ぐ……それが

 この臣籍降下の仕組みだ。

 

『追放』……と言えば言葉は悪いけれど

『公爵』として、公国の王になる……。

 そう言っておけば、体面は保たれる。


 皇帝ではないけれど、公国の『王』

 としての身分があるならば、みんな

 納得してくれる。

 世の中、そういう風にして、上手い具合に

 回っているんだ。


 実際は追放にあたるこの仕組みも

 そのお陰で、異を唱える元皇族は

 ほとんどいない。

 

 それに首都では、現皇派の

 ゾフィアルノ侯爵家が睨みを効かせている。

 公爵家の力を全面に押し出し、皇家へ

 謀反を企んだとしても、それを成功

 させるのは不可能に近い。

 

 どんなに公爵家に皇族としての名目が

 あったとしても、ゾフィアルノ侯爵家の

 軍事力に勝る力など、誰も持ち

 合わせてはいないのだから……。


 そもそもゾフィアルノ侯爵家の後ろ盾に

 あの宵闇(よいやみ)国がある。


 ゾフィアルノ侯爵家に何かあれば、必ず

 あの国は動くと父上は踏んでいる。

 だから、手を出すな……とも。


 けれどそうなると、その宵闇(よいやみ)国に

 太刀打ちできる家門でなくては、その

 謀反は成功しないことになる。

 そもそもゾフィアルノ侯爵家に太刀打ち

 出来るようなそんな家門なんて、

 この帝国には存在しない。

 事実上、謀反は成功しないと言うことになる。

 



 ──そして、ここで重要になるのが

     ゾフィアルノ侯爵家だ。




 この考え方からすると、この家門であれば

 謀反が成功する事になる。

 けれど今のところ、その気配は見られない。


 父上からすれば、この家門を抑えたいところだ。

 だからこその私とフィアとの婚約が持ち上がった。


 ……私も父上も必死なんだ。


 余裕がある風を装い、その裏では冷や汗を

 垂らしている。


 フィアに嫌われたくなくて、

 ゾフィアルノ侯爵家に睨まれたくなくて、

 必死に動き回る皇家。


 ……なんとも滑稽だ。



 しかも悔しいことに、ゾフィアルノ侯爵家は、皇族を

 恐れない。

 確かに今は(・・)現皇派かも知れないけれど、それは

 あくまで、現皇帝が皇弟よりも優れていると判断

 されたためであって、フィアの父が現在の皇帝と

 仲がいいからではない。


 ひとたび不要な人物だと判断され、噛みつかれれば

 たとえ公爵家……いや皇族であっても、この

 ヴァルキルア帝国では生きていけないだろう。


 フィアの家は、それほど恐ろしい家門だ。

「……」

 

 

 ……けれど叔父上は、それを理解していない。

 

 いかに臣籍降下した……と言えど『現皇帝の弟』

 としての事実は消えることはないと思っている。

 臣下(・・)としてのゾフィアルノしか見て

 いないから、平気で傲慢な態度にも出る。



 確かに、子どものいない私が死にさえすれば

 叔父上に帝位が転がってくる可能性は

 まだまだある。


 だからこそ叔父上は『まだ完全な公爵ではない』

 ……と言い張り、その機会が訪れる日を心待ちに

 しているんだ。

 

 いやむしろ、先に生まれた自分こそが皇太子に

 相応しいとさえ思っているようだ。




 ──だから油断出来ない。

 



 フィデルが小猿を斬り捨て『立場を考えろ』と

 言ったのも、その背景があるせいだ。

 私は常に、叔父上から命を狙われている。


 それを自覚しなくちゃならない。


 ……だから気が抜けないし、まだ死ぬことも出来ない。

 

 いや、死ぬことすら許されない(・・・・・)んだ。

 


    挿絵(By みてみん)

 

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



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