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ただの、フィリシアになるために。

 ぼんやりと眺める窓の外は、少しづつ暮れていく。


 わたくしとお兄さまが訪れているこの宴が

『夜会』と銘打っているとは言え、別に

『夜会』が『夜』に始まるわけではないのです。


 え? おかしいじゃないのか……って?

 ふふ。おかしくはないのですよ。それが

 この国のルールですから。



 正確に言えば、誕生祭には夜も昼もない。



 1週間前から始まったこの誕生祭は、その名の通り

 休む暇もなく、色々なイベントが繰り広げられる。


 皇室の方々の挨拶から始まり、公的式典。

 近隣諸国からいらした各首脳の紹介や祝辞。

 少しお堅い式典の後は、お祝いに来られた

 各国からのお客さまをもてなす行事へと移ります。


 皇室お抱えの音楽家や演出家による音楽会や観劇。

 それから、船遊びやお食事会。

 ピクニックや簡単な狩猟などの、ちょっと砕けた

 感じのイベントもあるのです。


 そんな、ありとあらゆる志向を凝らしながら

 ラディリアスさまのお誕生日を、みんなで

 お祝いするのです。


 そしてそれは、皇宮のみで行われているものだけじゃ

 ないのですよ?

 当然、街中に住んでいる帝国の民たちも、殿下の

 お誕生日をお祝いするのです。


 特別な日として、皇宮からの支給品もあり、全国民も

 この誕生祭を待ちに待っているのですが

 でもそれは、国からの支給品があるからでは

 ないの。

 それよりも何よりも、市民たちが目の色を変えて

 取り組むのが、商売なのです! 独自のその

 稼ぎっぷり(・・・・・)が凄いのです!


 街中では普段とは違う屋台が立ち並び、異国からも

 たくさんのお客さまが訪れる。

 そのせいか屋台では、普段見ることもない

 たくさんの珍しい品々や、魔道具などが並べられ

 人々の興味や関心を釘付けにする。


 旅芸人や見世物小屋、それからサーカスなども

 色んな所からやって来て、得意の技を披露する。

 当然、飛び入り参加もOKで、みんなここぞと

 ばかりにお祭りを楽しむの。


 ……まぁ、それがヴァルキルア全土で行われて

 いるのかどうかは知りませんが、少なくとも

 ここ帝都では、普段よりも活気に満ち溢れ

 わたくしの目にはそれがとても、魅力的に

 映るのです。

 堅苦しい皇宮の催し物よりも、こちらの

 お祭りの方が、興味をそそられる。


 一度でいいから、帝都のお祭りを見てみたいとは

 思うのですが、こうも盛り上がると、良からぬ考えを

 する輩も、当然多くなる。

 それを見越して、各領主たちは普段の倍以上の警備を

 街の要所要所に設けるのですが、それでも目の

 行き届かない場所は出てくるもの。

 やはりどうしても、治安が悪くなることは否めなくて

 それを理由に、わたくしの外出をお兄さまが

 なかなか許してくださらないのです。

 本当に悔しい限りです……!



 まぁ、そんなこんなで、街中でも皇宮に負けず劣らず

 たくさんの催し物やイベントが、繰り広げられる

 わけなのです。

 この誕生祭の1週間は、皇宮のみならず

 その周辺までもを呑み込んで、昼も夜もない……

 言うなれば、街全体が『不夜城』となるのが

 お分かり頂けたでしょうか?


 貴族も市民も、この誕生祭では等しく騒ぎ立つ。


 わたくしも侯爵家令嬢という肩書きを、かなぐり

 捨てて、楽しもうと思えば楽しめる。

 あの過保護のお兄さまの目さえ、盗みさえすれば!


 恥も外聞もなくはしゃぐ方も、当然貴族令嬢にも

 ゴマンとおられるのです。自分だとバレないように

 変装したり仮面をつけたり……。


 わたくしだって、やろうと思えば出来ないワケ

 じゃない。お兄さまが眉を寄せられても、それを

 気にしなければいい話なのです。

 わたくしが、街の様子を知ってるのも、幾度となく

 その目を盗んで、街中に遊びに行ったせいでも

 あるのです。出来ないわけじゃない。


 ……また、同じようにすればいいだけの事。




「……」

 けれど、今回のわたくしは……。




 わたくし達は、そのどの行事にも参加せず、

 今回は、この夜会のみに参加したのです。





「はぁ……」


 溜め息ばかりが漏れてくる。

 そもそもドレスが窮屈過ぎて、立っているのも辛い。


 今回わたくし達は、華美な服装は控え、当たり障りの

 ない、できるだけ目立たない服装を選びました。


 それなのに、この息苦しさ。


 一応の礼儀作法(・・・・)とは言え、このコルセット

 だけは、どうしても慣れることはない。


 どう考えても、このコルセット……変だと思うのです。

 だって不自然でしょう?

 男の方はしないのに、女性のみ着用義務とか

 本当にズルいですよね?


 生活しやすいようにとか、体を支えてくれる……とか

 なら分かりますよ?

 ほら、前世にもありますでしょ?

 腰痛サポートベルトとか?


 けれど()()は、そんな有り難いもの

 なんかじゃない。

 それとは全く違った、見た目重視の粗悪品。


 ……そもそも、不自然に窮屈な縛り方をしているから

 美しいもへったくれもない。


 わたくしはね、このコルセットを本当に、心の底から

 憎んでいるのです。ですから、普段は出来るだけ

 着けないようにもしているのですけれど、

 今日みたいな公式行事ですと、そうも言って

 られないのが現状なのです。




 ──曲線美もさることながら

   身を守る(すべ)の1つでもあるのですよ。




 そう言って、乳母のメリサは、事ある毎に

 わたくしを(なだ)めすかしました。




 ──女性はダンスを踊る際、男性の方に

   腰を触れられる。

   淑女の嗜みとして、出来るだけその手が肌から

   遠のくように、このコルセットで守られて

   いるのですよ?


 ──でも……。


 ──『でも』ではありません。姫さま。

   それに、ダンスを踊る踊らない関係なく、もしも

   賊が会場に侵入でもしてきたら、フィアさまは

   いかがなさいます? まさか、ドレス姿で

   立ち向かうとでも?



 ホホホ……とメリサは笑う。



 ──いいえ。そうでなくとも、例えば……そう、

   刃物を突きつけられたとしたとしたら?

   このコルセットがあるかないかで、ケガをするか

   しないか、もしくは命を守れるか守れないかが、

   大きく変わってくるのです。

   ですから姫さま。この愚かなメリサの為にも

   このコルセットは必ず……必ず! お付けになって

   下さいませ。


 ──……。




 そう言われてしまえば、何も言い返せない。


 けれどそれでも、辛いことには変わりはない。

 コルセットがなければ、全速力で駆け抜けて

 賊から逃げ切る手もある。……けれどわたくしは

 黙っていたの。メリサの心配も分かるから。

 メリサがわたくしの事を、どれほど心配しているか……

 そんなの痛いほどに分かっているから。


 だから、何も言えない。



 けれどだからと言って、納得もしていない。

 時がたてばその会話の内容も、その時の気持ちも

 あやふやになってしまって、わたくしはまたワガママを

 言ってしまう。


『出来るだけ、きゅうきゅうに絞め上げないでね』って。

 するとメリサは、毎回苦笑しつつも、締め上げる

 その手を手加減してくれるのです。


『フィアさまには、他にも

 守るものがおありでしょうに……』などと言って

 溜め息をつくのですが、こればかりは譲れない。

 そんなやり取りが、わたくし達2人の毎日の

 お約束(・・・)になりました。


 けれど令嬢によっては、このコルセットを恐ろしい

 程に縛り上げる方もいらっしゃるようですから、

 とても、正気の沙汰とは思えません。


 貴族が貴族であるための、貴族令嬢の嗜み……

 『美』の追求なのだと勘違いなさっている方々も

 たくさんいらっしゃるのですから

 本当に信じられない気持ちで、いっぱいです。



 ……いったい、これのどこが美しいのでしょう?



 不自然に細い腰なんて、恐怖以外のなにものでも

 ないというのに……。

 これはもう『洗脳』に近い。誰もそのことに

 疑問すら持たない。その考え方が、わたくしには

 恐ろしすぎてたまらない。


 貴族って、本当におかしい。


 当然のことが当然ではなくて、間違ったことが

 当たり前のようにふんぞり返る。

 事実を大きく歪められているのに、その事に

 誰も気づけない。


 だからわたくしは、爵位だの家の歴史だの、そんな

 窮屈な決まり事なんていっそかなぐり捨てて

 自由になりたいと思っているの。

 あるべき姿に。自然のままに……。


 このコルセットも長たらしい名前も家名も

 わたくしには重すぎて、もうどうにも

 耐えられそうにない。

 

 いっそ町娘のように『川岸の近くのフィリシア』

 ……とか『おチビのフィリシア』とか、そんな簡単な

 身分や、簡単な名前であれば良かったのに……。



「……」

 ……あ、うん。いえ、『おチビのフィリシア』は

 言い過ぎでした。

 ちょっと嫌かもしんない……。



 けれど、そんな立場であったのなら、こんな複雑な

 気持ちのまま、目のチカチカするような

 煌びやかな夜会になんて、参加なんてして

 いなかったと思うのです。


 もっと身軽な服装で、気楽に出し物を見ていたに

 違いない。

 街中に来ている旅芸人の劇を、りんご飴を片手に

 呑気に、ふらふら見ていたのかも知れないもの。


 ふふ……。そう! そして、

 ほんの少し、野次をとばしながら──!





「…………」


 ……そんな風に思うと本当に、いたたまれなくなる。


 

 確かに身分が低ければ、暮らし向きは苦しいかも

 知れません。

 けれど、この窮屈な生活よりかは、幾分マシなのでは

 ないかしら?

 

 窮屈なドレスに、決められた所作。

 慎ましく過ごすことを求められ、スカートを

 たくしあげて走り回れば叱られる。


 何か面白いことがあるわけでもなく、ただ1日中

 屋敷に篭って、おしとやかに過ごすことだけ。


 ……そんな意味のない過ぎていくだけの1日なんて

 死んでいるのと同じじゃないの? って、わたくしは

 いつも、そう思っているの。

 

 これから先、いつまでこの生活が続くのだろう?


 先の見えない未来を考えると、ひどく息苦しくて

 恐ろしくて

 それから、とても


 ……悲しくなる。

 



 どんなに願っても、わたくしは

 ただの『フィリシア』にはなれない。


 どんなに願ってもわたくしは

 このヴァルキルア帝国の、侯爵家の娘

『フィリシア・フォン・ゾフィアルノ』。


 どんなに足掻いても、たとそれが嫌だと

 駄々をこねても、その事実は消えてはなくならない。

 

 煌びやかな衣装で、この身を着飾り

 真っ白にお化粧をして、香水をふりかけて、

 それから ほほほほほ……と、可笑しくもない

 笑いをその顔に貼り付けながら

 どうでもいいような、つまらない噂話に

 花を咲かせるの。

 

 何をするでもなく、意味もなくお茶会や舞踏会。

 ……正直、そんな人生は送りたくない。


 仕事といえば家の使用人がそつなく

 こなしてくれて、ずーっと寝ていても

 生活が出来る。

 そんな人生のいったい何が楽しいのかしら……?


「……」



 ……けれどそんな事を言ったら

『楽をして、飢えることのない生活に

 何が不満なんだ!』と、

 大抵の人たちは怒るのかも知れない。

 

 けれど わたくしは、わたくしの今の生活が

 幸せなものだとは、決して思えない。


 いつも何処かしら逃げ出したくて

 ぼんやりと外を眺めている。


 このままじゃダメだ。

 どうにかしなくちゃいけない……。

 どうにかしなくては──


 




「…… フィア? どうしたの?

 やはり、休んだ方がいいのでは……」



「──っ、」


 無意識に気を抜いていたことに気づいて

 わたくしの心臓が飛び跳ねる。 


 ぼんやりとしていたわたくしの顔を、そっと

 覗き込むお兄さま顔は、ひどく心配しているように

 見えました。


 わたくしはハッとして、顔を上げる。



「……い、いいえ。いいえ。

 なんでも……なんでもありませんわ。お兄さま」


 そしてわたくしは、仮面のような微笑みをこの顔に

 貼り付けて、再びお兄さまを見上げるの。


 そんなわたくしの顔を見て、お兄さまの目が

 心做(こころな)し、細くなる──。



「……」

 ヒクッ……と一瞬、息を呑む。


 お兄さまには、全てを見透かされているような、

 そんな気がしたのです。



 けれど──、




 わたくしは、引き下がる訳にはいかない。



 (いぶか)しむお兄さまを

 ねじ伏せるかように、『何でもない』と微笑み返す。




 ──「……それなら、……いいんだ」




 若干睨むように、目を細めたお兄さまも

 わたくしの()は、見つけられなかったようで

 少し眉を寄せはしたけれど、『無理はするな』

 ……と静かにそう囁き、顔を背けました。




「……フィアがこの場にいなくても、

 俺だけでも、どうとでも出来るから……ね。」




 少し怒っているのか

 吐き捨てるかのようなその言葉に

 わたくしは小さく、肩を竦めました。




「はい。分かっておりますわ。お兄さま……」







 ──そう。


 わたくしの本当の気持ちを、今 傍にいるお兄さまには

 決して悟られてはならない。

 知られたくもない。


 もちろんそれは、お父さまや お母さまにも──。



 けれど恐らくは、察しはついているとは思うの。

 わたくしも、器用な方ではないのだから……。


 けれどだからって、弱音だけは吐きたくない。

 

 わたくしの家族は

 わたくしのことをとても良く考えてくださるの。


 自由になりたいと願う

 わたくしの気持ちを分かってくれていて、

 その『夢』をそっと陰ながら、応援して

 くださっている。

 

 ……けれど、だからこそ

 本当の気持ちを、知られてはならない。

 心配など、掛けたくはないのです。


 本当は辛くて苦しくて、

 逃げ出してしまいたいのです。

 今の状況がとても恐ろしくて、怖くて、堪らない。


 何かに縋り付きたくても、それすらも

 叶わない。



 何もかも全て、放り投げて、

 今すぐにでも逃げ出してしまいたいのに


 ……けれどそれでも、

 大切な家族を、残していくことなんて

 出来やしない──。

 



 ──そもそも『自由』って、何なのかしら?




 わたくしは、侯爵家に産まれました。

 ワガママを言えば、なんだって望みのまま。


 それを思うと、ゾフィアルノ侯爵令嬢である

 わたくしは、きっとどんな人よりも『自由』で

 あるのに違いない。


 だって、願えばたいていの願いは叶うから。

 侯爵であるお父さまに、叶えられない

 ものなどありはしないもの。




 ……けれど、そうじゃない。

 そうじゃないの──

 




 チチチチチ……

      チチチチチ……──




 どこかで小さく、小鳥のさえずりが聞こえた。


「……」

 



 あぁ、空を飛ぶ鳥になれたら

 どんなにいいでしょう?


 大空の中を悠々と羽ばたく、あの鳥のように

 自由にどこかへ行ってしまいたい。


 思いっきり風を切って、大きなその翼を

 はためかせたのなら、どれほど気持ちが

 いいだろう?


 ……けれど今のわたくしには

 そんな事はできないの。

 今はまだ、叶えることはできない、私の願い。

 


 けれどきっと、いつの日にか──!





 ……そんな夢物語のようなことを考えながら

 わたくしはいつも、窓の外を見る。

 

 ふふ。可笑しいわよね?


 暮れゆく窓の外を見ながら、わたくしは

 フフフと笑う。


 昼間は大空を羽ばたいていた鳥たちも

 夜にはきっと、柔らかな寝床に帰って

 安らかな寝息を立てるに違いない。


 自由の象徴である鳥たちも

 暗闇の中では、夜目の効かない

 不自由さはあるのですから。


 自分勝手に『自由で幸せね』って思うのは、

 ちょっと失礼な事なのかも知れませんものね?


 そんな鳥たちは、今はいったい

 どうしているかしら?

 大好きな家族といるのかしら?

 それとも秋風が冷たいと言って、泣いているかしら?


 先の見えない真っ暗な闇に染まる空を見て、

 もしかしたら、怯えているかもしれないのに──。

「……」

 そんな風にわたくしは、小鳥たちに思いを馳せ

 そっと目を閉じる。


 自由に見える鳥たちなのだけれど、

 その鳥たちにだって、苦悩はきっとある。




 鳥も所詮、わたくしと同じ──



 



 (うっす)らと見え始めた

 金平糖のように輝く小さな可愛らしい星々。


 儚げなその星空は

 夜会会場の光に照らされて

 その輝きを、弱められているようにも見えた。

 



 ──まるで、今のわたくしのように……。



 

 儚く消える星ならば、いっそ地に落ちてしまえ。


 そうして流れ星となって

 人々の願いを叶える星になるといい。


 その方が、ずっとずっと役に立つ。

「……」

 


 わたくしがこの生活の中で出来る事といったら

 虚勢を張りまくった貴族たちの

 その長たらしい名前を覚えることくらい?


 ……それがいったい

 この世の何の役に立つと、いうのかしら?

 

 名前など簡潔にして、本当にただの

『フィリシア』として生きていきたい。


 何も出来ない わたくしだからこそ、

 そう出来たのなら、どんなにいいかしらと

 いつも わたくしは思ってしまう。

 

 


「ふふ

 ふふふふふ……」

 



 けれど……そう。そうですわ。


『自由を手に入れる』……それは、完全に不可能な(・・・・・・・)

 ことでもない。


 もしかしたら今日、それが手に

 入るのではなくって──?





 そう思うと()の状況がとても嬉しくて

 わたくしは思わず微笑んでしまう。

 

 ふふ。どうしてかって?

 遂におかしくなったんだろうって?


 いいえ、違うわ。

 


 だって今日、わたくしはやっと

 自由になれるのですもの! 

 ずっとずっと思い描いてきた、自由への第一歩。

 それが今日この日

 やっとその願いが叶うのです!

 

 うふふふ……凄いでしょう?


 わたくしは この日のために、

 本当に本当に、頑張ったのですから。

 

 色々な方々に力をお借りして、

 迷惑もたくさん掛けてしまったけれど

 今日はいよいよ、その正念場。

 この期を逃したら次はどうなるか、

 全く検討もつかないのです。

 

 ですから必ず……か・な・ら・ず!

 このチャンスをモノにしなくては、ならないのです!


 その為ならば、たとえ他の人たちから

 罵られようと嘲笑されようと

 きっと耐えてみせますわ……!

 

 

 

 純白の扇で顔を隠し

 わたくしは こっそり微笑んだ。


 顔を隠して、こっそり笑ったつもりなのに、

 けれど 何故なのか

 近くにいるお兄さまにそれがバレてしまう。

 ぴくり……と、お兄さまの肩が揺れたのが

 見えました。




「……フィア?」

 


「……」


 今度こそ本気で怒ったのか

 いつもより少し低い、お兄さまのその声に

 わたくしは少し肩をすぼめてしまう。


 恐る恐る見上げると

 お兄さまの しかめっ面が見えました。

 

 ううっ、不覚でした。

 わたくしは慌てて目をそらす。

 それを見て

 お兄さまが呆れたような息を吐く。

 

「……フィア? さっきから様子が変だぞ?

 泣いているのか? ……いや、もしかして

 笑っている?


 無理はするなとは言ったが、笑えとは

 言っていない。

 どちらかと言うと今日は、沈痛な面持ちで

 いてくれないと困るのだから……」


 ムッとしたように眉根を寄せ

 お兄さまはすかさずそう、囁きました。

 

 わたくしは慌てて扇で顔全体を隠すと

 目を伏せる。


「え……ええ、分かっています。

 分かっていますわ。お兄さま。

 絶対に、抜かりなく(・・・・・)……!」


「……分かっているなら、それでいい。

 けれど失敗したらどうなるか……

 それはちゃんと、分かってはいるのだろう?」

 お兄さまはそれだけ言うと、深い溜め息を

 つきました。


「……はい」

 わたくしは素直に頷き返す。けれど、

 そうは言ったもののこの微笑みは

 なかなか消えてはくれそうにはないのです。


 だってだって わたくし、本当に嬉しくて嬉しくて

 仕方がないんですもの……!


 こんなにも胸が高鳴ることなんて

 いったい いつぶりでしょう?

 

 ふるふると震えながら、扇の奥に隠れる

 わたくしは、必死になって笑いを堪えたのです。


 震えるこのわたくしは、会場のみなさまには

 いったいどんな風に映っているかしら?

 泣いているように見てもらえないかしら?

 

 ……けれど、夜会に来て泣く令嬢などいはしない。

 それでは意味もなく、不気味に笑っている

 ように見えるのでしょうか?


 ふふ。あぁでも、もう堪えきれないのです!

 わたくしは必死に笑いを堪えながら

 小さく震える。

 

 

 あぁ、今日! 今!

 これから なにが起こるのか……!

 

 ここに居並ぶ煌びやかなお客さま方には、

 きっと想像もつかないのに違いない。

 その事(・・・)を知った時皆さまは

 どう反応するのかしら?

 その反応が、楽しみで楽しみで堪らない。

 

 

「……」

 

 けれど……そう、

 少し恐ろしくもある……。


 わたくしはそっと、笑顔を沈ませる……。

 

 お兄さまの言葉も、もっともなのです。

 わたくしが改めて息を吐くと、今度は

 暗くどんよりとした気持ちが、押し寄せてくる。

 

「……」

 ……そう、そうでしたわ。


 お兄さまの言われるとおり、今は

『沈痛な面持ち』で、いなければなりません。

 

 今日、この場で起こることは、確かに

 喜ぶべきことでも、褒められたことでも

 ないのですから……!

 


 

 ──今から、何が起こるのか。

 



 それは今日この場で、今現在わたくしの

 婚約者でもある、ヴァルキルア帝国の皇子……

 ラディリアス皇太子殿下より、婚約破棄の報告(・・・・・・・)

 あるはずなのです。

 

 わたくしにとっては、希望(・・)に満ちた

 解消の報告。

 けれどゾフィアルノ侯爵家にとっては──。

 


「……」

 ……きっと、汚点(・・)になるに違いない。


 それは確実に

 そう、なのですから──。

 


 

    挿絵(By みてみん)

 

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



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