後悔と現実。
「……」
私は、そのどうしようもないその怒りを
グッと心の奥深くへと押し鎮める。
……怒ってどうする。
今回の件は全ては私が悪い。
そもそも、私があんなこと言い出さなければ
良かったんだ……。
「はぁ……」
軽く溜め息を漏らし、天井を見上げる。
なんて高い天井なんだろう?
見上げれば見上げるほど心を吸い取られて
しまいそうなほどに高いその天井が、
まるでフィアと私の距離のように思えてきて
なんだか悲しくなる。
何故、こんなにも溜め息が盛れるのだろう?
無意識に出てくるソレは、もう私の意思では
どうすることも出来ない。
出るがままに任せ、思わず吐いてしまう……。
──『溜め息は、すればするほど
幸せは逃げていくのです』
そう言って、以前フィアは笑った。
あぁ、あの時のフィアは、
信じられないほど可愛かったなぁ……なんて、
至極 関係ないことを考える自分が憎い……。
当然、フィアの言っていたそのことが、本当か
どうかなんて分からない。
ただ、そう教えてくれたあの時のフィアが
とても可愛くて、当時の私は、別の意味で
溜め息が漏れた。
あの時の溜め息と、今の溜め息とでは全然違う。
それだけは確実に分かる。
きっとあの時の溜め息は、つけばつくほど
幸せになれた。
けれど今日の溜め息は、つけばつくほど
死にたくなる……。
きっと私の幸せは、この溜め息と共に全部出尽くして
しまったに違いない。
「……」
いや……違う。
フィアとの婚約解消をすると決めてから、私の
幸せなんて、とっくの昔に消え失せている。
フィアがいない世界なんて、考えられない……。
今までは、なんとかフィアにも会う事ができた。
『幼なじみ』という位置づけが功を奏してくれて、
自然に会う事ができたし、途中からは『婚約者』に
昇格してくれたおかげで人目をはばかることなく
フィアを尋ねる事だって出来た。
婚約してすぐは、本当に幸せだった。
緊張で、なに1つとして会話らしい会話は出来なかった
けれど、このままずっと一緒にいられるのだと思うと
天にも登る心地がしたんだ。
フィデルとも、徹底的な格の違いを見せつけることが
出来て、私はそれなりに満足だった。
──けれどそれは、日が経つにつれて、だんだんと
罪悪感にすり変わる。
私には、秘密がある。
その秘密を抱えたままで、婚姻を結ぶなんて、絶対に
出来やしない。
いやそれよりもまず、フィアは最初から、この婚約に
乗り気ではなかった。
最初に報告を受けたあの時……フィアは、どんな顔を
していただろう。
真っ青で、今にも倒れそうだったんじゃないか?
それなのに、それを押し切って、お前は婚約者で
あり続けるつもりなのか?
「……」
有り得なかった。
そのまま婚約者で居続ける勇気が
私にはなかった。
秘密を打ち明けるか、それとも婚約を
解消するか──。
悩みに悩んで、いっそフィア本人に相談しようと
持ち掛けた対談の場。
その対談の場で、フィアは何を思ったのかひどい
勘違いをしてしまって、結局私たちは婚約解消の
方を選んでしまった。
確かにそれは、私が望んでいた結果では
なかったけれど、これはこれで仕方のないことだと
半ば諦めた。
フィアが喜んでいるなら、それでもいいって……。
けれど婚約を解消したからには、
きっとこれから会うのは難しくなる。
フィアだってもう、子どもじゃない。
もう少ししたら、本格的に結婚相手を探す
時期になる。
そうなったら、婚約者でなくなった私は
タダの邪魔者でしかない……。
「……はぁ」
考えると、胸が苦しい。
フィアはいったい、結婚相手として
誰を選ぶんだろう?
フィアと交流のある貴族は、そう多くない。
何故なのかフィアは、あまり表には
出ないから。
……確かに、『令嬢』ともなれば外にあまり
出ないのが普通だ。
けれどフィアは、異常と思えるほどに社交を
拒んだ。
──人の名前を覚えるのが苦手だから?
そうも思ったけれど、もしかしたら
別の理由があったのかも知れない。
──だけどそんなの、今更どうだっていい。
「……」
結局のところフィアは、その数少ない
人脈の中から最愛の人を選ぶ事になる。
──最愛の人?
私ではなくて?
私ではない別の誰か……?
「──っ、」
そう思うと、ザッと血の気が引いた。
今更ながら、気が狂いそうになる。
叫び出したくなるのを耐えるために
私は必死に自分の口を塞いだ──。
落ち着け。
落ち着け。
落ち着くんだ──……!
まだ、そうなると決まったわけじゃない。
私にだって、まだ可能性はある。──多分。
なぜならまだ私は、婚約解消の宣言は
していない。
今からでも間に合う。
ただ、黙っていればいいだけだ──。
「……」
私は静かにフィアを見る。
……いや、正確にはフィデルの向こう側にいる
フィアを見た。
「……………………」
あぁ、なんて不毛なんだろう。
今日はもう、最後なんだぞ?
もうフィアに、会えなくなるかも
知れないんだぞ?
それなのに話すどころか、まともにその姿を
見ることも叶わない。
だけど、可能性は残されている。
「……っ」
私はゴクリ……と唾を飲む。
──そう、私はまだ言っていない。
婚約解消をする──と。
「…………」
……あぁ、頭が痛い。
何が最善なのか……分からない。
分かりたくもない。
だってそうだろ?
私はフィアの傍にいたいんだ!
それなのに、私の秘密がそれを阻む。
フィアの不安気なあの顔も、私の望みを
簡単に打ち砕く。
……だけどそれでも傍にいたい──!
フィアは何故、私を拒むのだろう?
そんなに私はフィアに相応しくないんだろうか?
こんなにも想っているのに?
この想いだけでは、彼女を
幸せに出来ないのか──?
考えれば考えるほど、絶望的になる。
……婚約解消が、フィアにとっては一番
幸せなことなのだと、それだけは確かなのだから。
確かに、そのまま黙っていたい。
婚約解消なんて馬鹿なことしなければいいと
心の底では思っている。
けれどフィアの事を本当に想うのならば
躊躇する場面なんかじゃない。
私は身を引くべきなんだ──!
「……」
私は堪えるように眉をしかめ
フィデルを睨んだ。
先程から、目が合えば勝ち誇ったように
笑っていたフィデルのその目から
その笑みが消えた。
私が、本気で睨んだのが分かったんだろう。
だけどフィデル? お前だって、フィアを
手に入れることなんて出来ないんだぞ?
お前に、ゾフィアルノ侯爵家を捨てる覚悟は
あるのか?
──そう、挑むようにフィデルを見た。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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