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悪意に満ちた、助け舟。

「こ、これはしたり……。

 陛下の『処罰せぬ』とのお言葉に思わず甘えて

 しまいました……。

 我が無礼、何卒(なにとぞ)お許しを……」

 

 言って頭を下げるガジール男爵のその顔には、下卑た

 笑みが刻まれる。

 頭を下げはしているものの、少しも悪いとは思って

 いないし、怯えてもいない。陛下が一度口にしたことは

 けして覆されないことを知ってのこの余裕。


 例えそのせいで皇太子の不況を買ったとしても

 ガジール男爵には痛くも痒くもないに違いない。

 

 皇帝陛下は深く溜め息をつくとラディリアスさまへと

 視線を移されました。

 

「ラディリアス。不敬はお前であろう?

 ガジール男爵に発言を許したのはこの(ちん)である。

 たとえお前であろうとも、男爵を罪に問うことは

 決して許さぬ。

 そして男爵もまた、前置きをしていたではないか。

『これは聞き知っただけの話』なのだと。

 それが事実なのかどうかは、これから見極めれば

 良かろう?

 それなのにお前ときたら、最後まで話を聞かぬ上に

 怒鳴り散らすとは……」

 

 呆れたように息を吐き、陛下はニヤリとお笑いに

 なられました。

 その微笑みに毒が含まれているように見えたのは

 わたくしだけでしょうか……。

「……」

 

 

「ふむ。しかしお前の言い分も分からないわけではない。

 証拠もなく、ただの噂のみを鵜呑みにすることは

 出来ないからな。

 ふむ。──そう、だな。


 ふふ……。

 ならば調べてみれば(・・・・・・)よかろう?」

 

 

 陛下のその言葉に、一瞬の沈黙が流れ、

 

「「「調べる……?」」」

 

 ラディリアスさまとそれにお兄さま、それから

 わたくしの声が同時に重なりました。


 陛下はその反応に、満足気に頷かれました。

 

「そう。ことは簡単ではないか。

 ……我が宮廷の医師団にフィリシア嬢を調べさせれば

 良いのだろう?

 事実はすぐに分かる。

 その噂が真実であるか、そうでないのかが──」

 

「……?」

 一瞬、意味が分からずわたくしは首を傾げる。

 ええっと、調べる?


 不義が行われたかどうかを調べる……ってこと

 なのでしょうか?

 そんなのどうやって?


 わたくしは口許に軽く指をあてながら考える。

「……」


 宮廷の医師は、とても優秀な方々が揃っていると

 聞き及びますので、きっとそんな難しい事も

 分かるのでしょうね……などと呑気に考えて

 わたくしはハッとする。

 

「……!?」

 

 そして、何を言われたのかを突然理解し、全身の血液が

 一気に頭に登っていくのを感じだのです!


 え? 調べる!?

 要は、このわたくしを──!?

 


 えっと、ちょっと待って。

 そ、それは、……それってつまりそういう事(・・・・・)

 なのでしょうか!?


「……」

 理由を悟り、ハッと辺りを見渡せば、誰の目にも

 好奇の色が含まれ、じっとわたくしの方を

 見ているのです。


 ……いえ、それはきっと わたくしの気のせいかも

 知れませんが、そんな気がして落ち着かない。


 わたくしは恥ずかしさのあまり、目の前が真っ暗になる

 のが分かりました。

 

 え"? ちょ、それは……っ!

 真っ青になって、慌てて首を振る。

 

 否定の言葉を出そうとするけれど、ショックのあまり

 声すら出てこない……!

 

 調べられるのなんて、絶対にイヤ……!

 例え相手が医師だろうとなんだろうと、わたくしのこの

 体をまさぐられるのなんて、とんでもない事です……!

 

「……」

 慌てふためく わたくしとは対照的に、事情をいち早く

 理解したお兄さまはサッと膝を折り、陛下へ頭を下げる。

 


 

「陛下──」

 


 

 凛とした迷いのないその声に、皇帝陛下は嬉しそうに

 返事をする。


「なんだ? フィデル。申してみよ」

 

「は。それでは陛下、申し上げます──」


 そう言って、お兄さまは顔をお上げになりました。


 軽く息をついて気持ちを落ち着けると、お兄さまは

 静かに言葉を紡ぎ出す……。

 

「……恐れながら陛下。

 確かに宮廷の医師団は優秀であり、調べればすぐに

 真相は明らかになるやもしれません。

 けれど──」

 言ってお兄さまは毅然とした態度で陛下を見上げる。


「我が妹に触れることは、たとえそれが医師団だとしても

 兄として容認する訳には参りません。


 それがもし、婚前のお改めであれば、致し方も

 ございませんが、噂の正否(せいひ)を確かめるだけならば

 断固お断り致します」

 

「……お兄さま」


 凛としたその言葉に、ほかの貴族たちからは溜め息が

 盛れました。もちろん、わたくしからも。


 確かに、調べれば真相は明らかにはなります。

 けれど、そもそもわたくしは、不義のウワサを立ては

 しましたけれど、それは明らかに仕組んだこと。

 実際コトを成したわけでもありませんので、

 調べたとしてもそのような証拠が出てくるわけも

 ありません。


 いいえそれよりも、調べられ事実無根と言われれば

 再び婚約者として君臨してしまうではないの!

 そうなっては、元も子もありません。

 わたくし達は、婚約を破棄したいのですから

 勘違いされていた方が好都合なのです!


 まあ、世間体から言いますと、ウワサの真相が

 どうであれ、疑われたことも不名誉な事ではありますが

 それの真意を図るために体を調べた……などとなると

 こんどは家門の信用に関わってくるのです。


 要は、娘の行動すら把握できていない。

 もしくは娘の言葉すら信用できない。

 そんな家門と見られてしまうのですから……。


 けれどそれに対し、お兄さまは毅然と

『フィアの体には指1本触れさせない!』と牽制した

 わけですから、皆さまから溜め息が漏れるのは

 当たり前というものでしょう。

 信用してはいても、なかなか出来ることではありま

 せんものね?


 けれどこの場合、お兄さまも例に漏れず同罪ですので

 信用するもへったくれもないのですけれど……ね。


 けれどそんな事、わたくし達しか知りません。

 その見事なかわし方に、陛下は悪戯っぽくお笑いに

 なると、先をお続けになりました。

 

「そうか──。

 しかし、そうであるならば、疑いは晴れぬぞ?」


 残念そうにおっしゃると陛下の笑みは消え、鋭く

 お兄さまを睨まれました。

 

「!」


 軽く殺気を含んだ、その視線。

 わたくしは思わず、その視線に怯んだのですけれど、

 ──けれどそれをものともせず、お兄さまは陛下を

 平然と見つめ返されました。

 

 ……いいえ、『見つめ返す』なんて生易しいものでは

 ありません。

 お兄さまはよりにもよって、皇帝陛下を睨み返した(・・・・・)

 のでした。

 わたくしは、息を呑む。

 

「……それもまた、致し方のないこと。

 妹を(はずかし)めるくらいならば、それくらいの辛酸(しんさん)

 舐める覚悟でございます」

 

 キッパリと言い切ったその言葉に、辺りは騒然となる──!


 一触即発……と言うべき自体に、誰もが固唾を呑みました。

 

 

 

「──ふむ。

 しかしそうなると、婚約の件も難しくなる……」

 

 

 

 けれど陛下は、お兄さまを責めるようなことなく

 穏やかに話を進められていく。


 どことなく悲しげに考え込む陛下のその仕草に

 お兄さまは一瞬目を丸くし、フッと微笑まれる。

 

「もとより、そのような噂が立ったのはこちらの不手際。

 その儀はこちらからも、ご辞退申し上げたく存じます……。

 遅ればせながら、今回このような悪しき噂が

 流れましたこと、心よりお詫び申し上げます。

 正直、妹フィリシア共々恐縮している所存。

 ここに謝罪の意を示し、どのような罰もお受けすると

 誓います……」


 言ってお兄さまは、深々と頭をお下げになる。

 

 残念そうなその声色の陰で、頭を下げるお兄さまの

 その表情は、心做しか少し微笑んでおらるようにも

 見えました。



 ──お兄さま……?

 



 ……背の低いわたくしだけが唯一気づく、そんな一瞬の

 笑み。

 

 そして、この状況の変化に戸惑い、一瞬だけ

 ラディリアスさまの腕の力が緩む──!


「!」

 そしてわたくしは、その一瞬の隙を逃さない!

 慌ててラディリアスさまの腕を振り切ったのでした。

 


「あ。フィア……!」

 


 背後で、ラディリアスさまの悲痛な声が聞こえたけれど、

 そのような事に構っている暇などはありません。


 当事者はお兄さまではなく、このわたくし。

 わたくしが頭を下げずに、何とするのでしょう……!

 

 わたくしはフワリとお兄さまの隣りに膝をつき、

 陛下へ謝罪の意を示す。


「いいえ陛下。これはわたくしの不祥事。兄には

 なんの罪もございません。

 どうか、処罰なさるのなら わたくしのみを……」

 倒れ込むようにわたくしはそう言って、陛下の前で

 頭を下げたのでした。

 

 

 これで全ては、元通り。

 

 

 ガジール男爵のあの態度は頂けませんが、思わぬ

 助け舟になってくれました。

 わたくしは、ホッと胸を撫で下ろす。

 


「……ふむ。どうしてもか?」

 

 陛下は眉をしかめ、鼻で息を吐きながらお兄さまを見る。

『どうにも諦め切れない……』そんな溜め息でした。

 

「どうしてもです……!」

 ギリッとお兄さまは、再び陛下を睨まれる。

 

 不敬だと言われ、斬られはしまいかと、わたくしは

 心の底で冷や汗をかいたのですけれど……けれどもう、

 その心配はないようです。


 当初見られた陛下の、あの張り詰めたような怒気は薄まり

 どことなく今の状況を楽しんでいるようなそんな気配

 すら流れ、幾分この場が落ち着いてきました。

 

 

「フィデル……」

 

 絞り出すようなラディリアスさまのその声に

 お兄さまは顔を上げました。

 ひどく苦しげなラディリアスさまのその顔を見て

 お兄さまは再び頭をお下げになりました。

 

「皇太子殿下……。

 この度は我が妹がご迷惑をお掛けし、誠に申し訳

 ございません」


「……っ、」

 その言葉に殿下は、息を呑む。

 

「私は、……私はそのような噂は一切信じてはいない。

 フィア……フィリシア嬢がそのような行動に出たと

 言うのならば、それもまた、婚約者である私の落ち度。

 彼女のみを罪には問えぬ。

 ……ただ、私が危惧するのは、彼女の心だ」

 

 ポツリ……と呟かれたその言葉に、お兄さまも

 わたくしも目を見張る。

 ラディリアスさまは苦しげに言葉を選びながら

 話を続けられました。

 

「この噂が、事実であるかそうでないのかは、今の

 ところは分からない。

 けれど、この噂のせいで、フィリシア嬢が好奇の目に

 晒されたのは事実。

 ……私は、そのような事は望んではいなかった」

 

「……」

 絞り出すようなその言葉に、誰も何も言えない。

 

 シンと静まり返る大広間。

 そしてその状況をいち早く破ったのは、お兄さまでした。


 ショックを受けたかのようなラディリアスさまを

 労わるようにそのお傍へと行き、お兄さまは誰にも

 見えないように軽くお笑いになると、素早く殿下の

 耳元に口を寄せ囁かれました。


 誰にも聞こえないほどの、小さな声で──。

 

「……そう言っていただけると(わたくし)共も救われます。

 けれど理由が何であれ、この婚約破棄を最初に

 口にされたのは、紛れもなくラディリアス殿下。

 どのような理由が上がったとしてもこの婚約は

 必ず(・・)破棄するおつもりだったのでしょう……?」

「……っ、」

 殿下は息を呑む。


 お兄さまはそれを見て、ラディリアスさまからそっと

 離れ、目を細められました。

 友人としての目ではなく、臣下(・・)としての目──。


 お兄さまは一歩後ろへ下がり、膝を折る。

 今度は誰にでも聞こえるような声で、言葉を紡ぐ。

 

「……『婚約破棄』は、けして軽いものではございません。

 その事実がある限り、我が妹は何らかの理由で

 確実に殿下の不況を買ったのだと、(わたくし)

 思っております。


 ……その事実を、我がゾフィアルノ家は真摯に受け止め

 改めてここに謝罪致します。


 ……陛下──」

 


 ラディリアスさまの(すが)るようなその視線を

 振り切り、お兄さまはラサロ陛下を仰ぎ見る。

 

 陛下はゆっくりとした動作でお兄さまを見下ろされる。

 

「……陛下。

 (わたくし)たちはひとまず、屋敷にて謹慎

 致したく存じます。

 つきましては、この度の沙汰、追ってお知らせ下さい……」

 

「うむ。分かった。下がるがよい」

 陛下はふわりと微笑まれる。

 

「ありがとうございます……」

 

 お兄さまは退出の礼をし、そしてそのまま王城を後に

 したのでした。

 

 




 

 何もかもが嵐のように過ぎ去り、思考が追いつかない。


 わたくしは、引き摺られるように連れ戻される

 その道すがら、お兄さまへと言葉を掛けました。

 

「あ、あの。……お兄さま……?」

 

 どう、(つくろ)えればいいのか分からない。

 全く感情が読めないお兄さまを前に、わたくしは

 どうにかこの現状を打破しようとそのお顔を

 見上げたのです。

 

「フィリシア、上出来だ。これでいい……!」

 

「え……?」

 

 けれど意外にもお兄さまは上機嫌で、薄く微笑んで

 おられたのでした。

 

 

    挿絵(By みてみん)

 

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


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