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皇帝陛下の、お考え。

 う……。みなさまの視線が痛い……。

 

 突き刺さるような視線を受けながら

 わたくしはお兄さまと離れ、

 少しよろけながら立ち上がる。

 

 今までこの会場にいたと言うのに

 壇上で待つ皇帝陛下の元へ

 行かなければならないと思うだけで、

 会場の光までもが わたくしを

 責め立てているような、そんな錯覚を受ける。

 

 歩を進めると人の波が

 引き潮のように引いていくから面白い。


 わたくしは小さく溜め息をつくと、

 社交辞令用の微笑みを顔に浮かべ

 慌てることなくゆっくりと前へと出ました。

 

 ここで弱味など見せてはいけません。

 しっかりしなければ。

 

「ふぅ……」

 

 震えるように軽く息をつき、

 毅然(きぜん)とした態度で

 一歩一歩と前へと進む。

「……」

 

 けれどどんなに取り繕っても

 分かる人には分かるものです。


 必死に、なんでもない風を装いながらも

 体は細かく震え、心の奥底では

 ひどく怖がっているのですから

 可笑しい話ですよね?

 

 ええ。本当はとても、怖いのです。

 

 みなさまが わたくしを見るその視線が

 何本もの矢となり

 わたくしを(つらぬ)いていく。


 これから起こる断罪の時は、

 どれほど屈辱的で冷たいものなのか

 想像にかたくない。

 

 皇帝陛下やラディリアスさまだけではない。

 ここに居並ぶ貴族の方々からも、

 わたくしは罵倒や(そし)りを

 受けるはずなのですから。

 多くの非難に満ちたその視線や言葉に、

 わたくしは耐えることが出来るのでしょうか?

 

「……」

 確かに覚悟はしておりました。

 わたくしの自由を手に入れるには

 これしかないと言うことも分かっているのです。


 家族はそんなわたくしを

 支えて下さると約束してくれましたが、

 謗りを受けるのは わたくし一人では

 済まされないでしょう。

 この後どれ程の年月を、わたくしの家族は

 耐えなければいけないのでしょう?

 

 ……それを思うと、ひどく怖いのです。

 

 

「フィア」

「!」

 不意に声を掛けられ、わたくしはハッとする。


 わたくしの怯えに、ラディリアスさまは

 当然気づいておられ

 不安げな顔をわたくしへと向ける。

 それから、優しく手を添えてくださいました。

 

 わたくしは思わず、もたれ掛かるように

 その手を取る。


「ラディリアスさま……」

 

「フィア大丈夫? 済まない。

 こんな事になってしまって……」

 誰にも聞こえないくらいの小さな囁き。

 

 その囁きが、地獄に現れた一条の光のように

 私を優しく包み込む。

 ……けれど甘えてはなりません。


 わたくしは、陛下に断罪されなくては

 ならないのですもの。

 

「いいえ。……いいえ殿下。

 殿下は わたくし達のことを思って

 行動なされたのですもの。

 それをありがたく思いこそすれ、

 そのように謝って頂くようなことは

 なに1つとしてございません」


 そう呟いて手を離し、頭を下げる。

 


「フィア……」

 

 先程恐ろしい声で

 ガジール男爵を叱責した殿下は

 もうどこにもなく、

 代わりにいつもの優しい殿下が

 そこには立っておられました。

 

 不安げに、わたくしを見下ろす

 ラディリアスさま。


 けれどわたくしは、

 ラディリアスさまに呼ばれ

 ここに来たのではない。


 助けて欲しい……なんて、

 それこそ烏滸(おこ)がましい。


 これは わたくし達が

 仕組んだことなのですから

 最後まで責任を取らなくてはならないのです……!

 



「……」


 軽く呼吸を整え、わたくしは自分を叱咤する。

 ここは踏ん張り時なのです!

 絶対に粗相などあってはならないのです!

 

 確かにわたくしは、

 断罪されるべきなのでしょう。


 けれど見苦しい姿など見せられない。

 少しでも、ゾフィアルノ侯爵家の格式を

 保たねば……。


 わたくしはそんな事を思いながら

 そっとラサロ陛下の方に目を向け

 姿勢を正す。

 

 目の前の陛下は、さも面白そうに わたくしを見た。


「フィリシア嬢。今宵はまた一段と美しいな?

 我が不詳の息子が何やら迷惑を掛けたようだが

 まさか愛想を尽かした……などと

 言うことはあるまいな?」

 

 ……愛想をつかす(・・・)

 

 私は少し、目を見張る。

 陛下は何を仰られるのでしょう?


 愛想をつかすのは わたくしではなく、

 ラディリアスさまご本人。

 ……それから、陛下と皇后殿下なのですから。



「……」

 わたくしは、震えるように視線を下げる。

 

「……陛下におかれましては、

 ご健勝であられる様子。

 ご尊顔を拝することができ このフィリシア、

 この上ない幸せにございます。

 不詳ながらこのフィリシア、

 ご挨拶させていただきます」


 そう述べてドレスの裾を軽くつまみ

 緩やかに挨拶をする。

 

 そこでホッとしたような、

 安堵の溜め息が会場から溢れた。


 怯えは伝染する。

 ……逆になんでもない風を装えば、

 緊張した場も少しは穏やかになる。


 わたくしも心の中で、ゆっくり息を吐く。


 落ち着いて行動するのよフィリシア。

 緊張に、足を取られてしまわないように……。

 


 ……ひとまずこれで会場の雰囲気は、

 少しは和らげることが出来ました。

 突拍子もない事が起こると、

 人は得てして慌てるもの。


 その感情のままに自分も慌ててしまえば、

 それを見ている関係のない者までもを巻き込んで

 パニックに陥る事がある。


 焦っている時には、

 その分落ち着きを払って

 行動する方が得策というもの。

 

「……」

 けれどわたくしの心の中は、

 ハッキリ言って穏やかでも なんでもない。


 荒れ狂う嵐のように心がざわつき

 心臓の鼓動が痛いほどに胸に突き刺さる。

 

 あぁ……今ここで倒れる事が出来たら

 どんなにいいでしょう?

 

 ……けれど分かっていますわ。

 普段なんでもない時には簡単に倒れられますのに

 こういう時に限って

 なかなか倒れないものなんですよね。

 世の中って、非情そのもの。


 泣きたくなるのを必死に堪えて

 わたくしは陛下へ微笑みを返す。

 

「いいえ、陛下。

 わたくしは迷惑を掛けられた……などと

 露ほどにも思ってはおりません。

 むしろご迷惑をお掛けしたのは

 こちらの方だと恐縮しております。

 この度は、わたくしが不始末──」


「──フィア……!」

 

「!」

 突如上がったラディリアス殿下の声に、

 わたくしは声を詰まらせる。


 驚いて見上げてみれば、

 ラディリアスさまの真っ青な顔が

 そこにはあって、わたくしとバッチリ

 目が合ってしまう。


「……殿下」

 

 目が合うとラディリアスさまは

 ホッとしたように微笑まれ、

 優雅にわたくしの傍へとやって来ると

 その手を取り、支えてくれました。


 それからそっと囁かれる。

 

「その事は後で私から父上へと説明する。

 それよりも顔色がひどく悪い。

 

 ──父上、フィリシア嬢をこれ以上

 大衆の面前に晒すのは如何なものかと。

 説明なら、私が致しますので

 フィリシア嬢は別室に……」

 

「殿下……っ」

 

 思わぬ状況の変化に驚いて

 慌てて離れようとしたけれど、

 不意に与えられた人の体温がとても優しくて

 あたたかくて、

 思わず涙が溢れてくる。

 

「──……っ!」

 

 張り詰めていた緊張が一気に緩み、

 自分ではどうしようもない。


 ポロポロと溢れる涙を止めようと

 手を広げるけれど

 それはなんの意味もなさなかった。

 

「フィア……!?」

「……っ、」

 急に泣き出してしまった わたくしを見て

 殿下が不安げな声を上げる。


 その声に わたくしはハッとして

 慌ててその手を振り払う。

 

「い、いいえ、いいえ。わたくしは大丈夫です!

 ……っ、申し訳ございません。

 このようなお見苦しい所をお見せしてしまい……」

 できる限り気丈にそう答えて

 わたくしは後ろを向いて目を押さえる。

 

 けれどそんな事で涙は止まらない。

 余計、嗚咽となって溢れてくる。


 ……どうしよう。

 わたくしはこんなにも弱かったのかしら?

 

「……っ、……ひっく……」

 必死になって止めようとはするのだけれど

 それはなかなか上手くはいかない。

 

 泣きやもうと焦れば焦るほど

 変な緊張が襲いかかり

 半ば軽い過呼吸を伴って

 わたくしを襲う。


 心の中はもう、めちゃくちゃ……。

 

 泣き止め。

 泣き止むのよ……!


 ちゃんと覚悟はしていたじゃない。

 どんな事を言われたとしても、気丈に振る舞うと。


「……」

 ポロポロと零れる涙を見ながら、わたくしは思う。

 

 ……ええ、でもそう。

 これは覚悟していなかったの。

 


 わたくしは、手酷い暴言を吐かれるとばかり

 思っていたので、優しくされることに

 覚悟していなかった。


 不意に掛けられたラディリアスさまのそのお心が

 気丈に振る舞おうと頑張っていた わたくしの心を

 簡単に折ってしまった。

 なんと不甲斐ない事でしょう……。

 

 それでもわたくしは

 ここで泣く訳にはいかなかった。


 このような醜態を晒すつもりなど

 微塵もなかったというのに……っ!

「……っ、」

 

 わたくしは必死に喘ぎながら

 流れ出る涙をグッとこらえ、

 さほど大きくもない胸元を

 これでもかと言うほど掴んでみる。

 

 落ち着け……。

 落ち着くのよ。

 いつまでも泣いていたら、

 今度はお兄さまにご心配をお掛けしてしまう。

 

「フィア……」

「!」

 ラディリアスさまの気遣うような、

 そんな優しい声が真後ろからして

 わたくしはドキリとする。


 ち、近い……?


 いつの間にか、ラディリアスさまに

 抱きとめられるような形になっていて、

 わたくしは死ぬほど焦る。

 

 一度は断ったラディリアスさまの手。

 けれど諦めきれなかったのでしょう。

 その手がわたくしの後ろから

 捕まえるように伸びてくる。


 え。冗談でしょう?

 

「大丈夫じゃない。泣いている。

 ほら私の方を向いて?

 私がその涙を拭いてはダメなの……?」

「!」

 

 抱きとめられそうになって、

 わたくしは慌ててその手を躱す。


 あ、危な……危うく

 抱き締められるところでした……。

 

 そもそもおかしいでしょ?


 ラディリアスさまは、

 今々わたくしとの婚約破棄を

 宣言したばかりなのですよ?


 甘い言葉も行動も、全て不要の産物。

 それはあまりにも不自然過ぎて、

 逆に変な勘ぐりを受けてしまう。

 

「……」

 けれどオロオロと優しく呟く

 その言葉に嘘はなくて、

 わたくしは思わず甘えてしまいたくなる。

 

 ……いいえ。

 けれど、そういうわけにはいかない。

 わたくし達はもう、

 婚約者同士ではないのだから……!

 

 わたくしがそう思い、

 できる限り睨みを効かせていると

 隣に立っておられたラサロ皇帝陛下が

 含み笑いを漏らしつつ、冷たい声で言い放った。

 

「ふふ。それは当然 ダメ……だろうな?

 ラディリアス。

 理解は出来ているのか?

 お前は自分で、さきほど

 宣言したのではないのか?

 フィリシア嬢との婚約解消を……。

 お前はもう、フィリシア嬢の

 婚約者ではないのだろう?

 涙を拭うどころか、

 触れることすら出来ないのだぞ?」

 ふふんと鼻で笑いつつ、陛下はそう仰った。

 

「……っ、」

 その言葉に、

 ラディリアスさまの手が微かに跳ねる。

「そ、それは……」

 

 反論しようと口を開いてはみるけれど

 それが事実なだけに 殿下には何も言えない。

 ラディリアスさまはそのままグッと

 言葉を呑み込まれる。

 

 陛下はそれから更に会場を見回し、

 再び目を細めニヤリとお笑いになる。


 それから、そんなハズはないのに

 たった今気づいた……とばかりに

 お兄さまに声をお掛けになったのです。

 

「おぉ! ちょうど兄君の

 フィデル卿もいるではないか。

 ……こちらに来てもらって、

 妹君の涙を拭いてもらおうとしよう」

 

 ラサロ皇帝陛下はさも嬉しそうに

 そうお笑いになり、

 横目でラディリアスさまの反応を見られた。

 

「……?」

 意味ありげなその視線が気になって、

 わたくしもラディリアスさまの方を見る。


 するとラディリアスさまは眉間に皺を寄せ

 悔しげに唇を噛んだ。


 けれどそれも ほんの一瞬の出来事で

 直ぐに穏やかな表情に戻られる。

 

 え……っと、今のは……?


 見間違えかと思い(まばた)きをすると

 ポロポロとまた、涙が零れた。

「……」


 ……もしかしたら涙で滲んで

 見間違えたのかも知れません。

 

 けれどその表情に、わたくしは少し

 違和感を覚える。


 お兄さまとラディリアスさまは

 確かに信頼しきっている間柄のはずなのです。

 あのようにお兄さまを睨むようなことを

 ラディリアスさまがするはずもありません。

 きっとわたくしの見間違えに違いない。

 

 いいえ、それよりも何よりも、

 陛下が今お兄さまに掛けた

 そのお言葉の中で『こちらに』と言う

 その口調に、厳しさが含まれていたことが

 わたくしは少し気になったのです。

 

 ……もしかしたら陛下は、

 全てご存知なのかも知れない。

 知っていて、あえて

 知らないフリをしていらっしゃる……?

 

「……」

 わたくしは再び妙な違和感を覚えて

 身を強ばらせました。

 

 皇帝陛下の情報収集能力を考えてみれば

 確かに知らないはずはないのです。

 きっと、全てご存知なのに違いない。


「……っ、」

 わたくしはゴクリと喉を鳴らす。

 

 けれどそれがそうだとしても、

 何故そのような事をする必要が

 あるのでしょう? 何故、

 知らないフリ(・・・・・・)をなさる必要があるの……?


「……」

 

 いくら考えても、答えは出ない。

 帝国を束ねるほどの人物……皇帝の考えなど

 立場が違いすぎて、その思考が全く読めない。


 けれど体の奥底から来る何かが

 警鐘を鳴らすようなその感覚に

 わたくしは身震いし自分を掻き抱く。

 

 ……なに?

 いったい、なにが起こっているというの?

 

 もしかすると陛下は、

 今は優しく語りかけてはいるけれど

 わたくしたちを大衆の面前で

 手酷く断罪されるおつもりなのかしら?

 

 そ、……そうですわよね。

 きっとそうに違いない。


 それだけの事を、わたくし達はしたのですから。

 

「……」

 けれど、それだけではない

 何か釈然としないものを感じて、

 わたくしは身を強ばらせたのでした……。

 

 

 

    挿絵(By みてみん)

 

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



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