金の魔法の使い手。
大広間の扉──。
それはどう考えても、
人間が持ち上げられるような
そんな代物ではない。
あ。でもまあ、
普通の扉も確かにそうですわよね。
普通、持ち上げようなんて
思いませんから知りませんけれどね、
扉の重さなんて。
あれも結構重いものですから……。
けれどこの皇宮の扉は、それにも増して
頑丈に作られている。
ましてやこれは、大広間の巨大な扉。
誰もが簡単に運び出せるような、そんな
代物では、けしてないのです。
人の背丈の倍はゆうにある
あまりに巨大なその扉は、
先程も言いましたが、開け閉めするだけで
屈強な護衛騎士が、4人は必要だと
思われるほど頑丈で大きな扉。
その扉が弾き飛ばされたのです。
……いえ、
弾き飛ばされただけなのならまだいい。
バリバリバリバリ──!
「!?」
飛ばされたその扉は、その衝撃で、
物凄い音を立てながら、いくつかの
大きなに塊となって、砕け散る……!
「……っ、」
誰もが目を疑う。
大きなままの扉だったのなら、
落ちる場所を予測し、避けることも出来る。
けれど割れてしまったその扉は
あらぬ方向へと進路を変え、
ものすごい勢いで旋回している。
いったい何処へ落ちるのか
それすら予測がつかない──!
「う、うわあぁぁ……、
に、逃げろ……逃げるんだ……!」
しかも砕けてしまったことで
軽くなったその幾つもの破片は豹変し、
弾丸のような強靭さを持って、
色々な場所へと着弾した。
シュン──
シュン、シュン──
パリン──!
ガチャン……ガラガラガラ……
「ひっ……!」
人々の悲鳴が上がる。
破片は、小さなものから広間へ降り注ぎ、
逃げようとする人々の足を鈍らせる。
「……い、いったい何が」
ヒュンヒュンと破片が着弾してくる中、
その場にうずくまりながら、わたくしは唸る。
あの巨大な扉を弾き飛ばすなど、
おおよそ人間の仕業ではない。
おそらくこれは、魔法でこじ開けられたもの……
しかも相手は、かなりの使い手だと思うのです。
これ程の大扉を壁から引き剥がし、
吹き飛ばすなんて、
ただの人間に出来るはずがない。
……たとえ、そう
魔法を使ったとしても──。
バリバリバリ──!
「!?」
弾け飛んだのは扉だけじゃない。
開くと同時に、壁との境目をも引きちぎり、
その壁の破片ですらも、
貴族たちの頭上へと降り注ぐ!
「と、飛んでくるぞ……!」
誰もがその状況を目の当たりにし、
我が目を疑う。
ありえない事だったのです。
信じられないほどの規模を誇り、
あの大きな扉が壁もろとも宙を舞う──!
そして
落ちてくる──
「──っ!?」
誰もが戸惑い、その身を強ばらせる……!
けれど逃げる術が分からない。
いったい、どこへ逃げれば──!?
「!」
────!
────!
目の前の出来事は、明らかに有り得ない状況。
その状況の中、人々がパニックを起こし、
声にならない声を上げ
耳障りなほどの悲鳴が上がる。
扉は驚く程に飛び上がり
あっという間に広間の中央まで押し迫った!
まるでスローモーションのように
ゆっくりと流れるその情景に
わたくしは思わずハッとする。
「っ!」
あの大きな扉の残骸が落ちてくれば、大惨事!
人の身など、あっという間に
ペシャンコに押し潰した上に、
大理石で出来た床ですらも抉り
取ってしまうのに違いない……。
「……っ、」
その惨状を想像し、ザッと血の気が引く。
わたくしは手を前に出し、
咄嗟に立ち上がった……!
わたくしの……わたくしの魔法、水魔法で
扉をもっと小さく切り刻んではどうかしら?
……いいえ、それでは余計に危険。
小さくなったその扉は、
魔法を使ったその反動を利用して
先程細かくなった扉の残骸と同じように、
鋭い弾丸と化して
人々を襲うに違いないもの……。
でしたら、細かく切り刻むのではなくって、
そのまま水の抵抗で、抑え込んではどうかしら?
少しだけ水の粘度を上げて、
扉が落ちてくる勢いを殺すまで……っ!
「──っ!」
やる事を心に決めて、わたくしは
両腕を前に出し力を込めた。
──ブォン……
低い唸りをあげながら、
わたくしの手のひらに力が集まって来る。
淡く集まり始めるその魔法は『水』。
何もない場所に現れる
その『水』の純度は高くて
信じられないほどに透き通っていて
とても綺麗……。
──けれど、悠長に眺めている暇なんてない!
こう見えて わたくしは、魔力量には自信がある!
あの頑丈な扉を水で支えるのなら、
ここにいる人たちに、危害を与えないように
太く力強く……!
……確かに、
わたくしの魔力量は多いけれど、
逆にコントロールがいまいちで
もしかしたら多少の怪我人が出るかも知れない……。
「……」
そんな不安が頭をよぎる。
けれど、それでも、
扉がそのまま落ちてしまうよりかは
被害は少なくて済むはず!
「──くっ!」
わたくしは大きく息を吸い込むと
手のひらを扉へと向け、魔法を展開した。
水の粒子を含んだ、淡い銀の光が
わたくしの指示通りに
集まってくるのが分かる。
それを練り合わせ、扉とその破片とを
押し上げようと試みる。
「フィア待って──!」
突然お兄さまの声が響き渡り、
それを押しとどめる。
「──え?」
意識が乱れ、それと同時に展開していた魔法が
霧散する。
お、お兄さま……!?
ハッとして見れば、意外にもお兄さまは
ひどく落ち着いておられ
軽く頭を振るのです。
──え?
やめろと言うの……?
「……」
確かに、
準備が完全でない魔法展開は危険が伴う。
元々コントロールが苦手のこのわたくしでは、
その危険度は、更に跳ね上がる。
──けれど今は、そんな悠長なことを
言っている場合では……!
「お兄さま!? けれど──」
「……」
反論する わたくしの方からすぐに目を逸らし
お兄さまは何やら辺りを警戒し、
しきりと貴族たちのいる会場を見回した。
……いやいやいや、おにいさま?
今はお客さま方ではなく、飛んできた
あの扉を警戒すべきなのではなくって?
「……っ、」
扉が飛んできたと言うのなら、
むしろあの扉があったその向こうに
賊はいるはずなのですから……!
わたくしは、お兄さまが
こちらを見ていないことをいい事に
こっそり魔法を練り直す。
「……フィア──」
するとすぐさま
信じられないくらい低い声で
お兄さまが牽制する。
ぎらり……と緑の双眸が光った。
──うっ、怖っ……。
「っ、……け、けれど お兄さま!?」
「……ダメだフィア。分かるだろ?
余計なことをすれば、無傷で済むはずの人間も
重症を負いかねない。
ましてやお前の魔力だぞ!?
コントロールが効かない上に
並の魔力量ではないんだからな……!」
「……う」
そう言われてしまえば、何も出来ない。
わたくしは展開していた魔法を
渋々解除し、腕を下ろした。
……わたくしは皇宮のことは、
あまり良くは分からない。
そりゃ、侯爵令嬢……それから、
ラディリアスさまの幼なじみという立場上、
皇宮にはよく遊びにも来ていました。
けれどそれは所詮お遊び。
皇宮がどのようにして
特殊警護をしているか……なんて、
一介の令嬢には知る術もない。
噂によると皇宮内は、
特別な力に守られてるというのですが、
わたくしは幸か不幸か、未だかつて
その恩恵にあずかったことがありません。
──特別な力?
そんなのどこにあるの?
本当にそんなのがあるのだったら、
それは今すぐに
作動させるべきではなくって……!?
「……」
けれど、それが何なのか
わたくしには分からない。
分からないから手出しができない。
何かしらの法則があるのなら、
それに従った方がいい。
不測の事態が起こった場合のマニュアルくらい、
きっとあるはずだもの……。
「……」
わたくしの魔力量は多い。
普通の方々なら問題なくっても、
わたくしが手を出すことで
その守りの力が発揮されない……となると
それはそれで困ったことになる。
だったらわたくしは、ただただ傍観するしか
他にない……。
けれどそれは、本当にあるのでしょうか?
「……」
あるのかないのか。
はたまたそれが何であるのか、
何も分からない わたくしにとって
今の状況は、不安で不安で仕方がない。
幸いわたくし達は壁際にいて、
あの大扉がここまで到達する恐れはないみたい。
けれど他の方々は違う。
広間の中央にいる貴族たちからは、
悲鳴とも嘆きともつかないヒステリックな
叫び声がほとばしる。
──いやあぁぁあぁぁ……!
──どけ! どくんだ!
扉が……扉が落ちてくる……!!
──ええい! 邪魔だ邪魔だ!
倒れ込む者、泣き叫ぶ者。
誰かを殴り飛ばし、蹴飛ばす者。
礼儀作法などお構いなしの阿鼻叫喚。
そしてそれを、冷静に観察するお兄さま……。
……お兄さま!? まさかこの状況を
楽しんでおられたりなんか、していませんよね!?
「……」
猟奇的な趣味は
お持ちではないとは思うのですが、
お兄さまはラディリアスさまとは違って
ひどく非情なところがあるのです。
守る者のためならば、力の弱い子ウサギですら
斬るのを躊躇わない。
……そんな人なのです。
まさか、わたくしを守るために
動かないのでは……?
「……っ、」
そんな疑念すら、頭をもたげてくる。
どうしよう?
わたくしはいったい、どうしたらいいの……?
戸惑いながら辺りを見回すと、
そこはもう混乱の渦の中。
人が多すぎて
落ちてくる扉を避けることの出来ない人たちが
辺りを必死に見回し、どうにか
抜け出せないものかと右往左往している。
弱い者は簡単に押し倒され、倒れ込みながら
恐怖にその顔を引き攣らせた。
「……っ、」
どうにかあの人たちを助けたい──!
けれどどうすれば?
顔を上げ、扉のあったその奥へと目をやれば
そこは薄暗く、確かによくは
見えないのだけれども、微かに
人が蠢く気配がした。
「!」
しかもそれは、1つや2つではなくって、
結構数が多い。
いくつも見えるその影は、
無駄な動きが全くなく
洗練されているかのようにも見えた。
わたくしはハッとする。
もしかして他国からの侵略!?
「……っ、」
その可能性が、全くないわけではない。
今、執り行われているのは
皇太子ラディリアスさまの誕生祭。
3日かけて行われるこの祭典は
今日、この夜会をもって
終了する予定なのですけれども、
他国からの使者も大勢来ているこの状況下は
警護する側にとって、神経がすり減るような、
そんな緊迫した状況なのです。
誰も手を出さない……という保証はどこにもない。
いいえ、むしろ逆に、
警備が分散するこの時期だからこそ
暗殺や侵略を計画している者たちにとっては
格好の機会なのではないでしょうか?
国境付近の警護は、
他国からのお客さまを受け入れる為に
一時的に緩くなっている。
普段警護についている騎士たちも、
海外からのお客さま方を守るので忙しい。
確かに、侵略など無謀ではありますよ?
帝国の軍事力は、
生半可なものではありませんから。
けれど侵略まではいかないにしても、
たとえば暴動……それのみを
狙ってやっているのだとしたら?
「……」
各国の首脳が来られている今、
その警護が疎かであった……などと広まれば、
このヴァルキルア帝国の名折れ。
国際的に行われた
夜会での襲撃が成功したとなると、
それだけで外交間の交流には
ヒビが入るでしょうし、信用問題にも発展する。
騒ぎを起こすだけで、
それなりの成果を挙げられる者たちは
それこそ沢山いるのではないかしら?
確かに、これだけのことを
成しているのですもの。
捕えられる可能性もまた大きい。
犯人を取り逃がすほど帝国の騎士は、
無能ではありませんし、万が一
取り逃したとしてもその追跡能力も半端ない。
ですから、こんなにも大勢の貴族が集まり、
騎士たちも十分いる中でのこの犯行では、
きっと犯人達もタダでは済まされない。
実行に移した者が、例え何人いようとも
取り押さえられ、その命はほぼないはずです。
──それほど重い罪が科せられるはず。
それをものともせず、結構に及ぶ……。
となると、狙う相手は
大物のような気がします。
……ラディリアスさま?
いいえ、殿下は安全圏にいらっしゃる。
けしてその攻撃は届かない。
それでは国そのものを揺るがす為だけの
ただの暴動?
それとももっと大きなターゲットがいるのかしら?
ターゲットがいるとしたら、それは
この会場の中央にいる貴族の誰か?
けれど、そんな風には見えない。
割れた扉がどんな方向で飛んでいくか……なんて
予測は出来ないだろうし、
混乱に乗じて事に及ぶ……?
けれど権力ある者は、
すぐさま従者に守られ逃げていて、
今は安全な所にその身を隠している。
見れば名も無き貴族が残るばかり。
それを狙うためにこれだけの事をするとなると
ちょっと割に合わない。
狙いが皇帝陛下……であるわけもない。
この時間、陛下はここには
いらっしゃっていない事は、
誰もが知っている事ですもの。
……であるならば、
狙いはやはり、ラディリアスさまと見て
まず間違いないのかしら……?
「…………」
釈然としない何かが残りますが
ラディリアスさまは大切なお友だち。
失うわけにはいきません!
「お、お兄さま……っ!」
わたくしは慌ててお兄さまを見る。
早く……早く、ラディリアスさまを
お守りしなくては……!
けれどお兄さまは相変わらず、
元々あった扉の向こうや
飛んでくる扉には目もくれず、
お客さまとして来られている
貴族のご子息やご令嬢の方を見て
何やら考え込んでいるご様子でした。
「お兄さま!?」
焦れったくなり、わたくしは悲痛な声をあげ
非難がましくお兄さまを見る。
まさかのここに来て人間観察ですの!?
確かにお兄さまの人を分析する力は
優れています。けれど、何もそれを
今する事ではないでしょう!?
それよりも何よりも、優先すべきは
ラディリアスさまと
お客さま方の安全を守ること。
それと、『賊』の確保の方ではなくって!?
慌てる わたくしに、
けれどお兄さまは深く溜め息をつき
驚くほどの落ち着きを払って口を開いた。
「フィア。ここは皇帝城だ。
善良な臣下であれば、
皇帝陛下のお力によって守られている。
まぁそれでも、例外はいるが──」
などと、のんびり呟いている。
「『例外』……?」
いったい、何を仰っているの!?
そんな呑気なことを
考えている暇などありません!
万が一陛下のお力が及ばない時には
いったいどうすると言うのですか……!
「……っ!」
落ちゆく扉の下で、貴族たちが
真っ青になって魔法を展開するのが見えた。
わたくしはハッと息を呑む。
でも、それでは間に合わない……!
魔力量の多い わたくしたちならばいざ知らず
他の皆さまたちは
それほど魔力を有してはいない。
展開する魔法の速さも量も質も、
全く足りていない。
ましてや突然の出来事!
急に起こったこの状況に、
貴族の方々はひどく混乱しておられ
本来の力の半分も出せてはいない……!
見ただけで分かる。
その魔法のコントロールはあやふやで
展開された魔法陣は かなりブレている。
隣合った魔法陣同士が触れ合って
軽い火花を辺りに散らした。
あれでは余計危険……!
「いけません──!!」
わたくしは悲鳴をあげる。
このままでは扉に押しつぶされる前に
魔法陣同士での暴走が起こってしまう……!
けれどもう、間に合わない!
「っ!」
わたくしは目を閉じ、
予想される惨劇を見ないように顔を背けた。
扉は落ちる!
もう、わたくしの魔法でも間に合わない──!
──ぱりん……っ。
「っ!」
突如、何かが弾ける音がした。
見ていなくても分かる。
何かの魔法が行使された。
魔法陣の暴走なんかじゃない、
それよりももっと大きな力──。
高く軽い音が響き、空気の『色』が変わった。
優しい……そう、それはあたかも
優しい風の中に包まれたかのような
そんなホッとする不思議な感覚。
わたくしは、恐る恐る目を開く。
「!」
そこに見た光景。
軽く涼やかなその音ともに、
重く硬いはずの扉が難なく霧散する──。
「え……?」
わたくしは目を見張る。
夢を見ているのかと思った。
なんの音もしない。
衝撃も不安も何もかも
その全てを吹き飛ばし、
水を打ったような静かで穏やかな空間。
「……」
わたくしは息を呑む。
この様な魔法は、今まで見たことがない。
この世界に魔法というものが存在するけれど
それは得てして攻撃的で力強く
たった今、わたくしの目の前で
扉を霧散させたような
優しい魔法が存在するなんて、
わたくしは思ってもみなかった。
キラキラと金の粒子舞うその状況の中で
誰がこの魔法を発したのだろうと見回せば
お兄さまが溜め息をつくように
小さく くすりとお笑いになる。
「あぁ……フィア。お前は何も知らなかったのだな。
ラディリアスとは幼い頃から一緒にいただろう?
幼なじみで、元婚約者の
魔法の使い方も知らなかったのかい?」
ふふふと、お兄さまは楽しげに笑う。
その言葉は、夢のようにわたくしの周りを飛ぶ。
「……え?」
わたくしは耳でそれを聞きながら
目は魔法を行使したその人を見た。
魔法を行使した人……。
それは見れば一目瞭然。
なぜなら魔法の残滓である
金色の粒子を、今もなお
その身に立ち上らせていたから……。
「殿、下……?」
殿下はただ穏やかに手を前へと
差し伸べておられ、その手には
柔らかな金の粒子がまとわりついている。
わたくしは自分の見ている
その状況が信じられなくて、
ただただ小さく、そう呟くことしか出来なかった。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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