用意周到だった計画の破綻。
婚約破棄の理由……。
……それが、ないわけではない。
立派な理由を
わたくしたちは用意しましたもの。
わたくしたちはその理由を作るために
本当に必死になって駆けずり回ったのです……。
けれど わたくしは、その理由作りをする許可を
ラディリアスさま本人から得たわけではありません。
ですが、わたくし1人で計画したものでもありません。
国の主要人物である父の助言を得ながら
確実に婚約破棄が出来るような
そんな理由を考え
家族総出で入念に準備し
行動に移したのです。
……ですので、ラディリアスさまご自身も
この噂を耳にすれば、きっと嫌悪感を露わにし
この わたくしを再び婚約者に……などとはもう
考えないはずなのです。
いえ、そんな風に思うどころか
これは明らかな反逆行為。
重大な罰が科せられても おかしくはないのです。
わたくし達を庇う……などという行為すら
おろかしいことなのですから。
謹慎処分?
それとも領地没収?
はたまた降格処分?
いえいえ国外追放……という状況に発展しても
十分頷けますし、それを受ける覚悟が
わたくし達にはあるのです。
そのくらい この婚約は
破棄せねばならないものなのですから……!
わたくし達が、徹底的に作り上げたその
『婚約破棄の理由』は
それほど衝撃的なものでした。
きっと他のご令嬢であれば、実行に移す……
なんてことは、きっと出来ないに違いありません。
それほどの理由を、わざわざ わたくし達は
作り上げたといいますのに、それなのに何故
ラディリアスさまは、その噂を耳にしてもなお
婚約解消などと言う
柔らかい言葉で済ませようとされるのでしょう?
しかも理由なし……など
到底正気の沙汰とは思えません。
わたくしやお兄さま……それから
ゾフィアルノ家の信頼のおける友人
知人たちに協力を求め
この計画は用意周到に進められました。
そう──。
さも わたくしが、
淫らな女性であるかのように……!
そして噂がどこまでも拡がるように
わたくしは様々な男性と
逢瀬を重ねたのですから。
皇太子の妃になる……という
誉れ高い地位にありながら
この醜態は、けして見逃されることはありません。
他のどのような理由で婚約破棄されるよりも
この理由の方が決定的で
重い罪になるのだと わたくしは思うのです。
ですから わたくしたちは
この不実の罪を理由づけとして選び、
婚約破棄を心置きなく
そして、罪悪感なしにして頂こうと思ったのです。
計画は完璧でした。
家族総出で……しかも友人知人も
参加しての計画ですもの。
完璧でないわけはありませんよね?
当然、そんな素振りを見せるだけ……
なんてことは絶対にダメです。
ちゃんと目撃者がいないといけません。
けれどそれは、
多くの人が目撃してしまっては
ダメなのです。
誰彼構わず目撃してしまうと
それはそれで、わざとらしくなりますからね?
真実味に欠けるようなことはしてはなりません。
最もらしく狡猾に。
婚約破棄を確実にするには
これくらいの事をしなくては
周りが納得しないでしょう。
ですからこれは、
隠れるようにコソコソと……そして
数人の目撃者がいるように……しかも
その目撃者たる人たちの人選も
手抜かりなく行ったのです。
目撃者になる人物には、
我がゾフィアルノ侯爵や皇太子を
忌み嫌っている人たちを厳選し
噂に 尾ひれはひれを美しく付けてくれるような
そんな方々をリストアップしてから
ことを推し進めたのです。
……結構、骨が折れたのですよ?
だって、リストアップされた方々が
確実に現場を目撃してくれないと
話になりませんから。
ですから、この計画は、
その方々の日々の行動を調べ尽くし
実行に及ぶというほどの入念さ。
どれだけの人間と時間を弄したことか。
これには自分の自由な未来が
掛かっていますからね?
当然わたくしは、これ以上ないほど
とても頑張りました!
未だかつてない頑張りです!
自分で自分を褒めたいくらいなのです!!
そして、この件においての後始末は
とても重要です。
だって必ず
『断罪される』ことが決まっていますもの。
ですから、
それなりに腹を括る必要が出てくるのです。
……それは当事者であるわたくしだけではなく、
わたくしの家族……ゾフィアルノ侯爵家が
等しく負わねばなりません……。
ですから、わたくしの家族も わたくし同様に
覚悟を決めているのです。
このヴァルキルア帝国を捨て
新天地を探す準備までしているのですから!
「……」
……まぁ、でもあれですよ?
『新天地を探す』くらいの覚悟があるのならば
もういっそのこと
本当のことを打ち明けてしまえばいいのに、
……とも思うのです。
わたくし達がこの婚約を破棄したい、本当の理由……。
けれど、その秘密を知らなかったとは言え、
一時は『婚約者』であった
ラディリアスさまの事も慮っての
行動ではあるので、
わたくしの勝手な思い込みだけで
『秘密をばらす』……などという事は出来ないのです。
何が暴動の引き金になるのか分からない。
だったら わたくし達がその罪を背負い
この帝国から姿を消すことが
1番良いことなのだと
そんな結論に達したのでした。
それなのにラディリアスさまときたら、
わたくし達が散々苦労して作り上げた
その婚約破棄に最適な理由を
なかったかのように振る舞われるなんて……。
「……っ、」
わたくしは悔しさのあまり、思わず指を噛む。
……もちろん わたくしだって
実際に浮気をしたわけではありませんよ?
第一そんなこと、わたくしに出来るはずがないもの。
ただ、……噂好きの貴族たちの事。
その醜聞は皇太子のみならず
この婚約を取り決めた皇帝陛下のお耳にも、
当然届いているはずだと思うのです。
あれほどの情報網を
お持ちになっておられる皇帝陛下ですもの……
ご存知ないはずはありません。
けれどその皇帝陛下が
未だに沈黙を決め込んでおられる……。
それはどういう事なのかしら?
「……」
それが少し不気味なのではあるのですが
このような噂が流れ、今こうして
皇太子の誕生の宴の席で
改めて婚約破棄の宣言を行ったのですもの。
いくら皇帝陛下であっても
それを覆すことは
難しいと思われるのです。
様々な思惑が交差する、この婚約破棄。
けれど わたくしたちは
ここで断罪されなければならないのです。
『婚約破棄』を完璧なものにする為に……!
……もちろん、罪悪感が全くないわけでもない。
確かにこの婚約破棄の計画は
当初、ラディリアス殿下の希望から始まり
仕組んだものではあります。
けれど、
仮にも殿下の婚約者としての地位を得ながら
他の男性と淫欲に耽ったとされる
この噂は、わたくしにとっても
はたまたゾフィアルノ侯爵家にとっても
ひどい汚点になる。
当然皇太子であるラディリアスさまの面目も
潰してしまうような
そんな事柄だということは、重々承知しております。
自分の自由の為に、周りを犠牲にする……。
それはひどく、心の痛む状況でもありました。
──自分の自由と、家族の犠牲。
本当は、何もかも黙って
素直に嫁いだ方が良いのではないかしら……?
「……」
そう思ったことがない……わけではありません。
ですがその度に
わたくしはその思いを打ち消してきました。
いいえいいえ、絶対にそのようなこと
あるはずがありません!
嫁げば、更なる汚点が
待ち受けているハズなのですから!!
「……」
わたくしはその事を想像し
青くなりながらゴクリと唾を飲み込む。
これは『わたくしの自由』……
それだけの問題では済まないのです。
これは、ゾフィアルノ侯爵家の誇りも
掛かっているのです。
引いては皇家のため。帝国民のためなのです!
絶対に、……絶対にここは
折れるわけにはいきませんし
弱気になっては ならないのです……!
「……」
……結局のところ、どちらに転んでも汚点は残る。
一番傷が浅い選択肢が
『婚約破棄』であったというだけのことなのです。
ですから わたくしの選択も
行動も間違ってはいない……。
間違っては、いないはずなのです……!
けれどそれでも、お父さまやお兄さまに
ご迷惑をお掛けすることには変わりはない。
それを思うと……わたくしの胸は
今にも張り裂けそうで
目の前がチカチカと光り
倒れそうなほどの目眩がし始める。
あぁ……これって、貧血前の……。
「フィア……」
「! ……お、お兄さま」
お兄さまは そんなわたくしに
すぐに気づかれ、声を掛けながら支えて下さる……。
お兄さまも わたくしと同じように
倒れてしまいたいはずなのに……。
わたくしはお兄さまにしがみつき
ぎゅっと目をつぶる。
──けして、悪いようにはしない。
ラディリアス殿下は そう仰られましたが
殿下にどこまでのことが
出来ると言うのでしょう?
殿下が皇帝陛下となるその日には
もしかすれば
名誉も挽回出来るかも知れません。
けれど、それまではこの汚名にまみれる生活に
耐え忍んでゆかねばなりません。
それを思うと、目の前が真っ暗になるのです。
どのような罪になるのか……もしかしたら
最悪、死罪を言い渡されるかもしれない。
その時は──。
「……」
そこまで考えて、わたくしは首を振る。
……いいえ。だからこその新天地。
逃げる国など既に見つけているのですから
恐れるものは何もない。
けれど出来ることなら
そうならないようにと、願わずにはいられない。
わたくしは大きく息を吸い込み
切実な想いを抱え、
殿下と……それから殿下に相対する
目の前の男爵を見たのでした。