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優しい声。

 会場は、少しのざわめきを残し、

 次第に静かになる。


 場の状況に合わせ、楽団の音楽が

 そのボリュームを絞っていき

 遂には音は完全に消えてしまう。


 不自然な止め方をしないのは

 さすが宮廷楽士とでも言いましょうか?


 楽器を脇によせ、

 楽士たちも、ラディリアスさまの言葉に

 耳を傾け始める──。

 

 わたくしは覚悟を決め

 ラディリアス皇太子殿下を仰ぎ見ました。

 

 ラディリアスさまは会場に(しつら)えた

 前方の少し高い壇上に立っておられます。


 皇族の定位置……とでも言いますでしょうか……。

 いつもならそこに、他の皇族の方々や

 各国の重鎮たちが座ることになっています。


 威厳に満ちたその空間。


 けれど、そうは言っても、今回は

 ラディリアスさまとその護衛の方々が

 傍に数人控えているだけで、

 皇帝陛下がいらっしゃっている時ほどの

 物々しさはありません。


 その事を見れば、今回の夜会は、それほど重要な

 催しではない……ということが分かります。

 


 そして、その目の前には大広間。


 多くの貴族たちが談笑し、

 宮廷楽団の演奏に合わせダンスを踊ったり

 食事をしたりする場になっています。


 大広間は

 恐ろしいほど高い吹き抜けになっていて

 わたくしたちが入場してきた

 幅の広の螺旋階段が

 よく見渡せるようになっているのです。


 今、その螺旋階段には

 要所要所に護衛騎士が立ち並び、

 入場する貴族たちをサポートしたり

 会場を見守っていたりしています。


 迎賓の間でもあるこの会場は

 一際豪奢(ごうしゃ)な造りになっていて、

 訪れる者の目を楽しませてくれる。


 重厚な装飾を施したその階段は

 皇宮にあるどの階段よりも

 大きさと煌びやかさを誇ると言うから

 その規模の程が窺える。

 

 夜会に招かれた招待客は、必ずここを通り

 会場である広間へと降り立つのです。


 階段の上部には

 大きな扉が備え付けられていて

 多くのお客さま方が入場する際には

 大きく開け放たれるのですが、

 今は重く閉ざされている。


 遅れて来られた方々を

 お通しする為に開くことはあっても、

 防犯上 開けっ放し……と言うことは

 けしてありません。

 

 帝国内外からの主要人物も、

 余興のために臨席する、この夜会。


 そのお客さま方を守る意味合いもある、この扉は

 屈強な護衛騎士4人がかりで開け閉めする

 と言うのですから、その堅固さは推して測るべし。

 相当のものなのだと思います。

 

 そしてその扉から入る際、

 わたくし達の名が、皇家の執事の方から

 声高に紹介される決まりとなっているのです。


 ……それがまた少し気恥しいのですが、

 それがあるからこそ、このわたくしも

 多くの貴族の方々の あの長たらしい名前を

 覚えられるのです。

 有難いと思わなくてはいけませんね……。

 

 そして紹介を受け、

 最初に足を踏み入れるのがこの大広間。


 実はこの広間、微妙に奥が広い形に

 設計されているそうで、

 螺旋階段から見て感じる広さと

 実際の広さは異なるのだそう。

 

 階段から見れば、

 一見狭い感じを受ける広間なのですが、

 実際は驚く程に広くて

 万が一奇襲を仕掛けられたとしても

 その奥に控える皇族並びに他国の重鎮たちには

 攻撃が届くことはなく、無事に逃げおおせる……と、

 そんな造りになっているのだそうです。


 よく考えられていますよね?


 

 ……まあ言うなれば、

 一般客である わたくし達貴族は、

 非常時ともなれば

 おとり(・・・)になるわけです。

 ちょっと複雑な気分です。

 

 要は、

 ラディリアスさまがいらっしゃるその場所が

 一番安全で、全ての出席者を見渡せる位置……

 ということになります。

 

 一段高くなっているその場所には、

 今は他の皇族の方々はいらっしゃらない。


 誕生祭3日目の、お遊びのような夜会。

 当然と言えば、当然なのかも知れませんが、

 だからこそ、ここで一番の権力を持つ

 ラディリアスさまが、この夜会場の

(あるじ)』となるのです。


 ……けれどそれも、寂しいものですよね?

 皇家の若者がラディリアス様しかいないとか。


 ラディリアスさまにはご兄弟はおられないし

 同じ皇族と言えば現皇帝の弟の

 ネル・フレデリック・ド・プラウリスさま

 くらいでしょうか?


 いや、もう……ホント、名前長すぎ。

 

 けれどその皇弟殿下は、

 ラディリアスさまとはあまり

 仲が良くないと言われますので、

 このような場に来るわけもない。


 他にも遠い親戚の方々がいらっしゃるようですが

 余程のことがない限り、

 国境付近の御領地からは

 お出にならないとのお話でした。

 

 半ば引退されたと言っても、

 過言では無い公爵家の方々。


 さすがにお父さまほどの立場になれば

 お会いする機会もあるかも知れませんが、

 一介の侯爵令嬢である わたくしごときが

 お会い出来るような方々ではございません。


 内々のお祝いではご出席なされた……

 とは聞きましたが、さすがに夜会には

 お見えにはなりません。

 

 ですから今、その壇上には

 ラディリアスさまお一人だけが

 お立ちになっていて、静かに周りを

 見回していたのでした。


 無駄話する者など、すでに誰もいない。


 煌びかな夜会会場。

 ラディリアスさまのお誕生日を

 言祝(ことほ)ぐ会だというのに、

 けれど何故か、とても暗い表情の

 ラディリアスさまにその場にいた誰もが、

 微かな不安を覚えたのでした。


 そのお顔には陰りが見え、

 悲しげに瞳が揺れる──。

 



「……っ、」

 わたくしは息を呑む。


 今度は間違いなく

 ラディリアスさまと目が合ったのです。

 

 目が合うとラディリアスさまは一瞬

 泣き出しそうな顔をされ、

 すぐさまフッと優しく微笑んで下さる。


 まるで『心配ない』……とでも言うかのように。

 

 けれどその目には、憂いの色が濃く現れていて

 わたくしの心はズキリ……と傷んだ。


『心配ない』と言うその瞳の優しさが

 今のわたくしには、鋭い刃となって

 胸に突き刺さる。

 

 ……っ、せめて。

 せめてせめて! わたくしを

 悪く言って下さればいい!!

 

 お前など嫌いだ! 消え失せろっ! と

 断罪してくれさえすれば、

 わたくしの心は救われる。


 そうしてくだされば

 このような罪悪感に(さいな)まれることなど

 なかったでしょう。

 

「……」

 わたくしは顔を伏せ、

 ドレスの胸元をギュッと掴む。


 ……けれどラディリアスさまは

 そのような事は言わないのに違いない。


 とても優しい人ですもの。

 ご自分を(おとし)め他を救うような

 そんな人。


 けれどそれは、次期皇帝となる彼にとって

 本当にいい事なのでしょうか?

 その優しさが、いずれ、

 ご自分の首を締めることになるかも

 知れないと言うのに……。


 

「……」

 わたくしは目を(つぶ)る。

 そして、祈るようにその言葉を待った。


 どうか、……どうか手厳しく

 断罪して下さいますように。


 ──時として非情になる……。


 それは上に立つ人間にとっては、

 なくてはならない、必要な『力』なのですから。

 

 

 ラディリアスさまが、震えるように

 息を吸ったのが聞こえました。

 わたくしはグッと、眉間に力を入れる。

 

 それに合わせるかのように

 会場はしん……と静まり返り、

 もう、音楽も話し声もしない。



 耳が痛くなるような静寂──。

 



 そしてその静かな会場の中で、ゆっくりと

 ラディリアス・フィル・ド・プラテリス

 皇太子殿下の声が響き渡ったのです。

 

 

 その声は少し、震えているけれど

 いつものように低く落ち着いた

 

 よく響く『優しい声』、

 

 だったのでした……。

 

 

    挿絵(By みてみん)

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


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