あたたかい、大きな手。
「──!」
突然ザワザワザワ……と辺りが騒がしくなり、
わたくし達はハッとして、前方に目を向けました。
見れば、わたくし達の話題の渦中の人……
ラディリアスさまが
いつの間にかそこに立ち上がっておられ、
前の方へと歩いて来られるのが見えたのです。
「……!」
わたくし達はそれを見て、慌てて
居住まいを正しました。
おそらく、何らかのお話があるのでしょう。
その場に居合わせた方たちが
一斉にラディリアスさまの方を仰ぎ見る。
ラディリアスさまのお顔の色は、ひどく悪くて
今にも倒れてしまいそう……。
わたくしはそれを見て、思わず後ずさってしまう。
急に、恐ろしくなってしまったのです。
……あんなに、ワクワクしていましたのに。
それなのに、いざ目の前で
わたくしの罪が暴かれるのだと思うと、
どうしても尻込みしてしまう。
「……」
お兄さまは、そんなわたくしの怯えを
すぐさま察知し、わたくしのその手を
ギュッと握りしめてくれました。
──異様に温かい、お兄さまの手。
それはひとえに、わたくしの手が
必要以上に、冷たいということに他ならない……。
今まさに起ころうとしている、
わたくしの断罪の刻。
それを思うと恐ろしくて、気丈に振舞おうと
思ってはいても、身体中の血液が
音を立てて引いていく。
「フィア……」
「……お兄さま、どうしよう。
気持ちが、悪……」
うぷっと口元を押さえながら
わたくしがそう呟くと、
お兄さまは真っ青になりながら
わたくしの顔を覗き込んでくる。
「フィア……っ。席を外すか?
俺がここにいれば、どうにか体裁は保て──」
「──いいえ!」
わたくしは首を振る。
この場にわたくしがいなくて、何とするのです。
断罪されるのはこの わたくし。
たとえお兄さまがいたとしても
なんの意味もなさない。
ラディリアスさまとの婚約を破棄するのは
紛れもなく、このわたくしなのですから……!
「わたくしは、……わたくしは ここにいます……!
お兄さまだって、ご存知でしょう?
わたくしがどれほどこの日を心待ちにしていたのか……」
絞り出すように わたくしはそう言って、
お兄さまにもたれ掛かる。
口では強い事を言っている わたくしですけれども、
極度の緊張で、ひどい胸焼けを起こし、
気持ちが悪いことには変わりはない。
けれどこれは、一時の事。
心が落ち着きさえすれば
きっとすぐに、治るに違いないのですから。
「……フィア!」
「──見届けなければ心配なのです。
だってほら
ラディリアスさまの様子がおかしいもの。
お兄さまだって、そう感じて
いらっしゃるのでしょう?
先程からわたくしの事を気にかけるなんて
絶対に何かある……。
お兄さま。わたくしは必ず、
この婚約をなかった事にしてみせます。
ですから、わたくしをここから追い出すことなど
なさりませぬように……」
そう言って、ギュッとお兄さまの手を握り返す。
繋いだお兄さまのその手は
とても あたたかで大きくて、
それで幾分わたくしの心が安らいでいく。
わたくしは、この手に守られている。
だから頑張れる!
自分の思いを改めて口にすると
そこから力が湧いてくる。
そう!
わたくしは絶対に、
この婚約を破棄してみせるんだから……!
大きく息を吸い込み、わたくしは口を開く。
そしてお兄さまに微笑み掛けながら
囁くように言葉を続ける──。
──「……大丈夫。
少し、動揺しただけだから」
思っていた以上に低い声が出て、
お兄さまは眉をひそめた。
そう。
少し、……動揺しただけ。
けれどもう、平気だから。
「……」
囁く わたくしのその言葉に
お兄さまは未だ不安な様子をお見せになり、
労るように
わたくしの方へと、そっと手を伸ばす──。
抱き寄せようとするかのようなその手を拒んで、
わたくしは1人、ラディリアスさまの方へと
目を向けたのです。
「……フィア」
すると、諦めたかのような溜め息が
お兄さまから漏れ、静かな言葉が降ってくる。
「……分かった。でも、無理はするな。
俺がいるって事、絶対に忘れるなよ……?」
念を押すようなその言葉に、わたくしは頷く。
「はい……。
もちろんです」
わたくしはキッと前方を向くと、
覚悟を決めました。
「……いよいよだ」
ゴクリ……と唾を飲み込む音が
お兄さまの喉を震わせた。
そう──。
いよいよなのです!
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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