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箒と子ウサギ

 天気がいいと思わずあくびが出てしまう。

心地よい春の日差しと柔らかな風が広い校庭を包み込む。時折太陽に雲がかかり、小さな日影に入るのも涼しく心地よい。

遠くまで広がる芝生と、大きなミモザの木は春になると迫力が増す。ミモザが木を、地面はたんぽぽが地面を鮮やかに彩り春の訪れを告げる。


 ミリセントはこの光景が大好きだ。

片手に箒を持ち、日差しの温もりにうっとりと目を瞑る。校庭に集められた多くの生徒も、それぞれ春を感じているようだ。


(あったかくて眠くなっちゃうんだよねぇ…。)


 昨晩急かされるように眠りにつき、十分な睡眠時間を取ったがそれでもなお眠い。許されるなら24時間眠りたい。


 目を瞑っているうちにうとうとと船を漕ぎ、バレなきゃいいか、と立ったまま睡魔に身を任せようとした時聞き覚えのある声がすぐそばから聞こえた。


「あれ…スコーピオン?」


「んー…?あ、ルーク…。」


 基本魔法学の後に声をかけてきた青年、ルーク・ブランシュトがそこに立っていた。軽く手を振りミリセントに小走りで駆け寄る。以前の世界では下の名前で呼び合っていたので、なんだかむずむずとした違和感があった。


「君もこっちのクラスだったんだね。」


「ま、箒の扱いだけは得意だから!」


 誇らしげに胸を張ると、ルークは応えるように笑った。


 飛行術の授業では主に箒を使った飛行について、また箒を使ったスポーツについて習う。

入学前に行われる適性検査で3つのクラスに分けられ、ミリセントは上のAクラス、飛行術が苦手なシャルルはCクラスに分けられた。


 魔法をまともに使うのは苦手だが、何も考えずに箒を操るだけなのでミリセントは飛行術だけは得意だった。


「Aクラスに女子って珍しいからさぁ、誰かなーと思って。」


「まあ、数人しかいないしね…。」


 その言葉にあたりを見渡す。視界に映る限り、男子生徒がほとんどの割合を占めており、ちらほらと2、3名の女子がいるだけだった。


 ふと、上空で箒を操る生徒も女子だということに気がつく。


 初回の授業ということもあり、今回は一人ずつどれだけ飛行術ができるのか、という確認程度の飛行しか行わない。


(あの子、見覚えある子だ…。)


 滑空するその女子生徒は、遠目でもわかる容姿をしていた。

長い金髪を一つに括り、異彩を放つ赤色の目。

過去に何度か見たことはあったが、結局一言も交わさなかった生徒だ。


(そういえば最初の授業でめっちゃ飛んでた子だったっけ…後で声かけてみようかな…。)


 随分と高いところまで飛んでいるその姿になんとなく見覚えがあった。そのあと箒から落ちてたっけ…と、呑気に眺めてから違和感を覚える。


(あれ、箒から落ちる…?)


 この後起こりうる未来が脳裏をよぎった時、横に立っていたルークが口を開く。


「ねぇ、あの子ちょっとやばくない?」


 言われてよくみると、少女は滑空しているのではなく暴れる箒に振り回されているだけのようだ。振り落とされないよう箒にしがみついている。ウサギの様な愛嬌のある顔は焦りで歪んでいた。

 その姿がはっきり確認できた瞬間、ミリセントの背筋に寒気が走った。芯から凍えてしまうような、息が詰まるような感覚がミリセントの左目に走った。


(シャルルと学校探検へ行った時に感じたのと同じ感覚…!)


 左目を眼帯越しに抑え、振り回される少女を止めようとする。

 咄嗟に鎮静の魔法をかけようとしたが、飛行術の授業では杖を使わないため手元には箒しかなかった。

 あいにく教師は他の生徒の相手をしているようで見当たらない。やたら広い校庭が急に不便に感じた。気付いている生徒は何人かいるようだが、最初の授業で人を助けられるほど箒の扱いに自信のある生徒はいないようだ。


(飛ばずに待っていろ、って言われてたけど…。)


 疑問に思うところはあったが、彼女が危険な状況に置かれていることに違いはない。

あの高さから落ちたら怪我では済まされないだろう。


「ちょっと私行ってくる。」


「え、先生呼んだほうが…。」


「多分間に合わない!」


 そう言うや否や地面を蹴り箒に跨る。

身を屈め、両手で強く柄を握り思いっきり上方に引き上げる。激しい風にホワイトブロンドの髪が頰を打つ。

地面スレスレを飛んでいた箒は方向を変え地面から垂直に昇る。

 ミリセントが少女に近付いた時、少女はバランスを崩し箒から振り落とされた。小さな悲鳴が聞こえたかと思うと地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。

 刹那箒を上下反転させ、ミリセントは逆さまになった状態で手を伸ばし少女のローブを掴む。ミリセントに掴まれたまま、宙ぶらりんの状態でこちらを見つめ唇を震わせていた。


 間一髪で止められたようだ。安堵し緩やかに地面に降り立つ。少女の足が地面についたのを確認し手を離すと、そのまま崩れ落ちるように膝をついた。所在なく宙を漂っていた少女の箒は、ぴたりと動きを止めるとそのまま落下した。

 気がつけば、凍えるような寒気はどこかへ消えていた。


 次いで箒から降り、その横に立つ。


「大丈夫?」


 少女に声をかけると、彼女はこちらを振り向く。両目に涙を溜め、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 どこか怪我をしたのかと尋ねようとすると、突然少女が抱きついてきた。


「わっ。」


「うわああぁぁあん!死んだかと思ったあぁぁ…」


 緊張の糸が切れたのか、ミリセントを強く抱きしめたままわんわんと泣き出す。

焦ったように教師が駆け寄り、周囲で一連の出来事を見守っていた生徒たちが遅れて駆け寄ってきた。







 流れるように少女は医務室へと連れていかれ、事態が収まるまでしばらく時間がかかった。

 飛行術の教師、ニコ・クロストフが話を聞き終えようやく騒ぎがひと段落ついたのは授業も終わりかけの頃だった。


「勝手なことをしたのは悪かったと思ってます…でも落ちたら危なかったので…。」


 しゅんと肩を落とし、クロストフが口を開くのを待つ。

黙って話を聞き、相槌を打ちながらミリセントの話が終わるまで遮らず聞いてくれたことを嬉しく思った。

猫のような瞳に同じ茶色の髪が陽の光を浴びて明るく見える。太陽を思わせる暖かい笑顔が印象的な好青年だが、今は表情を曇らせていた。


 3年間飛行術で世話になった教師であり、ミリセントが箒をうまく乗りこなせるようになったのは彼のおかげだ。それだけに、面倒ごとを起こし困らせてしまったことがミリセントを責めた。


「…最初の授業だから、一応地面に魔法はかけてたんだ。緩衝の魔法を。」


 言われてから前の世界で少女が落ちた時、特に大ごとにならなかった理由がようやくわかった。

 その事実に、ミリセントは余計に落ち込んだ。


「でも、級友を助けようと動いた君は本当に素晴らしいと思うよ。あの場で動けたのは君だけだったんだから。」


「クロストフ先生…。」


「だから、今回のことはこれ以上問わない。魔法のこと言わなかった俺も悪かったし、ごめん。」


 そう言うとにこりと笑った。その笑顔はやはり、春の日差しを思わせる暖かいものだった。


「今日の授業はこれで終わり!気をつけて帰るように!」


 その言葉が伝わると、次第に生徒は学校内へと戻っていった。


(私も帰ろう…。)


 暗い気持ちを拭いきれないまま、箒を手に取り校内へと向かう。

 突如背後から強い衝撃を受けた。完全に油断していたミリセントはなすすべもなくもろに食らった。


「ぐえっっ」


 情けない声を上げながら前のめりに倒れ込みそうになり、肩に手が回されていることに気がついた。

 顔を向けると、なにやら嬉しそうに笑うルークが立っていた。彼がミリセントに突撃してきたようだ。


「めっちゃかっこよかったじゃん!!」


「ルーク!びっくりさせないでよ!」


 驚きながらもう、と向き直ると彼はすぐさまミリセントから離れた。少し距離感がおかしいのは昔からのようだ。

 笑いながら軽く謝罪をすると、ミリセントの横に並んで歩き始めた。


「本当にかっこよかったんだって。まさか飛び出してくとは思わなかったよ。」


「でも私がいかなくても助かってたし…。」


「助かってたかどうかじゃなくて、助けようとしたかが大事なんじゃない?」


 俺とか動けなかったし、と付けたし、恥ずかしそうに頰をかいた。


 何かがすとんと落ちた気がした。


「そう…かな。」


「そうだよ。基本魔法学に引き続き、なんかスコーピオンってすごい人だったり?」


 冗談めかして笑う彼に、昔の面影を感じる。いつも陽気で誰にでも優しい。そんな彼に憧れを持っていた。


「ミリセント。」


「?」


「名前、ミリセントでいいよ。」


 わたしだけ名前呼びって変だし、と付け足す。

 一瞬ぽかんとしていたが、すぐににやりと笑った。


「じゃあミリセントで。改めてよろしくね。」


 そう言いながら拳を突き出す。一瞬遅れてミリセントが拳を突き合わせた。


 にゃはは、と笑うルークに懐かしさを覚える。

校内に入るまでくだらない話をし、笑い合う。長いはずの移動時間は、あっという間に過ぎ去っていった。


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