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やるべきこと

「待てよ最下位女。」


 女子寮へ戻ろうとしたその時、背後から聞き覚えのある声が投げかけられた。

不穏なセリフと声に、ミリセントはすぐそれが誰であるか理解した。


(何も聞こえない…何も聞こえない…。)


「おい!無視するな!」


 聞こえなかったふりをして通過しようとすると、再度怒声が飛んでくる。どうやら無視できないようだ。

 諦めて振り返ると予想通り、そこに立っていたのはイヴァンとその取り巻きだった。

彼はその深い青色の瞳に苛立ちを滲ませこちらを睨んでおり、取り巻きの生徒たちは下卑た笑いを浮かべていた。


「あー、なに?急いでるんだけど。」


「さっきの授業。やたらと目立ってたじゃないか。」


「あれねー、そういう時もあるよねー。」


 やっぱりか、と心の中で思いつつ早く終わることを願った。

再び飛んでくるであろう怒声を待っていると、口を開いたのはイヴァンではなくその取り巻きたちだった。


「はっきり言ってさ、目障りなんだよ。」


「最下位は最下位らしく黙ってればいいのになぁ?」


 何やら長々と都合の良い文句を並べ、ぎゃははと品のない笑い声をあげる。


「ソウダネー。」


 うんうんと聞き流しながら適当な返事をする。どうやらイヴァンの心は満たされたらしい。満足気に笑みを浮かべた。


「いいか?忘れるな。一番を…」


「一番を取るのは俺だ、って?」


 ミリセントが口を挟むと、自信に満ちた笑みはすぐにくしゃりと歪んだ。

言われっぱなしでも良かったのだが、自尊心が高い子犬をからかってやりたい気持ちが沸々と湧いてきた。

イヴァンの方へ歩み寄り、にこりと笑いかける。


「最下位女がいいこと教えてあげる。それ、負け犬の遠吠えって言うんだよ。」


「!お…まえッ!!!」


 案の定噛みつきそうな勢いで飛び掛かってきたのでひらりと身をかわす。


 流れるように女子寮へ戻り視線だけ彼等の方へ向けると、行き場を無くした怒りを持ったまま、こちらを睨み続けていた。


「女子寮の中まで追いかけてこないでね!」


 じゃあ、と手をひらひら振り、その場を後にした。








「って、そんなのんびり授業受けてる場合じゃないの!!」


 夕食をとり、一足先に部屋に戻ったミリセントは不満をステルラフィアにぶつける。影から体を出し、窓枠に止まり心地良さそうに夜風に当たっていた。どうやら人前では彼はでてこないらしい。

吼えるミリセントを呆れたように一瞥すると、見もせず口を開く。


「大声出さないでよぉ。仕方ないじゃん、君はただの学生で、僕はただの魔獣なんだから。」


「わかってるって!でも3年後にはまたあいつらが来ちゃうんだって!のんびりしてる場合じゃなくない!?」


「そんなこと言われても僕昼寝てるし…。僕より君の方が事情知ってるんでしょ?なんか考えつかないのぉ?」


「考えつきそうな頭してると思う!?」


 ステルラフィアはだめだこりゃ、と一言残し、会話を放棄して毛繕いし始めた。



 当のミリセントも、思い当たる節がない。がっくりと肩を落とし、机に突っ伏す。頭を使う仕事はどうしても苦手だ。


「思ったんだけど、周りとかもっと上の魔法使いに事情説明して協力して貰えば?」


「無理だって。私が禁止魔法使ったって思われるし…。」


「禁止魔法?」


 ステルラフィアは首を傾げ、ふわりと窓枠から机に置かれているスタンドライトまで滑空する。

その様子を見て、ミリセントは合点した。


「時間の魔法。禁止魔法って言われてるけど魔星図は厳重に保管されてるらしくて一部の偉い人しか場所とか知らないらしいし。詳しいことはわかんないけど、とにかく禁止なんだって。」


「ふーん?」


「使ったって思われたら、私が魔星図盗んでしかも使ったって思われるじゃん!盗めるわけないけど!重罪だし。ってわけだから、人には言えないの!」


 ステルラフィアは未だ納得がいかないようだ。今度は反対側に首を傾けると再び口を開く。


「じゃあ君はどうやって3年前の今に戻ってきたの?君が使ったんじゃないの?」


「わかんないよ…気付いたら戻ってたし…。」


 ミリセントはため息をついて頭を抱える。一度思案し、でも、と言葉を続けた。


「あの時やり直せたらって、強く思った。魔法は使ってないはずだけど…よくわかんない…。」


「ふーん…。」


 自分で言っておいて、次第に自信をなくしていった。魔星図は知らないし、条件も知らない。

何も知らないうちに、魔法を放ってしまったのだろうか。


 しばらくの間、二人の間に沈黙と気まずい空気が流れる。カチコチとやたら壁掛け時計の音がうるさく聞こえる。

 先に沈黙を破ったのはステルラフィアだった。


「それで、なんか収穫なかったの?」


「ない…なんも…。」


 ミリセントは机に突っ伏したまま低い声で返事をする。


「あ、そう…。」


 再び気まずい空気が流れ出した。

 諦めて影の中に戻ろうかとステルラフィアが考え始めた時、ミリセントが跳ね起きた。

 ホワイトブロンドの髪が遅れて大きく跳ねる。


「あった!友達できたよ!」


「なんだそんなことか…。」


 一瞬期待したがすぐにため息をつきそっぽ向く。もう、とミリセントは頬を膨らませた。


「あのね、私にとっては重要なの!」


「僕にとっては重要じゃないの。友達くらいできるでしょ…。」


「うっ。」


 何気ない一言がミリセントの心に突き刺さる。


 なんとなく学校の雰囲気が合わず、友人がほとんどできなかったミリセントにとってかなり痛い言葉だった。


 ああでも、とステルラフィアが言葉を続ける。


「前の世界とは少し変わったんだよね?」


「うん、居眠りしてて怒られたとかもなかったし…。」


「てことは、行動や言動で多少未来が変えられるってことだ。」


「確かに…?」


「まだできることないんだし、情報収集が大事になる。人脈広げるとかさ。」


「友達作ればいいってこと?」


「…まあ、それでいいよ。」


 ミリセントの銀色の瞳に光が差す。そんなことで世界が救えるならお安い御用だ。ぶんぶんと縦に首を振り、満面の笑みで返事する。


「めっちゃ楽じゃん!それなら任せて!」


「友達ほぼいなかったのに?」


「いなかったんじゃなくて作らなかったの!」


 満面の笑みでピースサインを作るミリセントに、ステルラフィアは突っ込みを諦め、適当な返事を返した。


 ミリセントが話を続けようとした瞬間、背後からガチャリとドアの開閉音が聞こえた。

次いであくびをしながらシャルルが部屋に入ってくる。


「あれ、ミリセント。何してるの?」


 シャルルの目に映るのは珍しく机に向かっているように見えるミリセントが、一人はしゃぎながら何もないスタンドライトに向かって噛み付くように話しかけている場面だった。

側から見れば奇人以外の何者でもない。


「え、あー、なんだろう…?」

「…?」


 訝しむシャルルを誤魔化しつつ、先ほどまでステルラフィアがいたはずのスタンドライトに視線を送る。

そこに彼はおらず、影の中に消えたのだと合点がいった。


 翌日の授業に備え、シャルルに急かされるままベッドへと潜り込んだ。

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