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決意

 部屋に戻ってから疲れて二度寝し、気づけば夕方になっていた。

シャルルはまた探検にでも行ったのか、起きた時には部屋にいなかった。

真面目ではあるが、それと同時に強い好奇心の持ち主でもある。


 換気のために開けていた窓を閉め、再びベッドに腰掛ける。


 大きく伸びをしながらちらりと時計を見ると、まだ夕食の時間には早かった。


(中途半端な時間に起きちゃったなぁ…)


 どうせならもっと寝ようかと欠伸をした。



「ねえ、聞こえてるよね。」



「はいはい聞こえてるよ。」


 突如背後から聞こえた声になんの疑問も持たず返事をしたが、応えてから違和感を覚え思わず固まった。


 同室のシャルルは出かけたばかりだし、入学してまだ授業も受けていない今、ミリセントに話しかけるような友人は1人もいないはずだ。


 慌ててベッドから立ち上がろうとし、二段ベッドの縁に額をぶつける。バランスを崩した身体はそのままベッドから転げ落ち、床に叩きつけられた。


「ふ、不審者あぁ!」


 情けない声を上げながら声のした方を思いきり振り向くと、そこに人はいなかった。


____代わりに一羽の鳥がいた。


 真っ黒な羽毛に覆われた体は50cmほど。やたらと長い尾羽を下げ、額に生えた2本の白いツノが異彩を放っていた。


 魔獣だ。

 一般的な動物とは異なり、魔法による突然変異により数百年ほど前に生まれた生き物。魔力をもっており、ある種は魔法を使ったりまたある種は言語を解するなどの特徴を持っている。


 授業を少しも真面目に受けなかったミリセントでも、その異形がそれであることはすぐにわかった。


「そんな失礼なこと言わないでよぉ。」


「私の部屋に勝手に入ってる時点で不審者でしょうが!!」


 やれやれと言わんばかりに呆れた顔をするその鳥に素早くカウンターを入れる。


 床に転がったままのミリセントを一瞥すると、鳥は再び嘴を開いた。


「勝手もなにも、君のせいで僕も迷惑被ってるんだけどぉ。」


 その言葉にぽかんと口が開く。


「は…私のせい…?」


「そう、君のせい。」


「どういうこと…?」


 何かした覚えがなかったため、ミリセントは首を傾げた。


「君と同じ!君にかけられた魔法に巻き込まれて、僕はこの世界に来ちゃったんだよぉ。」


「情報量多すぎない?どういうこと…。」


 明らかに馬鹿にするような視線を向け、鳥は嫌そうな顔をする。


「そのままだよ。僕はもともと君と同じ世界にいて、倒れていた君が光ったかと思ったらここにいたのぉ。」



「私と同じ世界…?ってことは…やっぱりあの光景は夢じゃなかったんだ…本当に時間が戻ったってこと…?」


「僕が知るわけないでしょ。」


 今までの出来事は全て夢で、これから明るい学校生活が始まる…という最後の淡い希望は打ち砕かれてしまった。


 夢なんかではなく、現実。それも2年後に実現してしまう最悪のもの。


 がっくりと肩を落とすミリセントを尻目に、この奇妙な魔獣は我関せずと毛繕いしている。

そしてふとこちらに向き直ると再び嘴を開いた。


「そういうわけで、僕今群れの場所わかんないし居場所がないんだよねぇ。」


「…まさかここに居させろって?」


「そういうことぉ。別にいいでしょ?」


 魔獣のやけに間伸びした喋り方が癪に触る。


「言い訳ないでしょ!!ここ寮だしルームメイトいるし普通に嫌だし場所ないし。」


「いいじゃん場所取らないからさ。そもそも、巻き込まれた僕の身にもなってよ。幼気なひな鳥を外に放り出すつもり?」


 僕死んじゃうなぁ、やだなぁ、とわざとらしく落ち込んでみせる。


「う…わからなくもないけど、場所は取るでしょ…。」


「とらないよ、僕らの種族は影の中で生きてるんだぁ。」


 そういうと一瞬大きく翼を広げ、ふわりと羽ばたくとミリセントの影に飛び込む。床に触れたはずの足は吸い込まれるように消え、そのまますっぽりと全身が影の中に消えていった。


 驚きと多少の気色悪さに声を上げ跳ね上がると、ひょっこりと頭が影から戻ってきた。


「ほらね、だから僕らの種族はあまり知られてないんだ。」


「なおのことここじゃなくて良くない?なんかちょっと気持ち悪いし…。」


 ぼそぼそと小さな声で不満を漏らす。


「別にいいでしょ〜?外より安全だし、細かいこと言わないでよ。」


 このままだと埒が開かない。水掛論を繰り返すうちに、ミリセントはシャルルが戻ってこないか不安になってきた。


(私にも責任あるらしいし…?…あるか…?)


 ミリセントも一応被害者の類に入るはずだが、この魔獣に今のところ悪意や害などが見られない。渋々承諾することにした。


「えぇ…まあ…いっか…。」


 そういうと、鳥は嬉しそうに翼を動かし影から飛び出すと、再び窓枠へ止まった。


「ありがとう!じゃあ、しばらくの間よろしくねぇ。」


「はいはい…私はミリセント・スコーピオン。エストレル学園1年生。あなたは?」


 ミリセントは少し窓に近づき、右手を差し出す。


「ああ、名前かぁ……じゃあ、ステルラフィア。そう呼んで。」


 そういうと応えるように魔獣___ステルラフィアも翼を差し出した。

その仕草に少し人間らしさを感じ、ミリセントはくすりと笑った。


 そういえば、とミリセントは影に消えたステルラフィアに声をかける。


「私は2年前のこの日、確かにこのベッドで寝てたところに戻されたけどあなたは時間が戻ったのになんでここにいるの?」


「あー、わかんない。2年前何してたか忘れたし…。」


「ええ、なにそれ…。」


「まあ、3年経って元の時間軸に戻ればまた群れの場所がわかるだろうし、それまで居させてもらうねぇ。」


 随分と楽観的な考えだが、ミリセントは適当にあしらうことにした。


「てことは、あの時群れでいたの?」


「…まあ、少し離れてたというかなぁ…。」


 急にボソボソと小声になったため、おそらくステルラフィアは群からはぐれていたのだろう。

方向音痴なのかいじめられっ子なのかなぁと勝手に解釈、同情し慰めるように深く頷いた。


 会話の中で、ふと"元の時間軸に戻る"という言葉が引っかかった。

もちろん、3年前の世界に来たのだから3年経てば元に戻るだろう。それが何を意味するか、ミリセントが理解するのに少し時間がかかった。


 3年後に起こる災厄、神話の中の存在であった最悪の魔法使い、エヴァの復活とそれによるこの国アエリエルの崩壊。襲撃されたエストレル学園はその被害を大いに受けた。


エヴァは神話の中でしか語られなかったはずの存在。恐怖や苦しみで人々に絶望を与える邪な魔法使い。星を統べる女神アストラに封印され、アストラがもたらした星の力を使い、星の魔法使いが人々に希望を灯したとされている。


 友人は死に、何もできない自分に歯噛みしながら死んだはずのあの光景が脳裏に焼き付いていた。


 もう二度と、あんな思いはしたくない。


 あの未来を変えられるなら。


「ステルラフィア、あなたもあの事件みてたよね?」


「エヴァの襲来のこと?まああれだけ派手にやってれば…」


「お願い!力を貸して!!」


 突然声量が上がったことに驚いたのか、思わず影からひょこりと頭を出した。


「な、なんだよ、大声出して…。エヴァなんて止められるわけが…」


 その話はもっともだ。過去にエヴァを無力化させた際、当時最強と謳われた魔法使いでさえ彼を殺すことはできず封印するにとどまったのだから。たかが魔法学校に通う学生が、それも学年トップレベルの出来損ないに何かできることがあるはずがない。


 それでも、自分を含め多くの友人が死に故郷が崩れ落ちる未来を知ったまま何も行動せずにはいられなかった。



「止めなきゃ行けないの!!もう、誰も死なせたくないの!」


 ステルラフィアはぽかんとししばらく固まっていたが、やがてやれやれと言わんばかりに首を左右に振った。


「君のこと、馬鹿だなぁと思ったけど本当に馬鹿なんだねぇ。」


 否定しようにも少しも否定できない事実なので、ぐっと言葉に詰まった。


「いいよ、手伝ってあげる。僕優しいから。」


 余計な一言が聞こえた気がするが、聞こえないふりをし、ミリセントは素直に喜んだ。


 この世界に現状2人しかいない未来を知る者が協力者になったのだから。


 感謝の言葉を述べると影から少しでていた頭に抱きつこうとし、するりと影の中に引っ込み避けられた。


「と言っても、一年生だった頃の私は本当に何も情報持ってなかったしなぁ…。何から始めよう…。」


 うーんと唸り、首を傾げていると影の中から再び声が聞こえた。


「まず、忘れないうちに覚えてること全部書いといたら?」


「!た、たしかに。忘れるかも。」


 慌ててペンを取ると殺風景な机の上に学校指定の手帳を開き書き込む。

あの事件が起こる前にいくつかの兆しがあったことは、情弱なミリセントでも知っていた。

もちろん落第寸前だった魔法使い見習いごときに解決できるようなものではなかったが。


 関係していると思われる事件や事故、学校内で起こった関係なさそうな事件に至るまで、覚えている限りペンを走らせた。


 優秀な生徒が多いはずだが、好奇心の強い生徒も多くいる。校内での事件も、少なからず起こっていた。


 学校内でのカーストは高いとは言えない位置にいたミリセントは、そのほとんどに関わっていなかった。


 書き出しているうちに自分に何ができるのかと落ち込み、気合を入れ直しペンを走らせを繰り返しているうちに時間は過ぎ去り、夕食の時間も過ぎていった。


 同じく夕食を取り損ねたシャルルが帰ってきた頃には、普段使わない頭を使って疲れ切ったミリセントは机に突っ伏して眠っていた。

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