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空き教室に好奇心

「そこまで。回答をやめ、筆記用具を置いてください。」


 一斉にペンを置く音が、教室内に響き渡る。

 ふわりと回答用紙が宙を舞い、教卓まで集められる。ミリセントの回答用紙も、群れをなす紙の中に消えていった。


「本日の試験はこれで終了です。お疲れ様でした。」


 教師の機械的なアナウンスが終わると、すぐに教室内にざわめきが広がる。友人と答え合わせや各々感想などを言い合っているのだろう。


「ミリセント!どうだったー?」


「んー、まあまあって感じ?」


「やったじゃん!!」


 荷物をまとめていると、一足先にシャルルが駆け寄ってくる。ニコニコと笑う彼女は、いつも通り3桁満点だろう。結果は見るまでもない。


(全く勉強してなかったけど、意外と覚えてたな…。)


 今日は試験1日目。実践魔法学の試験を最後に、生徒たちは寮へと戻っていく。

 その多くが翌日の試験に備え自室で勉強するだろう。が、あまりミリセントはやる気になれなかった。


「明日も学校早く終わるなんて最高じゃん…。」


「勉強しないといけないけどね。」


 シャルルの言葉がミリセントに鋭く刺さる。あまり現実は見たくない。情けない呻き声を上げると、シャルルは慌てて付け加えた。


「でも、明後日の実技はミリセント得意だし!」


「ふふーん…そうなの!そこは大丈夫!」


 ごろりと机に体を預け、片手でピースサインを作る。流石に1年生の、それも春学期の実技試験で落第するはずがない。

 実際のところ、ミリセントはあまり試験に集中できていなかった。それは昨日の出来事がずっと、頭から離れなかったからだ。自分が魔法で人を傷つけようとしたこと、傷つけられそうになったこと。


「ねぇ、聞いた?昨日の旧校舎の話…。」


「聞いた聞いた、男子達が喧嘩したんでしょ?床が崩れてたんだって。」


 横を通っていく女子生徒の話し声が聞こえる。予想していた通り、ミリセントのことは告げ口されなかったようだ。

 話を聞いたシャルルは、不安そうにミリセントの方を見た。


「ミリセント、昨日旧校舎行ったよね…?大丈夫だった?」


「えー、大丈夫だったよ。」


「そう…。」


 シャルルは少し俯き黙ったあとに、再度顔を上げた。帰ろっか、といつもの調子で彼女は笑った。


「その前に質問してきていい?」


「またぁ?もう聞くこともないんじゃない?」


「あるってば!聞けるうちに聞いておかないと…。」


 熱心ですこと、と茶化すミリセントに、シャルルはぽかぽかと拳を入れた。


「で、次は誰先生?」


「生活魔法学が不安だから、ウーズレー先生のとこ!」


 その一言にミリセントは食いついた。思わず聞き返すと、シャルルは訝しみながらも頷いた。ちょうど接触する機会を窺っていたので同行する他ない。


「私もいく!」


「珍しいね、ミリセントが一緒に質問に行くなんて…。どうしたの?」


「いやほら、試験前だし?」


 ミリセントから最も遠い単語が飛び出し、シャルルは目を丸くした。昨日まで少しも机に向かっていなかったのだから当然の反応だろう。


(不祥事がないか見に行きたいとか言ったら流石に距離置かれそう…。)


 何か言いたげなシャルルを押しやり、二人は長い階段を降りていった。









 教員は基本的に職員室にいるが、どうやら彼は違うらしい。知っている教師に声をかけるたび、首を横に振られてしまった。


「ウーズレー先生はあまりこちらに顔を出さないので…。」


「そ、そうですか…。」


 何度目かの否定で、シャルルは肩を落とした。よしよし、とミリセントは彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回した。見かねたのか、コーレインは話を続ける。


「確証はありませんが、3階の空き教室にでもいると思いますよ。何をしているかは知りませんが。」


「あ、ありがとうございます!」


 ぱっと顔を明るくし、シャルルはミリセントの手を引く。

 降りてきた階段を再び登るのにはかなり体力を持っていかれる。

 正直なところ、ミリセントは既に飽き始めていた。


「ねー、もう行かなくてもいいんじゃない?」


「だめ!一番自信ない科目だから…。…多分まだ時間かかるし、ミリセント先戻ってていいよ…?」


「わわ、そういう意味じゃないんだけど!ごめん!」


 両手を振り、慌てて訂正するとシャルルはおかしそうに笑った。雑談をしているうちに、言われた空き教室までたどり着いた。

 3年生までここで過ごしていたミリセントも、初めて来るエリアだ。エストレルがやたらと広いこともあり、普段は人が来ない。


(そもそもこのフロア自体空き教室ばっかで人も来ないし…いない気がするけど。)


 しんとしたその空間には、どう見ても人影はない。期待はできなかった。

 そっとドアを開けると、流れ込む埃臭さが鼻腔をくすぐる。


「…いないね。」

「ね。」


 分かりきったことだったが、せっかく初めてきた教室なので少しだけ中を見て回ることにした。

 空き教室というだけあって、めぼしいものはない。設置されたままの本棚が一つと、いくつかの机に椅子。普通の教室だ。


(ここにいないならどこにいるのよ…もう寮に戻ってたりして。)


 用事を忘れ楽しそうに本棚を物色するシャルルを一瞥し、どうしたものかと椅子に腰掛ける。古い木材がぎしりと音を立てた。


 ふと視線を落とすと、埃に隠れた床の一部がやけに綺麗なことに気がついた。誰かが出入りしているのは本当らしい。

 椅子に座ったまま、雑に足で周りの埃を払うと床にうっすらと何かが描かれていた。


「…?」


 それが何か、顔を近づけて確認しようとした時、背後からの石畳を踏む硬い靴音が聞こえた。


「試験期間にもかかわらず、勉強もしないで校内を徘徊するとは馬鹿馬鹿しいことこの上ない。そうは思わないかね?」


 嫌味ったらしいそのセリフに、背後の人物が誰であるかすぐに理解した。

 椅子から立ち上がり振り向くと、やはりそこに立っていたのはウーズレーだった。


 ドアを開けた音がしなかったため、おそらく移動の魔法で来たのだろう。シャルルを睨むように一瞥する。


「君かね?質問があるとかいう生徒は。」


「は、はい!」


 シャルルは一瞬怯んだが、すぐに返事をする。次にウーズレーはミリセントにも鋭い視線を向けた。ミリセントは少しだけ恐怖心を抱いた。


「君も質問があるのか?」


「あ、いえ。ないです。」


 聞かれると思っていなかったので、何も考えずに本音が出てしまった。実際、何も質問は考えていなかった。


シャルルは明らかにショックを受けた顔をし、ミリセントに視線をやる。


言ってから自分が間違いを犯したことに気がついたが、既に遅かった。


「なら即刻寮に帰りたまえ!!」


 急にあげられた怒鳴り声に、飛び上がるほど驚く。戸惑うシャルルに小さく謝罪をし、ミリセントは逃げるように教室から飛び出した。








「あんなに怒鳴らなくたっていいじゃん!寿命縮んだんだけど!」


 教室から離れ、しばらく歩くうちに冷静さを取り戻した。同時に苛立ちも湧き上がる。自分のくだらないミスも合わせ、苛立ちがおさまらない。頬を膨らませ、人がいないことをいいことにどすどすと廊下を歩く。


 何より、気になったのは床に描かれた「何か」だ。少し消えかかっていたが、意図して描かれたものに違いはない。


「あーあ、シャルルに聞こうと思ったのに…。」


「君はもう少し自分で考えるってことを学ぶべきだと思うよ。」


「ぎゃー!!」


 何気ない独り言に、思わぬところから返事が聞こえ叫び声を上げた。

 完全に忘れていた。ここにいるのはミリセント一人ではない。


「もう!驚かさないでよステルラフィア!」


「そんなこと言われてもね…。」


 自分の影に向かって叱りつけると、声だけが聞こえる。姿形は見えないが、ステルラフィアは影の中に潜んでいる。


 不満をぶつけようとするが、その気力も湧かなくなった。諦めてため息をつくと、ステルラフィアに言われた通り、少しは考えるべきかと思い直す。


「そうは言っても、私習った魔星図すらまともに覚えてないし…。」


「じゃあ調べたらいいんじゃない?」


「うーん、やってみるかぁ。」


 あまり自信はなかったが、それ以外に思いつかない。踵を返し、図書館へ向かう。

 行き先が決まったミリセントの足取りは先ほどより軽くなっていた。

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