失敗と不満
「ねえねえミリセント、ちょっと試したい魔法があるんだけど…。」
「いいよ、なにー?」
十分練習したのち、すでに飽きてきたミリセントにシャルルは声をかけた。自由時間は残りわずかとなっていた。
にこにこと何やら楽しそうに笑う彼女を不思議そうに見ていると、シャルルは杖を回し振り上げた。
シャルルの杖から無数の光が飛びだし、空中で踊る様に跳ね回る。目を凝らしてみると、それは小さな星の形をしており、さまざまな色に輝いていた。その姿に見惚れていると、星はぴたりと揃って動きを止めた。
瞬間ミリセントめがけて星が降り注ぐ。
「わあああああ!?!」
驚きその場で一度ジャンプすると、すぐさま杖を取り出し慌てて魔星図を描く。ミリセントの杖先から真っ赤な光が空に走る。光は無数の星を貫き、その度星は爆発を起こして砕け散った。光線はランダムな軌道を描き、次第に赤みを増していく。
夕暮れの空の様な赤さから、鮮血を思わせる赤さまで。変わっていくのは一瞬だった。
しまった、とミリセントは思った。爆破の魔法。それがミリセントの放った魔法だ。特に有効だから放ったというわけではなく、ただ思いついたから放っただけだ。それが仇となった。
シャルルが放った星々にあたるたび、光線は予期しなかった方向へ弾かれる。そうして全く予想していない場所で爆発が起こってしまう。
その光は意思を持っているようにも見えた。飛び回り、そして空中で大きな爆発を起こした。
地面が揺れるような衝撃を覚え、爆音と共に黒煙が上がる。思い出したかのように一瞬遅れて熱波が二人を襲う。眩い閃光が視界を奪う。
「うわぁっ、ごめんシャルル!!!」
「た、大丈夫…。」
頭を抱えて爆発から身を守り、友人の安否を確認する。あたりを見渡すとすぐに彼女は見つかった。先ほどまでいた場所で、尻餅をついたままぽかんと空を仰いでいた。
が、駆け寄ってきたミリセントにきらきらとした視線を向けた。その様子に思わずたじたじしてしまう。
「す、すごい…!ミリセント、爆破の魔法なんてどこで覚えたの!?」
「え、ええと…。」
「防御に爆破の魔法を使うとは、実にナンセンスだ…。」
黒煙の向こうから、予期していなかった声が聞こえた。低く、苛立った声。
「あっ…ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
ぱっとシャルルはその人物へ駆け寄る。男性はまだ煙に覆われているため、顔が見えない。しかし、少しだけ冷静さを取り戻したミリセントは、その姿に見覚えがあった。
「…エストレルも、堕ちたものだな。」
思わずシャルルは立ち止まる。嫌な予感は当たってしまった。ふと、煙が晴れる。そこに立つ男性はやはり見知った人物だった。見覚えのある禿頭に大柄な体。ミリセントは心の中で深く嘆いた。
「ウ、ウーズレー先生……。」
爆発は大きかったとはいえ、空中で起きた。周囲にいた人物全員に、怪我はないようだ。とはいえ、彼には思うところがあるらしい。
青筋を立てこちらを鋭く睨みつける。生きた心地がしなかった。
「すみません…周りを見ていなくて…。」
「ごめんなさい…。」
しゅんと肩を落とし、頭を深く下げた。頭上を怒声が飛んでくる。唾を吐き怒鳴り散らすその姿は巨大なオークを思わせる。ただこの時間が少しでも早く終わることを必死に祈っていた。
「はい」と「すみません」の二つを繰り返し、思っていたより早くその時間は終わった。
「…もう良い、速やかに寮へ戻れ。」
「…はい、本当にすみません…。」
ミリセントはシャルルの腕を引くと、逃げるように寮舎へ小走りで帰った。
ウーズレーはすれ違いざま、何かをつぶやいた。
「ごめんシャルル…私のせいで…。」
「ううん、気にしないで!さっきまで私とミリセントしかいなかったんだし…。」
大丈夫!とシャルルは微笑む。ミリセントは自己嫌悪に襲われた。それと同時に、ウーズレーへの忌々しさも感じざるを得なかった。
(たしかに危なかったけど…空中で爆発するようにしたし…人いなかったし……なにより…)
「ねえ、さっき先生が何か言ってたの、聞こえた?」
「…ううん、何も。」
「そっか…私も聞こえなかった。」
明るく取り繕ってみせる彼女に、つられて笑う。
しばらく自室を目指していたが、どうにも元気が出なかったミリセントは先に夕食を取る、とシャルルと別れることにした。
手を振る彼女の姿が見えなくなると、ミリセントは苛立ちを滲ませながら早足で食堂へ向かった。
ミリセントはシャルルに嘘をついていた。ウーズレーの言葉が聞こえなかったと。
(…先生が最後に言った言葉。)
_____この出来損ない共が…。
舌打ちと共に、彼は間違いなくそう言った。
(私はともかく、シャルルは出来損ないなんかじゃない…!)
言い返したいことはあった。しかし、ミリセントに非があるため、ただ謝罪を繰り返すのみだった。
早足で曲がり角を曲がった時、誰かと衝突する。小さな悲鳴をあげ、ミリセントはその場に尻餅をついた。
「わっ、大丈夫かい?」
その人物はすっとミリセントに手を差し出す。顔を上げると、絹のような白銀の髪が映った。
「ロラン先生!」
座り込んだまま、驚いて声を上げる。
「どうかした?急いでたみたいだけど…。」
軽く感謝の言葉を述べると、差し出された手に掴まり立ち上がる。スカートを叩いて汚れを落としつつ、何を言うべきか逡巡した。
「ええと…人生うまくいかないなと…。」
「??」
何を言い出すのかと疑問符を飛ばす彼に、ミリセントは先ほど起きたことを話すことにした。
多少主観を交えた脚色があったが、ミリセントが言わんとすることは伝わったようだ。
彼の意見も、概ねミリセントと同様のものだった。
「ちょっと言い過ぎだと思うんですけど!」
「たしかに、最後の一言はいただけないね…」
ミリセントについて少し咎めるようなことも言っていた気はするが聞こえなかったことにした。
「先生からなんか言ってやれないんですか?」
頬を膨らませ不満をぶつけるミリセントに、ロランは瞬いだ。
「ええ…僕みたいな新米は、そもそも口聞いてもらえないよ…。」
「喋ったことないんですか?」
「ちょっと挨拶したくらいかな…ウーズレー先生、いつも自室にこもってるし…。」
ロランは腕を組み考え込む。
カルヴァン・ウーズレーといえば、ミリセントが2年生の時まで在籍していた教師だ。他の学校へ移るまで、とにかく生徒に嫌われていた印象がある。理由は言わずもがな、その嫌味な性格と一言余計なところだ。
「はぁー、ウーズレー先生の授業憂鬱だぁ…。忘れたい…。」
「忘却の魔法でもかけてあげようか?」
いきいきとしているロランに、思わず冷たい視線を向ける。
「なんか…」
「?」
「先生って話せば話すほどすごい人には見えないですね。」
「うっ、今の傷ついた…。」
わざとらしく肩を落とすと、取り直してミリセントに笑いかける。
「ま、僕はすごい人じゃないからね。役に立てるかは別として、相談ならいつでも乗るから。」
「…そのうち頼らせてもらいます…。」
にこにこと笑う彼に会釈をし、少しだけ軽くなった足取りで食堂ではなく自室へ向かうことにした。




