学期末試験
レンギョウの花は気付けば散っていた。残された枝葉は、時期に青葉をつけるだろう。
肌寒さは以前より和らぎ、心地よい天気が続いていた。
使い魔の暴走事故が起きてから数週間、束の間の平穏を取り戻したミリセントはありがたくその恩恵を享受していた。
アルマが暴れた理由も、遅れてロランから伝えられた。直接的な原因は錯乱の魔法によるものだった。しかしそれを誰がうったか、なぜうったのか、などについては解明されずじまいだった。
また、あの時ミリセントは魔法を勝手に使ったが、罰則は受けなかった。魔法を使った目的が事故を防ごうとした、というものだったからだ。
「こうも毎日暇だと、なんだか気が抜けちゃうよねぇ…。」
「そう?課題多くない?」
呑気にベッドで寝転がるミリセントの独り言に、シャルルが返答する。机に向かいペンを走らせている彼女を見ると、自分もやらなければと少なからず焦燥感に駆られる。が、少しも体は動かなかった。
「……。」
「こら〜!聞こえないふりしない!」
「だってぇ…やりたくないし…。」
机の上に置かれたままの教科書と課題の山が視界に映ると、頭が痛くなってくる。ぷいと寝返りを打って星月夜を眺めることにした。
「もー、試験大丈夫なの?」
「え、試験…?」
不穏な言葉が聞こえた気がする。が、おそらく気のせいだろう。シャルルはペンを走らせたまま応える。
「学期末試験!もうすぐだよ?」
「えっ、でも1年は試験なかったはずじゃ…。」
「ええ?全学年あるよ?」
認識の齟齬の原因に、ミリセントはすぐに気がついた。
(そうか、使い魔が暴走した事故…。前の世界では怪我人が多かったから、大事になって試験は中止になったんだった…。)
深く肩を落とし、ため息をつく。シャルルは心底驚いている様だ。目を丸くして何を言おうか、思索を繰り返している。
「…ノート、見る…?」
「いや…多分大丈夫…。」
(勉強していないとはいえ私は元三年生…さすがに一年生の試験くらい………いける気がしてきた。)
何も勉強していないからか、逆にないはずの自信が湧いてきた。各科目の内容を軽く思い出し、自信に拍車がかかる。
「いける気がしてきた!」
「え、うそ。」
「ほんと!」
徐々に笑顔を取り戻すミリセントに、シャルルは苦笑した。そしてペンを止めるとしばらく言いにくそうにまごつき、意を決して口を開く。
「…あのさ、ミリセント。」
「…はい。」
さすがに怒ったかな、と予想しベッドの上で正座をする。その予想はすぐに裏切られることになった。
「…私と実践魔法学の…実技の練習をしてほしいんだけど…。」
「えっ、実践魔法学?」
「うん…私はミリセントより魔力が少ないから、上手く魔法を使えないことが多くて…おねがい!」
シャルルは顔の前で両手を合わせると、ぎゅっと目を瞑る。一瞬呆けていたが、すぐに笑顔になる。断る理由などない。
「まっかせて!」
「ほ、ほんと?ありがと〜!」
ミリセントは自信ありげに自分の胸を叩いた。わぁっと両手を上げて喜ぶシャルルを見ると、ミリセントも嬉しくなる。ミリセントはベッドから降りると手を取り合い、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ね、急だけど今からでもいい?」
「いいよ〜、私暇だし!行こ!」
エストレル学園では基本的に人を攻撃する目的で魔法を使うことは禁じられている。もちろん、嫌がらせなどの目的で魔法を使うこともだ。グレーラインな場合は、居合わせた教師の判断による。
学期末に行われる試験には、筆試験だけでなく実技試験がある。実技試験の練習を行うには中庭、もしくは校庭で魔法使用の許可を取る必要がある。
「いくよ〜、シャルル!」
少し離れたところに立つシャルルにぶんぶんと腕を振る。楽しそうにシャルルは腕を振りかえした。
今学期の試験では、灯りの魔法、風の魔法、守護の魔法が重に問われる。試験ではその正確さや強さなどが問われる。
ミリセントが軽く杖を振ると、杖先から手のひらほどの、小さな風の球体が放たれる。銀色の光を放つそれは、真っ直ぐシャルルの元へ飛んでいく。シャルルは守護の魔法の魔星図を描き、それを弾こうとするが、一瞬遅かった。球体はシャルルのすぐ横を通り抜ける。吹き荒れる強風に、シャルルの帽子が飛ばされてしまった。
「わ〜〜ごめん!」
「大丈夫!」
すぐさまシャルルは杖を振り、飛ばされた自分の帽子を引き寄せた。再びかぶり直すと、もう一回!と意気込む。その様子を見て、ミリセントも力強く頷いた。
それからしばらく、二人は互いに魔法を打ち合った。時には攻守交代し、時間を忘れて魔法を打ち続ける。
ミリセントは並はずれた魔力を持っている。それは、より強く魔法を打つことができる。が、その分細やかで高い精度を必要とする魔法は苦手になる。
対照的に、シャルルは魔力が少ない。が、その分精度は人より高く、さまざまな魔法を組み合わせて使用することを得意とする。
数時間が経過した頃には、シャルルは見違える様に上達していた。
「すごいじゃんシャルル!さっすがぁ!」
純粋に友人の努力を認め、盛大に拍手をした。
「えへへ…ありがとう、ミリセント。」
恥ずかしそうにはにかむと、彼女は嬉しそうに笑った。




