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和解

「えーと…あのー…。」


 声をかけたはいいものの、言うべき言葉が見つからない。しどもろもどろになりながらわたわたと言葉を出そうとする。


「…約束を守れ、だったな。」


「えっ。」


 自分の耳を疑う間も無く、イヴァンはシャルルの前へかつかつと近づく。思わずシャルルは身をひきミリセントの背後に隠れ、ミリセントはシャルルを庇う様に片腕を出す。

 イヴァンの鋭い視線は、シャルルに突き刺さる様に向けられていた。

 緊張からか、やけに心臓の音がうるさく感じた。


「…悪かった。」


驚くほどあっさりと、イヴァンは深々と頭を下げた。拍子抜けする二人を置いていくかの様に、少し長めの謝罪から頭を上げると、イヴァンは言葉を続ける。


「1番でいなければ、俺に価値はない…そう思って生きてきた。…試験で誰かに負けたのは初めてだったんだ。」


「そ、そ、そうなんですね。」


シャルルがか細い声で相槌をうつ。


「許してほしいと言うつもりはない。許さないならそれでいい。約束通り、俺は手は引く。」


「い、意外とあっさり…。」


 記憶の中のイヴァンは、プライドが高く周りを蹴落とすような人間だ。あいつに楯突くと痛い目を見る。そんな話をよく聞いていた。


 ミリセントが口を挟むと、イヴァンはこちらを一瞥する。思わずすくみ上がってしまう。


(ああああ要らないこと言っちゃった!?)


「…お前にも迷惑をかけたな。」


「え、はい。」


「すまなかった。」


再び頭を下げるが、既にミリセントの脳はシャットダウンしていたのでなにも理解できなかった。ただ、彼が想像の数倍素直な人物であることだけは伝わった。


「…まだ不満か?」


なかなか反応を示さないミリセントを不審に思ったのか、少し苦い顔をする。


「違う違う!いや、思ったよりあっさり謝るんだなーって…。」


慌てて否定すると、イヴァンの顔に翳りが見えた。


「…自分勝手に宣戦布告して、結果も出せず、勝負を仕掛けた女の子にも勝てない…出来損ないな自分が、惨めに思えたんだ。…これ以上、恥を重ねるわけにもいかないだろ?」


(急に自信失くすじゃん…。)


何か言葉をかけなければ、と明るい声色を作る。


「シャルルの件はともかく、勝負は本気出してたらわかんなかったじゃん!」


「えっ、どう言うこと?」


背後にいたシャルルが目を丸くする。おそらく、気付いたのはミリセントだけだろう。


「イヴァンが勝負した時に使った魔法、結晶の魔法を組み合わせたものだと思ったけど…あれ、違う魔法だよね?」


表情を硬くしたまま無言で話を聞いていたが、その言葉にふっ、と表情を和らげた。


「よく気がついたな。…砂糖を変形させたもの…飴細工みたいなものだ。」


「結晶の魔法で作ったにしては脆すぎたもん。」


「?でも、それってお砂糖必要になるんじゃ…?」


 シャルルは不思議そうに首を傾げる。


「ああ、連れに甘党がいるから少し拝借した。他に思いつかなかったんでな。」


「そうなん…ですね。」


(根っからの嫌なやつ…じゃなさそうね。)


 うんうん、と勝手に納得し、ミリセントの中の嫌なやつリストからイヴァンの名前が消された。

 イヴァンの言葉に、ふとある存在を思い出す。


「そういえば、いつもいる奴らは?あの取り巻き。」


 常に周りに誰かいるイメージしかなかったが、今の彼は完全に一人だった。イヴァンは軽く肩をすくめた。


「ああ、知らないな。大方俺に愛想でもつかしたんだろう。」


 自虐的に笑うその姿は、少しだけ寂しそうに見えた。


「俺はもう行く。じゃあなウェンダー、スコーピオン。」


「あ、じゃ、じゃあね。」


「おやすみなさい…。」


 予想していなかった変わりぶりに、しばらく呆然としていた。小さくなっていく後ろ姿を見つめる二人の耳に、カチコチと静かに時を刻む音が響く。


「よかった…のかな?」


「よかったんじゃない…?」



 



 


 部屋に戻ると、疲れていたのかシャルルはすぐに眠ってしまった。ミリセントも同じく疲れ切っており、入浴を済ませベッドに倒れ込む。弾力のある羽毛布団が跳ね、柔らかな毛布と共にミリセントを包み込んだ。


「あ〜、つかれた…。」


「ちょっとぉ、僕のこと忘れてない?」


 何者かが不満そうにミリセントの髪を引っ張ってくる。めんどくさそうに手で払い除け、片目を開ける。予想通り、そこにいたのはステルラフィアだった。


「うぅ…また今度で…。」


 ごろりと寝返りを打ち、丸いクッションに顔を埋める。呆れた様にステルラフィアはベッドフレームから反対側のベッドフレームへ飛び移る。


「全く、自堕落なんだから。」


「今日は仕方ないの!ほんとに忙しかったんだってば!」


「ふーん…」


 すぐに諦めたのか、それ以上何も言わなかった。何かやらなければいけないことがあった様な気がするが、ミリセントを襲う強い眠気はそれを妨げる。

 気がつけば深い眠りにつき、静かな寝息を立てていた。

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