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4.軽トラックと旅人とお嬢様(2)

「というわけでですね……お嬢様をお連れした次第でございます……」


 領主様の屋敷近くで警邏に当たっていた衛兵に対して、俺は説明を終えた。



 お嬢さんはこちらのことをきつい目で睨みながら、衛兵二人に両腕をがっちり掴まれている。


 ……いや、衛兵の態度が領主の娘へのそれではないような気がするのだが。



「あと、重ねて申し上げますが、断じてお嬢様を誘拐しようとかそう言った意図はございませんので!」


「よい。分かっておる……」


 何やら苦労が滲み出る声で、衛兵の一人が俺に言った。



「あー、すまぬが旅のお方、少しここで待っていては頂けぬか?」


 そう告げると、衛兵三人はお嬢さんを連行しながら屋敷の方へと歩いて行く。



 それほど長くはない時間待っていると、先程の衛兵の一人が足早にこちらの方へと向かってくる。


「我が主から伝令である。直々に会って礼を言いたいそうだ。あ、いや、そんな警戒せずともよい。主は温厚な人柄でな、お主を咎めようなどと言う気は一切なく、単純に直接礼をしたいだけなのだ」





*****************************





「旅のお方、まず礼を言う。うちの娘が苦労を掛けた……」


「いえ、無事にお連れ戻しすることができてなによりです」


 屋敷の応接間に通されしばらく待っていると、立派な髭を蓄え煌びやかな衣服を身に纏った領主様ご本人が、執事や衛兵達を伴って現れた。



 カルジル・ルヴィエート侯爵。


 広大なジョッシュ地方を治める地方領主であり、その領地からジョッシュ公と呼ばれている。


 巨大な屋敷の規模とその身分にもかかわらず領主様自ら接客を申し出るところを見るに、善き為政者として民に近い目線を心がけようとする気概が伺えた。



「ところで今貴殿を目の前にしてもしやと思ったが……ひょっとして『ラスト・バスティオン』のマルヴェール殿ではないか……?」


「ええ、確かに冒険者パーティ『ラスト・バスティオン』で荷物持ち(ポーター)をしていたマルヴェールです。ご存じなのですか?」



 驚きである。


 確かにラスト・バスティオン自体は有名な冒険者パーティであるが、メンバーの一人……それも一番目立たないと言うか、そもそもメンバーにすら数えて貰えないことも多い荷物持ち(ポーター)の顔を領主様が知っていようとは。



「ああ、こう見えてこの国の中央のみならず諸国の王とも交流があってな。先の大戦での決起会で、末席ながら()(のぼ)らせて貰っていた。あのとき中心にいた五人の顔は、皆よく覚えておるよ」


「そうですか……失礼いたしました。何分(なにぶん)卑しい生まれのもので、緊張のあまりあの場にいた貴族の皆様のお顔すらまともに拝見できぬ有様でした。それ故に卿のご尊顔もよくよく見ることもできておらず、申し訳ありません……」



 そうか。


 どこかで聞いたことがある名だと思ってはいたが、魔王討伐に出征する前に開かれた、各地の王や有力貴族が集まった決起会の時か。


 しまったしまった。


 あの時の出席者の一人を覚えていなかったとは、とんだ無礼を働いたものである。



「よいよい。並み居る諸侯があの人数で連なっていたのだ、覚えてなどおるものか。時に、ラスト・バスティオンは解散したと聞いているが、今は自由の身であるのか?」


「ええ。今はのんびり世界を見渡しながら、旅をしています。この辺りは良いところですね。街道を東から西へと移動して参りましたが、どこも公の目がよく行き届いているのか、景色の全てが美に溢れております」



 お世辞抜きでそう思った。


 自然は美しく街や里は活気で満ちている。


 民はジョッシュ公を崇拝しており、善政を敷いていることがよく伺えた。



「幸いなことに、先の大戦において我が領地は魔王の脅威に然程(さほど)さらされることなく平穏に過ごすことができた。これも(ひとえ)に貴殿等の働きのお陰である。その件についても礼を言うぞ。……ところで、これもなにかの縁である。貴殿さえよければ、武辺話をお聞かせ願いたい。宜しければ数日程客人として滞留し、先の大戦のことなどをお話し願えはしないだろうか?」


「はい。ジョッシュ公のお申し出とあらば、喜んで」



 あの決起会に列席していた貴族の方の頼みであれば、断るわけにはいかない。


 俺は快く承諾した。





*****************************





「馬がいらんなんて、すごい馬車だんな。王都の魔法院じゃ、そんなもん作ってるんかい?」


「ああ。試作品というか、まあそんなところかな」


 王都言葉のようで若干この地方の訛りを持つ口調の衛兵の誘導に従って、ケートラを屋敷の門内に入れた。



 領主様の客人扱いとは言っても、飛び込みの旅人には変わりがない。


 なので屋敷の衛兵達には自然体で接して貰っている。



「ところであんた、リシャノア様捕まえたんべ? いやぁ、俺達もリシャノア様には手を焼かれっぱなしでな」


「リシャノア様と言うと、あの髪の美しい碧い目をした?」


「そうそう、主の二番目のお嬢様だ。根っからのお転婆でな、よく屋敷の脱走を試みるんだ。まぁず屋敷から脱走された日にゃあリシャノア様だけじゃなく俺達も大目玉なもんだから、勘弁して欲しいよな」


 なるほど、衛兵達の態度が領主の娘に対するそれではなかったのは納得のいく話である。



「リシャノア様がいうには、自分は貴族の夫人などではなく冒険者になりてえそうだ。そんなに今の生き方がお嫌いかねぇ」


「はは。冒険者も案外自由ではないよ、ギルドや金持ちに縛られながら生きているし。お嬢さんにはそう伝えておくといい」


「そしたらリシャノア様の脱走も減るかねぇ。今度逃げ出しそうになったら、いっちょ言ってみんべか」



 衛兵と雑談をしながらふと空を見上げると、先程までの青空はなくなり厚い雲が覆い始めている。


 これは一雨(ひとあめ)きそうだな……と思いながら、ケートラを所定の位置に止めた俺は再び屋敷の中へと通された。





*****************************





「予想どおり、降って来たな」


 外は雷が鳴り響き、ガラス窓には大粒の雨が打ち続けている。


 客室に通されて晩餐の準備を待っている間、俺はやることもなく外を眺め続けていた。



 空いた時間を使って荷物整理でもしようと思っていたのだが、俺の荷物は少数の日用品や貴重品を除いて使用人に預けてしまっているのでそれはできない。


 まあ、流石に干し野菜だの冒険者用品だの武器だのを部屋に持ち込むわけにはいかないし、当然といえば当然である。



「失礼いたします、マルヴェール様。おもてなしの準備が整いましたので、ご案内いたします」


 使用人の一人に案内され、俺は絢爛に飾られた長テーブルのある広間に通された。



 ……通された席を見るに、晩餐の折の余興係として滞留を頼まれたのではなく、どうやら正客として招かれたらしい。


 参ったな、上流貴族のテーブルマナーはさっぱり覚えていない。



「食前酒をお持ちいたしました。主が参るまでのしばしの時間、お楽しみ頂けましたら幸いです」


「すみません。不躾ながら下戸でして、酒は一滴も飲めないのです」


「そうでしたか。では、オレンジエードはいかがでしょう」


「ええ、それを頂きます」



 こう言った席ではほぼ酒を断ることになってしまう。


 自身の体質を恨みつつオレンジエードを飲みながら、ジョッシュ公が来るのを待った。





*****************************





 しばらくすると、ジョッシュ公が夫人と二人の男子を伴い広間へとやってくる。


「お待たせした。娘が来るまでと思っていたが、中々戻ってこないのでな。あまり貴殿を待たせるわけにはいかないし、先に始めてしまおう」


「娘と言うのは、その」


「ああ、上の娘だ。本日はたまたま領内の視察に出していてな。そろそろ帰ってくるはずなのだが、この雨もあり少し遅れているのであろう。……その、リシャノアに貴殿の武勇伝などを聞かせてしまったら、また厄介なことになりかねんからな。脱走の罰の意味もあり、自室で反省させておる」



 わかる。


 あのお嬢さんとは今のところ少し話をした程度の縁であるが、短い時間接しただけでも皆の苦労が偲ばれるほどである。



「それでは、始めようか」


 しかしジョッシュ公が晩餐の開始を宣言したところで、突然広間の外が慌ただしくなり扉が乱雑に開かれた。


 そして衛兵の一人が色をなしながら公に告げる。



「一大事ゆえ、無礼を承知の上で申し上げます! お嬢様が……悪党に攫われてしまいました!」


「な……なんと……!?」

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