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21.旅人達と温泉街(5)

「この虫けら共が……! 楽に死ねると思うな……!!」


 立ち上がった魔族の女は周囲に魔法陣を展開し、何本ものマナの矢を生成し俺達に向かって飛ばしてくる。



「うらぁ!!」


 しかし、テシェルペタが俺の前に立ち塞がると気合と共に大剣を振るい、マナの矢を剣圧で分解し吹き飛ばす。


 ……それもう魔法じゃんといった感じではあるのだが、テシェルペタはポリシーとして魔法を使っていないので口には出さないでおく。



「行くぞ!」


 対して俺はテシェルペタの右手側から飛び出し、剣を水平に構えて突進する。


 そして刹那のうちに横薙ぎの一閃を仕掛けるが、しかし魔族の女は上空へ飛び上がり俺の攻撃を躱した。


 魔族の女は空中で再び大量のマナの矢を生成し始める。



跳躍術(エアリア)!」


 そうはさせじと俺も魔法を使い空中へと飛び上がった。


 マナの矢が飛来する前に魔族の女へと迫り、空中戦を仕掛ける。



「鬱陶しい……! 寄るな近づくな墜ちろ……!」


 俺が肉薄することによってマナの矢は狙いが定まらず、てんでバラバラに地上へと降り注いでいく。



 一方の俺は飛来するマナの矢を短距離の跳躍術(エアリア)を使い躱しながら魔族の女へと到達する。


 そして慣性のまま魔族の女を通り過ぎると、一つの魔法を唱えた。



乱気流(タービュランス)!」


 周囲のマナは強烈な突風へと姿を変え、上方から魔族の女へと襲い掛かる。



「ああぁぁあ……!」


 空中で姿勢を維持することができず悲鳴を上げながら墜ちる魔族の女。


 そこで待ち構えていたのは大剣を持ったテシェルペタであった。



「ナイスよ! マルちゃん!」


 テシェルペタは大剣を構えると、魔法を使わずに大きく跳躍する。


 そして下方から斬り上げるように魔族の女へと大剣を向けた。



「あぐああぐぐ……!」


 妙な悲鳴を上げながら何らかの魔法を使い落下の方向を変える魔族の女。


 空中でテシェルペタの大剣に右脇腹を引き裂かれ深手を負うも、何とか致命傷は避けながら着地する。



「虫けら虫けら虫けらが……!!」


 そして再び空中に魔法陣を生成し、巨大なマナの矢を生産し始めた。



 一方の俺とテシェルペタは相手から離れたところに二人揃って着地し、互いに相手のマナの矢をどうするか思考を巡らせている。


「全く、魔族ってのはどうにも頑丈で困ったものだな」


「ホントに。普通はあんな傷負ったらもう動けないわよ」



 魔族の女は発狂したかのようにマナを集め、矢と言うよりは最早大木と言ったような代物を空中に創り出していた。


 あんな魔法を撃ち出したら本人も無事では済まない……というか、マナを体芯(たいしん)の拠り所としている魔族が自身の全てのマナを開放してしまえば、その存在を保つことができず息絶えた魔物のように霧散してしまうだろう。


 ……もちろん、俺達もあの攻撃を躱すか防ぐかしなければならないわけだが。



「あはハハああハはぁ!!」


 最早精神も保てない様相でありながら攻撃を繰り出そうとしている魔族の女。


 対して俺はマナを練りテシェルペタも気合を入れ、全力でその攻撃を耐え抜こうと様々な準備をし……



 ……ていた矢先である。



光弾(ブリット)!」


 涼やかな声と共に横合いから飛んできた小さな光の弾丸が、魔族の女の頭へと命中した。



「へげっ」


 ……魔族の女が不気味な笑みを浮かべたまま口から妙な音を上げ、白目を剥く。


 光の弾丸が飛んできた方を見ると、息を切らしながらリシャが構えていた。



「い……今よマルちゃん!」


「お、おう!!」


 俺は対魔族の切り札である「雷光剣ライトニング・ブレイド」の魔法を唱えながら、魔族の女のところへと一足飛びに向かう。


 そして青白い雷光を纏った剣で魔力の女を突き刺すと、電流は彼女の全身を駆け巡り白目を剥いたまま仰向けに倒れ込んだ。





*****************************





「全く……。体内のマナを全部使い切ってぶっ倒れた挙句に僅かに回復したマナだけを頼りに危険地帯に突っ込んでくるなんて、マルヴェールさんは大変お怒りですよ」


「も……申し訳ありませんでした……」


 俺の言葉にリシャが頭を下げる。



「魔法を使う時はマナを全部使いきるなって教えましたよね!? 忘れていたんですか!?」


「まあまあいいじゃないの。リシャちゃんのお陰で『異界の門』も破壊できた上にこいつも無事倒せたわけだし、殊勲賞よ」



 気を失った魔族の女をマナが遮断できる拘束具でもってぐるぐる巻きにした上でケートラまで戻って来た俺は、リシャに説教をしている。


 ……いや本当に危なかったんですよ!?


 あれほどの魔族との戦いはランクが上の冒険者でも死と隣り合わせですからね!?



「あ、あの、ところでマルさん、ケートラさんについてなのですが……」


「ケートラがなんですか!?」


「いえ、その、今度で大丈夫です……」


 リシャのシュンとした様子に少し怒りすぎたかなと反省はするが、それだけ危険な道を歩んだということも分かって欲しい。



「リシャちゃんもよく頑張ったわ。あれだけ強い魔族を倒しちゃう機会なんて、まずないわよ」


「まあ、その点についてはよく頑張ったよ。だが、魔法のお勉強については最初からやり直しだからな。ちゃんと復習してくるように!」


 甘すぎて師匠に向かないと言われたことに対する仕返しもないわけではないが、これからビシバシいくからな



「マルちゃんはああ言ってるけど、どうせ明日になったら甘々に戻ってるわよ。だから、今日のところは適当に反省したフリでもしときなさい」


「そこ! 聞こえてますからね!」


 テシェルペタがリシャに耳打ちしているが、丸聞こえである。


 まったく、どいつもこいつも!






*****************************





「あら、もう行くの?」


 宿の前にある馬車置き場でケートラに荷物を積み込んでいると、ふらりとやって来たテシェルペタが俺とリシャに声をかけてきた。



「ああ。このままずっと残り続けてると無駄な雑用を押し付けられ続けてしまいそうだからな。あんまり温泉には入れなかったけど仕方がない」


「御明察ね。マルちゃんがこの町にいる限り私は頼り続けるから、ずっといてくれていいのよ」


「勘弁してくれ……」


 テシェルペタの言葉に俺は「お腹いっぱい」と言ったポーズをとる。



 魔族の女を倒した後に三人とケートラでズサク旅人街(りょにんがい)へと戻ると、魔物の群れは全て冒険者達によって倒され町には平穏が戻っていた。


 あとは森の中に魔物の残りもいるのだろうが、残党狩りはズサクに常駐する冒険者達に任せて問題ないだろう。


 そんなわけで、俺達も宿に戻り一日だけゆっくりしたあと、次の目的地へと旅立つことにした。



「そうそう、最初に頼んだ監視台の撤去はリシャちゃんの仕事として完了させといたわよ。マルちゃんは冒険者じゃないから報酬が支払えないんですもの」


 そう言うとテシェルペタは共通銀行の小切手をリシャに渡す。



「わっ……! 今までの仕事から考えると、かなりの額ですね!」


「そりゃそうだ。あんな面倒くさい仕事、これだけ貰っておかないと割に合わん」



 小切手に書かれた額を確認すると、今まで引き受けてきた農作業と比べると破格の額が書いてある。


 依頼主が町の有力者達ということもあり、被害が出ないうちに解決したのならば少しは弾んでくれるだろうと思っていたが中々のものであった。



「あと、異界の門の破壊と魔族退治の件についてはマルちゃんも含めて中央に報告しておいたわ。あのクラスの魔族を下位ランクの冒険者含めた三人で倒すなんて、マルちゃん抜きじゃ説明がつかないでしょ」


「まあ……仕方ないよなぁ……」



 正直中央冒険者ギルドに俺の居場所を捕捉されたくないのだが、どの道冒険者であるリシャと行動を共にしているので大体把握されているのだろう。


 ほんと、厄介なこととか頼まれなければいいけど。



「それとマルちゃん達に関して、今朝方領主様のジョッシュ公からお手紙が届いたの」


「ジョッシュ公から?」


「お父……領主様からですか?」



 その言葉に俺とリシャは顔を上げ、懐から上質な紙を取り出して広げたテシェルペタの方を見る。



「ええ、『マルヴェール殿に便宜を図ってやってくれ』って。それと『娘だけど娘じゃない少し娘のような女もいるだろうが、決して甘やかすことがないように』ともね。ひょっとしてひょっとすると、リシャちゃんは噂に名高いジョッシュ公の二番目のお嬢様なのかしら? だとしたらアタシ、とんだ失礼をしちゃったみたい。ごめんなさいね」


「いえ、今の私は素性知らずのリシャです。ただ一人の冒険者ですので、失礼なことなどありません」


 リシャのその言葉に、テシェルペタは「そう。ならいいわ」と言いながら微笑み頷いた。



「それで、マルちゃんとリシャちゃんは次はどこに行くの?」


「このまま国境を越えてテュエヴ王国に行くつもりだ。何でもソバとか言う美味しい食べ物があるみたいだからな、それを食べに行く予定だよ」



 テュエヴ王国スィーナン北方領は、ソバと言う麺類が名物だと聞く。


 スィーナン北方領は山脈に囲まれ寒冷で痩せた地であるのだが、気候や土壌に左右されずによく育つソバは貴重な食料として定着していった。


 今ではスィーナン北方領全域で立派な名物料理となっている。



「ああ、ソバはいいわよ。アタシも何度か食べたけど、あの喉越しと爽やかな香りは病みつきになるわ。でも、ソバはともかく旅路は気を付けなさい。テュエヴ王国スィーナン北方領は、先の大戦の傷が癒えずまだまだ荒れてるわよ。特に異界の門がバカスカ開いたところだから、今でもヤバ目の魔物がうろついてるわ」


「ああ、気を付けていくよ。それと、リシャをありがとうな。あんたがいなかったら『異界の門』を破壊するなんて経験させてやれなかったよ」



 俺だけだったら、リシャのことを置いて一人で解決しに行ってただろう。


 その点についてはテシェルペタに感謝している。


 それ以外の、俺のことをこき使ってきた点については大変宜しくなかったが。



「ふふ、マルちゃんが甘々なのは昔からだから、心配になってちょっとアドバイスしちゃったわ。マルちゃんもリシャちゃんの師匠みたいなものなんだから、師匠らしくビシバシ鍛えなさい。それがお互いのためよ」


「分かったよ……ほんと、あんたはいつも痛いところをついてくるな。いいリーダーだよ」



 昔からテシェルペタは人の上に立つ才能があった。


 名のある冒険者パーティのリーダーをやっていたし、今も現役引退から僅かな時間しか経っていないにも関わらず冒険者ギルドの支局長に任命されている。



「リシャちゃんもマルちゃんの言うことをよく聞いて、時には反発しながら冒険を楽しみなさい。大切なのは何よりも生き延びること、楽しむことよ。この世界はリシャちゃんが思っている以上に過酷だし、想像以上に美しいわ」


「ありがとうございます、テシェちゃん様。冒険を続けて、必ずまたご報告に戻って参ります!」


「その意気よ。気合入れて、いってらっしゃい!」



 荷物を積み終えた俺とリシャはテシェルペタに挨拶し、ケートラと共に次の目的地へと向かった。



※魔法について


魔法は周囲にあるマナを消費して色々な効果を及ぼします。

また、マナを消費して様々な効果を発動させるために、生物の中に蓄積されているマナをガイドラインにしています。

ガスコンロに例えると、自己保有のマナが着火に必要な火打石、周囲にあるマナがガスの供給と言った感じです。


魔法を撃つことによって周囲のマナが消費されていきますが、効果の終了と共にマナは還元され、そのうち元の環境に戻ります。


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