18.旅人達と温泉街(3)
「よし、これで最後だ」
俺はかつて監視台だった木片を廃材の山に乗せた。
「ホント助かったわぁマルちゃん、お見事お見事。冒険者ギルドの株も爆上がりよこれで」
おネエ口調のテシェルペタが俺の事を褒めそやす。
「本当にお疲れ様です、マルさん。これで下に住まう皆様も一安心ですね」
山の中腹から降ろしてきた廃材の整理を手伝ってくれたリシャが、俺を労った。
一昨日くらいに監視台が崩れないように養生した俺は、あれから二日掛けてそれを解体した。
解体後に地上に降ろした廃材については、テシェルペタが冒険者やギルドの職員を動員して撤去を手伝ってくれたため、思った以上に日数をかけず終えることが出来たのは僥倖だ。
これでようやく仕事を終え、後はゆっくりと観光することができる。
「それじゃ、この後はマルちゃんを囲む会があるから、参加宜しくね」
「なんだよそれ! 俺はもう宿に帰って温泉に入って寝るの! 囲まれてる暇なんてないの!!」
なんだよ囲む会って。全く聞いてないぞ?
「そんなこと言わないで~~~! あの『ラスト・バスティオン』のマルヴェールに会えるからってみんな手伝ってくれたの! みんなの頑張りに報いてあげるのも、ヒーローの務めよ~~~。ほら、もう宴会の準備もできてるから、ついてらっしゃい!」
「少し顔出すだけだからな! すぐ帰るからな!! あと、覚えてるかもしれないが酒は飲めないからな!!!」
全くこの筋肉達磨、人遣いが荒すぎる。
「リシャは先に帰って宿でゆっくりしてて大丈夫だぞ……。ほんと、ロクに観光もできずにすまないな……」
「いえ、マルさんさえ良ければ、私もお供いたしますよ。連れて行ってください」
一昨日から変わらず上機嫌なように見えるリシャがそう答えた。
「ああ、それならありがたい……。俺に酒を飲ませる輩が出ないよう見張っててくれ……」
リシャに対して感謝の言葉を述べながら、俺はリシャを連れて前方を揚々と歩くテシェルペタについていった。
*****************************
「いやこんなところで『ラスト・バスティオン』のマルヴェールさんと酒を酌み交わせるとは。大変光栄です」
「はは、どうも。いや本当に酒も飲めずにすみません」
「マルヴェールさんはどのようにして大成したのでしょうか!? 冒険者として俺、Aランク……いえ、Sランク冒険者になりたいんです!!」
「どのようにか……。俺の場合は本当に運よくって感じだけど大切なのは日々の積み重ねかな。まずは……」
そろそろ山陰に日も隠れようかと言う夕暮れ時、俺達は冒険者ギルド近くにある宿の大きな酒場で冒険者達が集う宴会に参加していた。
数十人の冒険者は皆思い思いに酒を飲み、俺が空いている時に話をしにくるという感じである。
俺のところには引っ切りなしに人が来るので、休んで飯を食う時間もありゃしない。
「流石マルさん、人気者ですね」
「本当にな。たかだか魔王を倒した冒険者パーティの荷物持ちってだけなのにな」
俺への来客が少し落ち着いたところで、リシャが俺に対して果実ジュースを持ってきてくれた。
いいところのお嬢さんなのにそういうことに気が回るのは、彼女の資質なのだろうか。
「たかだか魔王て。冒険者やっててマルちゃんの名前を知らない人なんてモグリよ? それに、冒険者どころか普通の人にも名前が知られているくらいなんだから。旧友のアタシとしても鼻が高いわ」
「花のあるリーダー達ならともかく、荷物持ちを覚えてる奴なんてそうそういないだろ……」
麦の発泡酒を豪快に飲み干すテシェルペタの言葉に、俺はリシャの持ってきてくれたジュースを飲みながら返す。
いや、本当に荷物持ちはパーティにとって重要なポジションであると言う矜持こそ持っているが、周りにちやほやされる程の派手さはないと思うし、間違いなく地味な立ち位置だ。
そもそも俺自身が地味目な人間だという自覚はあるし、どちらかと言うと静かに生きていたい気持ちが強い。
……そんなことを思いながら次の冒険者が来たので相手をしようとした矢先である。
外から魔法の発動と思しき大きな爆発の音がした。
そして、その魔法の影響か酒場の柱や壁が振動で大きく揺れる。
「爆発音!?」
「何事だ!!」
宴会の和やかな雰囲気が一転し、ザワつき始めた。
と、同時に宴会場の扉が乱暴に開き、傷ついた冒険者のような男が一人、転がり込むように入ってきてテシェルペタに叫ぶ。
「テシェルペタさん! 大変だ!! その! あれだ!! あいつらだ!!!」
「あんた、落ち着きなさい! 何があったか要点だけ伝えて! それと、テシェちゃんと呼びなさい!!」
冒険者のような男は一呼吸置くと、今度はしっかり息を整え手短にテシェルペタに報告をする。
「魔物が群を成して町に攻め入って来た! 国境方向からだ!!」
「なんですって!?」
冒険者の男から穏やかではない報告がこの場にもたらされた。
「どんな状況か分かる!? 被害は出てるの!?」
「分からねえ……! Dランク数人の冒険者パーティが食い止めようとしてるが、あいつ等じゃいつまで持つかってところだ……! そのくらいの数できてる……! 町の住人にも被害が出ているみたいだ……!」
転がり込んできた冒険者の言葉にテシェルペタは拳を握り込む。
「なるほど……この町を舐めてくれたものね……。みんな! 聞いてのとおり、魔物の襲撃よ! この町を冒険者の集まる町と知ってか知らずかは分からないけど、いい度胸だわ!! 総員出撃して、魔物どもを蹴散らしてやりなさい! 刈り取り自由の無礼講よ!!」
「「「おおー!」」」
テシェルペタの号令と共にこの場に集った冒険者一同が鬨の声を上げ、我先にと出口の方へと向かって行った。
流石に皆血気盛んなお年頃の冒険者達であり、先程まで酒を酌み交わしていたとは思えない程の変わり身の早さである。
「アタシ達は情報収集と対策ね。マルちゃん、リシャちゃん、悪いけど手伝ってくれるわよね!?」
「ああ、勿論だ。リシャ、行くぞ」
「承知いたしました……!」
流石にこの状況、嫌だとも言っていられない。
俺とリシャはテシェルペタと共に宴会場を後にし、冒険者ギルドの建物へと向かった。
*****************************
冒険者ギルドの中は既に職員達が上を下への大騒ぎの状態であった。
そんな中、テシェルペタが冒険者ギルド入口のホール中央まで来ると職員達に指示を飛ばす。
「みんな、落ち着きなさい! まずは状況の把握よ! 集まった情報を総合するから、順繰りに話を持ってきなさい!」
テシェルペタの登場と共にギルド職員は平静を取り戻した。
そして各々テシェルペタのところへと集まり、町の地図と見比べながら状況を説明し始める。
なるほど、ふざけた態度は昔と変わらないが、ちゃんと支局長をやっているんだな。
「マルちゃん、いい?」
「ああ」
ある程度の情報を整理したところで、テシェルペタが俺とリシャを呼ぶ。
そしてマーカーがいくつか置かれた地図を見ながら、説明を始めた。
「魔物達の襲撃箇所は西側中心よ。つまり、国境方面から来てるって事で間違いなさそうね」
「それは、隣国に『異界の門』が開いたってことか?」
「いえ。国境関所から届けられた情報によれば、ズサク方面から魔物が襲撃してきてるって話ね。つまり、この町と国境の間が『異界の門』の出現地点だわ」
そう言うとテシェルペタが大きめのマーカーをズサク旅人街と関所の間に置く。
「問題は門がどこに現れたかよ。この規模の襲撃、門自体を何とかしないと収まりそうにないわ。ズサクと関所の間って事が分かっていても、相当広い範囲が対象よ」
「いや、これだけ情報があればある程度絞り込める」
俺はそう言うと、魔物の襲撃があった場所にラインを引いた。
「襲撃が集中しているのは街道沿いと南側にある小径だ。続いて道なき森の間から出てきているのはこのラインだな」
俺は置いてあったマーカーとラインの傍に数字を書き、計算をする。
「街道を使った進軍速度と小径を使った進軍速度、そして道なき森の進軍速度から逆算すると、『異界の門』は町からしばらく行った展望公園付近に出現している可能性が高い。この規模の魔物を生み出す『異界の門』だ。恐らく手練れの魔族も近くにいるだろう」
そして先程テシェルペタが持っていた大きめのマーカーを手に取り、予想地点に置いた。
「納得よ。ありがと、マルちゃん。誰か! 『異界の門』を創り出せる程の魔族と対抗できる冒険者、知ってる!?」
俺の説明を受けてテシェルペタがギルド職員に呼び掛けるも、誰も返事をする者はいない。
この混乱した状況である。
恐らくそういった冒険者やパーティを知っていたとしても、どこにいるのか分からないだろう。
「ああもう! 総員出撃なんてブチかまさなきゃ良かったわ!! せめて何人か待機させておくべきだった!」
「過ぎたものは仕方ないし、こうなったら俺達で行くしかない。あんただって、引退してまだ日は経ってないんだろ?」
「そうね、心はまだ現役よ。しゃーない、一丁やったりますか!!」
そう言ってテシェルペタが自分の両手をぶつけながら、気合を入れる。
俺もポケットからケートラのキーを取り出しながら戦闘の準備をした。
「移動には俺のケートラを使おう、街道を走ればちょっとでも早く着けるはずだ。リシャはここで待機しててくれ」
「お待ちください! マルさん、私も行きます! 私も冒険者なのですよ!?」
俺の言葉にリシャが食い下がってきた。
しかし、今回は低級の魔物退治や農作業とは訳が違う。
連れて行くわけにはいかない。
「ダメだ! 手練れの魔族がいる可能性が高いんだぞ!? どれだけ危険か分かっているのか!?」
「それでも……! 私は……!」
言い争いになりそうになったところで、テシェルペタが俺とリシャの間に入ってきた。
「マルちゃん、リシャちゃんのケツはアタシが持つわ。アタシの実力は、信用してくれてるんでしょ?」
「確かにあんたの実力は信用しているが……いや、しかしだな……」
「マルちゃんの甘さじゃ、リシャちゃんはいつまで経っても育たないわよ! リシャちゃん自身の成長を考えると、こんなチャンス滅多にないわ。時には厳しくギリギリをビシバシ攻めなさい! それが師匠の在り方ってものよ!」
甘いと言われればその通りな気がするので耳が痛い。
リシャはもはや命を懸けることを誓った冒険者なわけで、領主のお嬢様というだけではないのだ。
「……分かったよ! リシャも、ついてこい! 生き延びることを優先しろよ!」
「はい! ありがとうございます!」
不安はありつつも、俺も覚悟を決める。
一人の冒険者であるリシャに対して色々と細かい指示を出しながら、俺はケートラを取りに行った。




