表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート9月~2回目

顔パック

作者: たかさば

 夏休みが終わり、ようやく落ち着いた日々が過ごせるようになったとある日。

 のんびりとソファの上で猫をもみもみしていた私の目に、見慣れない紙袋の端っこが映った。


 うん…?なんだ、これは……。


 猫を横にずらして立ち上がり、謎の紙ぶくろに手を伸ばす……。

 袋を開けると……、酵素入りの美顔パック5枚入り!

 おお、これは春ごろにご近所さんからいただいたモノじゃありませんか。


 しまったなあ、もらって棚の上に置いといたらいつの間にか落っこちて、夏休み中の掃除の行き届かない環境も相まって埋もれちゃってたんだな。

 これだから毎日キッチリ掃除をしない家庭ってのは…うん、私の怠惰の証拠ですね、すみませんでした。


 普段ほとんど美顔作業に手出しをしていない身という事もあり、この手のアイテムは、非常にこう、なじみがなかったりする。

 美顔ローラーで顔を擦り、入浴時にはプラセンタパックを施し、お高い美容液を塗りたくるくらいの事はしていた時代もあったのだが、今はなんていうか、やっても無駄感がですね。

 年をとりすぎると、日々の忙しさに心が折れると、人というものは真っ先に美意識を手放すといいますか。


 ……取っておいても、使う日はたぶん訪れないに違いない。


 よし、今日のお風呂で使ってしまおう。

 5枚入りだから5日間…娘も使うかな?まあ、いずれにしても2日3日は使えるな。


 お風呂場にパックの袋をセッティングして、晩御飯の買い物へと出かけた。



 夜、ビーフシチューを弱火にかけたタイミングでお風呂に入ることにした。

 30分は煮込むメニューなので、この隙に自分も茹でておこうという寸法だ。


 手早く頭の先からつま先まで洗い上げ、少々ぬるめのお湯に浸かって…頂き物の顔パックを開ける。


 ふうむ、ほのかなレモンの香り、これは…カモミールも入っているな。

 たっぷりローションの含まれた、少々ヌルつくパックを…顎のあたりから密着させて、顔全体に貼り付ける。

 パックの上から、手の平でそっと抑えつつ…干からびた顔の皮膚に有効成分が染み込んでいくのを…待つ。


 ほんのりピリッとするのは、脂分の少ないカピカピに乾ききった頬に、栄養たっぷりの美容液が我先にと入り込もうとして戦っているからであろうか。

 冷たいパックが、じんわりと体温でぬるくなっていく感じが、実に懐かしい。

 ああ、5年前は…こうやって毎日顔にパックを貼って、つるつるになったほっぺたで息子のムチムチほっぺをすりすりしてたんだったっけなあ……。


 しばし、過去の記憶に、気持ちを飛ばして…のんびり、のんびり……。


 ―――お母さーん、もうシチュー食べていいよねー!!!

 ―――てゆっかもう食べちゃってるー!

 ―――パン焼いていい?


 ちょ!!!!


 まだ煮込み足りないビーフシチューが!!!


 私はあわてて顔パックをもぎ取り、お風呂から飛び出て、キッチンに向かい―――!!!



 ……昨日はひどい目にあった。


 美味しくなるように煮込んでおいたビーフシチューは肉なしの状態になっており、でっかいジャガイモしか残っておらずですね!!

 仕方がないのでドリア皿に盛ってチーズをたっぷりかけて焼いたら、たらふく肉を喰らった旦那と娘と息子が揃いも揃って一口ちょうだいとかいい出して…結局自分は二口、二口しか!!!


 ……昨日と同じ轍は踏むまい!


 食パン一本分をサンドイッチにし!!

 パンの耳のディップ用ソースを5種類準備し!!

 サラダを冷蔵庫で冷やし!!


 これだけ用意しておけば、冷蔵庫から取り出す手間や食べる準備にも時間がかかるだろうから、恐らく食い尽くされることはなかろう。

 コーンポタージュを弱火にかけた状態で、お風呂に向かい…本日も美顔パックの潤いを枯れた素肌に染み込ませ~♪


 ―――お母さーん、スープもういいよねえ?

 ―――お風呂でたら明太子ソース追加作ってー!

 ―――冷凍パン焼いていい?


 ちょ!!!


 もう冷凍パンの出番?!


 私はあわてて顔パックをもぎ取り、お風呂から飛び出て、キッチンに向かい―――!!!



 ……昨日はひどい目にあった。


 あれほど作っておいたサンドイッチはひとつ残らず食い尽くされ、パンの耳すら残っておらず、冷凍パンですら半分しか食べられなくてですね!!

 仕方がないので残ってる野菜サラダにタルタルソースをかけてモッツアレラチーズトッピングして食べてたら、たらふくサンドイッチを喰らった旦那と娘と息子が揃いも揃って一口ちょうだいとかいい出して…結局自分は二口、二口しか!!!


 ……昨日と同じ轍は踏むまい!


 米を5合炊き!!

 裏庭のキュウリを全部もいできて叩いて3種類のタレで和え!!

 2キロの鳥もも肉をじゅんじゅわじゅんじゅわ揚げまくり!!


 これだけ用意しておけば、今日こそ食い尽くされることはなかろう!!

 豚汁の寸胴を弱火にかけた状態で、お風呂に向かい…本日も美顔パックの潤いを枯れた素肌に染み込ませ~♪


 ……うん?


 意気揚々とお風呂に向かった私が見つけたのは…空っぽの美顔パックの袋!!


 ええ?!なんでない?!

 あと1枚残ってたはずなのに!!

 昨日娘が2枚重ねて使った?

 ……くそう、お高いパックなのに!!!


 完全に意気消沈した……。


 もう、今日は、シャワーでいいや……。


 手早く髪を洗い、体を流して、キッチンに向かうと。


「あれ!今日は早いね!豚汁コンロから降ろしたよー!」

「ねえねえ、タルタルソース使っちゃったよ!チキン南蛮ぽくしたくって!」

「もうじきご飯無くなるよ。」


 あわてて茶碗にご飯を盛る!!

 フウ、今日はどうやらご飯にありつけそうだ……。


「ちょっとお姉ちゃん!顔パック2枚使ったでしょう、今日もやるつもりだったのに、もう!ごみぐらい捨てといてよ……。」


 豚汁を器に盛りつけながら、少々恨み言など。

 …せっかく2日連続で潤されて瑞々しくなってきた老いた肌が、今日もパックとの密着を待ち望んでいたというのにですね!

 心なしか、顔の肌が寂しそうに…潤いを求めているような…、なんか顔が突っ張ってる感じがするぞ……。


「ええ?!あたし1枚しか使ってないよ!だって袋の中に残ってたもん!」

「ごめーん、お父さんがもらったー!あれ気持ちいいねえ、ほら見て、お肌つるっつるのピカピカ!また買ってよ♡」


「はあ?!おっさんがパック?!そんなひげもじゃの日焼けで真っ黒の顔にパック!!脂ぎって瑞々しいどころかぬるぬるの顔に高級パック?!」


 うっとりした表情でじょりじょりと顔をなでている旦那が腹立たしい!!

 絶対に必要ない奴が…高級パックを使うんじゃ……ない!!!!

 アアア、貴重な顔パック一回分!!!


「かなり怖かった。」


 昨日旦那と一緒にお風呂に入ったらしい息子がへの字まゆでこちらを見ている…ああ、とんでもないもん見せられたんだね、ご愁傷様……。


「パック良いよねえ、あたしもかなりもちもちになった!また買ってよ!!」


 もともともちもちとしていることはさておき…。


「あれは飯田さんからもらったお土産だから、この辺りでは売ってないと思うよ……。」


「ええー、じゃあ買いに行こ!今週末のお休みは日帰りで温泉地行きね!」

「あたしお土産買いたいな、温泉は入んなくてもいいや!」

「温泉玉子食べたい。」


 とんとん拍子で週末の予定が埋まり、やれやれと思いながら、豚汁のおかわりをしようと……。


「……うん?!あれ、何これ!!汁しか残ってないじゃん!!具がない!!!」


「お母さんの豚汁はさあ、具が多くておいしいからサイコーなんだよねー!」

「ねーねー、そろそろ締めのうどん作ってよー、あたし卵入りがいい!」

「僕作るね。」


 アアア、またいつものパターンだよ!!!

 なんでこう、いつもいつも私は満足に晩御飯が食べられないのか……!!!

 どうせ出てきたらさあ、うどんに手を伸ばした瞬間に「週末のルート調べてー」とかいい出して、私がスマホつるつるやってる隙にうどんの一本も残らずに食い尽くされちゃうんだよ!


 そ う は い く ま い ぞ !!!


 うどんが出てくるまで…あと10分程度か。

 私はキュウリをポリポリとかじりながら、スマホで温泉街までの道のりを検索し始めたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] もち肌め、もちもちしやがって、カサカサ、カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ… [気になる点] きゅうりえぐい [一言] お肌がビリビリしています。寝不足
[一言] おっ……おやじっ……。 高いパックは高いですからね。いいやつはいいんだろうなぁ〜とか思いながらも……ねぇ〜。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ