十二匹分の犬の骨/町の物乞いが死んだ後/空の壁
ー十二匹分の犬の骨ー
町の物乞いは三日ぶりのパンと安い羊のミルクをありがたがり叫びました。
「極北の夜風が吹いて星の基準が変わるところまで行けば旦那も私の話を信じまっさ!!」
傍にいると鼻の奥から喉までしびれてきそうな思いをする武器売りは、小銭の他にお札も一枚渡すと尋ねました。
「でもその先は何を目印に行けばいいんだろう?」
後はもう、腐乱するしか越えられない記録的なスメルは笑います。
「何のために雌のロバに乗って行くよう忠告していると思っているんですか?」
「境界」で夜風が吹いた地点から、帰りの道しるべに道々置いていた十二匹分の犬の骨が尽きてしまうと、出発以来切り詰めていた水も食べ物もなくなってしまいました。
「ねぇ旦那、もう疲れちまったよ。あたしを喰うなら喰っとくれ。それで後は自分で歩いとくれ」
武器売りはロバから降りるとロバの頭を摩りました。天空に夜風が吹き言葉を話すようになっていた若い雌ロバの頭の骨は、それ以前よりも硬くなっていました。
「そうだな。俺も歩くことにするよ」
「あたしを喰わないのかい?」
「道はお前にしか分からないからね」
「そんなもん知らなかったとしたら?」
痩せた動物の雌は試すように微笑み、人間の目の奥を覗きました。
「嘘つきの男は、女の嘘になんか騙されないもんなんだよ」
痩せた人間の男が自信ありげに微笑みかえすと、言葉を話す動物の目の奥は大事なことを長い沈黙にして語りました。
「……」
「……もう近いんだね?」
ー町の物乞いが死んだ後ー
外の世界が逆さになって揺れる、珍しい大規模の蜃気楼の中から現れた、痩せたロバを連れる痩せた男は水を求めました……
星座の配置がそっくり入れ替わるころになると、すっかり顔なじみになっていた男は常々匂わせていた話を今度の訪問時にはっきりと口にしました。
そいつらも、あいつらも俺とは違う武器屋からいっぱい買ったから必ずここに攻めてくるぞ。
実際にはありもしない危機でそそのかされた世界知らずの村は、もっとたくさんの武器を男から買うために砂金の量産を迫られ、彼らは容赦のない日照り以外では決して用いることのなかった「命」を捧げる雨乞いの儀式を日常的に行うようになってしまいました。それが始まりでした……
ミルクを絞るヤギの血で弾を買い、人や荷物を運ぶロバの血と涙で大砲を買いました。
「動かない星がある世界」でみるみる太りだした武器売りは荷馬車を一台増やし食堂車まで連ね、荒野に撒いた十二匹の犬の骨を頼りにまたもや「動かないはずの星が動く世界」へやってきました。
このときの行商はあの町の物乞いが死んだ後のことでした。
今度の出発前に(俺に切っ掛けをくれた)物乞いが死んだことは確かに不吉な気がしなくもなかったのですが、飲み水どころか酒にすら困ることなくいつもの僻地の村へ辿り着いた武器売りは、ちょっと脅すだけで何を言っても信じる村人をからかうつもりで冗談を言いました。そして今度の商談がまとまったら、無縁墓地の一時預かり廟に放り投げてきたあいつの骨壺を引き取り、金持ちしか埋めてもらえない坂の上の霊園に収め、そのとき無臭だったあいつの骨を金の壺に入れ替えてやろう。ついでに金の墓石も建ててやろうじゃないか、と思っていました。
ー空の壁ー
……でもいいか、結局お前らの村を永遠に守るには「空の壁」が必要だぞ。そいつがあればどんな武器からも村を守れるってもんだ。夜の空に星が流れるのを見たことがない奴はいないよな? あれは星がどっかへ流れていっちまうわけじゃないだ。この地面と地続きになっている、この世界のどこかに向かって落っこちてくるのさ。でも俺たちの頭の上に広がる空には「タイキケン」っていう透明な「壁」があってな、世界中の頭の上に落っこちてこないよう守ってくれているってわけだ。星はその「壁」にぶち当たると「壁」を突き破る前に燃えちまうのさ。俺たちはそのときに、星が銀色に燃えるその炎を見ているんだよ。でも誰が初めに、しかもあれだけ広く造ったのかは誰にも分からない……だがな、最近その「タイキケン」を造っちまった村があるんだ。空ほどの規模じゃないが、たかが村の一つや二つくらいなら楽勝でカバーできるサイズの「タイキケン」をなっ!!
……昔は月に住んでいたっていう連中の末裔がいる村に伝わっていた、古い神様の文字で書かれた兵書の一部が解読されたらしいんだ。もちろん造り方は秘密だが交渉次第ではどうにかなるって話だ。お前らがそこらの土で金を造るみたいに、全く元手の要らないどうでもいいモンから造っちまうのかもしれんが、奴らに発注するには、まずもって弾や大砲なんかとは桁の違う砂金じゃなければ請け負っちゃくれねぇだろう。でもな、そこは俺に任せてくれていいんだぜ。
男は酒の席で、後戻りできないくらいに肥えた腹をポンっと叩きました。