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サンソンくん arms dealer編  作者: ハクノチチ
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赤黒い不気味な土地/七日目の事

 ー赤黒い不気味な土地ー


 永い歴史の中で一度も「曜日」を持ち込まれたことのない荒野の先には、今日も陽に焼かれて揺れる青い幻が広がっていました。無言のままあからさまに捨てられた、湖面のような平らな大地です。それでも、たとえ水の惑星だったにしろ、陽に焼ける地面であるのだから、必ず何処かと地続きになっている不思議にサンソンくんは思い至りました。小さくて丸い自分の影を上空から見下ろしたからです。1000年近く鳥の飛ばない、スコールもない空には浮かぶ雲もありませんでしたが……


 黒いあの染みは本当にぼくの影なのだろうか? 低い空を飛び「時」の彼方に位置する西へ向かう小さな彼は手を振ってみました。黒い染みは間髪いれず右手にも左手にも反応しました……それなのに小さな彼は微笑みません。頷きさえしません。唄いたい歌もなく、日頃は静かな井戸の底にしかない、思わず声に出して自分をぶってしまいたくなる嫌な記憶をオートマチックに思い出すこともなかったのです。もっと言えば、つい最近一瞬で北に流れ消えた白い尾を引く昼間の火球から「言い逃げ」された屈辱的な冗談に言い返せなかった悔しさを晴らすため、次の機会に備えて用意する侮辱的な冗談と警戒も忘れていました。

 と、言うことは圧倒的なほどに孤独なこの荒野は、今はまだ小さな彼のことを少しばかり逞しくしてくれているのかもしれません……


 そんな小さな彼は出会い頭のように突然自分の影を見失いました。陽炎の先にある、地平の際で揺れるように見えていたわけではない、不気味な色をして乾ききった赤黒い土地の上空へさしかかったのです。自覚なく内部を整えていた孤独な地面から、ときどき手を振り返した自身の黒い影は、劇的に一変した荒野の保護色となってしまったのでしょう。長く執拗な暴力に傷ついた恥部と似る色の地面に吸収されてしまった、というわけです。

 太陽の妖精は、黒い影と赤黒い地面の関係を、白い鏡に映らない青白い腕に置き換えて想像してみましたが、黒くても白くてもそこに映るべきものが映らないというのは恐ろしいものだったので飛ぶ速度を上げました。そして何でもいいから唄を歌いました。でも残念。余りにも怖かったので余計にチラチラと影の映らない地面を見てしまい、結果あの歌とこの歌のメロディーはキーのすり合わせもせず錯綜するだけでした……



 ー七日目のことー


 あまりはっきりしない歴史の中で伝っているのは、黄色く乾いた土に天気雨が降るだけで砂金を作れた錬金の時代だった、ということだけです。


 庭先の黄色い土と雲行きと、鍋と薪とカナリアのラブソングを翻訳した呪文だけで金を造くった僻地の村人は、他所の世界における金の価値も、他所の世界そのものもよく分かっていませんでした。


 燃えるドブ水を掘り当てた村がある、との噂を一笑した駆け出しのころを今も後悔している一人の武器売りは、僻地のどこかにある村では猫が用を足す砂場も砂金らしい、というよた話しを町の物乞いから耳にしました。武器売りは、それから何度目かの天気雨のあと、物乞いの言っていた通りの虹が目の前に出現したので気持ちを固めました。南風が吹き南東から北西へ繋がる虹の袂に旅立ったのです。


 言うまでもなく虹はとっとと消えてしまいましたが、夜の天空には動かない星があります。火薬に人生を賭けて稼いだ細やかな財産をつぎ込み、買い替えた若い雌ロバに跨る武器売りは動かない星を頼り、夜の荒野を進みました。


 出発してから七日目のことです。限定的な宇宙の片隅に溢れかえった星空のなか、目印にしていた動かない星がどうやら本当に動いた夜がありました。その星は母親の赤い星と弟の青い星の間にある長女の白い星でしたが、今夜の母子家庭の距離感は昨夜までとは全く違いました。最も軸のぶれないはずの(だからこそ人々は長女の星と呼びました)長女の星は、たったの一晩で「真っ直ぐな家庭の輪」を乱す位置にズレていて、派手な一等星や二等星が集いミラーボール化して明滅する、楽し気な河原のパーティーへ近づいていました。明け方になればそのまま家出でもしかねないほどの急激な移動でした。

 ……かつて油の話を笑った武器売りは、物乞いが豪語していた話も、これまで辿ってきた道のりにも間違はなかった、と確信しました。





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