居残り訓練
時計を見た時に時刻が深夜になっていた。そんなに寝ていたのか。寝ていた時間でいえば1日以上寝ていたことになる。寝すぎて体が物凄くだるい。取り合えず重い頭を起こしながら起き上がる。
「何か食べ物は無いのか?」
暗くて部屋が良く見えないから、起きているのかすら怪しい中でそんな独りごとを漏らす。
「あら・・・起きましたか」
声のする方をしぶしぶ向くと、優雅に足を組みながらソファーで紅茶を啜っている、俺をこの状況にした張本人がいる。
電気をつけてくれたのか自分の置かれている状況が分かる。包帯で体がグルグル巻きで殆ど身動きが取れない。こんな状況になるまで殴らなくてもいいと本気で思う。
「花を散らせた罪は重いです。それを身をもって知るいい機会だったということですよ」
「やりすぎだろーーー、ここまでしなくていいだろうが。俺はサンドバックか」
まるで俺の心の中を読んだかのような発言をする。怖いよこの人。
「お腹が空いているのでしょう、テーブルの上に用意しますから座っていてください」
そう言い、キッチンの方にクラリスが歩き出した。なので俺は言われた通りにテーブルの方に向かい腰を掛ける。歩いてみたが、ケガ自体はしているが、体は自然と痛くない。何かされたのか?
「俺の治療に何をした?まさか危険な物でも接種させたとかじゃないよな」
「まさか、合法で使われている麻酔を適量接種させただけです。もしドーピング検査があっても問題ない奴を選んでいますよ」
そういう問題じゃない気がするが、今更何を言っても後の祭りだ。ここはぐっと発言をこらえよう。
ドーピングなんて気にしていないが、それ以上に後遺症が発現する可能性の方が怖い。さっきから頑なに何の薬を使ったか名前を言わないことが何よりの確信犯だろ。
麻酔の効果なのか体はいつもよりも軽く感じてしまう。そう思ってしまう程に動きやすい。眠気が覚めてきたからこそ良く分かる。
「どうぞ、簡単な物になりますがお腹は膨れます」
そういいながらテーブルに出された料理は、グラタンだった。簡単な物なのかにツッコミは入れない。
そう言うのだから、きっと簡単なんだろう。(俺は作り方すら知らないが、結構手間がかかる気がする)
「いただきます」
スプーンでグラタンをすくい口に運ぶ。口に入れたら舌を火傷するくらい熱いのが伝わってくるので、息を吹きかけ冷ましながら食べる。
パク・・・・これは
何の味もしなかった。麻酔のせいなのか味覚が完全に無くなっている。悲しくなる。一日絶食したからか物凄くお腹が減っている中で食べる飯はさぞ上手いと期待していただけに、悲しくなる。
涙がでそうだ。(実際には出ない)
「そう悲観しないでください。時期に味覚は戻ります。それよりもこちらです」
「今更、リボルバーがどうした」
クラリスは、俺の対面座りながら花を散らせたリボルバーの整備をしている。簡単に言えば完全に分解して、汚れをブラシで丁寧に落とす作業。箇所によっては錆びている所もあるので、そういう部品は薬品を使って錆びを落としている。
俺が使っていた時とは見違える程キレイに整備されていくのを見ながら、グラタンを食べる続ける。
「実際問題、戦い方すら知らない素人が戦う武器としてリボルバーを選ぶことは正解だと思います。間合いを維持できる点が何よりも勝つためには大切ですから。ですけどそれは多くの経験があってこそ出来る事です」
「それはわかっているさ。でも戦闘経験なんて今更積むって言っても限界があるだろ」
「違います。私がここで言っている経験は銃を撃つ経験です」
「そのことを指摘してくるか・・・」
銃を撃つ経験・・・か、それが大切なのは分かってはいた。一回も撃った事が無い人間と、千回撃った人間とでは熟練度が断然違う。それをここで指摘してくるとは思っていなかった。(俺は一回も撃った事が無い方)
今回のクラリスとの訓練は、戦闘経験をいかに積むかに重い気を置いている。銃を撃つ経験よりも戦闘経験を大切にしないといけない考えていたからこそ、銃の当たる当たらないは殆ど運になるしか無かった。
銃を撃つ経験に重きを置かなかったことには2つ理由がある。
1つ目は、これは戦闘経験と同様に1日や2日でどうにか出来る事ではないこと。毎日少しずつ経験を積むことで狙ったとこに当てれるようになる。だから、今の状態で狙って当てることは殆ど運任せ。
2つ目はもっとジンプルな理由だ。無一文で財布の中がからである。だから弾が買えない。ここか一番大きい問題になる。スポンサーでもいないと撃つ経験なんて無理。これは盲点だった。実際弾の事は何も考えていなかった。
リボルバーを手にしてからこの事実に気づいたが、実際問題なぜ銃が流行らないのか分かった気がする。弾に莫大な資産が必要だ。弾自体は一般の人からしたら安いのかもしれないが、働いていない現状ニートの俺には重い。
「食事は食べ終えましたが?では食器はこちらで片付けますので外に行く準備をしてください」
「外?今更どこに行くってんだ」
俺の質問には答えす黙々と食器を洗っている。なので椅子から立ち上がり上着を羽織る。もうそろそろ春になるとは言えまだ外は寒い。
外に行く準備が出来たところで玄関に向かうとクラリスが待っていた。クラリスと扉を開けて外に出る。
家を出てから道なりに歩き始めて10分くらい経つ。小さな路地を抜けた先に地下に続く階段がある。
「何ここ?まさかここを下れって言うのか」
「はい。では行きますよ」
クラリスが先に階段を下りていく。下った先には大きな金属の扉があり、ドアを開ける。
扉の先には今は使っていないのか、古臭い射撃訓練場がある。
「射撃訓練場?こんなとこに合ったのか?」
この町に来て数か月経つが、家の近くにこんな設備あるとは知らなかった。
部屋の形は長方形の形で、区切りが3つあり、長さは50m無いくらいの長さだ。リボルバーの練習なら問題ない。
そして、クラリスが箱をこちらに渡してきた。箱の中には弾丸の弾がギッシリと入っている。
「これで、練習することは出来ますけど・・・しますか?」
「何だこの展開、いつから準備していやがった」
「ボッコボコにした後にこれは簡単に起きないなと思い、流石に申し訳ないことをしたというせめてもの謝罪も兼ねて準備しました」
ボコされて体はボロボロだが、その結果弾丸が手に入ったのなら安い。交通事故にあったとでも思えば気は楽になる。
「ありがたく使わせてもらう」
ここでこの話を断る理由は無い。断るやつはただの馬鹿だ。
貰った弾丸をリボルバーに装填する。その時にふと思った。
「このためにわざわざリボルバーの点検をしていたのか」
「最善の行動を予測し実行する手助けをする。それがメイドです」
今初めてメイドすげえと感心した。今まで殴られる思いでしかないからクラリスがメイドなのを完全に忘れていた。
「少しアドバイスをします。まだ撃つことに自信が無いうちは装填は一発づつにしてください。威力が高いので撃った時の反動でリボルバーの経口が自分に向くことがあります。その時に間違えて引き金を引く可能性があるのでリスクを避けてください」
「わかったわかった。一発入れればいいんだろ」
空返事をしつつ言われた通りに一発装填する。肘を伸ばし手に力を入れて、鉄で出来た人型の的に狙いを定めて、引き金を引く。
「バン」
部屋の中に大きい音が鳴り響く。狙いは外れている。的から右側にズレてしまった。簡単に出来ると思っていたが、やってみると意外と難しいな。
「引き金を引くときにわずかに目を瞑っています。それでは狙いが最後にズレてしまうので目を開けてください。全身に力を入れ、両足で踏ん張ります。腰を落とし、軽く前傾姿勢になりましょう」
と・・・クラリスが俺のダメ出しを一発撃つ事に行う特訓がここから3時間程続いた。
その間、計400発は撃つことが出来た。