1日目 夜練
ジンが一気に距離を詰め、槍を右から左にクラリスの横腹付近を目掛けて振り下ろした。
槍がクラリスに当たりそうになるギリギリで一歩下がって上手くかわした。
横に振り下ろして直ぐに槍の向きを変え、2手目にジンが槍を突き刺す。先ほどの攻撃がフェイントと見ていて感じてしまうくらい突き刺す速度が速い。
でも、その突き刺しを上回るくらい反応速度がクラリスの方が早い。刃の付いた槍を手で受けるのは致命傷になりかねないからか、足で防いだ。まるでSF6に登場する豪鬼の 羅豪脚みたいな技で槍を防いだ。
足で槍を上に突き上げた時に胴体が一瞬だけフリーになる。その瞬間にクラリスが回し蹴りをジンの胸に当てた。ジンは回し蹴りをモロにくらい数歩後ろに下がった。
「痛ってぇな~、鬼かこのやろう・・・」
「頑張りは見えますね。本気で殺すつもりで来てください」
ジンは険しい顔をして、クラリスはいたって笑顔である。挑発的な笑顔で。
そこからジンが一方的に攻撃を繰り出しながら(一撃も当たらない)その間をカウンター気味にクラリスが攻撃し続けた。かなり痛そうな攻撃をジンがずっと受けている。
でも、ジンの体は今回傷や痣だらけで済んでいる。前回から少しは成長している。
ジンとの10本が終わり、次に俺の番になる。
「俺は一本も取れなかった。仇を取ってくれ、あのいけすかねえメイドに」
「任せとけって、秘策があるからな」
せめて致命傷、少なくとも傷くらいは与えないと気が済まねえ。ずっとケガしてるのはこっちなのにもうんざりだしな。
一本目でリボルバーを使う。手に持っているマチェットを最大限にアピールして注意をそちらに向けさせる。刺さるとはあまり思わないが、ケガを負わせる。
目的が勝つことから変わっているし、そもそもの訓練とはだいぶ離れてしまったが、それでもいい。
「次はエイジの番です。いつ始めても大丈夫です」
「よろしくお願いします」
気前良い返事をして、正々堂々やります感を出す。
右手に持っているマチェットを振り回す。実際マチェットは武器として購入していないし、そもそも武器の使い方に関して俺は素人だ。
踏み込みとか、構えとか何も知らない。だからめちゃくちゃ近づいて確実に当てる。それしかない。
一歩、また一歩と、ゆっくりと近づく。クラリスは立ち止まったまま、俺が少しづつ近づいてくるのを見ているだけだ。
今までの傾向からクラリスは自分から攻撃をしてこない。来る攻撃に対してカウンターしかしていない。なら攻撃をしなければ至近距離まで近づける。
俺は今、距離でいえば1mもしないくらいの位置に来た。ここからだ。手に持っているマチェットを上から下に振り下ろした。
狙いは右肩付近だ。当たるとは思っていない。大切なのはこの後の2手目、3手目だ。
そんな狙いをすべて無視するかの如く、クラリスが俺の右手を掴んできて、そのまま180度回転して背負い投げで投げられた。
「ぐあぁぁぁ」
思いっきり投げられて目線が空を向いている。地面に背中をつけているのが分かる。
すぐさま向きを変える。座りながら向きを変える時に足でクラリスの脛を思いっきり蹴ることでダウンを狙う。
が、それも虚しくなるくらい効かない。座りながらとは言え脛を蹴ったのにノーリアクション。しかも岩みたいに硬い。どんだけ体幹が強いんだ。
逆に蹴った自分の足が痛いって中々ないぞ。足が痛くなりながらも立ち上がり距離を置く。
さて、ここからどうするか。凄い勝てそうな雰囲気を存分に出しながら距離を詰めたのに何もできず、しかも投げられて終わった。足を若干負傷しながら。ダサすぎるだろ。これが主人公か。恩恵も何もねえな。
もう出来る事は運任せになる。このマチェットをどう使うのが正解なのか?
どう考えても正解なんて存在しない。なら・・・
「ふん」
思いっきり投げた。クラリスの顔目掛けて。それは運よく首付近に飛んでいく。
目線が俺からマチェットに変わる。そして何食わぬ顔で持ち手の部分をキャッチした。
回転している刃物をキャッチ出来るのかよ。
だけど、ここしかない。俺はその目線が変わった僅かのタイミングに服で上手く隠しているリボルバーを取り出した。
撃った事以前に、狙った事すらない。でも、多分、何とかなる。そう信じて両手で構えた。
狙いは取り合えず当たれば良い。そう思いながら引き金を引いた。
「くたばれーーー」
俺の憎しみの言葉と共に撃った。
「バン」という音が空間に響き渡る。
撃った弾丸は見事に・・・・・・外れた。
クラリスの体を大きく外し後ろにある花壇に命中した。
「そんな簡単に当たるわけな・・・いか」
言葉が詰まった。あの常に笑顔だったクラリスが見たことないくらい激高している。
何に怒っているのか?拳銃を使った事に?そんなのは怒る理由にならなかった。
弾丸が当たった場所、花壇と言ったが正確にはこれから目が咲く花に命中した。
そういえば、ここ最近目が咲くかもとクラリスが楽しみにしているなんて会話を食事の時にしていたことを思い出す。
どうでもいいから聞き流していたが・・・まさかそんなことあるのか。
俺・・・死ぬのかな。
「あ~あ、終わったな。今までありがとう」
「おい、他人事みたいに言わないでくれよ。俺たち仲間だろ」
ジンが俺の事を見捨てるために距離を取りやがった。しかも全速力で。
その場に静寂が訪れる。今まで聞いたことが無いくらい静かだ。
そして、ゆっくりとクラリスが歩いて来た。今まで自分から動くことが無かったメイドが、まるで意思を持ったかのように歩いて来た。
「殺しはしません。そもそもリボルバーを持っていることには気づいていましたが、それを問題ないと判断して見過ごしていたのは私のミスです。取り上げていればこのような結果にはならなかったかもしれません」
「なら、なんでそんな悪魔みたいに距離を詰めてくるんですか?怖いよ~、俺は笑顔でいて欲しいな~」
「私が大切にしていた花を散らせた罪は・・・重いですよ」
「お許しください、お天道様」
そこから、骨折するほどではないが、酷い痣が出来るような攻撃を一心に受け続けた。こちらがガードすることも出来ず、ただただ攻撃を受け続けた。
俺が次に目を覚ました時は、時刻が夜の11時だった。時計を見て驚いた。
日付が1日過ぎている。
冒険者試験まで残り・・・10時間しか残されていない。